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◆第四話『通常業務もこなしながら』

 いまはクラドルカのことや新たな脅威──ドラゴン対策に集中したいところだけど、ゾンビたちは待ってくれない。ピーノくんと別れたあと、王都近郊にはぐれゾンビが出現したとのことで急遽、私はレックスと一緒に王都を出ていた。


「ぼうぁあああああっ」


 よたよたと迫りくる5人のゾンビたち。初めの頃は1体が相手でも悲鳴をあげてしまっていたけど、さすがにもう慣れてしまった。それに日中で、なおかつそばにレックスがいればまず危険に陥ることがないのも理由だ。


「私が1体ずつ倒していく! その間にほかのゾンビたちを頼む!」


 レックスがほかの兵士さんたちに指示を出しつつ、1体のゾンビに盾を突き出しながら突進。倒した隙に振り返って、私に叫んでくる。


「ミズハ様っ」

「りょーかい!」


 私はレックスが盾で押さえつけたゾンビにタッチした。眩く発光しはじめるゾンビ。浄化が始まった合図だ。ただ、私たちは浄化が終わるよりも先に次のゾンビの浄化に取り掛かっていた。また1体、さらに1体と次々に浄化。あっという間に5体すべてのゾンビを浄化し終えた。


「わざわざ申し訳ありません、聖女様。お休みの日だというのに……」

「気にしないでください。これぐらいの数なら大して疲れませんし」


 すごく恐縮しきった兵士さんたちに、私は満面の笑みを浮かべながら答えた。兵士さんたちが罪悪感を覚えないようにとの思いもあったけど、本当に疲れていないのも事実だったからだ。


 ゾンビから元に戻った人たちを介抱する兵士さんたち。そんな彼らを横目に見つつ、私はレックスに声をかける。


「でも、最近またはぐれゾンビを見るようになった気がするよね」

「たしかに一時期に比べるとまた多くなっていますね。やはりほかの土地から流れてきているのでしょうか」


 レックスがどこか遠くを見るように言った。


「クラドルカを放置してたらさ、結局こういうのってなくならないと思うんだよね」

「そう、ですね。クラドルカだけでなく、ほかの場所にも言えることですが」


 女神様は『世界は緩やかに浄化されていくでしょう』なんてことを言っていた。でも、その〝緩やか〟っていうのはおそらくだけど、1世代で終わらないんじゃないかなと思っている。


 だからこそ、女神様も私がこの世界に残って聖女として活動することをよしとしたんだろうし。だとすれば私が考えていることはきっと間違いじゃないはずだ。



     ◆◆◆◆◆


「へ~、そんなことがあったんすね」

「もう大変だったんだから。でかいし大きいし空を飛ぶし、黒い息を吐いてくるし。あとなにより臭いし! ボンレスハムの10倍ぐらい!」


 翌日。レックスと大通りに繰り出したところ顔見知りと出会った。以前、コソ泥をしていたところを捕まえて以来、改心して慕ってくれているロッソさんだ。


 いまのロッソさんは妹さんが焼いたパンを売り歩いて生活している。ただ、ロッソさんがいまも寄り掛かった荷車にはもうパンがひとつも載っていない。浄化後にいち早く売られはじめたこともあってか、いまや王都でもっとも人気なパン屋となっているのだ。


「にしても姉御にはつくづく驚かされますよ。そんな危険な目に遭ったってのに浄化しにいくなんて」

「やっぱりロッソさんもそう思う?」

「そりゃあ。でもま、姉御らしいかなって」

「え、私そんな自分から飛び込んでた覚えないんだけど」


 そう伝えたところ、あまりに意外だったらしい。ロッソさんとレックスが驚いたように顔を見合わせていた。


「なんだかんだ言いながら飛び込みまくりじゃないっすか。ね、レックスの兄貴」

「はい。幾度にも渡る浄化遠征だけでなく、邪神討伐。なによりこの世界を救うために残ってくださいましたし」


 そうつらつらと挙げられると反論できない。でも、言い換えれば自分の意思で選んだってことだ。きっと悪いことじゃない。うん、そう思うことにしよう。


 なにやらロッソさんが荷車から離れて私の目の前に立つと、任せろとばかりに自分の胸を右拳で勇ましく叩いた。


「とりあえず行くときは声をかけてください。いまは妹のパン造りを手伝っていますけど、姉御の舎弟はやめちゃいませんから」

「ロッソさん……ありがと。でも舎弟って肩書はやめてもらってもいいよ」

「そこは譲れないっすね」


 年上の男の人に姉御なんて呼ばれて慕われる違和感をなんとか知ってもらいたいものだ。……実際は、その違和感が最初より薄れているのが本音だったりするんだけども。


「ロッソ殿が来てくれれば私も心強い」

「レックスの兄貴……ま、俺に出来ることなんてたかが知れてますけどね」

「いや、あの俊敏さはこれ以上ない強みですよ」

「だったらこの足を活かして存分に踊らないとっすね」


 レックスに手放しで褒められ、得意気になるロッソさん。


 相変わらずこの2人のノリにはついていけないけど、頼もしいことには変わりない。このまま上手くいってクラドルカ浄化作戦を実行に移すとなったら、ロッソさんの言葉に甘えさせてもらおう。なんて私が胸中で思っていると、ロッソさんが荷車のハンドルを持ち上げた。


「そんじゃ、そろそろ俺は失礼しますね」

「あ、ごめんね。長話しちゃって」

「問題ないっすよ。むしろ姉御たちの近況を知れてよかったです。そういや妹の奴がもっと美味いパンを姉御に食べてもらいたいって張り切ってるんで、また機会があったら味見を頼んます」

「ほんとっ!? じゃあ、すごく楽しみにしてるって伝えておいて」


 ロッソさんはまた「了解っす」と元気よく答えたあと、荷車を引いて去っていった。


「ミズハ様、嬉しそうですね」

「そんなことないって言いたいところだけど、ここは素直に頷いておこっかな」


 私みたいなただの小娘のために危険だとわかりきっている作戦に協力すると言ってくれたのだ。申し訳ないと思う以上に嬉しい気持ちで一杯だった。


 その後も王都の様子を軽く見て回っていると、覚えのある小気味いい音が聞こえてきた。訓練場のほうからだ。外から覗いてみると、矢を射る小柄な人たちが目に入った。


「ルコル族の人たち、今日も来てるんだね」

「ゾンビ鳥に続いてドラゴンも出現したことで対空戦の重要度がさらに増しましたからね。今後は弓術のほうにもよりいっそう力を入れるそうです」


 対ドラゴン戦でもルコル族の矢はその大半が命中していた。残念ながら刺さりはしなかったけど、それもピーノくんの案で解決することを考えれば今後も大切な技術だ。より多くの人に技術が伝われば頼もしいことこのうえない。


「浄化作戦のこと、やっぱりまだお願いしないほうがいいかな」

「そうですね。余計な混乱を招かないためにも決まってからにしたほうがいいでしょう」

「じゃあそうする。ね、ちょっと顔出してもいい?」

「もちろんです」


 ということで訓練場の中に入った。相変わらず近くで聞けば聞くほど迫力ある音だ。ただ、今回は見学に来たわけでも体験をしにきたわけでもなかった。私は脇に座って休憩中の青年ルコル族さんに声をかける。


「こんにちは。あの、ナディちゃんは来てませんか?」

「……来てません」

「そう、ですか。どこにいるかは知りませんか?」

「聖女様を守るために矢も射られない臆病者のことなんて知りません」


 淡々としてはいたけど、ふんだんに刺のついた返答だ。私は思わずむっとしてしまう。


「前にも思ったんですけど、どうしてナディちゃんのこと、そんな風に悪く言うんですか? 同じ種族なのに」

「あんな巨人、ルコル族じゃない」


 そう言ってきたのは別のルコル族の青年だ。どう聞いても蔑む意図をもって放たれた言葉としか思えない。しかもナディちゃんをのけ者にする言い方だ。見過ごすわけにはいかなかった。


「まったく同じ顔や体を持ってる人なんていないのに、身長が違うだけでそんな風に言うの、おかしいと思うんですけど」

「聖女様には感謝しています。ですが、ルコルの問題についてとやかく言われる筋合いはない」


 たしかに彼らにとっては部外者かもしれないけど、私とナディちゃんは友達だ。放っておくなんてできるわけがないし、したくない。レックスが気遣って諌めようとしてくれていたけど、私はかっとなって引くに引けなかった。


「なにをしている、お前たち」

「ぞ、族長……っ」


 ちょっとした騒ぎになっていたからか、テオスさんが駆けつけてきた。その厳めしい顔を前に集まっていた人はすぐに散っていく。


 さっきのルコル族の人たちは私と同じで納得がいっていないようだったけど、さすがに彼らもこれ以上の争いは望んでいないらしい。一礼をしたあとに背を向けて去っていった。


「大丈夫ですか、ミズハ様」

「うん。ごめんね、レックス」


 昔から友達を悪く言われるのはどうしても我慢ならなかった。すぐ熱くなっちゃうからなおさないとなーとは思うけど、思うだけでいまに至る感じだ。ふーっと怒りもろとも吐き出していると、テオスさんから頭を下げられた。


「不快な思いをさせてしまったようで……申し訳ありません、聖女様」

「いえ、私のほうこそ熱くなっちゃってごめんなさい。でも、ひとつだけいいですか? ナディちゃんが悪く言われてること、テオスさんも気づいてますよね」

「……もちろんです。すべてが私の責任です。ナディがみなに溶け込めないことも、あのようになってしまったことも」


 そう口にしたテオスさんの顔はとても悲しげだった。でも、両手は痛々しいほど強く握られて震えている。複雑な事情があることは明らかだ。


「あの、ナディちゃんがどこにいるか知りませんか? 私、ナディちゃんと一度ちゃんとお話しがしたくて……」


 私はナディちゃんのことを全然知らない。友達なのにナディちゃんがいつもなにを悩んでいるのかも知らない。だから、もっと知りたいと思った。私のためにも、ナディちゃんのためにも。


 そんな私の決意をくみ取ってくれたのか、テオスさんが少し思案したのちに小さく頷く。


「あの子がどこにいるかは見当がついています。ただ、お教えする前に少しだけ私の話にお付き合い頂けますか?」



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