◆第六話『う~っ、が~っ!』
「すっごいもやもやする~……」
王様の執務室を退室後、私は廊下を歩きながら唸りに唸っていた。シアやナディちゃん、レックスも私を気遣ってくれている。みんなには申し訳ないと思うけど、どうしてもすぐには心が晴れそうになかった。
「珍しいですね。いつも嫌がっている浄化をミズハ様が積極的にしようとなさるなんて」
「いや、浄化が嫌なのは変わってないんだけど。危ないし怖いし、なにより臭いし」
「で、ではどうして……」
「うぅ……はっきりと言葉にはできないんだけど」
こういうとき自分の言語化能力の乏しさが恨めしい。時間があれば整理できそうな気がするけど、いますぐとなると難しそうだ。
「陛下もできれば多くの人を浄化したいとお考えになられているはずです。ですが、商業都市クラドルカを浄化すれば、次は彼らの王都を浄化するよう迫られるのは明白。そうなれば武力によってグランツ王国が脅かされる危険はどうしても高まります」
「わかってる。でも、私だって戦争を起こさせるために浄化したいわけじゃない」
ゾンビの腐臭を嗅ぐのは嫌だけど、人の血を見るのはもっと嫌だ。平和な日常でぬくぬくと育った人間を舐めないでほしい。
「大体ゾンビの脅威に怯えながらこの先ずっと暮らしていくなんて無理だと思うんだけど」
「そ、それはそうですが……」
言葉に詰まるレックスを見て、私は頭が窮屈な感覚に陥った。我儘を言っている気はするけど、自分が間違っているとも思わない。でも、きっとレックスや王様も間違っていない。私は胸中のもやをできるだけ外に出そうと大きなため息をつく。
「これって私が子どもってことなのかなー」
「そんなことない、と思う」
「……ナディちゃん」
「ミズハちゃんは、ちゃんとみんなのことを考えてくれてるよ」
そう言ってもらえただけで少し胸が軽くなった。ただ、肯定されたことで自分の選ぼうとする道が、しっかりとした道かどうかも疑問を抱かせてくれた。だからといって正しい答えが見つかったわけじゃないけれども。
ふいに隣を歩いていたシアがしゅんとしたように顔を俯けた。
「ごめんなさい、お姉様」
「シアを責めてるわけじゃないんだよ」
「ですが、判断を下したのはお父様で」
失敗したなと思った。王様を責めれば、その娘であるシアが責任を感じるのも当然だ。いくら納得がいかなかったとしても、いま、この場でこぼすべきじゃなかった。
「ごめんね、シア」
「……お姉様」
髪を梳くようにして頭を撫でてあげると、シアが落ち着いたように顔を綻ばせてくれた。だめだなー、私。これじゃ〝お姉様〟失格だ。なんて胸中で猛省しはじめた、そのとき。
近くの角から小柄な男の人が出てきた。髭を生やしたその顔はかなり渋くて年齢がよくわからない。よく見れば、耳と尻尾も生えている。ルコル族の人だ。と、男の人はナディちゃんを見るなり驚いたように目を見開いた。
「……ナディ?」
「お、お父さん?」
どうやら知り合いどころか親子のようだった。ただ、遠くから見れば関係を間違いそうなぐらい2人の身長差がすごい。近くで見れば御父上のほうが老け──お歳を召しているから間違えることはまずないだろうけど。
私がぽかんとしていたからか、ナディちゃんが慌てたように紹介を始めた。
「えと……私のお父さん。で、この人はミズハちゃん。知ってると思うけど、私たちを助けてくれた聖女様だよ」
「ど、どもです」
紹介されて頭を下げる私。ナディちゃんのお父さん、かなり厳めしい顔をしていることもあって自然とかしこまってしまった。
「先日は本当にありがとうございました、聖女様。このテオス・オル・ジノ・ラ・ティーロ・ムオ・ルコル。一族の長として改めてお礼を申し上げます」
「いえ、務めを果たしただけですし。っていうかやっぱりお父さんも名前長いんですね」
「テオスと呼んで頂ければ」
最初からそう名乗ってくれたらと思ったけど、ちゃんと長い名前にも意味はあるはずだ。今度、ナディちゃんに名前の意味を教えてもらおう。
「でも、どうしてお父さんがお城に?」
「──私がお呼びしたのだ」
ナディちゃんの質問に答えたのは新たに角から出てきた巨漢の人だ。彼はオデン・ジャクソールさん。突進を始めたら怪我人続出不可避の騎士団団長だ。
「ルコル族の弓術は世界でも随一だからな。昨日、鳥のゾンビが出現したこともある。折角だからと騎士団へのご指導を願ったところ、快く受けてくださったというわけだ。」
「我々も王都に間借りさせて頂く恩を返せればと思っていたところ。こちらとしてもありがたい申し出です」
互いが得する形で問題を解決したわけだ。これぞウィンウィン。と、なにやらオデンさんが一瞬だけ思案顔になったのち、シアのほうへ向いた。
「殿下、もしよければ見ていかれませんか? 殿下が来てくだされば、みなの士気も上がりましょう。もちろんそちらのお二人も」
「わたくしはお姉様がよければ」
「わ、私もミズハちゃんがよければ……」
どうやら舵を取っているのは私みたいだ。こういう決断をするのはあまり得意じゃないけど、いまだけはちょっとだけこの立場に感謝した。なにしろ、さっきからずっと溜まっていたもやもやを晴らすには、ちょうどいい気分転換になりそうだと思ったからだ。
「じゃあ、せっかくだし行かせていただきます」