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◆第四話『坑道にもやっぱりいるよね』

「……まだいますね。変わらず上空を旋回しています」


 洞窟入口の偵察に行っていたレックスが戻ってきた。私たちが洞窟に入ったあと、ドラゴンは入口から離れてくれたけど上空を旋回しはじめたのだ。その後はレックスの報告通り状況に変化は起こっていなかった。


「本来の道で水門に向かうのはもう難しそうだね」

「ですね。先ほどドラゴンから逃げきれたのは本当に運がよかったですから。次はないと考えて動くべきです」

「っても、ずっとここにいるわけにもいかないんじゃないっすか?」


 ロッソさんが難しい顔で問題を挙げた。たしかにその通りだ。ここにいればドラゴンの脅威からは逃れられるけど、食糧がもたない。いずれにせよなにか行動を起こす必要がある。と、レックスが1枚の地図を取り出した。


「それなのですが、ピーノ殿が渡してくれた地図を先ほど確認したところ、この辺り一帯は炭山となっていました。そして、ここは古い坑道なのですが、2つの出入口に続いているようです。1つはクラドルカの近辺。もう1つは──」

「あ、水門の近くだ!」


 私は驚きと嬉しさからレックスの声を遮ってしまった。レックスが「その通りです」と微笑みながら応じてくれる。


「ってことはこのままここを進んでいきゃいいってことっすか! これはツキが向いてきたっ」


 ロッソさんが左掌に右拳をパシンと打ちつけて喜びをあわらにする。ただ、すべての問題が解決したわけじゃない。ナディちゃんが馬を撫でながら不安げな声を漏らす。


「でも、この子たち怯えてるみたい」

「いずれにせよ坑道ですから馬が通るには厳しい場所も多々あるでしょう。置いていくしかありません」


 レックスが早々に決断を下した。たしかに馬を連れていくのは難しそうだ。とはいえ、このトルシュターナ領はまだまだゾンビだらけだ。加えて近くにはドラゴンもいる。馬たちだけを置いていくのは危険な気がしてならない。


「大丈夫かな?」

「……ヴィアンタは賢い子です。きっと危険に曝されれば、ほかの子たちを連れて逃げてくれるはずです」


 家族同然のヴィアンタを置いていくことになるのだ。辛いに決まっている。でも、レックスは一瞬だけ顔を歪めただけでそう決断した。私は「うん、わかった」と端的に応じた。下手に慰めるより、このほうがレックスのためになると思ったのだ。


 馬たちに預けていた荷袋を各々が手分けして持ってから私は洞窟の奥へと向き直る。


「それじゃ行こっか」

「ミズハちゃん、あの人、いいの?」

「……やっぱり置いていくのはまずいよね」


 ナディちゃんに指摘されずともちゃんと覚えていた。覚えていたけど、そのドン引きの姿から声をかけるのがはばかられたのだ。洞窟入口側を向きながら涙を流して打ちひしがれているイーリスさんに声をかける。


「イーリスさん、いつまでそうしてるの?」

「女神様像が……あぁ……あぁ……」

「置いていくよー」

「これからどうやったら寝たらいいかわからないです……」

「すぐに来てくれたらナデナデするよー」

「行くです!」


 なんて立ち直りの早い。というか聞き逃しそうになったけど、私の彫像がなければ寝られないって抱き枕にでもしていたのだろうか。あんなゴツゴツで硬いものを抱いて寝るなんて本当に考えられないけど、イーリスさんだったらありえそうだから怖い。


 とにもかくにも洞窟進行が始まった。隊列は先頭からレックス、私とナデナデ堪能中のイーリスさん。続いてナディちゃん。最後尾にロッソさんといった形だ。ちなみに松明はレックスとロッソさんだけが持っている。


「……なんかやけに静かだね」

「とはいえ、クラドルカの人口からしてゾンビの1体や2体ぐらいはいてもおかしくありません」

「出来ればこのままずっと出てこないでくれると嬉しいけど、多少は身構えておくべきだよね」


 というかこんな暗闇の中、心の準備もなしにゾンビと出くわしたら心臓が止まりそうな気がする。私は体をこわばらせながら、〝どこかからゾンビが来る、ゾンビが来る〟と心の中で唱え続ける。そんな調子でレックスを先頭に奥へと進み続けていたときだった。


 カン、カン、カン。


「ねえ、ナディちゃん。この音聞こえてる?」

「う、うん。金属音っていうか、なにか打ちつけるような──」


 突然、右側からピシッと音が鳴った。私は恐る恐る音の出所に目を向けると、亀裂の入った壁が映り込んだ。あ、これは嫌な予感がする。なんて思ったときには亀裂は広がり、壁が四散。中からツルハシを持ったゾンビが飛び出してきた。


「ぼぅあああああああああっ!」

「いやぁああああああああっ!」


 ゾンビがツルハシを持った右手を振り上げ、私に突き刺そうとしてきた。夜のゾンビほど機敏じゃないけど、通常ゾンビよりも速い。このままじゃ私の顔面がツルハシで採掘されてしまう。


 そう思った瞬間、ドンッと鈍い音とともにゾンビが視界から消えた。間に割って入ったレックスが盾でゾンビを穴の中に送り返したのだ。レックスが必死な顔で肩越しに振り返ってくる。


「ミズハ様、お怪我はありませんかっ!?」

「う、うん……ありがと、レックス」


 心構えはしていたけど、まさか壁を破壊してくるなんて思いもしなかった。おかげで心臓が飛び出しそうなぐらいバクバク鳴っている。


 ただ、心臓は収まるどころかさらに強くなった。またそばの壁が破壊され、べつのゾンビが襲ってきたのだ。また私が悲鳴をあげる中、レックスが盾で突き飛ばして難を逃れる。


「信じられませんが、どうやらここのゾンビたちは壁を破壊するみたいです!」

「だとしたら、この洞窟全部やばくない!?」


 私の最悪な考えが真実であるかのように破壊音が聞こえてきた。ロッソさんのすぐ後ろの壁からだ。早速とばかりにツルハシを持った──鉱夫ゾンビがわらわらと出てきている。


「ダメだ! このままここにいたら挟まれちまうっ!」

「どのみち進むしかありません! 先を急ぎましょう! 私が道を切り開きます!」


 そう叫んだレックスに続いて全員が駆け出した。ただ、鉱夫ゾンビは私たちの場所を正確に把握しているのか、不規則なタイミングで左右の壁を壊しては飛び出てくる。


「分断されないようになるべくくっついたほうがいいかも! ってイーリスさんそれはくっつきすぎ! 歩きにくいからっ!」

「イーリスはまだまだくっつき足らないと思うです……!」


 過剰に引っついてくるイーリスさんを半ば引きずりながら私は皆と先を急ぐ。余裕はないけど、かなりの距離を進んでいる。頭上からゾンビが降ってきたときは本気で心臓が止まるかと思ったけど、レックスの素早い対応で事なきを終えられた。


「あの階段を上がれば出口です!」


 やがて幾度もの角を経て、辿りついた広間で階段を見つけた。最奥の壁に横付けされ、右に上がっていく形だ。洞窟の外に出られれば鉱夫ゾンビから不意打ちを食らうこともないし、きっと逃れられる。私も含め皆の顔に安堵の色が浮かんだ。


 瞬間、ドゴンッと激しい音とともに階段の大半が破壊された。奥の壁ごと破壊する格好で複数の鉱夫ゾンビが飛び出してきたのだ。きっと気のせいだけど、「ぼぅあ~」と声をあげた彼ら鉱夫ゾンビがまるで勝ち誇っているように感じられた。


「う、うそ……あそこしか上がるところないのに!」

「ミズハちゃん、後ろから来てるよ!」

「ここにいては挟まれます! 一度、隅まで避難を!」


 レックスに促されて私たちは広間の右隅──ちょうど出口に繋がる道の下に退避した。退路が塞がれて仕方なかったけど、完全に袋小路な状態だ。私たちが隅に来てからも鉱夫ゾンビは絶え間なく広間に現れては私たちに向かってのそのそと詰め寄ってきている。


 ツルハシを持っているせいか、通常のゾンビと比べてもすごい威圧感だ。レックスが勇敢に前へと出ては盾で弾き飛ばし、こかしている。おかげで進行は遅らせられてはいるけど、それも物量で押されてきている。このままじゃいずれ囲まれてしまう。なんとかしないと……。


 そう私が思案しはじめたとき、ロッソさんが目の前に立って真剣な顔を向けてきた。


「姉御、唾液をください!」

「こんなときに変なこと言わないでくれる!?」

「いや、これを浄化してほしいんすよ!」

「これって……ロープ?」

「はい。広間に入ったとき、脇に落ちていたのを見つけてとってきたんす。ま、案の定腐ってたんすけど、でも、姉御に浄化してもらえれば使い物になるかもって」


 抜け目ないところは初めて会ったときの印象そのものだ。でも、いまはそのロッソさんの癖に感謝するばかりだ。なぜなら──。


「そっか、それで上から引き上げれば!」

「この程度なら俺は上がれますから。だから唾液を! 唾液を早く! 俺にください!」


 唾液連呼は本当にやめてほしいけど、これ以上時間をかけている暇はない。私は「了解!」とロープを受け取り、さらに隅へと移動。皆に背を向ける格好でこっそり唾液を垂らし、ロープを浄化した。


 青紫色の毒々しい色が見る間に元通りになっていく。すでに削れていた部分が直った様子はないけど、軽く引っ張ってみた感じは耐久性に問題なさそうだ。


「ロッソさん、お願い!」

「任せてくださいっ!」


 ロッソさんはロープを肩にかけると、早々によじ登りはじめた。ボコボコの岩壁とはいえ、よくもあんなにスムーズに登っていけるものだ。こう言ってはなんだけど、爬虫類が壁を歩いている感じに似ている。


 高さ的には4か5メートルぐらいあった気がするけど、あっという間に登り切ってしまった。ロッソさんは自分の体にロープの端を巻きつけたあと、逆側を垂らしてくる。


「さ、早く!」

「女神様が最優先です!」

「うん、ミズハちゃんが先に行かないと!」


 イーリスさんとナディちゃんが促してくる。私はあとでいいよなんて言葉が出かかったけど、すぐに呑み込んだ。体格的にもそうだけど、私は唯一ゾンビを浄化できる存在だ。申し訳ないけど、私が先に行くのがここは最善で間違いない。


 いずれにせよ、いまもレックスがほぼ1人で鉱夫ゾンビをぎりぎりのところで抑えてくれている状況だ。誰が先に行くかで揉めている余裕はなかった。


「わかった。すぐに上がるから!」


 私はロープに掴まって登りはじめる。と、頭上から「ぐぉおおお!」とロッソさんの唸り声が聞こえてきた。どう考えてもこれは踏ん張っている声だ。


「お、重い!? ごめんねっ」

「んなことないっすよ! すんごい軽いっす……!」

「なるべくじっとしてるから!」


 ロッソさんは特別体が大きいわけでも腕力があるわけでもない。だから重く感じるだけだ。そうに違いない。なんてこと考えながら待っている間にも床の縁が近づいてきた。私は手の指をかけてあと、片足をかけて全身を引き上げる。


 スカートではしたない格好になったけど、いまばかりは仕方ない。少し捲れたところをロッソさんに見られたかもと恥ずかしくなったけど、杞憂だった。ロッソさんは仰向けの状態で寝ころんだまま荒く息を吐いていた。


「もう大丈夫だよ、ありがとロッソさん」

「い、いえ……このぐらいお安い御用っすよ。ごほっ、ごほっ」


 ロッソさんが立ち上がって笑みを向けてくれる。気遣ってくれるのは嬉しい。でも、我慢するさまを見れば見るほど、私の心も抉れているような気がしてならなかった。


「それよりほかの皆も急いで引き上げないとっすね」

「だね。私も手伝うよ!」


 大して力はないけど、ないよりマシなはずだ。


「次は誰がいいかな!?」

「私はあとじゃないと……その、重いから」


 ナディちゃんが恥ずかしそうにそう応えた。大柄なのだから重いのは当然だ。恥ずかしがる必要なんてない。ないけど、耳や尻尾がしゅんと垂れ下がったさまは可愛らしくて仕方なかった。


「それじゃ次はイーリスさんで!」

「はいです、いまイーリスは女神様のもとに召されるです!」

「それなんかダメな風に聞こえるんだけど!」


 両手を私のほうに伸ばしながら、直立で引き上げられるイーリスさん。その姿はなんともシュールだったけど、無事に引き上げることに成功した。そのままイーリスさんにナディちゃん引き上げに参加してもらうと、こっちも難なく成功した。


「重くなかった?」

「全然。むしろ軽いぐらいだったよ」


 イーリスさんの怪力が大きな要因だったことは間違いないけど、それを言うのは野暮というものだ。とにもかくにも残すはあと1人。いまも鉱夫ゾンビを食い止め続けてくれているレックスだけだ。すでに鉱夫ゾンビによる包囲はほぼ隙間がないほどに狭まっていた。もう時間がない。


「レックス、いまロープを垂らしたから! 掴まって!」

「了解です!」


 ちょうど鉱夫ゾンビを盾で弾いたレックスが、すぐさま振り返ってロープに掴まった。それに合わせて上がり終えた全員でロープを思いきり引っ張る。と、ぶちっと音がしたと同時、全員で尻もちをついてしまった。


「うそっ!?」


 どう見てもロープが切れている。もともと老朽化していたこともあって、引き上げの際に縁で擦れてちぎれてしまったみたいだ。いずれにせよ、これじゃレックスが上がってこられない。私は急いで縁まで駆け寄り、下を覗き込む。


「レックスッ!」

「問題ありませんっ」


 ロープが切れて上がる手段がなくなったというのになにが問題ないのか。まるで理解できなかったけど、すぐに納得がいった。レックスは適当な凹凸を足場にして軽やかに跳躍。悠々と登り切ってしまったのだ。そばにふわりと着地したレックスに、私は唖然とした顔を向ける。


「ねえ、レックス。もしかして最初からロープいらなかったの?」

「そうみたいですね。試してみたらいけてしまいました」


 爽やかな笑みでそう答えるレックス。さっきまで死を間近にしていた人とはとても思えない。そんなレックスに私だけじゃなくてロッソさんも口を開けてぽかんとしていた。


「……兄貴ってほんと超人っすよね」

「うん。心配して損した感じになるの、よくあるんだよね……」

「わ、私はなにか悪いことをしてしまったのでしょうかっ」

「ううん、むしろその逆。無事でなによりです」


 かなり人間離れした動きをされて呆気にとられていただけだ。レックスが無事でいてくれて嬉しいことには変わりない。そうして私がほっとしていると、ナディちゃんが縁の下を窺いながら焦った声を飛ばしてきた。


「ミズハちゃん、あのゾンビ、自分たちの体を足場にして積み重なってる! このままだとすぐに登ってくるかも!」

「えぇ、じゃあ急がないと!」


 振り向くと、道の先にかすかな光が見えていた。出口がすぐ近くにある証拠だ。私は皆と頷きあってダッシュ。勢いのまま洞窟の外へと飛び出した。



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