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◆第五話『世界の浄化は程遠い』

「ここに来ると、いつもあのときを思い出してしまいます」

「お城を浄化しにいったときのことだよね。あのときは本当に死に物狂いだったなぁ」

「お姉様の勇敢な姿は、いまでもわたくしの目に焼き付いています」

「あはは……我ながら無茶したなーって思うよ」


 翌日、陽が昇ってから間もない頃。私とシアはお城前の堀にかけられた橋の上で思い出話に花を咲かせていた。この橋は王都を浄化したときにもっとも危険を感じた場所とあっていくらでも語れる気がする。でも、今日ここに来た目的は思い出話をするためじゃない。


 昨日に続いて今日もナディちゃんと会う約束をしていた。その待ち合わせ場所がこの橋の上というわけだ。と、話しているうちに大通り側から駆け寄ってくる人を見つけた。高い伸長に猫耳と尻尾。間違いなくナディちゃんだ。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」


 ナディちゃんは近くまで来ると、そう言ってふぅと息を整えた。


「さっき来たところだし、大丈夫だよ。ね、シア」

「はいっ。お姉様とお喋りしていましたし、全然待っていません」


 それはつまり待っていたと言っているようなものなんだけど。シアにとっては暇じゃなかったら待っていないことになるらしい。ま、どっちにしろ可愛いからまったく問題ないんだけど。


「でも、わざわざお迎えしてもらっちゃって……」

「誘ったのはこっちだしね。それにほら、お城に1人で来るのって抵抗あると思うし」

「うん、それはたしかに」


 あはは、と苦笑するナディちゃん。ただ、シアは一人だけ理解できない様子で首を傾げている。


「そうでしょうか?」

「シアにとっては自分の家みたいなものだしねー」


 お城は王家の持ち物だし、緊張しないのも当然だ。とはいえ、最近はずっとお城で暮らしていることもあって、私もあまり抵抗がなくなってきているけども。


「ともかく立ち話もなんだし、いこっか」


 当然ながら今日もレックスが護衛についてくれている。いまは私たちに配慮して少しだけ離れた場所にいるけど。そんなレックスに目線で合図を送ってから、私はシアとナディちゃんと連れ立って門をくぐった。


 途中、私とシアを見て、すかさず姿勢を正す門番さんたち。人目があるときやシアがいるときは畏まる門番さんたちだけど、私1人だけのときはかなり気さくな感じで喋ってくれる。仲のいいご近所さんみたいな間柄だ。


「昨日はごめんね。ばたばたしちゃって」

「ミズハちゃんのせいじゃないし、あれは仕方ないよ」


 優しく気遣ってくれるナディちゃん。昨日はゾンビ鳥の襲来もあって、結局王都の案内兼お散歩は中途半端なところでお開きとなってしまった。そうした経緯もあって、今日のお茶会は昨日の雪辱戦みたいなものだ。というのは建前で、単純にお話ししたかっただけなのが本音だ。


「でも、ゾンビって……鳥もいるんだね」

「人型がほとんどなんだけどね。前にも1回だけ鳥のゾンビを見たことあるんだけど、あんな感じで襲ってきたのは初めてかな」


 以前に見たのは邪神討伐遠征の際にいた鳥のことだ。斥候みたいな感じで襲われることはなかったし、見たのも1度だけだったから鳥が脅威になることをあまり意識しなかったけど……昨日の件でいやでも意識しなくちゃいけなくなってしまった。シアが難しい顔で空を見上げる。


「空高く上がられると弓で対応するしかなさそうですね」

「あんまり大きくないうえに飛び回るし。相当な腕がないと難しそうだよねー」


 そうしてシアと一緒に素人目で対策を考えていると、ナディちゃんがほんの少し俯いていた。表情も少しこわばった感じだ。


「ナディちゃん、どうしたの?」

「う、ううん。なんでもないよ。ちょっと考え事しちゃって」


 その割には少し思い詰めたような表情をしていた。心配だけど、はぐらかされてしまったし、あまり突っ込んで訊かないほうがいいかもしれない。


「レックス殿!」


 城内に入ってから間もなく、なにやら後ろから焦りの滲んだ声が聞こえてきた。振り向くと、レックスに1人の兵士が険しい顔で話しかけていた。受け取るレックスの顔も同じようなものだ。


「騒がしいですね」

「なにかあったのかな」


 今日は聖女としての仕事は休みだけど、緊急時に応じないほど徹底するつもりはない。私はシアと顔を見合わせたのち、事情を訊きにいくことにした。


「レックス、どうかしたの?」

「……ミズハ様。できれば本日はゆっくり休んで頂きたかったのですが」

「やっぱりなにかあったんだ。ゾンビが出たとか?」

「いえ、そういうわけではないのですが。……そうですね、ミズハ様も無関係ではないことですから」


 事情を話すべきかどうか。

 最初はレックスも悩んでいたようだけど、最後には口を開いてくれた。


「わかりました。ですが、まずは陛下に確認をとらせてください」



     ◆◆◆◆◆


「失礼いたします、陛下」

「来たか、レックス。聖女殿もよく来てくれた」


 私はレックスに連れられ、王様の執務室を訪れていた。レックスが指示を仰いだところ、王様の口から直々に事情を説明してもらうことになったのだ。ちなみにシアとナディちゃんも一緒だ。


 部屋の中は簡素ながら高級感のある家具ばかりがしつらえられている。とはいえ、謁見の間と違って仰々しさはほとんど感じられない。おかげで下手な緊張もせずに自然体でいられた。邪神討伐遠征で王様を救出して以来、お城で何度も顔を合わせていることも大きな理由だ。


 王様はすっかり元気になっていまや肌もツヤを取り戻している。かなり端正な顔立ちで映画の主役俳優として出演していてもおかしくないぐらいの渋いイケメンだ。邪神まで呼び出しちゃうのはやりすぎだけど、熱狂的なファンが生まれるのも納得できる。


「あの、無理言ってお願いしてごめんなさい」

「構わんよ。もとより聖女殿も関係がないわけではないからな」


 レックスも言っていたけど、私にも関係があることってなんだろう。なんて思っていると、王様が私の隣を見るなり顔を一気に和らげた。


「シアも一緒だったのだな」

「はい。お姉様たちとお茶会をするところでした」


 言いながら、シアが視線を私とナディちゃんに向けた。


「ふむ、まさか王都でルコル族を見かけることになるとはな」


 ナディちゃんの姿に少し驚いた様子の王様。

 そんな反応を見て、私はシアに小声で問いかける。


「ね、シア。そんなに珍しいことなの?」

「はい。ルコル族は基本的に森の中で暮らしていて、王都のような人の多い場所にはあまり姿を見せませんから」


 居心地が悪そうにしながら、ナディちゃんがぼそりとこぼす。


「あの、もしお邪魔でしたら出ていきます」

「問題ない。名を訊いてもいいかな?」

「は、はい。ナディ・オル・テオス・ラ・クイム・ロムです」

「おぉ、ということはテオスの娘か?」


 嬉しそうに顔を綻ばせる王様。長い名前を聞いて驚くどころか、どうやらその意味から父親の名前までわかるようだった。さすが国の王様だ。


「お父さんを知っているんですか?」

「知っているとも。なにしろルコル族の長だからな」


 どうやら王様とナディちゃんのお父さんは知り合いらしい。というか、ナディちゃんのお父さんがルコル族の長ってことは……。


「えっ、ナディちゃんって族長の娘だったの!?」

「う、うん」


 ためらいがちに頷くナディちゃん。まったく知らなかった。友達なのに。いや、友達になって間もないから仕方ないかもしれないけど。私は思わず呆けてしまう。


 友達が族長の娘と王女。そんなすごい身分の人たちの中、私はただの女子高校生。聖女という役柄こそあるけど、これは完全に後天的なものだ。いまさら気後れするつもりはないけど、すごい人たちに囲まれてるなあと改めて実感した。


「それでお父様、いったいなにがあったのですか?」

「うむ。実はな、先の遠征で聖女殿が浄化した者たちの中にトルシュターナ王国の者がいたのだ」


 トルシュターナ王国は、たしかグランツ王国の隣国だ。あとラダンとかいう国と争っていたとかも聞いた覚えがある。


「それってコドベンさんのことですか?」


 そう質問したのはナディちゃんだ。

 王様が「そのとおりだ」と頷いた。


「知ってるの、ナディちゃん」

「うん。よく私の村とクラドルカを行き来していた商人さん」

「行商人ってことかな。それよりクラドルカって?」

「この王都から1番近い場所にある、トルシュターナ王国の商業都市だよ。といっても山を背にしてて要塞っぽい感じだけど」


 国境近くに築かれた都市なら実際に要塞の役割を果たしていてもおかしくない。いずれにせよ、その商人さんがトルシュターナ王国の人だったとしてなにが問題なのか。私は王様に話の続きを促す。


「それで、そのトルシュターナの人がどうかしたんですか?」

「聖女殿の力で祖国を浄化してほしいと懇願してきた」

「あ~、なるほどそういうことですか」


 たしかにそれは私も無関係じゃない。というか私がいないとなにも始まらないことだ。


「──だが、断った」

「え、どうして……」

「知ってのとおりトルシュターナ王国は同じく隣国のラダンと長きに渡って争い、世界を混乱させてきた。そしてその争いこそが邪神を招く要因となったことは女神サディアのお言葉からも明らか。そのような国々の浄化をすることはできない」


 たしかに心情的に力を貸すのが難しいことはわかる。トルシュターナ王国を浄化すれば、次はラダン王国もとなることは明らか。そうなればまた争いが起こる可能性が非常に高いからだ。


 そもそもトルシュターナ王国がラダン王国の浄化を邪魔してくる可能性だってある。いや、もっと言えば、その牙がグランツ王国に向けられる可能性もあるわけだ。考えたらキリがないほどの危険性を秘めている。ただ、それでも相手は同じ人間の集まりだ。


「じゃあ、いつまでも助けないつもりですか?」

「それは……」


 言葉を濁す王様。その立場から色々としがらみがあることはわかる。それを配慮してレックスも私の追及を止めようと「ミズハ様」と声をかけてくる。ただ、どうしても私は口から出る言葉を止められなかった。


「正直、城壁に囲まれたこの王都を初めて見たとき、戦争をしてる国だったら浄化するのいやだなって思いました。実際は違いましたけど。でも、そういうの抜きにしても、ずっとゾンビだらけの国を放置しておくわけにもいかないんじゃないかなって思います」


 ゾンビはいるだけで周囲を腐らせる。つまりゾンビが存在する以上、いつまで経っても世界から腐食の脅威は去らないことになる。


「あと、世界の浄化をお手伝いするって私は女神様と約束もしてますし」

「もちろん、いずれはと思っている。だが……いましばらく待ってはくれまいか」


 そう渋い顔で言ってくる王様。言葉からはわずかな希望が見えたけど、なんとなくその〝いずれ〟はいつまでも訪れないような気がしてならなかった。



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