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◆第六話『どうも、お姉様です』

「レックスのばかぁっ!」


 いまのいままでゾンビの大群に気づかれなかったのはレックスのおかげだ。感謝はしている。しているけど、結局見つかってしまっては元も子もない。


 ゾンビたちはすでに私たちに気づいたようだ。一心不乱に私たちのほうへ向かってくる。足は歩くより少し速い程度だけど、その数のせいで威圧感はたっぷりだ。


「お二人はお先に!」

「レックスは!?」

「私は少し奴らを食い止めてから行きます!」

「く、食い止めるって……さっき感染したの忘れたのっ!?」

「ご安心ください。触れなければ良いとわかれば、いくらでもやりようはあります!」


 レックスは正統的な長剣を鞘から抜くと、目つきを鋭くした。


「ちょ、ちょっと! まさかそれで斬るつもりじゃっ」


 いまでこそ脅威なゾンビだけど、浄化の力を使えば人に戻る可能性があるのだ。殺しはするべきじゃない。ただ、そんなことはレックスもわかっているはずだ。もしかしてさっきの感染でレックスの脳は腐ってしまったのか。


 と思いきや、レックスが向かったのはゾンビのほうではなく道脇に生える大木のそばだった。そのまま深く腰を落として構えると、剣を横なぎに一閃。幹の低いところで上下に両断した。地鳴りのような音を鳴らした大木が道を横断するように倒れる。


「すご……」


 どれだけ剣の腕が凄くても人間の腰より太い幹を斬れるはずがない。少なくとも私の知ってる世界ではそうだ。まったくもって現実的じゃない。私が呆けていると、王女様が説明するように言う。


「レックスはグランツ王国一の剣の使い手ですから」

「そんなにすごかったんだ……」

「真面目過ぎたり、ちょっと抜けてるところが玉に瑕ですけれど」

「玉の瑕で見事に相殺されちゃってるなぁ」


 さっきのゾンビに挑んで即感染したレックスの姿がどうしても頭の中で再生される。これを消すには相当なインパクトがなければ難しそうだ。それでも今回の大木両断は充分に凄いと思うけど。


 私が王女様と会話している間にもレックスは次々に大木を道に倒していく。おかげでゾンビたちの進行は大幅に遅らせられている。ただ、完全に足が止まったわけじゃない。遠回りをして避けたり、のそのそと乗り越えたりしながら着実に私たちとの距離を詰めてきている。


「って、呑気に見てる場合じゃないね……走れる、王女様?」

「は、はいっ」


 必死な顔で頷いた王女様の手を引いて、私は駆け出した。



     ◆◆◆◆◆


 途中、歩きに近い速度まで落ちながらも弾むように地面を蹴り続けた。正確な距離はわからないけど、かなり進んだに違いない。いま、いるのは小高い丘だ。霧がかっていてうっすらとしか見えないけど、正面には平野が広がっている。


 ふいに王女様と繋いだ右手が引っ張られた。足を止めて振り返ると、王女様がへなへなと座り込むところだった。肩を大きく上下させながら息をしている。


「だ、大丈夫?」

「……ごめんなさい。すぐに立ちます」


 そうは言うものの、もう体力の限界といった様子だ。顔はげっそりしているし、汗は見えるだけでも大量にかいている。こんな状態で走り続けたら、それこそ命が危うい。私は繋いでいた手を離してから王女様の前に屈み込む。


「ごめんね。私のペースで走っちゃって……もうかなり離したと思うし、少し休もっか」

「ですが」

「いざってときに逃げられなかったら元も子もないしね」

「……わかりました。ありがとうございます」

「うんっ」


 素直に応じてくれた王女様に私は笑顔を返した。聞き分けの良い子は大好きだ。なんてことを思いながら朗らかな気持ちに浸ってから一転。自分が誰相手に喋っているのかを改めて思い出した。冷や汗が流れる。


「ご、ごごごごめんなさい。私ってばいつの間にか普通に喋っちゃって……」


 ゾンビに怯える王女様を見てからというもの、私が護ってあげなきゃという気持ちが先行していた。それで敬う気持ちが抜け落ちてしまったのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。そうして私が必死に自分に言い訳をしていると、王女様が少しだけ眉尻を下げながら微笑んだ。


「先ほどのように接してくださると嬉しいです」

「で、ですけど王女様相手に……」

「このような状況ですから、王女という身分はあってないようなものです。お願いできませんか……?」


 たしかにほとんどの人がゾンビと化した世界じゃ王国もなにもあったものじゃない。とはいえ、一応ゾンビから人に戻せる浄化の力がある。仮に人が戻って王国が再興した、そのとき。熱心な王国民――もとい王女様ファンからあとでボコられないか心配だけども……よくよく考えてみれば、そんなあとのことを心配しても無駄かもと思い直した。


「……王女様がそう言うなら」

「ありがとうございます……! それから、わたくしのことはどうかシアと呼んでいただけないでしょうか?」


 もう断る理由はない。ただ、私もお願いしたいことが頭に浮かんだので交渉に使うことにした。


「じゃあ私からも一つ。ミズハ様っての、やめてもらえるかな。もう、むず痒くてむず痒くて」

「ではお姉様とお呼びしてもよろしいでしょうかっ」

「え、それはちょっと……」


 私は思わず顔を引きつらせる。幼馴染の女の子が持っていたある漫画を思い出したのだ。内容は陰湿ないじめが横行する女子校の中、主人公の少女が同室の〝お姉様〟に助けられ、励まされ。ついにはお姉様と心身ともに結ばれるといったものだ。


 ああいった関係を否定するわけじゃないけどはっきり言って私は興味がない。ただ、そういう世界があることを知ってしまったことで〝お姉様〟に抵抗が生まれてしまった。


「ほら、私たち本当の姉妹じゃないし、ね?」

「つい先ほどミズハ様に抱きしめていただいたとき、すごく安心して……それで思ったのです。わたくしに姉がいたら、こんな風に優しくして下さったのでしょうか、と」


 王女様は想いを大切に仕舞うよう両手を胸元に当てる。どうやら漫画のような展開を求めているわけではなさそうだ。


「だめ……でしょうか」


 追い打ちとばかりに上目遣いで訴えられる。その整った容姿と相まって破壊力抜群。反対意見なんてもう微塵も残っていなかったせいで心にダイレクトアタックを受けた。まさか女の子相手にときめいてしまうとは。


「し、仕方ないなぁ……シアの好きにしていいよ」

「……っ! ありがとうございます、お姉様っ」


 王女様――シアがぱあっと笑顔を作った。うん、悪くない。私としても可愛い妹が欲しいなと思っていたからこれはウィンウィンの関係だ。


「お姉様と話していたら、わたくし元気が出てきました。もう少し頑張れそうです」

「どうせだし、レックスが来るまで休んでよう。ね?」

「ですが……」

「あれ、お姉ちゃんの言うことが聞けないのかな?」


 私が冗談交じりにそう言うと、シアがくすりと笑った。


「わかりました。シアはお姉様の言うことを聞きます」

「うん、良い子良い子」


 ゾンビ臭のしない左手で頭を撫でてあげると、シアが「えへへ」と嬉しそうに笑った。小動物みたいで可愛い。〝お姉様〟を認めて正解だ。妹、とても良い。


 それにしてもシアの髪が少し湿っているのが気になった。思った以上に汗をかいていたらしい。額には数本の髪がぴたりとついている。シアも気づいたらしく、髪を整えようと左手を額のほうへと持っていく。


「なんだかすごいにおいが……?」


 シアがその小さな鼻をぴくぴくさせる。と、そこで私ははっとなった。シアの左手は私の右手とずっと繋がっていた。つまり……。


「あ、ゾンビ臭が――」

「あぅぅ……」


 ふらふらと頭を揺らしたのち、シアが後ろへぽてんと倒れた。なんてこった。気絶してしまった。このまま放置するわけにもいかず、私は座り込んでシアの頭を膝上に乗せる。


「ミズハ様ー! 殿下ーっ!」


 来た道のほうから聞こえてきた。この声は――。


「レックス!」


 手を振りながら安定した走りでこっちに向かってくる。ウボウボ言っていないし、肌も正常。見たところ無事のようだ。そばまでくると、レックスはふぅと一息ついた。鍛え方が違うのか、ほとんど疲れていないように見える。


「で、殿下っ!? いったいなにが……っ」


 レックスがシアを見るなり慌てふためく。私の手の臭いで倒れたとか言いたくない。というか、そもそも私の臭いじゃないし、私は悪くない。全部ゾンビのせいだ。


「た、たくさん走ったからか、疲れて寝ちゃったみたい」

「殿下はあまり運動されてませんでしたからね……無理をなされたのでしょう」

「そうそう。だからゆっくり休ませてあげよ? ね?」

「そうですね。幸いゾンビは完全に巻きましたし」


 レックスは後方を見ながらそう言ったあと、悔しそうに息を漏らした。


「それにしても、まさかあそこで気づかれてしまうとは」

「私もつい怒っちゃったけど、よく考えたら木が腐ってたんだし仕方ないよ」

「いえ、完全に私の落ち度です。騎士たるもの、常から何事にも注意を払っていなければなりません」


 自分に厳しい人だ。何度も思うけど、ちょっと抜けたところがなければレックスは完璧超人だったに違いない。遠慮なく喋れる居心地の良さを考えれば、いまのままが良いというのが本音だけど。


 レックスが「とはいえ」と言いながら正面の平野に視線を戻した。誘われて私もその視線を追うと、霧が薄まっていた。遠くのほうにさっきは見えなかった巨大な建物が姿を現している。


「急いだおかげで王都が見えてきました」



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