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◆第一話『王都出発』

「すごい数……邪神討伐に向かったときよりも多いよね」

「ドラゴン討伐を目的とした本体が総勢で150です」


 陽が昇ってからまだほとんど時間が経っていない頃、私はレックスと一緒に王都を守る防壁の外に出ていた。クラドルカ浄化作戦への協力を王様に約束してもらってから約20日。ついに作戦決行の日がやってきた。


 視界の中には作戦に協力してくれるグランツ兵の人たちが待機していた。本当に壮観だ。普段、あれだけの大人数が一箇所に集まっているところを見る機会がないので余計にそう思えた。


 ただ、気になるのは彼らの移動手段となる馬だ。馬車での移動にも使うみたいだけど、大半が1人1頭といった形となっている。


「あんなに馬を出してもらって……本当にいいのかなって」

「さすがにこの兵数ですから。まだ安全ではないトルシュターナ領で野営なんてことになれば全滅は避けられません。速度がなにより重視された結果です」


 時間があれば馬たちが新しい子を産んで増えていくんだろうけど、まだそこまで安定した段階には至っていない。だから、全部がボンレスハムから解放された馬たちだ。


「まさか本当に実行に至らせるとはな」


 そう声をかけてきたのはピーノくんだ。


「信じられないみたいに言ってるけど、ピーノくんしっかり準備してくれてたよね」

「僕はただ指示を出しただけで大したことはしていない。褒められるべきは実際に動いた者たちだ」


 ピーノくんはいつも仏頂面だけどこうした周囲への気遣いもできる。本当に私より年下とは思えない出来た人間だ。


「もちろんそうだけど、でもやっぱりピーノくんはすごいよ。とくにあの対ドラゴン用の矢とか私なら絶対に思いつかなかったもん」


 レックスが「そうですね」と感心したように頷く。


「まさか矢尻に薄い硝子を重ね、そこに聖水を入れるとは……」

「衝突の直前に一人でに聖水をまき散らすなんてものは作れないからな。ならばとドラゴンの硬い皮膚を逆に利用してやろうと考えただけだ」


 大したことはない、とまたも謙遜するピーノくん。謙遜も過ぎればなんとやらなんて言うけど、ピーノくん相手に限っては嫌味な感じに聞こえなかった。私が能天気なだけかもしれないけど、「さすが!」と感心するばかりだ。


「とにかく、もうドラゴンも怖くないね」

「相手の情報はそれほど多くはない。あまり慢心はするべきじゃないと思うが」

「わかってるわかってるっ」


 私が呑気に返答したこともあって疑念の眼差しを向けられてしまった。もちろん私だってすべてが上手くいくとは思ってない。問題が起きるたび、修正を求められる可能性は大いにある。それでもやっぱり前提として上手くいくと信じていたかった。


「ミッズハー!」

「うげ、出た」


 声を聞くだけでわかってしまうのがまた自己嫌悪だ。面倒な人が来たことを察したのか、ピーノくんが早速とばかりに立ち去ろうと背中を向ける。


「頑張れ」

「え、行っちゃうのっ!?」

「あれの対応は僕の専門外だ。それではな」


 無情にもピーノくんは去ってしまった。とっさにシアの話題を振って繋ぎとめればよかったと後悔したけど、もう遅い。私の前に面倒な人──キース・ロワダンさんが満面の笑みで立った。


「……来るとは聞いてましたけど、本当に来たんですね」

「もちろんだとも。ミッズハーは僕の未来の妻なんだ。そんな存在であるきみだけに危険なことをさせるなんてこの僕がするわけがないじゃないかっ」

「あの、勝手に私の将来を決めないでくれますか」

「ははっ、相変わらず照れ屋なところも愛らしいね、ミッズハー!」


 安定の話の通じなさだ。ぜひともこのブレない力をどうにか別のことに使って世界をよりよくしてもらいたいものだ。


「それじゃミッズハー。早速、僕の馬に乗って──」

「ロワダン卿。なにか勘違いしておられるようですが、あなたの配属は本隊でミズハ様は別動隊です」


 レックスが間に割って入りながらそう告げた。


「ど、どういうことだ!? 僕はミッズハーと一緒だから同行すると言ったんだ! 彼女がいなかったら意味がないじゃないかっ」

「申し訳ありませんが、これは決定事項です」

「では僕もいまからそちらに配属してくれ」

「なりません。別動隊は精鋭のみの構成。恐れながらあなたの力では部隊の足並みを乱す可能性があります」


 いつものレックスに似合わずはっきりとした物言いだ。とはいえ、とても危険な道中となることは間違いない。下手に足並みを乱されて部隊全滅なんてことも考えると、やっぱりここで突き放そうとするレックスの判断は正しいと思う。


 キースさんは幾度もレックスに勝負を挑んでは敗北しているとあってか、力で勝てないことは充分に理解しているようだ。怒りで全身をわなわなと震えさせはじめる。


「ミッズハーへの愛なら誰にも負けない!」

「その愛を叫び続けてゾンビを呼び寄せそうでならないので、いずれにせよロワダン卿には別動隊と行動することは遠慮して頂きます」


 レックスの目配せによって、ほかの兵士さんたちがキースさんの両腕をがっちりホールド。そのまま引きずっていつもの光景を演出してくれた。


「は、放せ! くそっ、ミッズハー! たとえどれだけ離れていようとも僕たちの愛の絆は決して途切れることはない! 寂しくなったら僕の名前を呼んでおくれ! そうすれば僕はきみのもとに必ず辿りついてみせる!」

「あー、はい。みなさんに迷惑をかけないように頑張ってくださいねー」

「届いた! いままさにミッズハーの愛の声が届いた! やっぱりきみと僕は愛の絆でむす──」


 まだまだ続きそうだったのでキースさんの声を意識的に外へと追いやった。本当にいつもながら疲れる人だ。


「……まったくもって迷惑な人です。女神様はイーリスたちがお守りするです」


 さて、キースさんとは別の意味で厄介な人が来たようだ。


「こっちも来るのはなんとなく予想できてたんだけどさ……」

「偶然ですね、ミズハ様。実は私もです」


 私はレックスと揃ってさっきの声の出所に向き直る。と、イーリスさんを先頭にフードつきの外套を羽織った集団を見つけた。私を女神様と同一人物だと信じて崇めている〝ミズハ教〟信者の方々だ。


 総勢約50人。見かけるたびに増えている気がするのは最近の一番の悩みだ。私は盛大にため息をつきながら問いかける。


「やっぱりダメって言ってもついてくるんだよね」

「イーリスたちは常に女神様とともにあります」

「……どうせダメだって言ってもついてくるんだよね」

「もちろんです」


 うん、知ってた。知ってたけど、もう少し隠してほしかった。


「でも、馬必須みたいな感じなんだけど大丈夫?」

「走るので大丈夫です」


 信仰対象が私なだけに敬虔なんて言葉を使うのはどうかと思うけど、いずれにせよこの人たちは無駄に根性がある。きっとバテバテになりながらも気合でどうにかしてしまう気がした。


「さっきの話、聞いてたと思うけど、私は別動隊なんだよね。もし協力してくれるのなら本隊の人たちを助けてほしいの。お願いできる?」

「……ま、任せてくださいです」

「いま変な間があったんだけど」

「気のせいです」


 絶対、私のいる別動隊についてくる気だ。


「嘘だったら皆がいま担いでるものをレックスに1つ残らず破壊してもらうから」

「そ、それだけはダメです! この女神様像だけはっ」

「陣形だ! 対女神様陣形っ!」


 信者さんたちが背中を内側に向けた格好で円陣を組んだ。間違いなく私から〝私の彫像〟を守るための陣形だ。どこから突っ込めばいいのか困ったけど、ひとまず私の像を持ち歩いていることは確定のようだ。


 あの彫像、無駄にクオリティが高いから本当に嫌なんだけど、彼らにとっては命よりも大事なものらしいので手放してもらえないのが現状だった。ただ、それを破壊するなんて脅したからか、効果は覿面だったみたいだ。「じゃあ言うこと聞いてくれるよね?」と問いかけたら大人しく頷いてくれた。


 これにて一件落着と思っていたらレックスから耳打ちされた。


「ミズハ様、イーリス殿だけは同行を許可してもいいのでは」

「え、本気? 絶対なにかやらかすと思うんだけど」

「しかし、彼女の怪力は侮れません。きっと力になってくれるはずです」


 たしかにイーリスさんはとてつもない腕力を持っている。それこそレックスといい勝負をするぐらいだ。今回の作戦でなにか力になってくれる場面があるかもしれない。


「女神様がイーリスを見つめてくれているです……」


 私が少し見ただけで昇天しそうになっていて激しく不安だけど、少しでも質の高い戦力が欲しい状況だ。背に腹は変えられない。


「えっと、イーリスさんは私と一緒に別動隊に来てくれないかな?」

「いいのです、か?」

「うん。危険だからもしよければ、だけど」

「行くです。ついていっていいのなら絶対行くです!」


 鼻息を荒くしながら目を輝かせるイーリスさん。断られることはないだろうなと思っていたけど……その過剰に興奮するさまを見せられると、本当に誘ってよかったのかと思わざるを得ない。


「そんなっ、どうしてイーリス殿だけがっ」

「彼女が行くのであれば、私も!」

「いいや、私だ! 女神様の背中は私が守る!」


 予想はしていたことだけど、ほかの信者さんたちから不満の声があがりはじめた。そんな彼らに向かって、イーリスさんがふふんと胸を張る。


「女神様を困らせてはいけませんです。ここは素直に事実を受け入れるです。女神様がイーリスを選んだという事実を」


 どうみても煽りにしかなっていない。予想通りほかの信者さんたちは「ぐぬぬ」と悔し気に唸っている。あの様子じゃ本隊に協力してくれても足を引っ張りそうな気がしてならない。……柄じゃないけど、やるしかないか。


「あの、みなさん! 今回の作戦、私が主導してるので失敗したらすご~く困るんです。だから、どうか協力してもらえませんか? もし皆さんが協力してくれたら、その、とっても嬉しいです」

「「わかりました!」」


 一瞬で納得してくれた。果たしてこんなに簡単でいいのかと思ったけど、揃って変な笑いを浮かべる信者さんたちを見て考えるだけ無駄だということに気づいた。


「まったく、姉御ときたら罪な人っすね」


 ため息まじりにからかうような声が聞こえてくる。出所を追ってみると、そこにはロッソさんがいた。


「人聞きの悪いこと言わないでよ。ま、まあいまのは自分でもちょっとどうかなって思ったけど……」

「自覚してやれるあたり魔性の女の素質ありっすね」


 そんなことを言われたけど、自分が魔性の女から程遠いことはよく知っている。なにしろ男の人を虜にするどころか交際経験もないのだ。そんな私に魔性の女なんて肩書は惨めなことこのうえないのでやめてもらいたい。


「とりあえず遅くなりやしたが、このロッソ。姉御たちの部隊に加わらせてもらいますっ!」

「ともにミズハ様を守りましょう、ロッソ殿」

「来てくれてありがと、ロッソさん。嬉しいよ」

「協力するって約束しやしたからね」


 へへ、と照れたように鼻をかくロッソさん。出会いは最悪だったけど、いまじゃ信頼できる友人の1人だ。ロッソさんが協力してくれるのは本当に心強かった。


「これで別動隊は全員揃ったかな」


 別動隊の構成は私とレックス、ロッソさんのほかに10人の兵士さん。あと急遽加わることになったイーリスさんを含めれば総勢14人となる。本隊とは比べられないほど少ないけど、それでも選りすぐりの人たちだ。イーリスさんという不安要素はあるけど、きっと大丈夫だ。……たぶん。


 と、ルコル族の人たちも外に出てきた。先頭のテオスさんを含め、約30人といったところだ。全員があのポニーみたいな小さな馬を引いている。その姿に威圧感はほとんどない。でも、私は彼らの弓術がどれだけ凄くて頼りになるかを知っている。


 私は彼らのもとに向かったのち、がばっと勢いよく頭を下げる。


「テオスさん、今回の作戦に協力してくれてありがとうございます」

「頭をあげてください、聖女様。我々ルコルはあなた様に御恩があります。聖女様が御旗を掲げるのであればいつでもついていく所存です」


 テオスさんの言葉に続いて、ほかのルコル族の人たちが頷いてくれた。ゾンビを浄化するためにあちこち遠征するのは正直に言って楽じゃない。べつに見返りを求めていたわけじゃないけど、こうして〝恩〟として返してもらえるのはとても嬉しかった。


 ただ、素直には喜べない自分がいた。ルコル族の中にもしかしたらいるかもと思ったナディちゃんの姿がなかったからだ。〝1人にしてほしい〟と言われたあの日から一度もまともに話せていない。この作戦前に話せればと思っていたけど、どうやら難しいみたいだ。なんて思っていたときだった。


「ミズハちゃん!」


 それはいまの私がもっとも求めていた声だった。門のほうに目を向けると、馬を引いてこっちに走ってくる大柄なルコル族を見つけた。間違いなくナディちゃんだ。


「……ナディちゃん? どうして……それにその格好」

「私も加えてほしいの。ミズハちゃんの別動隊に」


 ほかのルコル族と同じように弓を担いでいたからもしかしてと思ったけど、どうやら本当に戦うつもりだったみたいだ。本音を言えば、一緒にいてくれるのは嬉しい。でも、戦うことが苦手なナディちゃんにそんなことをさせていいのかとも思う。


 私が答えあぐねていると、テオスさんが割って入ってきた。


「矢も射られない者がついていっても足手まといになるだけだ」

「あの、そこまで言うことないと思うんですけど」

「申し訳ない、聖女様。この件に関してはルコルの問題です」


 テオスさんの顔があまりに厳めしくて、私は思わずたじろいでしまう。小柄でもテオスさんだけは特別だ。オデンさんと同じぐらいの迫力がある。あんな顔を前にしたら誰だって委縮してしまう。そう思ったけど、ナディちゃんはいっさい怯まずテオスさんと対峙していた。


「お父さんの……族長の言う通り私は未熟です。でも、それでも私は戦いたいと思ったんです。大切な友達を守るために」

「気持ちがあればいいという問題ではない。もう一度、訊く。お前に出来るのか? あのドラゴンを前にしたとき、矢を放てるのか?」

「……はい。今度こそ必ず」


 娘にではなく1人の戦士に向けられた問いかけ。そしてナディちゃんもまた父にではなく、族長に向けて返事をしていた。


「ならば好きにしろ。但し、ルコルの名に傷がつくようなことがあればわかっているな」

「はい。私はルコルの名を捨てます」


 ほかのルコル族の人たちが動揺していた。まさかナディちゃんがそんなことを言い出すとは思っていなかったんだと思う。というか私もその1人だ。


 テオスさんはおうように頷いたのち、ほかのルコル族たちを連れて本隊のほうへ向かっていった。残ったナディちゃんが困ったような顔を向けてくる。


「ミズハちゃん、いきなりでごめんね」

「う、ううん。でも、本当にいいの? ルコルの名を捨てるとか……」

「覚悟を見せるにはそれしかなかったから」


 私のためにそこまでしてくれたのは嬉しいけど、やっぱり心配だ。でも、だからといっていまさらやめてほしいなんてナディちゃんがしてくれた覚悟を踏みにじってしまうような気がして言えなかった。きっといまの私に出来ることは友達としてナディちゃんを信じることだ。


「レックス、いいよね?」

「彼女の弓の技量には私も感服するばかりでした。きっと力になってくれるはずです」


 つまりオッケーということだ。


「よろしくね、ナディちゃん」

「うん。こちらこそ」


 互いの両手を合わせて握り合う。ナディちゃんの大きな手だ。久しく触れ合っていなかったこともあってか余計に温かく感じた。


「ミズハ様、そろそろ出発しましょう」

「りょーかい!」


 レックスに促されて王都を背にしようとしたとき、「お姉様!」と声が聞こえてきた。私のことをこんな風に呼ぶのは1人しかない。振り返った先、シアが駆け寄ってきていた。護衛の2人を振り切って私に抱きついてくる。


「見送りにきてくれたんだ」

「もちろんです。でも、心配です……今回はこれまで以上に危険だと聞いていますから」

「大丈夫だよ。頼れる人たちがいるしね」


 私の言葉に合わせて別動隊の皆が任せてとばかりに頷いてくれた。その勇ましい姿をシアも見たはずだけど、依然として顔は曇ったままだ。


「わたくしにも出来ることがあればいいのですが」

「こうして見送りに来てくれただけでも嬉しいよ。でも、もしお願いできるならシアに〝行ってらっしゃい〟って言ってほしいかな」

「構いませんが……そのようなことでいいのですか?」

「うん。私のいた世界でね、誰かを見送るときに使うの。一般的には家族を見送るときによく使う感じ」

「家族を……わかりました」


 なにやらシアが力みはじめた。まるで一世一代の勝負でもしそうな感じだ。それだけ〝家族〟という言葉を特別に感じてくれているんだろうけど、求めているものとかなり違う。


「あのね、シア。気楽な感じでいいからね」

「そ、そうなのですか。で、では……」


 シアは息を吐いて適度に力を抜くと、穏やかな笑みを向けてくれた。


「行ってらっしゃい、お姉様」


 これから向かうのはひどく危険な場所だ。でも、シアの「行ってらっしゃい」のおかげで心がすごく軽くなった。私はシアに負けないぐらいの笑みを浮かべて口を開く。


「うん、行ってきます……っ!」



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