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◆第三十二話『嫉妬怖い』

「レックスはミズハ殿を護れ!」


 オデンさんの声が戦闘開始の合図となった。土人形を相手に騎士や兵士たちが盾を使って迎え撃ちはじめる。


「う、うわぁあああっ!」


 一人の兵士が悲鳴をあげた。対峙する土人形に腕を触られたらしく、その部分から徐々に腐り始めている。迅速に対応しないとゾンビが増殖してしまう。


「レックス!」

「了解です!」


 ヴィアンタで兵士の近くまで移動してもらうと、腐敗した兵士とともに土人形にタッチした。兵士は元に戻り、土人形はボロボロと崩れていく。どうやら土人形もゾンビと同じく私の力で浄化できるみたいだ。試しに右手の臭いを嗅いでみる。


「やっぱりくさ~っ!」

「見た目は違いますが、ゾンビと同じようですね。みな、聞け! こいつらもゾンビと同じだ! 絶対に触れられるな!」


 もともと機敏ではない相手だ。注意さえすれば苦戦する相手じゃない。味方によって押し倒され、無力化した土人形から順に浄化していく。初めこそ数に驚いたけど、気づけば人形は十体程度まで減っていた。


「これならなんとかなりそうかな」


 私が一息ついて汗を拭ったとき、黒い霧から新たに土人形が現れた。しかも、さっきと同じぐらいの数だ。私は思わず片頬を引きつらせる。


「……なんとかなるといいなぁ」


 以降もめげずに土人形を何体も何体も浄化していく。けど、減らしてもまた人形が投入されるので一向に減る気配がなかった。またも追加の人形が出てきたとき、レックスが苛立った声をあげる。


「くっ、またっ」

「私はまだいけるよ!」

「ですが、このままではキリがありません……!」


 たしかに体力の関係でいつまでも土人形の相手ができるわけじゃない。なにか打開する策が必要だ。とはいえ、そんな案がぽんと出てくるわけもなく。辺りを見回して現状を再確認することしかできなかった。また黒い霧から土人形が出現する。


「あの黒い霧が消えたらゾンビも出てこなくなったりして」

「試す価値はありそうですね」


 ぼそりと呟いた言葉をレックスに拾われた。


「でも、どうやって?」

「もちろんミズハ様のお力を使ってです」

「やっぱりそうなるよねー……」


 わかってた。話の途中からそう来ると思ってた。


「問題はあそこまでどうやって辿りつくかですが――」

「それなら心配はいらない! 私が道を切り開く!」


 突然、大声で割り込んできたのは近くで戦っていたオデンさんだ。どうやら会話を聞いていたらしい。相手をしていた土人形を突き飛ばすと、黒い霧に向かって大盾を構えた。


「グランツ王国騎士団団長、オデン・ジャクソール! 突撃する!」


 咆哮をあげながら駆け出すと、進路上に割り込んだ土人形から順に弾き飛ばしていく。当然だけど人間相手に比べて容赦がない。黒い霧への道がみるみるうちにひらかれる。


「行きます、ミズハ様!」

「うんっ」


 レックスがヴィアンタの腹を蹴り、一気に加速する。さすがの足だ。オデンさんとの距離がどんどん狭まっていく。ただ、それにつれて道も狭まっていた。弾かれた土人形たちが戻ってきたのだ。


「あと少しだ! 急げレックス!」


 オデンさんが黒い霧前で安全地帯を確保してくれていた。手を伸ばしてくる土人形たちをなんとか躱しながら進み、ようやく私たちもそこに辿りつく。と、死角を突いて一体の土人形が迫ってきた。


 ――ヴィアンタに触れられる。そう思った瞬間、大盾を構えたオデンさんが突進してきた。土人形に激しい体当たりをかまし、遠くのほうへと突き飛ばす。


「行け!」

「ありがとう、オデンさん!」


 そのまま駆け抜けると、レックスはヴィアンタを黒い霧に横付けする。


「ミズハ様!」


 掛け声が来るよりも早く、私は精一杯右手を伸ばしていた。黒い霧に触れる。感触はない。ただ、力を使ったことを裏付けるように、どっと疲れが押し寄せてきた。数瞬後、黒い霧が眩い光を放つと、一気に色をなくして消滅した。


 バタバタと土人形たちが倒れ、土に還っていく。どうやら黒い霧が維持に一役買っているかも、という予想は当たりだったみたいだ。


「上手くいったみたいですね」

「うん」


 私は安堵しながら、さっきまで黒い霧に阻まれていた場所に目を向ける。そこには古びた木造の小屋がぽつんと建っていた。



     ◆◆◆◆◆


「なんでこんなところに……」


 私を含めた全員が目の前の光景に呆然としていた。黒い霧が散ったらそこには邪神が! みたいな流れを予想していただけに肩透かしを食らったような気分だ。


「ぞろぞろとやかましい奴らね」


 ぎぎぎ、と音を鳴らして小屋の扉が開くと、一人の女性が出てきた。年齢は四十ぐらいだろうか。かなり粗野な格好だ。地面につくほど長い黒髪は艶もなく痛んでいるし、服に至ってはボロボロなうえに黄ばんでいる。なんというか……イーリスをさらに闇に落とした感じだ。私は振り返って問いかける。


「ねえイーリス。もしかして、あなたのお母さん?」

「違うです!」


 必死に否定された。


「あなたが私の邪魔をしてる小娘ね」


 女性から鋭い目を向けられる。


「邪魔って。もしかして、あなたがゾンビを……?」

「ええ、その通りよ。ディアロ様の力をお借りして私がこの世界を闇色に染めたの!」


 両手を横一杯に広げながら語る。否定するどころか自慢げだ。


「ピーノくん、ディアロって」

「邪神の名前だ」


 どうやらあの女性が邪神と繋がっているのは間違いないようだ。話からすれば実行犯といったところか。ともかく、この人を捕まえられれば事態は収まるかもしれない。と、なにやらピーノくんの後ろでオデンさんが難しい顔をしている。


「あの顔、どこかで見たような……」


 顎鬚を撫でながら唸り出したかと思うや、まぶたを跳ね上げた。


「思い出したぞ……昔、陛下に付きまとっていた女だ。名はたしか……ジェラ!」

「そこのジジイ、いったいなにを言っているの!?」


 間髪容れずに待ったを入れたのはジェラと呼ばれた女性だ。「ジ、ジジイ……!?」とオデンさんがうろたえる中、ジェラさんが構わずに話を続ける。


「付きまとっていた? それは間違いよ。アタシはあの方にただ真実を伝えようとしていただけ」


 あの方とは、おそらくシアのお父さん――つまり国王のことだろう。「真実だと?」と聞き返したオデンさんにジェラさんが頷く。


「そう。あのリアとかいう女に騙されているんだってね。あの女、お金のために近づいたのよ。あの方の優しい心に漬け込んで……悪魔のような女だわ!」

「勘違いをしているようだが、先に好意を寄せ、接触を図ったのは陛下のほうだ」

「嘘よ! 同じ平民ならアタシを選んだはずだもの! だって美しさならアタシのほうがずっとずっと上でしょう!」


 狂騒状態に陥ったジェラさんを横目に、私はレックスにこそこそと確認する。


「えーと、つまり嫉妬してたってことでいいのかな?」

「みたいですね」

「うわぁ……」


 邪神を巻き込むほどの嫉妬とは……恐るべしジェラさん。と、ジェラさんが物凄い形相を私に向けてきた。


「嫉妬じゃないって言ってるでしょ!」


 ヒステリックな金切り声だ。耳がキンキンして痛い。


「ああもう! わずらわしいわずらわしい!」


 ジェラさんがわしゃわしゃと髪をかき乱しはじめる。


「あの方との生活を満喫しているところなのに! お前たちが来たせいで大切な時間を消費しちゃってるじゃないのっ」

「もしやそこに陛下がおられるのか!?」


 オデンさんの問いにジェラさんが口端を吊り上げて答える。


「ええ、そうよ。あの方はアタシと暮らしているの。言わばここはアタシたちの愛の巣ね」


 まさかこんなところに隔離されていたとは。道理で見つからないはずだ。


「シアのお父さんがそこに……レックス!」

「はい!」


 レックスが手綱を引くと、ヴィアンタが意気込むようにいなないた。オデンさんやほかの人たちも戦闘態勢へと入る。


「やる気みたいだけど、忘れたのかしら? アタシにはディアロ様の力があるのよ」


 ジェラが四つんばいになり、涎を出さんと舌を垂らした。それを見たレックスが叫ぶ。


「ミ、ミズハ様と同じ動き!?」

「あんなことしてないってばっ」


 一緒にしないで欲しい。……たしかに涎は垂らしたりはしているけども。と、そんなやり取りをしているうちにジェラの舌からどろりとした涎が垂れ、地面に落ちた。直後、黒い靄が私たちの前の地面一帯を覆い始める。


「さぁ、行きなさい! アタシたちの愛の巣を守るのよ!」


 地面がもっこり隆起したかと思うや、噴火するようにナニカが飛びだしてきた。一瞬にして辺りが暗くなる。黒い霧が発生したわけじゃない。ただ、そのナニカがあまりにも大きすぎるせいで陽光が遮られたのだ。


「ブォオオオオオオ!」


 ――巨人ゾンビが現れた。



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