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◆第三十話『休日に会いたくない人ナンバー1』

 資材調達遠征から数日後のこと。今日は浄化の仕事はお休みだった。私から望んだことじゃなくて、シアからお願いされてのことだ。なんでも働きすぎだという。復興のために頑張る人たちをよそに休むのは気が引けたけど……正直、歩き疲れて体中バキバキだったので素直に甘えることにした。


 ただ、休みだからといって特別したいことはなかった。復興に着手したばかりとあって城下町には娯楽施設の類もない。結局、いつもと同じように起きて、お城を出て。レックスと城下町の大通りを散歩することになった。


「なんだか日課みたいになっちゃったなぁ」

「城下町を歩くことが……ですか?」

「うん。まっ、嫌いじゃないから良いんだけどね。町がどんどん直ってくところ見てると、なんかほっとするし」


 訪れるたび景色が変わる。昨日はボロボロだった壁が綺麗に修復されていたり。更地に新しい建物が造られていたり。建物だけじゃない。人の数も増え、笑顔も増えていく。私は元の姿を知らない。だからか、一緒に育っているかのように感じてなかなかどうして居心地は悪くなかった。


「ミズハ様には本当のグランツ王国を見ていただきたかったです」

「……レックス」


 まるで私が完全に復興したグランツ王国を見られないような発言。そこからレックスの言わんとしていることを理解した。私だって最後まで見たい。けど――。


「お姉ちゃん~!」


 ふいに聞こえた声のほうを見ると、覚えのある顔を見つけた。私が初めて治癒の力を使った少年だ。私のもとに駆け寄ってくる。


「これ、前のお礼!」


 背中で隠していたらしい。花を差し出された。薔薇のように真っ赤な、四枚の大きな花弁が静かに揺れる。


「わ、綺麗なお花」

「僕の家の近くに咲いてたんだ」

「ありがとう」

「えへへ。それじゃ僕行くね。早く戻らないとお母さんに怒られちゃう」

「はーい、またね」


 少年の背中を見送っていると、レックスが隣に立った。


「良かったですね」

「うん。……浄化の力もそうだけど、治癒のほうも本当に便利だよね」


 どっちも使ったらどっと疲れるけど、食っちゃ寝すれば回復する。代償なんてほとんどあってないようなものだ。


「だからこそ、正しき心を持つ者――ミズハ様にお力が宿ったのだと思います」

「買いかぶり過ぎ。私だって悪さするかもしれないよ?」

「そのときはお供します」

「うわ、それはやりにくいなぁ……」

「そういうところですよ」


 レックスに笑われてしまった。自分だけならまだしも誰かに片棒を担がせるのはさすがに気が引ける。もちろん個人でもするつもりはないけど、万が一もできなさそうだ。


「今日はごめんね。私が休んでたらレックスも楽だったのに」

「お気遣いありがとうございます。ただ、疲労はほとんどないのでご安心ください」


 やせ我慢でもなんでもなく本心からだろう。レックスはけろっとしている。


「そういうとこを見ると、やっぱ騎士なんだなぁって」

「鍛えていますから」

「私も体力には結構自信あるほうなんだけど」

「たしかにミズハ様はほかの女性と違って少々活発と言いますか、元気があると言いますか――」

「どうせ私は淑女とは程遠いですよーだ」


 ぷいっと顔をそらすと、レックスが慌てて正面に回り込んでくる。


「い、いえっ! 決してそういうつもりではなく、それがミズハ様の魅力の一つであると私は――ミ、ミズハ様……?」


 笑い出しそうな顔を見られてしまった。バレたのでちろりと舌を出して誤魔化す。


「ごめん、からかってみた」

「ひ、人が悪いです……」


 心底ほっとしたようにレックスが胸を撫で下ろした。私だってなにも無闇に悪戯をしたわけじゃない。


「この前、いきなり戻ってきたことのお返し」

「そ、それを出されると……」

「もちろん助けてくれたことには感謝してるけどね。でも、それとは別だから」


 本当にびっくりしたから、それの意趣返し。その考えから始めた悪戯だったけど、別に怒ったわけじゃない。さっさと切り上げよう。そう思った途端、レックスががばっと勢いよく頭を下げた。


「私の身勝手な行動でミズハ様にご迷惑をおかけしてしまったこと、深く反省しております。誠に申し訳ございません……!」

「ちょ、ちょっとちょっと! こんなところでそういうのされたら注目されるってばっ」


 事実、多くの人が周囲で足を止め、奇異の目を向けてきている。


「いえ! このレックス・アーヴァイン、ミズハ様のお許しを頂くまでは絶対に引きません!」


 レックスは私と違って大真面目だ。だからこそタチが悪い。


「わかった! わかったから頭上げてってば!」

「失礼ですが、そのようなお情けでは納得できません!」

「本当に怒ってないんだってばーっ」

「では許していただけるのですか!?」

「許す! ゆーるーすー!」

「……ありがとうございます!」


 ようやく顔をあげてくれた。今後、レックスをからかうときは注意しよう。最低でも場所は選んだほうが良さそうだ。ともかく事態を収拾できたので私はほっと息をついた。


「ミッズハー……? ミッズハーじゃないかっ」


 私の名前をこんな独特な感じで呼ぶ人はひとりしか知らない。まさかこのタイミングで来るとは。私は抜き打ちテストが決まったような気分で声の主を見やる。と、青年――キースさんの無駄にキラキラした笑顔で迎えられた。


「こんなところで逢うなんて偶然だね。いや、運命かもしれない」

「開口一番から飛ばしてますね……」

「そういうミッズハーは元気がないようだね」


 あなたに逢ったからです。


「これから僕と食事に行くのはどうだろう?」

「あの、お店どこもまだ開いてないって聞きましたけど」

「では散歩にでも」

「ごめんなさい。今日はのんびりしたいので」

「仕方ない。じゃあ、ぼ、ぼぼぼ僕の屋敷に……!」


 なにが仕方ないのか。それに呆れるぐらい下心丸見えな顔で近づいてくるのはやめて欲しい。うわぁ、と私がドン引きしていると、レックスがすっと前に立ち塞がってくれた。


「ミズハ様が困っておられます。ロワダン卿」

「どこがだ。すごく嬉しそうじゃないか」

「いや、それはないです」


 ここははっきり伝えておいた。でも、都合の悪いことは綺麗に聞き流すスキルを持っているのか、キースさんに動じた様子はない。それどころか前に立ち塞がったレックスを威嚇している。


「いたのか、レックス・アーヴァイン」

「はい。ずっと」

「そうか。そういうことか。貴様がいるからミッズハーは元気がないんだ」


 真に受けたレックスが自信なさげな顔を向けてくる。


「そう……なのですか?」

「それはないから安心して」

「とミズハ様は申しております」

「こんな騎士を庇うとは……なんてミッズハーは優しいんだ」


 ダメだ。この人にはなにを言っても通じない。


「まあいい。これからミッズハーは僕と愛を語らう旅に出る。貴様はどこかへ行きたまえ」

「それはできません」

「さっきから邪魔ばかり……調べたぞ。貴様がミッズハーとは本当はなんの関係もないことを。貴様に僕を阻む理由があるのか?」

「あります」


 そう言い切ったレックスが胸を張る。


「なにしろ私は正式にミズハ様の騎士となったのですから」

「な、なんだと……?」

「ミズハ様の騎士、レックス・アーヴァインです」


 ほんの少し自慢げに聞こえたのは気のせいだろうか。真意のほどはわからないけど、ともかくキースさんが甚大なダメージを被ったことは間違いないようだった。ただ、いまだ信じられないようで私に潤んだ目を向けてくる。


「本当なのかい、ミッズハー」

「は、はい。一応」

「ほぐぁっ」


 ついにキースさんが膝を折った。これで諦めてくれたら良いのだけど。そう思った途端、キースさんはピョンと跳ぶように立ち上がった。


「僕は絶対に諦めないからな! いいか、レックス・アーヴァイン!」

「私は騎士です。逃げも隠れもしません」


 堂々としたレックスに気圧されたか、キースさんは悔しそうにしながらもそれ以上なにも言わなかった。背を向けて走り去っていく。


「めげないなぁ」

「ミッズハー様……」

「呼び方移ってる」


 キースさんの去ったほうを見ながら、レックスが苦笑する。


「鋼の精神。それがロワダン卿の良いところでもあります」

「え、もしかして認めてるの?」

「いえ、最大限ひねり出した結果、それしか思い浮かびませんでした」


 レックスもなかなかひどいことを言う。とはいえ、私も同じ見解なので「だよね」と相槌を打っておいた。


「まったく……聖女殿を捜すのは簡単で助かるな」


 そんな呆れ声が後ろ手から聞こえてきた。振り返ると、予想通りの人物が立っていた。


「ピーノくん!」

「相変わらず注目を集めるのが得意なようだな」

「あはは……たまたまだよ。たまたま」


 九割方キースさんのせいだ。


「それにしても、どうしたの? ピーノくんがわざわざ来るなんて」

「急ぎで伝えたいことがあったからな。自ら出向いたんだ」

「もしかして……」


 ああ、と頷く。


「黒い霧の発生源を突き止めた」




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