9.アリスベリカの魔法
※6/14 加筆修正しました。
「アレッタさんって絶対性格悪いですよね」
長々と話終えた翌日、シャウラはアリスベリカの部屋を訪れていた。
相変わらずの汚い部屋。
先日片付けたばかりだと言うのに、もう本が散乱している。
そんな散らかる床に私は座り、お嬢様は自室の椅子に腰掛けていた。メイドに座る椅子などないのである。
「私をすぐ弄って、遊んでくるんです。説明だって、はぐらかされたりするし」
「あのメイドだし、仕方ないわよ。というか、メイドの仕事は大丈夫なの? 」
「あ、それは大丈夫です。今日はメイドはお休みなので」
アリスベリカが頷いて、シャウラが愚痴を言う。
魔法について教授してもらおうと訪れたはずが、お互いの愚痴を言い合う流れへと変わっていた。
「お祖父様もなんでこんな子を雇ったのかしら」
「えっ? 何か言いましたか?」
「なんでもありませんわ」
アリスは、片手に持つ本を差し出して、
「シャウラ、貴方は魔法を勉強しにきたのではなくて?」
「ああ、そうです! ありがとうございます」
本を受け取り、お辞儀をする。
異世界の知識を目の前にして、目を輝かせながら言ったものである。アレッタさんが言った新しい力とはこの本に書かれているのか。パラパラとページをめくって内容を流し読みする。
「一応、基本的なことが書いてあるわ。それを読んで理論を学んでおきなさいな」
「この厚さで基礎なんですか! 」
驚きのあまり、まじまじと本を見つめてしまった。分厚さだけで容に30センチは超えている。まるで百科事典や六法全書を持っているみたいだ。重さもそれほどある。
「それにしても、これだけの内容を学ぶのですか?」
「まあ、成人までには学院出身の子は暗記してるはずよ。魔法が使えなきゃ女性はやっていけないもの」
「お嬢様も覚えているのですか? 」
「学院なんて面白くありませんわ」
「それ、引きこもりの定番セリフです」
「私は魔法の研究をしているの、引きこもりじゃないのよ」
プイッと視線を反らす彼女。
全く、将来仕事がなくなってもしらんぞ。
いつ、就職氷河期が来るとも限らないんだから。
そんなことを思いつつ、
「内容は、神様についてのことが多いんですね」
軽く文字列を辿るだけで『神様』という単語があちこちに記載されている。
・神様は魔法の創設者であり、この世に与えた知の結晶である。
・魔法は、神を崇拝しその力を分けてもらうことでなり得る。
・魔力は、この世界を覆う生命の源である。
など、一部を引用しても神様についてのことが多く書かれていることに疑問を感じ、お嬢様に質問をする。
「これって本当に魔法についての本なんですか? 」
「ええ、学院で配布される教科書ですわ」
「なんだか、神様についてばかり書いてありますね」
更にページをめくり、お嬢様に見せる。
気になったので聞いてみたのだが、この動作の何がおかしかったのか、驚いた様子で話を続ける。
「貴方、神様を信じてはいませんの?」
「はい、特に信仰している神様がいるわけでもないですし」
日本には八百万の神がいるという。
どんな物にも神様が宿り、使い続けたり感謝し続ければいつか福が訪れると言われている。
他国から伝わってきた宗教は、日本でも多く広まってはいるが、国で定めた教えは無いに等しい。
どの神でも信仰するかしないかは自由。
そんな国の生まれである俺には当たり前の考えだったため、反応されたことに驚いた。
まあ、この世界の神様を見たことも聞いたこともないから余計にわかんないしね。
その様子にアリスも何故か、驚いた様子でこちらを見つめている。
「そ、そう。珍しいのね」
「お嬢様は、なにか信仰しているのですか? 」
「私も無いわ。神なんてものは嫌いだし」
「あれ? でも、魔法って神様の力を擬似的に発動することなんですよね。信仰していないとダメとかないんですか? 」
アリスは淡々と答える。
「信仰してなくたって魔法は使えるわよ。みんながイメージを神様が使ってると置き換えて使えてるだけで。その力が使いたいって願えば誰でも使えるわ」
アリスは更に解説をする。
「火の魔法は熱さをイメージすればいいの。この手に炎を投影してそれが熱いものだと認識する。それだけで魔法は結果をだしてくれるから」
指を鳴らすと、お嬢様の左手から炎が浮き出てくる。
幻覚ではなく、本物の熱さがそこには感じられた。
「アレッタに使えないって言われたのでしょ? 適正が無いと」
俺はこくり、と頷く。
自分で出した炎を握りつぶし、アリスはふぅ、と一息ついた。
「たぶんだけど、魔力の量が少ないから言われたのではなくて? 」
「どういうことですか? 」
「魔法をイメージできても、それに変わる燃料がないのよ」
彼女は、淡々と語る。
「ひとつ聞いておくわ」
「聞いておきたいことですか? 」
「シャウラは、魔法も加護も使えないし持っていないのよね」
「は、はい」
「そう」
なにか納得したように、アリスは俯く。
「神様に否定された子、ね。信仰もしていないし、神様について楽観的に考えている。お祖父様が隠したがっていたことってこの事かしら」
「ジルベルト様が何か隠し事ですか?」
「いえ、なんでもないわ」
アリスは椅子に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる。
それから彼女はニヤリと笑って、
「私が見つけた、本当の魔法を教えるわ。ついてきなさい」
訳がわからないまま、俺はまた彼女についていくのである。
□
残念ながら失念していたことがある。
彼女は重度の引きこもりであることに。
「もう、無理。歩けないわ」
椅子から約2メートル半。成人男性の2、3歩歩いただけなのに。
疲れを嘆くお嬢様がそこにいたのであった。
シャウラ「普段はどうやって本をとっているのですか?」
アリスベリカ「魔法よ(ニヤリ)」