1.異世界転生
毎回短いですが、許してね(/´△`\)
6/25 加筆修正
最後に覚えているのは、些細な記憶だけだ。
「部長、今日もお疲れ様でした」
「うむ、お疲れ様」
「お疲れっす。先輩」
時計の針が午後八時を示し始めた頃、俺は上司と後輩に挨拶し、颯爽と会社を抜け出した。今年に入って初めての残業無し帰宅、何時もならこんな早くに帰ったりはしない。というか、できないのだが。
今日は特別な日なのである。
それも俺にとって至高の一日に。
一応、誤解を生むかもしれないので、弁解はしておこう。断じて、デートがあるからとか、結婚記念日だから、なんて甘く素敵な人生は送っていない。
そのまま近くでタクシーを捕まえ、『池袋まで』と伝える。
辺りはもう暗闇に包まれ、街灯の明かりがほのかに霞む程度だ。はやく買って帰らないと徹夜で明日に影響が出るからな。
「やっと、この日が来たか」
ワクワクが抑えきれずに子どものようにはしゃいでしまう自分がいる。
その表情はきっと緩みすぎているに違いない。
一度頬を両手で叩いて気を落ち着かせる。
夜風がひんやりと体温を下げてくるが、ワクワクはまだ収まらない。どうして、こんなにテンションが高いのか。
その理由は、単純である。
十年ぶりの新作であるゲーム『フォース・アーカイブ』。その最新作が発売する日なのである。
勿論、予約はしている。何ヶ月前からネットで価格を調べ尽くし、前情報はいっさいシャットアウト。この日のために、他のゲームには一切手をつけてない。
それでも、早く始めたいという願望は自分を焦らせたていた。
「おっちゃん、もう少し急げないのか?」
「無理ですよ、お客様。丁度帰宅ラッシュと被っていますからね、道が混んでいまして」
見ると、ずらーっと車が列を成して並んでいた。
うむ、確かにこれは不味いかもしれない。
だめ押しに運転手のおじさんに催促するが申し訳ないと頭を下げられてしまう。
よく見るとタクシーのカーナビには直線の道が赤い線で綺麗に彩られていた。俗に言う渋滞というやつだ。
「くっそぉ、これなら密林サイトで頼んでおくんだったよ」
「おや、それは残念でしたね。何を買おうとしているのですか? 」
「今日発売の新作ゲームだよ。休暇が却下されたせいで、朝から並べなかったからやばいとは思っていたけど」
試しにネットで検索してみるが、どこも売り切れ。次の入荷はどこも未定と表示されている。
「一応、自分で手に入れたいからさ。予約しておいたんだけど、閉店までに間に合うかなぁ」
「えっと、お客様はもしかして、フォース・アーカイブXを買いに?」
ん?今なんて言った?運転手さん、貴方はもしかして……。
「そうだけど……もしかしておっちゃんも?」
「そうですね。テレビでもよく紹介されていますし、気になって予約してしまいました。私は、友人のお店ですけどね」
「さすがタクシーのおっちゃん! あの作品は、どのシリーズも名作だし、今回も神作に決まってるだろ! 」
静かに笑みを浮かべながら、俺の話を聞く運転手のおっちゃん。やる友達が少なかったので素直に嬉しかった。よし、色々教えよう。そうすれば、俺と同じくハマるはずだからな。もし、買うならオンラインのフィールドで待っているぜ!
「しかし、このままだと到着はまだ先になりそうですね」
「そうだよなぁ……」
楽しみにしていただけあって、ここまで勢いで来た自分にため息がこぼれる。
密林サイトだと、アクセス数が多くて配達に時間がかかるし運送代がかかる。こっちは予約金だって前払いで払ってるんだ! こんなところで諦めていられない。
そんな思案する俺を見ながら運転手のおっちゃんは何か妙案を思い付いたかのようにこちらに振り返る。
「それでしたら、古い友人のお店を教えましょうか? 先ほどの話した、私の予約したお店です。私営なので、もしかしたらおいてあるかもしれないですよ? 」
それはまさに神のような提案であった。その言葉に俺は勢いよく飛びつき、大声で「お願いします!」と乞う。
これがすべての始まりだということは知らずに。
「かしこまりました。では、向かいましょう」
運転手さんが勢いよくアクセルが踏み、進行方向を変える。まるで漫画のワンシーンみたいだ。左右に振りながら前の車両をグングンと抜かしていく。
あれ、運転手さん? 法定速度守ってる?
そんな俺の心配を切り裂くように、勢いを増していく速度。
ネオンの光が右から左に線を描いていく。
「大丈夫ですよ、お客様。私、こう見えても昔はF1レーサーで活躍していたんですから」
「いやいやいや!ここレース場じゃないからな!」
必死に抗議するが、楽しそうに運転するタクシーのおじさん。
大きな音が全身に響くように振動が伝わっていく。
揺れは次第に大きくなっていき、外の景色は線で彩られていく。
車体も大きく揺れ始め、意識も朦朧としだす。
ドゴッと、大きな音が車中に響き渡る。
「あれ……」
なぜだか、目も霞んで開けることができない。声もまあ、うまく出すことができない。まるで、何かに阻まれるように痛みが口を塞いでいた。
「眠くなってきたのか……すこし、寝ようかな」
何かにぶつかったような衝撃を受け、意識を手放す。
まだ、やり残したことがあるんだよなぁ、とそんなことを呟きながら。
こうして俺の人生は終了し、死んだはずだった。
「今日もどんな夢を見ていやがるんだ、まったくよ」
低い男性の声が聞こえた。
何事かと思い、瞼をゆっくりとぱちくりさせる。
だが、広がる景色を俺は知らなかった。
「お、おまえ。目覚めたのか」
そこは、薄暗い監獄だった。
映画やドラマで見たことがあるような、錆び付いた鉄格子に鎖、手錠などが辺りにまとめられている。そして、その檻の中で、三十代後半に近い印象を持つ男が俺の頬をつついている。女性ならともかく、男性にさわられる趣味はないのだが。
「えっと、貴方は? 」
これで、ヤクザです。なんて言われたら対処できる自信はない。
相手を怒らせないように、感情を殺しきった声で質問をする。
「お前を拾った奴隷商人だ。名前はアレク。しっかり覚えておけ」
「そうですか」
少しの沈黙の後、俺はシンプルに返事を返した。
まってくれ、奴隷商人なんて現代にいるわけがない。
再度、質問を続ける。
「ここは何処ですか? 」
「ここは、見ての通り牢屋だ」
「夢? ですか? 」
「残念ながら現実だ。目を覚ませ」
半開きだった瞳をしっかり開き、言われたとおりの現状を理解する。
「とりあえず、私のことを教えてください。何も覚えてないので」
「名前はシャウラ、性別は女、これくらいはわかるだろ」
「はぁ、女の子、女の子ですか?」
「そうだ、それも覚えてねぇのか?」
待て待て、俺は正真正銘男だぞ。
この身体で察してくれ、と胸元に手を当てる。
背中を押されるような衝撃とともに、俺は柔らかい感触に驚きを隠せない。
髪をさわる。
さらさらと流れるような艶のある髪がそこにはある。
拝見、お母さん。
俺、女の子になっちゃったみたいです。