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◆第七話『ルコル族の技』

「そう言えば、ここには来たことがなかったなぁ」

「武器を使わないミズハ様には縁遠い場所ですからね」


 オデンさんとテオスさんは王様への挨拶があるとのことで、私たちだけで先に訓練場を訪れていた。お城からほど近い場所だったのでほとんど時間はかかっていない。徒歩5分といったところだ。


 訓練場は建ち並ぶ石造りの兵舎に隣する恰好で広がっていた。多くの兵士さんたちが木剣やら棒を振ったり、それを盾で受けたりと色んな訓練をしている。みんなシアの姿を見るなりかしこまっていたけど、「構わずに続けてください」の一言で訓練に戻った。


「なんだかすごい熱気だね」


 ナディちゃんが圧倒されたようで私の背中に隠れるように身を縮めていた。耳も尻尾も垂れ気味でなんとも愛らしい。


「だねー。やっぱりシアが来てるってのもあるのかな」

「きっとお姉様効果に違いありません」

「いや、それはないと思うなぁ」


 なんて自分で言っていて悲しくなったときだった。ストンと小気味いい音が響いた。その音は幾度も聞こえてくる。


 見れば、奥のほうで弓を引いている人たちがいた。横並びに10人ほど。40メートルぐらい先の地面に突き立てた丸太を狙っている。的は刃物で十字に刻んだところらしい。私のいた高校には弓道部があったけど、さすがにあの同心円状の的はないみたいだ。


「お、やってるやってるー」


 早速とばかりに弓の訓練場のほうへ足を運んだ。みんな適度に交代しながらどんどん矢を射ている。上手く的に当てる人もいれば、なかなか当たらない人もいたりと様々。


 ただ、見ているうちに「あ~、惜しいっ」と思わず声に出してしまった。それが注目を集めてしまったようで慌てて口を押える。……恥ずかしい。


「よければミズハ様も試しに射てみますか?」

「え、いいの? 訓練の邪魔じゃない?」

「端のほうを使いますから問題ありません」

「じゃ、じゃあお願いしちゃおっかな。ちょっと興味あったし。あ、でも初めてだから教えてくれる?」

「もちろんです」


 ということで試射会がひっそり始まったわけだけど、レックスから手渡された弓は見た目からして私の知ってるものとは大違いだった。


 弓柄はすごくごつごつしてるし、まっすぐじゃない。弦はさすがにピンと張られているけど、目を凝らすと粗さが目立つ。当然のことだけど、〝製品〟って感じがしない。ま、私みたいなド素人には弓の良し悪しなんて関係はないんだろうけど。


「弓手はこのように持ち……はい、その形です。足ももう少し開きましょう。はい、そのぐらいで。あとは少し肩に力が入りすぎですね」

「あの、レックス? お願いした身で悪いんだけど、ちょっと近いっていうか……」


 私の手を覆うように添えられたレックスの大きな手。背中に当てられた鎧越しの逞しい胸。なにより睫毛の先まで見えるぐらい近くまで来ていた顔のせいで心臓がうるさくて仕方なかった。昨日、鳥ゾンビに襲われたときに意識してしまったこともあって、ちょっと恥ずかしい。


「も、申し訳ございませんっ」


 ようやく状況を理解したレックスがはっとなって離れる。その様子からも純粋な親切心をもって教えてくれていたことはわかる。わかるけど、交際歴ゼロの女子を舐めないでほしい。


「ひとまずそのような形で射てみてください!」

「わ、わかったっ」


 お互いに不必要に大きな声をあげてしまう。なんだか周囲の目が気になって仕方ないけど、頭から追いやった。まだ顔が熱いけど、落ちつくまで待っていたら陽が暮れそうだ。私は一度だけ深呼吸をしてから思い切って矢から手を離した。


 ひゅんっと音を鳴らして飛んでいく矢。ただ、その勢いはすぐになくなり、地面に突き刺さることもなく、不格好に落ちた。目視で大体30メートルぐらいだ。仮に丸太のあるところで射ていたとしても届いていない。


「と、届かないとか……恥ずかしい……」

「初めてはそんなものです」

「矢が擦れるんじゃないかって、ちょっと怖がったのもあるかも」


 超人のレックスほどじゃないけど、私も運動能力にはちょっと自信があるほうだ。だから、もっと上手くできると思っていた。それだけにこの結果はすごく悔しい。


「元気を出してください、お姉様。わたくしが以前試したときなんて目の前で落ちましたからっ」

「それはもう少し筋力をつけたほうがいい気もするなー……」

「やっぱりそう思いますか……」


 シアはとくに体が弱いというわけでもないし、健康のためにももう少しだけ鍛えたほうがよさそうな気がする。だからといって過剰な筋肉をつけられてもちょっと反応に困るけど。


 そうして私の試射をしているうちにオデンさんが訓練場に到着した。テオスさん含むルコル族7人組も一緒だ。オデンさんが周辺の兵士たちを呼びつけ、ルコル族の人たちを紹介しはじめる。


「本日はルコル族の方々に実演していただくことになった。いいか、お前たち。先日、鳥型のゾンビが現れたという報告もある。そうした接近戦が困難な相手にも対処できるよう、ルコル族の技術をしかとその目に焼きつけろ」


 そんなオデンさんの一声からルコル族の演習が始まった。全員がとくに緊張した様子もなく射ていくと、1本も外れることなく丸太に当たった。


「すごー。ルコル族の人たち、みんなバンバン当ててる」

「私も話では聞いていましたが、まさかここまでの腕とは」


 レックスも目を見開いて驚いている。あの様子ならゾンビ鳥がどれだけ機敏に空を飛び回っても問題なく射落とせるに違いない。まさしく弓のスペシャリストといった感じだ。ただ、そんな中においてもテオスさんが1人だけ抜きんでて上手かった。丸太に削られた十字線を何度も射抜いている。


「ナディちゃんのお父さんもすごいね。さすが族長って感じ」

「う、うん。族長はとくに弓が上手い人がなるから」


 というかテオスさんの腕、異常なぐらいパンプアップしてるんですけど。いまにも破裂しそうなんですけど。え、大丈夫なの? 気にしてるの私だけ? 必死になって同類を探してみたけど、感嘆の息をもらす人ばかり。……どうやら私だけみたいだ。


 気にするだけ無駄という結論に至ったので頭をぶんぶんと振って忘れることにした。この世界に来てからというもの、切り替えの早さに磨きがかかってきた気がする。


「ね、やっぱりナディちゃんも得意だったりするの?」

「みんなと比べたら私なんか全然だよ」

「よかったら見てみたいな」

「えと……」


 ナディちゃんが目をそらして口を噤んでしまった。なんだか気乗りしない感じだ。


「あ、もし嫌だったら無理しなくていいからね?」

「ううん、大丈夫」


 ナディちゃんは少しだけ悩んだあと、微笑とともにそう応じてくれた。なんだか無理を言っちゃった気がするけど、せっかく頷いてくれたのだ。ここで引き留めるのも悪いと思って厚意に甘えることにした。


「あの、もう少しだけ大きな弓ってないですか?」


 ナディちゃんが端に置かれた弓群を見たあと、恥ずかしそうに言った。ルコル族の人たちが使っている弓は体格的にも小さいんだろうなと思っていたけど、どうやらグランツ兵の人たちが使っているものも合わないらしい。


「とはいえ、ここにある大きさしか……」

「私のものを使うといい」


 兵士の声を遮る形でオデンさんが割って入ってきた。その手にはほかの兵士さんたちが使っているものよりさらに大きな弓が握られていた。言葉通り体の大きなオデンさん専用のものなんだろう。


「お借りします」


 弓を受け取ったナディちゃんが端のラインに立ち、早速とばかりに構えた。さしてためらうことなく1本目の矢を放つ。残念ながら丸太に当たることなくそれてしまったけど、どうやら試し撃ちみたいな感じだったらしい。


 借り物とあってか、弓の癖をたしかめるようにあちこちを触ったのち、また射撃体勢に入ったナディちゃん。普段のか弱い印象はどこにもいっさい感じられない。みちみちと弓のしなる音が聞こえてきた直後、ひゅんっと鋭い音を鳴らして矢が放たれた。


 まるで風を切り裂くように突き進んだ矢はいっさいブレることなく丸太の、それも十字的の中心に当たった。衝突音がほかの誰よりも大きかったこともあってか、訓練場にいた全員が動きを止め、唖然としている。


「す、すごーっ!」


 私は思わず歓声をあげてしまった。語彙が死んでるけど、いますぐに出せる言葉はもうこれ以外になかった。


「……これは驚いた」

「まさかここまでの使い手がいたとは」


 オデンさんやレックス。さらには多くの兵士たちから称賛されるナディちゃん。ただ、周囲からの注目を一身に浴びて恥ずかしかったらしい。慌てて弓を返すと、逃げるように私たちのそばまで戻ってきた。


「すごいじゃんナディちゃん! 全然どころか1番すごいじゃん!」

「はいっ、音も勢いもすごかったですっ」

「あ、ありがと。でも、たまたまだよ」


 私がシアと一緒に興奮を伝えると、ナディちゃんが恥ずかしそうに顔を赤らめた。可愛いと伝えたときもそうだけど、どうやら褒められることに慣れていないらしい。でも、尻尾はくねくねと微妙に揺れていて嬉しそうだ。


「ふんっ、どれだけ的当てが上手くてもな」

「だな。重要なのは獲物に当てられるかどうかだ」

「その点、ナディの奴は全然だしな。ほんと族長の娘とは思えないぜ」


 ふとどこからかそんな声が聞こえてきた。初めは兵士たちのやっかみかと思ったけど、どうやらルコル族の若者たちが発したもののようだった。絶妙にテオスさんに聞こえない声量で、いわゆる陰口というやつだ。


 同じ種族なのに、あんなことをいうなんて信じられなかった。友達のことを悪く言われて、私は思わずむっとしてしまう。


「あの、いい加減なこと言わないでくれますか」

「残念ですが、全部本当のことですよ、聖女様」


 さっき陰口を言ったルコル族の若者の1人が肩を竦めた。私には最大限、礼儀を尽くそうとしてくれているようだけど、ナディちゃんをバカにしている時点で全部無駄だ。


「ナディちゃんが獲物に当てられないって……そんなわけないでしょ。あんなにすごい矢が撃てるのに。ね、ナディちゃん」


 振り返ってそう問いかけてみたところ、ナディちゃんに俯かれてしまった。なんだか様子がおかしい。「ナディちゃん?」ともう一度、呼びかけみる。と、ナディちゃんが体を震わせながらなにかを呟いた。


「……なの」

「えと、ごめん。聞き取れなかった」

「みんなが言ってること、本当なの。私、一回も狩りを成功させたことなくて。だから、役立たずで……っ」


 そこまで言い切った途端、ナディちゃんは弾かれたように駆け出した。


「あ、ナディちゃん!」


 呼びかけても止まってくれそうにない。というかすごい速さだ。あっと言う間に訓練場を出ていってしまった。


 ナディちゃんと友達になってまだ日が浅い。なのに、私はナディちゃんのことを誰よりも知ったような気分になっていた。そして、そのせいで知らずうちにナディちゃんを傷つけるような行動をとってしまったのかもしれない。


 ……最悪だ。



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