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◆第五話『ナディちゃんの気持ち』

 私は王都の中でも外側に位置するある区画を訪れていた。レックスに「ここで待ってて」と伝えてから、ひとり薄暗い路地に入っていく。と、1つ目の角を曲がった先で木箱に座ったルコル族の女の子──ナディちゃんを見つけた。


 こんなところでなにをしているのか。その答えは一目瞭然だった。穏やかな表情でナディちゃんが見つめる先、1本だけぽつんと咲いた聖花だ。


「こんなところにも咲いてたんだね」


 そう声をかけると、ナディちゃんがびくっとなった。恐る恐るこっちに顔を向けたのち、目をぱちくりとさせる。


「ミズハちゃん? どうしてここに……」

「テオスさんに教えてもらったの。〝花が好きなあいつのことだからきっと最近見つけた聖花のところにいるだろう〟って」


 この場所はグランツ王国がルコル族の一時的な避難所として提供した仮設住居から近い。とはいえ、少し入り組んでいるうえ外の通りから死角になった場所だ。テオスさんはたまたまここでナディちゃんを見つけたわけじゃなくて、きっと心配してあとをつけたんだと思う。


「もしかしてお父さんからなにか聞いた?」


 ナディちゃんは居心地が悪そうに目をそらしながら訊いてきた。


「……うん、お母さんのこと、ちょっとだけ」


 ナディちゃんの母親は出産時に亡くなったそうだ。だから、テオスさんは男手ひとつでナディちゃんを育てたと言っていた。


「そっか」

「ごめんね、勝手に聞いちゃって」

「ううん。お父さんが話したことだし、それに私もミズハちゃんにはいつか話そうって決めてたから」


 ナディちゃんはそう言うと、膝に置いた両手をぐっと握りしめた。ほかにもなにか話そうとしてくれている。でも、なかなか続きを口にできないようだった。それでも私は静かに待ち続けていると、やがてナディちゃんがゆっくりと語りはじめた。


「お父さんにはね、感謝してるの。お母さんがいなくなって1人になったのに、ルコルの族長としての務めも果たしながら私を育ててくれたから。でもね……私にはそれが辛かった。族長の娘として育てられることが辛かったの……っ」


 ずっと胸中に押し留めていた想いだったからか、一度口にしたら止まらないようだった。ナディちゃんは唇を震えさせながらなおも吐露していく。


「私も頑張ったんだよ。族長の娘だから強くならないとって。でも、どうしても生き物を狙って撃つのはダメだったの……っ」


 ルコル族の中でもナディちゃんの弓術が優れているのは誰が見ても明らかだった。そんなナディちゃんがどうして狩猟を成功させたことがないのか、ずっと疑問だったけど、生き物を撃てないと知ってようやく納得がいった。


 生き物が撃てないぐらい良いじゃないかと思う。でも、ルコル族は狩猟民族だ。外からではわからないほどその問題は致命的なようだった。ほかのルコル族からナディちゃんに向けられる侮蔑の目を見ても、どれほど重要かは一目瞭然だ。


「いつしか、もういっかって諦めるようになってた。そんな私に失望して、お父さんもきっとミズハちゃんに話をしたんだと思う」

「そんなことないと思うよ。テオスさんすごく後悔してるみたいだった。〝あの子には無理をさせてしまったって〟」


 あんなに辛い顔をしていたんだ。きっとナディちゃんに失望したわけじゃない。


「私にはナディちゃんがどれだけ辛い想いをしてきたのかわからない。でも、その顔を見たらたくさん頑張ったんだなって思う。私は諦めるのも悪いことじゃないと思うよ。もし諦めることに抵抗があるなら、一度心の整理がつくまで休んだっていいと思う」

「……きっとね、いまミズハちゃんがくれた言葉を私ずっと待ってたんだと思う。でも、でもね……」


 ナディちゃんは両手に作った拳をより強く握りしめた。震えを全身にまで行き渡らせると、まるで心の奥底から押し出すように声をあげはじめる。


「悔し、かったの……っ! この前、ドラゴンを前にしたとき矢を射られなかったことがっ。初めてできた大切な友達を守るためでも私は矢を射られないのかってっ」


 仲直りができて元通りになれたと思ったら、また離れてしまった。そんなナディちゃんのことがわからなくなっていたけど……いまこの瞬間、私はようやくナディちゃんの悩みを理解できた気がした。


「ごめんね、こんな姿を見せちゃって」

「ううん、むしろ嬉しいよ。ナディちゃんがこうやって色々話してくれたことが」

「ミズハちゃん……」


 これでようやくまた仲良く一緒にいられる。そう思ってナディちゃんとの距離を縮めようと1歩踏み出した、瞬間。ナディちゃんがまるで拒絶するようにはっとなってまた目をそらしてしまった。


「少しだけ……もう少しだけ1人にさせてもらえないかな。ごめんね」


 それ以降、私は上手く言葉をかけることができなかった。



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