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◆第三十一話『邪神討伐遠征』

 陽光が燦々と降り注ぐ中、城下町を出た先の平原でグランツ王国軍が出立の準備を行っていた。構成は騎士が二十人。兵士が八十人といままでの遠征に比べて大規模だ。そのせいもあって朝だというのに騒がしい。私は城門付近から見守りながらぼそりと呟く。


「思ってたより多いなぁ」

「多ければ良いわけでもないだろうがな」

「あ、ピーノくん」


 いつの間にやら近くまで来ていたらしい。私が「おはよう」と言うと、頷きだけが返ってきた。相変わらずの無愛想ぶりだ。


「多ければ良いわけじゃないってどういうこと?」

「下手に人数を増やせばそれだけ敵に駒を与える可能性も増えるだろ」

「あー、たしかに」

「結局は相手に対抗できる聖女殿頼みだ。せいぜい頑張るんだな」

「他人事みたいに言ってー……」


 とはいえ、ピーノくんのいうことはもっともだ。文句を言いたいのは山々だけど、その事実は変わらない。なによりこの遠征は私が望んだことでもある。いまさら弱音は吐いていられない。ふぅと軽く息を吐いて気持ちを切り替える。


「それより、もう少し時間かかると思ってた」

「発生源の特定か?」

「うん。難航してるみたいだったから」

「決め手は資材調達の遠征だ。その際に遭遇したというデカイのをもとに絞ったら簡単に割り出せた。遠巻きにだが、すでに現地調査も済んでいるので間違いない」


 そう説明しながら、ピーノくんは肩に担いだ荷袋の紐をきゅっと握った。


「っていうか、ピーノくんも来るの?」

「当然だろ」

「危ないかもだよ?」

「邪神を見られるなら安い」

「うーん……」


 いくら偉くてもピーノくんは子供だ。果たして危険とわかっている場所に連れて行って良いものか。


「聖女殿。言っておくが、きみは僕の保護者でもなんでもないからな」

「そうだけど」

「もしそれでも阻もうと言うのなら、僕はきみの前で死んでやるぞ」

「やめて。それだけはやめて」


 冗談に聞こえないから怖い。


「心配は無用だ。危険だと判断したらすぐに逃げる」


 いまだ渋る私を見てか、ピーノくんが真剣な顔で言ってくる。正直に言うと王都に残って欲しいけど、もともとこの機会を作ってくれたのはピーノくんだ。私にはこれ以上強く出られなかった。


 と、なにやら複数の足音が聞こえてきた。見れば、城下町のほうから二十人ほどの集団が近づいてきていた。全員、フードつきの赤いローブを着ている。先頭の一人がフードを取り、その見目麗しい顔をさらした。


「……イーリス?」


 以前、私を誘拐した人だ。


「今回の遠征は邪神討伐と聞きました。ならば、これは聖戦。ミズハ教として参加しないわけにはいきませんです」

「もしかして後ろの人たちって」

「はい、ミズハ教信者です!」


 誇らしげに紹介するイーリスに私はにっこりと微笑む。


「ねえイーリス。私、やめてって言ったよね?」

「うっ……間違えましたです。……んんん教です!」


 喉奥から出して名前を誤魔化すイーリス。後押しするように「「んんん教です!」」と後ろの人たちも主張しはじめる。あまりに苦しい逃げ方だ。呆れるほかない。


「いいじゃないか、連れていけば」

「ピーノくん……でも……」

「絶対に力になるです!」


 イーリスが常人より強いことは身をもって知っている。戦闘においては私なんかより頼りになることは間違いない。


「わかった。でも、無茶だけはしないでね」

「聞きましたか、みなさん! イーリスたちも聖戦に参加していいそうです! 邪神に天罰を下してやるです!」


 イーリスたちが一斉に背中の荷袋から取り出し、彫像を掲げた。どこからどう見ても女子高生の制服姿。あんなものを着ているのはこの世界で私しかいない。つまり――。


「ちょっとそれ――」

「お姉様っ」


 この声、呼び方は……。信者たちの背後側にシアの姿が見えた。両脇にはクルトさんとユリアンさん。レックスが私の騎士になったのを折に、暫定でいまは彼らがシアの護衛を務めることになったのだ。


 私はシアに応じようとして、はっとなった。イーリスたちが目の前から消えていたのだ。どこへ行ったのかと探ると、いつの間にやら遠征部隊に合流していた。なんと逃げ足の速い。


「シア、見送りに来てくれたの?」

「はいっ」


 元気に返事をしたかと思うや、すぐにその顔が曇る。


「本当はわたくしもお供したかったのですけど……」

「王女様にもしものことがあったら大変だからね」

「……はい。お姉様、どうかご無事で」

「心配してくれてありがと。帰ったらまた一緒にお茶しようね」

「ぜひっ」


 そう答えたのち、シアはピーノくんのほうへ向く。


「ピーノ様も、どうかお気をつけてください」

「あ、ああ……」


 いつも通り無愛想だけど、心なしか落ちつきがない。その様から私は一瞬で悟った。はは~ん、と私は思わずニヤついてしまう。


「そういうこと」

「ち、違うぞ! なにを勘違いしているのかは知らないが、僕は――」

「いいのいいの。みなまで言わずとも」

「だから僕はっ」


 取り乱したピーノくんを見ながら、シアが目をぱちくりとさせる。


「あの、なんの話をしているのでしょうか?」

「ぐっ」


 真っ赤な顔を見せないようにか、ピーノくんがシアに背を向けた。


「僕は先に行っている。……聖女殿、あとで覚えとけよ」


 ちょっとからかい過ぎたみたいだ。私は冷や汗を流しながら苦笑する。シアはなにがなんだかわからず、ひとり首を傾げていた。


「ミズハ様、準備ができました!」


 馬――ヴィアンタに乗ったレックスが迎えに来てくれた。どうやら騎士団の準備が整ったようだ。私は最後にもう一度、シアに向かって言う。


「それじゃ行ってくるね」

「はい、どうかお気をつけて。……お姉様にサディア様のご加護があらんことを」



     ◆◆◆◆◆


 ボンレスハムを浄化して救助できた馬は少ない。足がない中では必然的に行軍も遅くなり、二時間が経ったいまでも目的地に辿りついていなかった。兵士たちの顔にも疲労の色が出始めている。


「楽しちゃって悪いなぁ」


 私はレックスの前に座る格好でヴィアンタに乗っていた。上下に揺れるのでお尻が痛いけど、それ以外の疲労はほとんどない。


「なにが待ち受けているかわかりませんから。ミズハ様には体力を温存していただかないと」

「そうなんだけど、気持ち的にね」


 自分だけ楽をするのはやっぱり気分が良くない。


「気にせずどっしりしていればいい」


 そう言ってきたのはピーノくんだ。オデンさんが騎乗した馬に私と同じ格好で乗っている。その体格差もあって親子に見えてしまう。オデンさんが馬を横に並ばせる。


「ピーノ殿の言う通りだ。ミズハ殿はいまやグランツ王国にとっては尊き存在。少しぐらい贅沢したところで誰も文句は言うまい」


 というオデンさんに続いて、後方から大きな声が飛んでくる。


「女神様は女神様です! グランツ王国どころかこの世界で一番偉いです! 文句を言ったらこのイーリスが――」

「イーリス、ちょっと静かにしてよっか」

「はい」


 しゅんと縮こまるイーリスを見てか、オデンさんが大口を開けて笑う。


「慕われておるな」

「あれって不敬罪になったりしません?」

「最近、耳が遠くなってきたようでな」


 口の端を吊り上げるオデンさん。どうやら見逃してくれるようだ。私はほっとする。いくら頭がぶっ飛んでいても私を慕ってくれる人だ。捕まったりしたら寝覚めが悪い。


 しばらくして森に入った。沢山の枝葉に陽光が遮られ、辺りは薄暗い。中でも前方に広がる空間は先がまったく見えないほどだ。ただ、普通の暗闇とは違う。あれは何度も見たことがある。――黒い霧だ。


「こんなに大きいの初めてみた」


 兵士たちの間に動揺が走っている。私も嫌な感覚を拭えなかった。これまでの黒い霧とは明らかに違う。ふと近くの木に人の頭大の鳥が止まった。ただ、その肉体はゾンビ化していて腐りに腐っている。赤く光った目で私たちをじっと見たのち、黒い霧のほうへ飛び去っていく。


 不気味だな、と思っていると、黒い霧から人型のナニカが現れた。四肢もあるし、二足歩行をしている。人のようだけど人じゃない。その身体はおそらく腐った土でできている。ただ、いま目を向けるべきはナニカの正体じゃない。


「な、なにこの数……?」


 約五十体。それほどの数の土人形が向かってきた。



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