◆第八話『ルコル最強の戦士』
倒れたドラゴンは激しくもがいてはいたけど、あちこちに傷を負っているからか、再び飛び上がる気配はなかった。私はまず左手でレックスを治癒。そのあと、みんなに守られながらドラゴンとの距離を恐る恐る詰め、タッチ。浄化に成功した。
靄で包まれていたり耐久力が恐ろしく高かったりと前回のドラゴンとはかなり違ったけど、浄化したあとの流れは一緒だった。眩い閃光を放ったあと、たくさんの鳥に分裂。ドラゴンだったものは消滅した。
「やったぞ、我々の勝利だ!」
「さすが姉御! ナディの嬢ちゃんもやるじゃねえか!」
「女神様の勝利です! やっぱりイーリスの女神様は一番です!」
「見たか皆の者! ドラゴンを倒した僕のひと突きを! あれこそが僕とミッズハーの愛の成せる業だ!」
間近に迫った脅威がなくなったからか、皆が一斉に歓声をあげて大喜びしていた。
また妄想を叫んでいた人はさておき、強大なドラゴンを倒したのだから気持ちはわかる。ただ、迫った脅威が完全になくなったわけじゃない。私は人差し指──もちろん臭くない左手──を口元に持っていきながら皆を見回す。
「みんな、シーッ!」
遠くまで離れたことでクラドルカ周辺のゾンビたちは豆粒みたいに小さく見えるけど、ゆっくりとこっちに向かってきている。すでに溢れた水には聖水としての効果が薄れているようで通常の歩行状態だ。水場から離れたゾンビも少なくない。もう絶対に安全な状態じゃなくなっている。
「浄化された鳥たちを回収後、すぐに撤退します! なるべく急いでください!」
レックスがそう指示を出すと、兵士さんたちがてきぱきと動き出した。幾つもの袋に分けて鳥たちを回収していく。ちょっと可哀そうだけど、飛び立ってドラゴン化する恐れもあるし、こればかりは仕方ない。
……というか、鳥って私の世界では数えきれないぐらいいるんだけど、やっぱりこの世界でもそうなのかな。だとしたら相当やばい未来が待っている気がしてならない。
そうして私がいやな予感を覚えていたとき、大量の荒い呼吸音が聞こえてきた。出所に目を向けると、私の信者さんたちがぐったりとした様子で現地に辿りついたところだった。
「はぁはぁ……ようやくついたぞ……」
「よ、よし。皆、彫像を手に持つのだ。これでミズハ様をお守りするぞ……っ」
力ない声で「おぉ……」と一致団結の掛け声をあげる信者さんたち。私の彫像を掲げている件に関して物申したいところだけど、いまに限っては痛々しくてなにも言えなかった。
「あの~、ここまで来てもらって言うのもなんだけど、ドラゴンはもう討伐したし、いまから帰るところだよ」
「な、なんですと……」
「ってことで回れ右してまた頑張ってね」
可哀そうなことこのうえないけど、選択したのは彼らだ。帰りも頑張って走ってもらうしかない。さみし気な後ろ姿でとぼとぼと引き返しはじめた彼らを見送っていると、視界の端に気になる光景が映り込んだ。気まずそうな空気の中、向かい合うナディちゃんとテオスさんだ。
「……お父さん」
「よくやった、ナディ」
テオスさんの口から紡がれた言葉があまりにも予想外だったのか、ナディちゃんが目を見開いていた。でも褒められたのだから喜ぶはずだ。そう私は思っていたけど、ナディちゃんが次に見せたのは苦し気な顔だった。
「やっぱりああやって動くものに矢を射るのはイヤだなって改めて思った。相手が動かなくなったのは私のせいだって思うと、どうしても……」
「……お前はもう立派に役目を果たした。これからはもう好きに生きなさい」
突き放すような言葉だ。でも、テオスさんはナディちゃんのことを誰よりも真剣に考えていた。きっと心の底から好きに生きてもらいたいと思っているはずだ。そしてナディちゃんも生き物に矢を射ることに抵抗を感じていた。きっとテオスさんの言葉に頷くはずだ。そう私は思っていた。
「イヤだけど……でも、さっきのドラゴンを倒せたおかげで……お父さんに弓の使い方を教わったおかげで、大切な友達を守ることができた」
「……ナディ」
「だから、これからも弓を持つよ。守りたいものを守るために」
ずっと目をそらしていたナディちゃんだけど、その言葉を放つときだけは真っ直ぐにテオスさんのことを見ていた。ただ、たくさんの勇気を振り絞ったことは両手に作られた拳からありありと伝わってきた。
私は体の奥底から湧き上がってきた言い得ぬ感情に押されるがまま、ナディちゃんに抱きついた。
「ミ、ミズハちゃん?」
「こうしたい気分だったの! 臭いついちゃうかもだけど……ごめんっ」
「また言ってる。だから、それは大丈夫だよ」
ナディちゃんが優しく笑いながらぎゅっと抱き返してくれた。ルコル族の幾人かがナディちゃんのことを臆病者呼ばわりしていたけど、違うことを私は知っている。ナディちゃんはただただ優しいだけだ。
「私の考えはさっき言った通りだ。お前の好きにしなさい」
再びテオスさんからそう告げられるナディちゃん。言葉はほとんど同じだけど、テオスさんの顔はさっきと比べて柔らかいように感じた。いや、ナディちゃんの綻んだ顔からして気のせいじゃないみたいだ。
「……はいっ」
これからも矢を射るか射ないかはナディちゃんの問題だ。どっちを選んでいたって友達であることは変わらない。ただ、ナディちゃんが父親であるテオスさんに認められたという事実はなによりも嬉しかった。私はナディちゃんと顔を見合わせて笑い合った。
レックスたち兵士さんの帰還準備もちょうど整ったみたいだ。ほとんど全員が周辺に集まっていた。たぶん、全員が無事だったと思う。それでもすごく危険な作戦だったことには変わりない。私は周りを見回しながら声を張り上げる。
「皆さん、私の我がままに付き合ってくれてありがとうございました!」
残りはエピローグとなりますが、少々お待ちを。