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◆第二十八話『別れと再会』

「いったいなんの話だろうね」


 私はレックスと並んでお城の中を歩いていた。一時間ほど前のこと。日課の周辺地域の浄化を終えて城下町に帰ったとき、「二人に話があるからあとでお城に来てくれ」とオデンさんに呼び出されたのだ。


「資材調達の話かもしれません。やはり木材の消費が激しいので」

「でも、それだったらわざわざお城の、それも謁見の間に呼び出すかな? いままで通りその場で依頼してくれればよくない?」

「そ、それはたしかに……」


 なんて会話を交わしているうちに謁見の間に到着した。お城で暮らすようになってから何度か訪れたことはあるけど、相変わらず広い場所に驚くばかりだ。ゾンビの支配下にあった頃の名残があちこちに見られるものの、厳かな空気はいまも感じられる。


「お待ちしておりました。お姉様」


 最奥の玉座でシアが立ち上がって迎えてくれた。普段、この構図で話すことがないので不思議な感覚だ。ただ、他にはオデンさんしかいないこともあって必要以上に緊張することはなかった。ふいにレックスが隣で片膝をついて頭を下げた。王女様の前で、しかも謁見の間だからなにもおかしくはない。


「私もしたほうがいいかな?」

「いえ。できればそのまま楽にしていてください。レックスも楽にしてくれますか」


 短く返事をしたレックスが立ち上がった。それを見計らって私は疑問を口にする。


「それより今日はどうしたの? こんなところで話って……」

「私から説明させていただこう」


 シアのそばで控えていたオデンさんが一歩前へ出て答える。


「用件は二つ。まず一つ目。木材が圧倒的に不足しているのでその調達をお願いしたい」

「やはりその件ですか」


 と、レックス。


「うむ。石造はまだいいが、木造は侵食がひどいようでな。大半が建て直しとなっているのが理由だ。ミズハ殿、なにからなにまで頼ってしまって申し訳ないが……お願いできるかな」

「もちろんです」


 唾液を垂らすのはやっぱり気が引けるけど、私にとって疲れること以外にデメリットはない。安全な寝床を提供してもらっていることも考えれば断る理由はない。


「感謝する」

「わたくしからも心よりの感謝を」


 オデンさんに続いてシアからも礼を言われる。居心地が悪いことこのうえない。


「あ~……大したことじゃないので気にしないでください。それよりっ、用件は二つって言ってましたけど、もう一つはなんなんですか?」

「では、その話をさせていただこう」


 オデンさんが続けようとしたとき、シアが割り込んだ。


「ジャクソール団長。やはり、この話は――」

「殿下。これは必要なことです」

「……はい」


 力なく頷くシア。ふと目が合ったけど、すぐにそらされてしまった。嫌われちゃったのかなと一瞬思ったけど、どうやら違うようだ。下唇を噛んだうえに両手に拳を作っている。そんなシアの反応を知ってか知らでか、空気を断ち切るようにオデンさんが話し始める。


「少しずつではあるが、国も落ちつきを取り戻し始めている。そこで復興につれて騎士の体制も元に戻す必要があると議会で決まった」

「そういうことですか……」


 いまの話でレックスはなにか悟ったようだけど、私にはさっぱりだ。一人首を傾げていると、オデンさんがいつも以上にいかめしい面をレックスに向けた。


「レックス・アーヴァイン。いま、このときをもって貴公の聖女殿護衛の任を解く。そして以降は殿下の騎士として務めよ」



     ◆◆◆◆◆


 翌日の朝。お城の外城門で待っていると、二人の騎士が私の前に立った。


「お二人はたしか……」

「また、お逢いできて光栄です」


 活性化したゾンビに奪われたお城を取り戻す際、囮役として奮闘してくれた騎士さんたちだ。親しいわけじゃないけど、顔見知りだったことに私は心底ほっとする。


「ごめんなさい。私なんかの護衛に就いてもらって」

「そんな、とんでもない」

「今回の護衛も我々自ら志願しましたし」


 そんな答えが返ってきた。「どうして?」と訊きながら思わず目をぱちくりとさせてしまう。


「それはもちろん……なあ」

「お、おう」


 なんだろうこのやり取り。しかも二人とも顔が緩んでるし。志願してくれた手前、申し訳ないけど言わせてもらう。ちょっと気持ち悪い。私が細目で見ていたからか、二人は慌てたように姿勢を正した。


「自己紹介が遅れました。私はクルト・ベッカーです」

「自分はユリアン・グラーツ」


 クルトさんは短髪の爽やか好青年、ユリアンさんは長髪の美青年だけど、少し堅物っぽい印象だ。なんだか響き的にドイツ人っぽい名前だなぁと思っていると、目の前の二人が揃って右拳を胸に当てた。クルトさんがきりりとした表情で口を開く。


「アーヴァイン卿の代わりとしては力不足かもしれませんが……ミズハ様の護衛、精一杯務めさせていただきます」


 この世界に来てからというもの、常に隣にはレックスがいた。だから、護衛役を外れることになってもあまり実感はなかったけど……いま、ようやくそれを感じることができた。私はゆっくりと頭を下げる。


「よろしくお願いします」



     ◆◆◆◆◆


 資材の回収、運搬班の兵士と合流後、目的地の森林を目指して出発した。近場の土地はすでに浄化済みなので草原が多い。おかげで息を思い切り吸い込んでも清々しい気持ちになれた。道すがら私は隣を歩くクルトさんに尋ねる。


「あの……レックスって元はシアの護衛だったんですか?」

「はい。近衛騎士のことはご存知ですか?」

「まず大きな括りで騎士団があって、その中でも一部の人だけが近衛騎士になれるんですよね」


 レックスから聞いた話だ。


「正確には優秀な騎士だけが、ですね。そしてもっとも強い近衛騎士が王族の護衛を務めることになっています」

「あれ、でもオデンさんは?」


 レックスが強いのは何度も見たので知っている。それでも突撃の派手さからしてもオデンさんが劣っているとはとても思えない。


「団長としての役目がありますから」

「じゃあ、オデンさんより強いってわけじゃないんですね」

「それはどうでしょうか」


 ユリアンさんが会話に入ってきた。


「普段こそポンコツですが――」


 ……やっぱりポンコツって思われてるんだ。


「剣の腕ではやはりレックス先輩のほうが遥かに上でしょう」


 普段が普段だけに強い人というイメージがなかなか定着しなかったけど、思っていた以上に凄いみたいだ。ぞんざいに扱いすぎたなぁ、といまさらながら反省。そうして他愛もない会話を交わしながら歩くこと三十分ほど。目的地に到着した。


「オークス大森林。建材として優秀な木々が多く生えているのですが……」

「見事に腐ってますね」


 紫色の草を生やした地面の上、あちこちで伸びる木々はボロボロに崩れていたり、途中で折れていたりと凄惨な状態だ。こんなものを建材に使えば倒壊間違いなしだろう。


「私の出番ですね。あの、皆さん後ろ向いててくれますか?」

「できれば浄化する光景を見てみたいのですが――」

「お願いします」


 にっこり笑うと全員が少しびくついた様子で背を向けてくれた。はぁと私は人知れずため息をつく。まだ慣れていない相手だからか少し疲れる。そういう点でレックスは気楽だったなぁと思う。って、なにを考えてるんだか。


 私は頭を振ってさっさと唾液を垂らした。地面から伝播するように木々へと浄化が広がっていく。木々は肌を色よくし、たちまち沢山の葉をつけるにまで再成長する。やがて近場に緑が満ちあふれると、兵士たちから感嘆の声があがった。くるりと翻って私は一言。


「それでは皆さん、お願いします」


 作業開始となった。あちこちで木を切り倒し、荷車に積みはじめる。放置中に腐る可能性を考慮して伐採した分はできる限り運ぶつもりらしい。人手不足もあって荷車はそう多くない。すべてを満載にするにはあまり時間はかからなかった。


「ふぅっ」


 私は横たわった丸太に腰を下ろして一息つく。大体の作業は終了し、あとは荷物が落ちないよう縄で縛るだけとなった。クルトさんがそばまでやってくる。


「思ったより早く終わりましたね。これもミズハ様が手伝って下さったおかげです」

「ほとんどなにもしてませんけどね」


 あはは、と苦笑する。丸太を運ぼうにも重過ぎて役に立つどころか足を引っ張る始末。結局、見守ることしかできなかった。


「水を汲んできてくださったではありませんか」

「あまりにも手持ち無沙汰だったので」


 ここから少し歩いたところで見つけた低い崖。その下にちょうど小さな湖があったので浄化し、作業場まで何度も往復して水を運んだのだ。


「みな、細かい気遣いに感謝していましたよ」

「無理矢理お仕事見つけたみたいになっちゃいましたけど。でも、お役に立てたなら良かったです」


 そんな雑談をしていると、どこからか「ブヒッ」と声がした。辺りに視線を巡らせると、少し離れた場所に豚がいた。私が元いた世界の豚とまったく同じだ。一瞬目が合ったけど、すぐに背を向けてトコトコと去ってしまう。


 どうしてこんなところに豚がいるのか。ひとり首を傾げていると、ぞくりと悪寒がした。間もなくメキメキと音が聞こえてくる。なんだか嫌な予感しかない。やがて豚の去ったほうから人型の大きなゾンビが現れた。


「ボンレスハム……!」




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