◆第九話『突進界の王者』
「殿下、ご無事でしたか」
「緊急時です。わたくしのことは構わずに、いまはゾンビの対応を!」
「承知しました……お前たち、いつまでそうしている!? 我々は人に戻った! 自由に話し、自由に動ける! いまはそれだけわかれば充分だろう! 早急にゾンビの無力化に務めろ!」
オデンさんの檄が辺りに響き渡る。それを機に浄化されたばかりの騎士たちが一斉に正気を取り戻した。さすが騎士団長! なんて感心していると、武装なしにゾンビのほうへ向かっていく騎士を見て私ははっとなった。
「あ、あの! ゾンビに触れると感染しちゃうので気をつけてください!」
「……忠告、感謝する」
オデンさんの目つきがあまりに鋭くて思わずびくっとしてしまった。お礼を言われてるのになんだか責められてる気分だ。
「聞いた通りだ! お前たち、また臭い息を吐きたくなければゾンビに素手で触れるなよ!」
再度、オデンさんの指示が飛ぶ。と、騎士たちが辺りから盾代わりのものを見つけては複数対一の状況を作り、ゾンビを押し倒していく。やはり騎士とあって荒事の対応は得意といった感じだ。みるみるうちに前庭のゾンビたちが押し倒されていく。
「って、見てる場合じゃなかった。浄化しないと!」
私は慌てて動き出すと、地面に押し付けられたゾンビたちにペチペチとタッチしていく。
「失礼しまーす! 浄化するんで! はーい、ちょっとどいてくださーい!」
慣れとは怖いもので、ゾンビに触れることに抵抗はもうなかった。問題があるとすればその臭いだ。やっぱり臭い。右手の悪臭もひどくなっている気がしたけど、いまは我慢。終わってからしっかりじゃぶじゃぶして綺麗な体に戻すしかない。
ようやく前庭からゾンビの呻き声が消えると、私はふぅと一息ついた。一心不乱にタッチしていたせいで気づかなかったけど、思った以上に多くのゾンビを浄化したらしい。周囲を見れば優に百を超える人の姿を目にすることができた。目覚めてからずっとゾンビばかり見ていたのでなんだかすごく不思議な気分だ。
そうして感慨にふけっていると、みんなが私をじろじろ見ていることに気づいた。とてつもない美貌を持っていたら少しは自惚れたかもしれないけど、残念ながらそんなものは持ち合わせていない。せいぜいゾンビに群がられる程度。実際に群がられたし。
じゃあなにが理由で? と考え直してみると、すぐ答えに行きついた。そう、いまも悪臭を放ち続けている私の右手だ。これにはゾンビを浄化する力がある。実際にみんなもその瞬間を目の当たりにしているから興味を持つのも無理はない。
とはいえ、こんなに注目されるとさすがに居心地が悪い。一人もじもじしていると、シアが駆け寄ってきた。止まることなく抱きついてくる。
「お姉様っ」
「シア! 大丈夫? ゾンビに触られなかった?」
「ふふっ、お姉様ってば。触られていたら今頃腐っていますよ。シアはこの通り人間のままですっ」
シアが両手を広げて無事を知らせてくる。うん、可愛さも相変わらずだ。私がウンウン頷いていると、レックスもそばにやってきた。
「お二人とも、ご無事でなによりです」
「そっちも大丈夫だったみたいね」
「はい、おかげさまでなんとか」
と言われてもゾンビにタッチしていただけなので威張れることなんてない。体を張ってゾンビの相手をしていたレックスこそ褒められてしかるべきだ。そんな気持ちを伝えようとしたとき、横合から影が差した。オデンさんだ。
「レックス、よくやってくれた」
「オデン団長! ……いえ、私一人ではとても無理でした」
そこまで言ってから、レックスは私のほうを見やる。
「すべてはこちらの聖女――ミズハ様のお力があったからこそです」
滑らかに紹介したよ、この人。しかも大声で。おかげで前庭にいる他の人たちに丸聞こえだ。
「聖女だって?」
「そんなことあるわけが……」
「いやしかし、我々を人の姿に……」
みんなは初めこそ疑っていたようだけど、レックスの言葉に説得力を感じたのか。気づけば「そうだ、聖女様に違いない!」と言い出しはじめた。あれだけ聖女扱いはやめてと言ったのに……改めて言わせて欲しい。おのれレックス。
放っておいたら聖女コールが始まるんじゃないかと思うぐらいざわつきはじめた、そのとき。内城門から追加のゾンビたちが溢れ出てきた。
「げっ、まだあんなに残ってるの……」
ざっと見ても二十体。前庭で相手にした数に比べれば多くはないけど……この調子だと城内にもたくさん残っているはずだ。当然、そうなればまたゾンビに一杯触れないといけない。最悪だー! と私が欝な気分に襲われていると、オデンさんがゾンビに立ちはだかるようにして私の前に歩み出た。
「ミズハ殿、あなたの力を貸していただきたい」
「私としては全力でお断りしたいんですけど……行かないと今夜ぐっすり眠れなさそうなので」
「感謝する。……レックス、ミズハ殿を頼んだぞ!」
「了解です!」
レックスの返事を機にオデンさんがその巨体に合った大盾を構えた。突っ込む気らしい。私もあとに続く心構えをしていると、シアから服のすそをぐいっと引っ張られた。
「お姉様っ!」
「そんな不安そうな顔しないで。私は大丈夫だから」
頭を撫でてあげると、渋々といった感じではあるが頷いてくれた。
「……どうかご無事で」
「うん。じゃ、行ってくる!」
そう言い残して、私はオデンさんの背中を追った。
「私に続け! 一気に城内を制圧するぞ!」