◆第一話『耳と尻尾が生えてます』
【お知らせ】
実は去年の話なのですが、本作を翻訳して海外で出版しませんかというお話しを頂いてお受けしていました。そしてそれがありがたいことにかなり多くの方に楽しんで頂けたようでして(やはり海外はゾンビもの強いみたいです)。ぜひにということで2巻目を書くことになりました。
それにあたって2巻発売と同時に〝小説家になろう〟にも日本語版を投稿可能どうかを確認したところOKを頂きましたので掲載いたします。一気にばーっと出しますのでお暇なときにお読み頂ければと思います。
一応ですが、出版社と海外版の名前を載せておきますね。
作品名『Another World’s Zombie Apocalypse Is Not My Problem!』
出版社『Cross Infinite World』
興味のある方は検索してみてください。
それでは、長くなりましたが物語のほうをお楽しみください。
拝啓、お父さんお母さん、元気にしていますか。
きっと2人のことだからずっとラブラブしてるよね。兄貴のほうはどうかな。あれから3か月も経ったし、そろそろ大学受験だと思うけど。って昔からプレッシャーに弱くてすぐ胃が痛くなってたし、あんまり気にかけないほうがいっか。ま、ほどほどに応援してるから。
え、私はどうかって? 大丈夫心配しないで。元気にやってるから。それはもう、そっちにいた頃よりたくさん駆け回ってるよ。うん、だって……だってね……そうしないと私──ゾンビに殺されちゃうから。
「ゴガァアアアアアアアアアッ!」
「いぃぃやぁあああああああッ!」
私、楠水葉。現在、ボンレスハムに追いかけられています。もちろんボンレスハムといっても食べ物じゃない。全身がむちむちに隆起した筋肉だらけの、全長3メートルぐらいの人型ゾンビだ。当然だけど腐ってるからとても臭い。近づくとほんと涙が出るぐらいに。
どうしてこんなことになったのかと私は全力で逃げながら思う。いまから約3ヶ月前。目覚めたらゾンビだらけの世界にいて人生終了かと思いきや私にはゾンビを元の姿に戻す浄化の力があって。最寄りのグランツ王国の人たちを浄化し、ついには世界をゾンビだらけにした犯人も捕まえることに成功した。
かくして断りもなく! 勝手に! 無断で! 私をこの世界に召喚した女神様の期待に応えて元の世界に戻る権利を得たわけだけど、色々思うところがあって私はこの世界に残ることにした。大体2ヶ月前ぐらいのことだ。
残る条件として世界の浄化を手伝うことになったため、それからも私は聖女としてグランツ王国の人たちとともにあちこちに遠征しては浄化の日々を送っていた。そして今回も遠征でグランツ王国領の西端付近を占める大きな森へと来たわけだけど……早速、ボンレスハムから歓迎を受けた次第だ。
「ミズハ様っ!」
そんな凛々しい声とともに1人の青年が駆けつけてくれた。金髪サムライヘアーに白銀の鎧。まさに物語に出てくる騎士といった姿をした彼はレックス・アーヴァイン。私がこの世界で初めて出会ったゾンビであり人間。そして私の騎士だ。
「うぉおおおおおっ!」
レックスがボンレスハムに横合いから剣を突き込んだ。残念ながら硬質な肉に阻まれて切っ先は徹らなかったけど、敵の注意が完全にレックスへと向いた。
「いまです、ミズハ様!」
「りょーかいっ!」
そう応じながら私はボンレスハムの背中にタッチした。ゾンビ独特の異臭とぐにゃっとした触感に襲われ、思わず顔を歪めてしまう。本当に何度経験しても最悪極まりない。ただ我慢したかいあってボンレスハムの体が眩く光りはじめた。浄化成功の証だ。
さらにパズルピースのようにつぎはぎな割れ目が生まれると、幾体もの動物たちとなって崩れた。ボンレスハムは複数の動物が結合して生まれるらしく、浄化した際はいつもこうだった。ちなみに中の動物は様々。今回は馬が多めだ。
「遅れて申し訳ございません、ミズハ様」
「結果的に間に合ったんだし、問題なし。ありがと、レックス」
私は額の汗を拭いながらふぅと息をつく。
「それにしてもいきなりボンレスハムが来るなんて思わなかったな~……普通のゾンビはさすがに慣れたけど、あれだけはほんと無理……」
「強さも段違いですからね。ですが、その分だけ動物も増えます」
「そうかもだけど、絶対割に合ってないよね……」
ボンレスハムを浄化して得られる動物は5体から10体程度。長期的に見れば食糧やら移動手段やらの確保で見返りは大きいかもしれないけど、実際に命をかける身としては物申したい気分だ。自分で選んだことだから文句を言っても仕方ないんだけど。
「っていうか、この馬たちみんな子ども?」
「いえ、おそらく単に脚が短い種でしょう」
転がったままの馬5頭はどれも脚が短かった。私の世界にもいたポニーみたいなものだろうか。こじんまりとしてすごく可愛い。ちょっと触ってみたいけど、いまは生理的に無理だった。ボンレスハムを浄化した直後はピンク色の粘液がついているからだ。
「ぼにゃ~」
ふいにおかしな呻き声が聞こえてきた。
「ねえ、レックス。いま変な声出さなかった?」
「よく私のことを変人扱いされていますが、さすがにこんな声は出しません」
「レックスなら万が一あるかなって」
「私をなんだと思っているのですかっ」
「ぼにゃ~」
「ほら」
「ち、違います!」
さすがに私も本当にレックスが出しているなんて思っていない。そう、これは現実逃避だ。声の出所に誘われる形で視線を上げる。と、驚きの光景を目の当たりにしてしまった。
「ゾンビが木に登ってる!?」
何体ものゾンビがそこかしこの木に登っていた。まるでコアラのようにしがみつきながら私たちを警戒している。なんとも異様な光景だ。これまでの通常ゾンビであれば、昼に高いところまで登るなんて動きは見せなかった。
「っていうか耳とか尻尾が見えるんだけど」
三角の耳に長くて細い尻尾。色が青紫で腐っているうえに毛並みがぼさぼさなせいでわかりにくいけど、あれはきっと私の世界にいた猫と同じものだ。
「あれはもしや……」
「知ってるの?」
「はい。ルコル族といって、この辺りの森に昔から住んでいる狩猟を生業とする獣人たちです。彼らの特徴である小柄な姿からしても間違いないでしょう」
「獣人、いたんだ」
ゾンビに女神に邪神。すでにファンタジー感満載なものを目の当たりにしてきたからか、なんだかもうあんまり驚かなくなっていた。自分の順応力が怖い。
「ミズハ様の世界にはいなかったのですか?」
「……そういう恰好をしてる人はいたかな。ごく一部だけど」
「なるほど、自然を追い求めていたのですね」
ちょっと──いや、かなり違うんじゃないかな。なんてことを胸中で思ったときだった。
「ぼにゃぁあああ!」「ぼにゃあああん!」「ぼにゅぁああああ!」
ルコルゾンビたちが似ているようで多様な鳴き声をあげながら一斉に樹から飛び下りてきた。四つん這いの姿は、まさに獣そのものだ。ルコルゾンビたちはそのまま私とレックス、近くのグランツ兵士さんたちを囲む形でぐるぐると回りはじめる。
「な、なんか動き早くない!? 昼間なのにっ!」
これまでの人間ゾンビなら昼間は動きが遅かった。でも、目の前のルコルゾンビたちにそんな様子はいっさいない。目でようやく追えるほどの速さだ。
「もしかすると獣人は人間ゾンビとは違い、昼間の制限を受けないのかもしれませんね……!」
身構えながらそうこぼすレックス。ボンレスハムを構成するのは動物たちだ。もしかすると、同じように獣の血があるだけ制限を受けにくいのだろうか。いずれにせよ、いまはそんなことを考察している場合じゃない。
「みな、密集陣形! 盾を構えてミズハ様をお守りしろ!」
レックスの指示に従ってグランツ兵さんたちが外側へと盾を構えながら私を囲んでくれた。レックスだけは私のそばに控えた恰好だ。
「ぼにゃぁあああっ!」
ルコルゾンビの1体が兵士さんの盾へと勢いのまま体当たりをかました。どんっと鈍い音が鳴る。あまりの衝撃に兵士さんは陣の内側に倒れてしまったけど、相手のルコルゾンビも跳ね返ったのちに気絶したのか、うずくまっている。
「レックス、いまのうちにいけるんじゃ!?」
「ですね! 動きを止めたルコルゾンビのもとまで前進!」
移動している間にもルコルゾンビたちはあちこちから飛び掛かってきた。そのたびに突き飛ばされる兵士さんたち。ルコルゾンビも突進で確実に気絶してくれるわけじゃないみたいで立ち上がって何度も突進してくる。
「倒れた者を補助しつつ、このまま陣形を崩すな!」
「1体目、浄化いきます!」
円陣の中へと気絶したルコルゾンビが入れられたのを機に、私はすかさずタッチする。眩い光がルコルゾンビのただれた肌を変化させていく。肌からは青紫色が失われ、猫耳と尻尾の毛並みも回復していた。
「かわ──」
可愛いって言おうとした言葉を呑み込んだ。髭だらけのおじさまルコル族だったからだ。いやまあ、おじさんがいてもおかしくないんだけど。こういうとき、1番初めに見るのは可愛い子がよかった。
なんて願望を抱いているうちにも、ルコルゾンビの突進は続いていた。私を囲む陣形がどんどん小さくなって窮屈になってきている。休んでいる暇なんてなさそうだ。と、おじさまルコルゾンビが目を覚まして辺りを見回しはじめる。
「わ、私はいったいなにを……」
「起きてすぐにごめんなさい! この陣の動きにあわせてついてきてください!」
おじさまは混乱していたけど、私たちの切羽詰まった様子から察してくれたようだ。なにも言わずに動きをあわせてくれた。
「このまま1体ずつ確実に浄化していきましょう!」
「りょ~かい!」
レックスにそう返しつつ、私は次々に気絶したルコルゾンビを浄化していく。余裕はまるでなかったけど、兵士さんたちの奮闘もあってその後も誰一人としてゾンビ化することなく、20体程度のルコルゾンビを浄化することに成功した。
まだほかにもいるかもしれないけど、ひとまず周辺には見当たらなくなったので休憩をとることになった。浄化されたばかりのルコルの人たちは混乱する頭を整理しているみたいだ。レックスが私のそばに歩み寄ってくると、声をかけてきた。
「お疲れ様です、ミズハ様」
「レックスもお疲れ様。一時はどうなることかと思ったけど……これならなんとかなりそうだね」
ふぅ、と私は息をつきつつ額の汗を拭った。直後のことだった。後ろでどすんっと重く鈍い音が鳴った。いやな予感がしておそるおそる振り返ると、そこには耳と尻尾をつけたゾンビが四つん這い状態でこちらを威嚇していた。
姿からして木に登っていたゾンビたちと同じルコル族だと思う。でも、ほかのルコルゾンビの平均身長150センチメートル程度に対して、目の前の個体は軽く180センチメートルを超えている。レックスと同等か、それ以上の大きさだ。
「ね、ねえレックス。さっき小柄なのが特徴って言ってなかった?」
「……どうやら私の記憶違いだったようです」
当の大きなルコルゾンビは「ぼにゃぁあああ」と鳴き続けている。せめて「ぼ」だけでもとってくれれば可愛げがあるんだけど。いや、ゾンビ臭と腐った体の前ではなにがどうなっても可愛さは感じないか。
「ぼにゃぁああっ!」
ひと際大きな鳴き声をあげたかと思うや、ルコルゾンビが一気に突進してきた。レックスが自らも前に出て盾ではじき返す。でも相手は気絶することなくすぐに体勢を整えていた。そればかりか近くの樹を利用しながら、周囲を回りはじめる。
「え、えぇ……大きいだけじゃなくて、これまでよりすごい動きなんだけど……」
「ミズハ様、どうかそばを離れないでください!」
あまりの動きにほかの兵士さんたちも迂闊に近づけない状況だ。周囲を駆け回るルコルゾンビがいつ仕掛けてくるかわからない。そんな状況が動き出したのは、みしりと枝の折れる音が鳴った瞬間だった。
ルコルゾンビがそばの樹から飛び下りてレックスに突撃してきた。その勢いはいままでの比じゃない。さすがのレックスも盾で受け止めたものの後ろへ弾き飛ばされてしまう。
「レックス!」
「私は大丈夫です! それよりミズハ様! お逃げください!」
レックスの忠告に促されるがまま、私は駆け出そうとする。けど、すでにルコルゾンビは間近まで迫ってきていた。右手を振り上げて、その爪で私を斬り裂こうとしてくる。半ば反射的に屈んだのが上手くいったらしい。ひゅんっと頭上で寒気のするような鋭い音が響く。
いまのを避けられたのは完全に運がよかっただけだ。すぐにでも逃げないと。でも、あんなに速く動ける相手から逃げられる気がしない。
そう本能的に感じ取ったとき、私はすでに右手を突き出していた。それが偶然にも目の前のルコルゾンビの顔面に直撃していた。浄化の光が起こると同時、辺りに響き渡るべしんっという小気味いい音。見ていたグランツ兵さんたちから歓声があがる。
「出たぞ! 聖女様の顔面張り手!」
「必殺技みたいに言うのやめてくれるっ!?」
厄介なことに彼らには悪意がなく、本気で称賛している。おかげで責められないのが悩みの種だった。
そうして兵士さんたちの感覚のおかしさを再認識している間にもゾンビの浄化は終わっていた。胸の膨らみからわかっていたけど、女の人だ。歳はよくわからない。でも、なんとなく私と近いような気がする。
「私、さっきまでゾンビ……どうして……」
浄化直後によくある混乱状態に陥っているようだった。丸まる格好で座り込んだのち、自身の体を見たり触ったりしている。髪は長めでポニーテール。猫っぽい種族とあってか、目は切れ長だけどきつい印象は受けない。むしろ優し気な感じだ。
耳と尻尾もそれを手伝っている要因かもしれない。ゾンビだった頃とは違ってふさふさで見るからに柔らかそうだ。触ってみたい衝動が湧き上がってくる。人が大きかったりすると、綺麗やら格好いいなんて言葉がよく先にくるけど私が彼女に抱いた印象は真逆だ。
「可愛い……っ」
「……え、え?」
目をぱちくりとさせる彼女。状況もわからない中、いきなり見知らぬ人に「可愛い」なんて言われたら困るのも当然だ。ただ、言わずにはいられなかった。最初に浄化したおじさまルコルの件もあって余計にだ。許してほしい。
「ミズハ様っ! また新たにルコルゾンビが来ているようです! お急ぎを!」
レックスからお呼びがかかった。見れば、遠くのほうから樹の上をつたって向かってくるルコルゾンビたちの姿が見えた。さっきの集団より少ない数だけど、それでも10体以上は見える。それに後続がいないとも限らない。すぐにでも対応しないといけなさそうだ。
「ごめんっ! すぐ行くから!」
そう応じたのち、私は先ほど浄化したルコル族の人に向かって告げる。
「ごめんね、いま急いでて。えっと、名前は……」
「ナディ・オル・テオス・ラ・クイム・ロム・ルコルです」
予想外に長かった。
「なでぃ、お、る? てお──」
「ナディで大丈夫です」
「じゃあ~、ナディさん、またね」
そう言い残して、私はそそくさとレックスのほうへと向かって走り出す。と、後ろからナディさんの声が飛んできた。
「あ、あの! 助けてくれてありがとうございます!」
「どういたしまして~っ!」
べつにお礼を言われるためにゾンビを浄化しているわけじゃない。でも、やっぱり言われると心が温かくなる。いまも右手から漂う臭いも我慢できる。私は右手を可能な限り顔から離しながら、残った追加のルコルゾンビたちを視界に収めた。
「さ~て、今日もたくさん浄化するぞー!」