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◆第六話『ドラゴン討伐戦』

「なんとか下りられたけど、でも、ロッソさんたちきつそうだね」

「ですが、あまり時間がありません。ここで休むわけには……」


 ドラゴンと遭遇することなく無事に山を下りられた。さすがに走ってばかりとあって足の張りがひどい。でも、ロッソさんとイーリスさんのほうが状態は悪そうだった。やっぱり水門を動かすために体力を使ったことがかなり響いているみたいだ。


「姉御、俺なら大丈夫です……」

「イーリスは女神様のナデナデがあればいくらでも走れますです、ごほごほっ」


 2人とも強がっているのが丸わかりだ。というかイーリスさんはもともと血色がいいほうじゃないから、いまにも天に召されそうな気がしてならなかった。


「ねえ、レックス」

「……仕方ありません。では、ほんの少しだけ休憩を──」


 そうレックスが言おうとしたとき、覚えのある力強い音が聞こえてきた。土を思いきり踏みしめながら走るような──この音は馬のものだ。私は音に誘われるように左方へ目を向ける。と、麓に沿う形で走ってくる馬の一団が映り込んだ。


「「ミズハ様ーッ!」」

「……あれってもしかして兵士さんたち?」


 私が目を見開きながらそう疑問を口にすると、ナディちゃんが「うん、そうみたい」と答えてくれた。どうやら彼らは山でドラゴンを誘う囮となってくれた兵士さんたちみたいだ。


 兵士さんたちは私たちの前まで来ると、手綱を引いて馬を止めた。数えてみたところ、ちょうど10人。囮として別れた人たち全員がいる。


「皆さん無事だったんですね。でもどうやって……?」

「それがドラゴンは私たちの中にミズハ様がいないことを早々に察したのか、すぐさま引き返してしまったのです……お力になれず申し訳ありません」

「ううん、皆さんが危ない目に遭わなくてむしろ良かったです!」

「すべてはミズハ様のご加護のおかげです」


 そう言いながら、兵士さんたちが私と握手したほうの手をそっと胸に当てた。


 結果的に私のニオイ効果は付与できなかったことになる。私としては兵士さんたちも助かって二重の意味でベストな結果だ。ただ、もうひとつ疑問に思うことがあった。私は兵士さんたちが囲む形で連れてきたヴィアンタを含む3頭の馬たちを見やる。


「でも、その子たちは?」

「我々もすぐに引き返し、ドラゴンの様子を窺っていたのです。そしてしばらくしてドラゴンが去ったあと、近くにあった洞窟の入口で見つけたので連れてきたのです」

「ミズハ様たちが洞窟に入ったこと。入ってから時間が経っていたことから先へ進んだことは明白。そして中にはゾンビがはびこっていたことからも、強行突破をはかったと判断し、我々は水門地点から山を下った先に行けば合流できるかもしれないと考えたのです」

「す、すごい……全部推察通りです!」


 聞いてみればたしかにと思うけど、いざ私が兵士さんたちの立場になったらそこまで考えられる気がしない。「ミズハ様に褒められたぜ、俺たち……!」とだらしなく喜ぶさまはちょっといただけないけど、それでも帳消しにするぐらい兵士さんたちのことを私は尊敬した。


 レックスがヴィアンタを優しく抱きしめたのち、その背に乗った。クラドルカのある方角を見ながら声を張り上げる。


「ともかく足を入手できたのは大きいです。本隊との合流まで一気に駆け抜けましょう!」



     ◆◆◆◆◆


 馬に乗ってからの移動はさすがに早かった。さっきまでいた麓が見えなくなり、瞬く間に全方位が広大な平原──以前、大量のゾンビに囲まれた場所付近までやってきた。


 右方にはクラドルカが見えるけど、以前、目にしたときとは様子が一変していた。山の中腹から麓にかけて建てられた都市とあってか、まるで流れ出るように水を放出していたのだ。都市を出た水は緩やかな斜面を経て、私たちがいる平原側へと浸食している。


 さすがに平原すべてを覆うほどじゃないけど、クラドルカ側の大半が水浸し状態だ。そして流れた水に聖水の効果が少しでも付与されていることは、転んだりほとんど動かないゾンビたちを見る限り明らかだった。


「どうやら上手くいったみたいですね」

「うん、さっすがピーノくん!」


 私たちは水に浸からないぎりぎりの場所を走っていく。聖水の効果だろうか。平原に漂っていた独特の臭気や霧が晴れはじめる。おかげで遠くまですっきり見えるようになった。


 進路の先に本隊を見つけた。そこから大量に射られる矢の先には空を激しく飛び回るドラゴンの姿も見える。


「もう始まってるみたい!」


 隣につけたナディちゃんが叫んだ。皆、本体がすでに戦闘中とあって、馬の脚を速めている。


「ドラゴン、やっぱり戻ってたんだ……」

「やはりクラドルカに近づく者がいれば迎撃に向かう習性があるようですね」


 そう冷静に見解を示したレックスだけど、その目は鋭い。きっと戦闘開始を目前としているからだ。ドラゴンが山に残ったままだったらどうしようと思ったけど、これなら作戦通りに進められる。


 本隊に近づくにつれ、彼らの声がはっきりと聞こえるようになってきた。そして張り詰めた空気もひしひしと感じられるまで近づいたとき──。


「聖女様が来られた! いまだ、ルコルの戦士たちよ! 勇ましき心を以て、その矢を放てっ!」


 テオスさんの猛々しい声が響き渡った。直後、一糸乱れぬ隊列で縦横無尽に駆けていたルコル族から一斉に矢が放たれ、ドラゴンの翼にことごとくが命中した。矢がドラゴンの表皮に突き刺さっているところを見る限り、ピーノくん考案の矢も効果を発揮しているようだ。


 それにしても──。


 私が本隊と合流したらすぐにドラゴンを落とす。事前に打ち合わせた通りではあったけど、まさかここまで完璧にこなしてくれるとは思いもしなかった。


「すごっ」

「ミズハ様、好機です! 掴まっていてください!」


 レックスがヴィアンタの横腹を足で叩き、加速させた。倒れたドラゴンとの距離が一気に縮まっていく。ドラゴンの口から覗く獰猛な歯がはっきりと見える距離にまで達した、そのとき。倒れていたドラゴンが荒々しく悶え、その口を私たちのほうへ向けてきた。


「うぇ、ここで!?」


 まるで私が近づくのを待っていたかのようなタイミングだ。ここで黒いブレスを吐かれたら一巻の終わりだ。そう思ったけど、すぐに脅威は取り除かれた。ドラゴンの頭部に次々と矢が突き刺さったのだ。矢尻を包んだ硝子のせいか、独特の破砕音が辺りに響く。


「聖女様、いまです!」


 テオスさんの声に後押しされるように私はレックスとともに一気に前進。ヴィアンタがドラゴンのそばを駆け抜ける瞬間、上半身を思いきり横に倒しながら手を伸ばし、翼角付近にタッチした。


 人間ゾンビやボンレスハムと違って硬質な感触にちょっと驚いたけど、それが余計に〝触った〟という実感を抱かせてくれた。


 駆け抜けた直後、振り返る。と、ドラゴンの全身につぎはぎの線が幾つも走っていた。ボンレスハムを浄化したときと同じ反応だ。その後の現象もまた同じだった。眩い光を放ったあと、ドラゴンの体からぼとぼとと大小さまざまな生き物たちが落ちていく。見たところ、すべてが鳥のようだ。


 空を飛んでいるゾンビ体ということもあって、なんとなく予想はしていたけど……ドラゴンはやっぱり多くの鳥たちで形成されていたみたいだ。ヴィアンタが足を緩める中、私はさっきまでドラゴンの一部だった鳥たちを見ながらぼそりとこぼす。


「倒したんだよね……?」

「はい、ミズハ様。ドラゴンは、いま、間違いなく消滅しました!」


 レックスがそう言い切った直後、あちこちから歓喜の声があがった。


 さすがに200人近い集まりとあってかなり大きな歓声だ。無理もないけど、ゾンビを呼び寄せる危険があるにもかかわらず、いまは誰も批難する人はいない。とはいえゾンビたちは聖水の効果で鈍足状態。すぐに迫る脅威はなかった。


「やったね、レックス」

「はい、みなの奮戦あっての勝利です」


 私もレックスと喜びを分かち合っていると、甲冑に身を包んだ派手な身なりの人──キースさんが近づいてきた。彼は剣を高々とあげながら、勇ましく語りかけてくる。


「見たかい、ミッズハー! 僕の華麗な剣技にたまらず墜落したドラゴンの姿を!」

「いえ、キースさんの姿自体見えてないですし、そもそも地上から空を飛んでるドラゴンに剣は届かないと思います」

「信じられないかもしれないけど、僕の剣技は矢のごとく放たれるのさ!」

「ごとくっていうか矢そのものですから。しかも放ったのルコルの人たちですから」


 相変わらず話の通じないキースさんを淡々といなしつつ、私はルコル族の皆のところに向かった。ルコル族の人たちも安堵とともに喜びをあらわにしている。私は族長のテオスさんに向かって声をかける。


「お疲れ様でした! 皆さんの矢、本当に凄かったです!」

「我々ルコルは務めを果たしたまでのこと。これで聖女様への恩義を返せたとは思いませんが……力になれたのであればなによりです」

「力になれたもなにも、今回の作戦成功はルコル族の皆さんあってのものです! 本当にありがとうございました!」


 私は高揚を隠さず感謝の気持ちを存分に伝えた。ルコル族の人たちのほとんどが笑みを返してくれたけど、テオスさんだけはずっと険しい顔のままだ。


 ふと、テオスさんの視線が私から外れていることに気づいた。その視線を辿った先にはナディちゃんがいる。きっと私と行動していたナディちゃんのことが気になるのだろう。


「ナディちゃんは道中で私のことをたくさん助けてくれました」

「……そうですか」


 テオスさんはただそれだけしか言葉を返してくれなかった。その目は厳しく、また寂しさのようなものを湛えている。なんとなくだけど、ナディちゃんが〝まだ1回も矢を射ていない〟ことも察しているような気がした。


「ミズハちゃん、私……」

「ナディちゃんがずっとそばにいてくれたから、ここまで来られたんだよ。ありがと」

「……うん」


 ずるいとは思ったけど、私はナディちゃんの言葉を遮った。矢を射ても射られなくても関係ない。ナディちゃんは私にとって大切な友達だ。


「このまま喜びに浸っていたいところですが、陽が暮れるまでもうあまり時間がありません。それに今回はドラゴン討伐が目的です。欲張らずに帰還しましょう」


 レックスが作戦参加者に行き届くように叫ぶと、全員が応じて撤退の準備を始めた。まだ勝利の余韻が抜けていないこともあってか、少しバラバラだ。でも、ゾンビは聖水漬けでほぼ無力化した状態なうえ、1番の脅威であったドラゴンももういない。


 少しぐらい気を抜いてもきっと大丈夫だろう。きっと皆も同じように考えていたと思う。でも、その慢心のせいか。次の瞬間に聞こえてきたけたたましい咆哮が、より深く恐怖を届けてきた。私は恐る恐る空を見上げたのち、思わず目を見開いてしまう。


「ど、どうして……さっき倒したはずなのに」


 空を飛び回る黒い巨体生物。

 その姿は紛れもなくドラゴンのものだった。



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