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◆第二十七話『握手会と熱烈ファン』

 それは日課となった周辺地域の浄化作業を終え、レックスと一緒に王都に帰ってきたときのことだった。


「ゾンビだ! ゾンビが出たぞー!」


 どこからか叫び声が聞こえてきた。


「うそっ。城下町にはもういないはずじゃ」

「もしや気付かぬうちに侵入されたのかもしれません」

「でも正門か城壁からしか入れないでしょ。さすがに気付かないなんてことは……」


 なんて話していると、新たに別の場所で悲鳴があがった。


「こっちにもゾンビだ!」

「に、逃げろ!」


 混乱が広がり、一心不乱に走る民たち。複数体のゾンビに侵入されていたのか。はたまた感染して増えたのか。どちらにせよ――。


「悠長に話してる暇はなさそうだね……」

「はい。とにかくいまはゾンビのもとへ!」



     ◆◆◆◆◆


「人間がゾンビに戻った?」


 突如として城下町に現れたゾンビたち。それらを浄化したあと、私はレックスとともにピーノくんのいる図書館を訪れていた。


「うん。目撃した人みんなが同じように証言してるから間違いないと思う。そんなに多くなかったし昼間だったからすぐにその場は収められたんだけど……」

「またゾンビに戻る者が現れたと思うと気が気じゃないだろうな」


 椅子に座って読書中のピーノくんに、レックスが構わずに話を続ける。


「少なくない民が現場を見ていますから、なるべく早く混乱を収めたいのです」

「それで僕のところに来たというわけか」


 嘆息しながら本を閉じると、嫌味な視線を私に送ってきた。


「僕は忙しいんだけどな。なあ、聖女殿」

「ピーノくんには感謝してもしきれませんですはい」


 異世界に帰るための協力をお願いしたうえに今回の件だ。なにも反論できない。まあいい、とピーノくんは空気を切り替える。


「なんらかの外的要因が加わった可能性もあるが……再ゾンビ化した人間の情報は?」

「一応、こちらに纏めてあります」


 受け取った資料に目を通していく。


「ふむ、騎士が多いな。それも近衛騎士か……」


 そう呟いたあと、ピーノくんがなにやらレックスをじっと見つめはじめた。


「な、なにか……」

「いや。ときに聖女殿。王女殿下は息災か?」


 ついとレックスから視線を外し、訊いてくる。


「うん、元気だけど」

「なるほどな。そういうことか」

「なにかわかったの?」


 ピーノくんが自身満々に頷く。


「おそらく浄化の力は永続的なものじゃない。触れた瞬間から時間を経るにつれ効果が弱まり、やがてゾンビに戻ってしまう。ゾンビ化した者に近衛騎士が多いのも浄化された時期が早かったからだろう」


 たしかに一般人の多い城下町を後回しにして騎士の多いお城から浄化を始めた。ピーノくんの言っていることは間違っていない。ただひとつを除いて。


「でもそれじゃシアはどうして……人に戻ってから一番長いはずだけど」

「簡単だ。きみとよく触れ合っているからだ」


 お風呂で洗いっこしたり、一緒に寝たり。手を繋ぐことだって沢山ある。誰よりも触れ合っているのは間違いない。


「私が触れたら人でいられる時間が伸びるってこと?」

「そういうことになるな」

「ええっ、じゃあ一生みんなに触れないといけないの? それはちょっと……」

「僕の予想では幾度か繰り返せば呪いは薄まって、そのうち浄化は必要なくなるはずだ」

「そうじゃないと困るなぁ」


 女の人が相手ならともかく男の人にそう何度も触れたくない。浄化しているのも必要に迫られているからだ。抵抗がないわけじゃない。


「しかし、そうなると早急に手を打たねばなりませんね。方法はどうしましょうか」

「効率良く多くの人に触れられる方法だよね」


 うーん、と私はレックスと一緒に唸りはじめる。


「僕に案があるぞ」


 言って、ピーノくんがにやりと笑った。


「握手会だ」



     ◆◆◆◆◆


 お城の城門からほど近い場所にテントを仮設。そこで握手会をすることとなった。


「まずは様子見で」


 というピーノくんの意見で集められたのは五百人。これは城下町の人を浄化していたときの一日の最低限よりも少ない数だ。こうして並んでいるところを見ると、頭で考えるよりも多く感じる。騎士団の人たちのおかげで綺麗に整列してくれているけど、これが無秩序に押し寄せてきたらと思うとぞっとする。


「では順に握手をしていってください! あとがつかえていますから素早くお願いします! そこ、押さないでください!」


 レックスが手をメガホンのようにしながら叫ぶ。なんというか騎士の風格を感じない。騎士のコスプレをした警備員といった感じだ。なにはともあれ握手会が始まった。来る人は老若男女と様々。時間にして一人十秒にも満たないけど、受ける印象はそれぞれ違った。


「ありがとう、聖女様っ」

「本当に……本当に感謝しております」


 多くの人がお礼を言ってくれる。中には両手を擦りながら「ありがたやありがたや……」と言ってくる人もいて対応に困ったけど。一番頑張ってくれたのは騎士団の人たちだけど、私も一応フラフラになるぐらいには毎日頑張った。その成果なのかな、と思うと自然と笑顔で迎えることができた。ただ――。


「こ、この子の唾液が……ゴクリ」

「聖女様に握ってもらった手、一生洗いません!」

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 稀に鼻息荒い集団が混ざっていて、思わずちょっと――いや、かなり笑顔を崩してしまった。苦笑しつつ、なんとか握手を交わしていく。


「ねえレックス。前から思ってたんだけど、グランツ王国って変な人多くない?」

「みな、それほどミズハ様との握手が嬉しいのですよ」


 浮かれているにしても、ちょっと限度というものがある気がする。ともあれ生きている間にまさか握手会をすることになるとは思いもしなかった。もっともアイドルのようにキラキラしていないし、来てくれる人は一部の変態を除いて「ゾンビ化したくない!」の一心からだろうけど。それでも私にとって予想だにしない展開だ。


「ミズハ様、疲労のほうは……」

「ちょっとだけ。でも、ゾンビから人に戻すときと違ってあんまり疲れない感じ。明日からはもうちょっと増やしても大丈夫だよ」


 とはいえ、思っていた以上に多くの人と握手をするのは疲れる。無愛想な顔で応じるのもあれだから基本は笑顔だし、だらしない姿を見せたくないから姿勢は正すし。肘もずっと上げっぱなしだし、疲れることこのうえない。


 でも皆がゾンビになるよりマシだし頑張ろう。そう心の中で気合を入れて顔をあげる。と、なにやら見覚えのある人が目の前に立っていた。


「あの~。さっきもいませんでしたか……?」

「覚えててくれたんだね。ミッズハーっ」


 列の最初のほうにいたうえ、やたらと長く手を握ってきた人だったので悪い印象でよく覚えていた。うぇ、と私が見るからに嫌な顔をしたからか。気づいたレックスが代わりに対応してくれる。


「申し訳ありませんが、一人一回でお願いします」

「レックス・アーヴァイン……僕の邪魔をする気か?」

「ロワダン卿。いかにあなたと言えど、規則には従っていただきます。誰か、この方をお連れしてくれないか」


 駆けつけた騎士が男の人を連れていく。「このっ、離せ!」と暴れていたけど、騎士相手では無力だったらしい。ずるずると引きずられ、やがて見えなくなった。騒ぎが収まったのち、私はレックスに訊く。


「あの人、知ってるの?」

「キース・ロワダン。王都南西部より少しいった先、ラジナ地方の一部を治める領主の息子です」

「貴族ってこと?」

「そうなりますね」


 へぇー、と私は気のない返事をする。マッシュな赤髪に赤ベスト、とたしかに見た目は派手でイメージ通りの貴族ではあったけど、なんというか余裕がなさすぎて小物感が半端なかった。……ま、もう会うこともないだろうし、どうでもいっか。なんて思っていたのだけど――。


「やぁ、また来たよ。ミッズハーっ」


 しばらくして何食わぬ顔でキースさんが戻ってきた。晴れ晴れとした笑顔を見ながら、私は無表情で言う。


「レックス」

「かしこまりました」


 レックスの指示で二人の騎士がキースさんの腕を掴み、連行を始める。


「ま、待ってくれ! 一目惚れなんだ!」

「えぇっ」


 思わず変な声を出してしまう。周囲の人たちも見るからにざわついている。私から愛の告白したわけでもないのに、ただただ恥ずかしい気持ちで一杯だった。


「これでどうだっ!?」

「残念ながら正当な理由ではないので」


 レックスの無情な判断でまたもや騎士に引きずられるキースさん。けど、まだ諦めていないらしい。


「くそっ。こうなったらゾンビに戻って再会するしかっ!」

「疲れるので本気でやめて下さい」


 その最悪な考えのおかげで羞恥心が一気に吹っ飛んだ。私は呆れつつ疑問を口にする。


「どうしてそんなにこだわるんですか? 私、あなたと話したの今日が初めてだと思うんですけど……」

「だが、出逢ったのはもっと前だ! そう、あれはゾンビと化した僕をミッズハーが救ってくれた日のこと……」


 なにやら過去を振り返り、まるで演劇のごとく大袈裟なポーズをとりはじめた。


「きみを見た瞬間、輝いて見えた!」

「それきっと浄化の光です」

「胸が苦しくなるほどときめいた!」

「ごめんなさい。たぶん胸をどついちゃったせいだと……」

「それでもいい!」


 ときめきどこいった。


「ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられません」

「どうして僕の気持ちをわかってくれないんだ……!」

「いやあの、理解したうえで拒否してるだけです」


 いくら全力で断っても、キースさんに諦めた様子は見られない。


「僕の妻になれば一生遊んで暮らせるんだぞ。ラジナの広大な土地だって好きにできる!」

「ロワダン卿。その辺りはまだ腐ったままです」

「……」


 ボロボロだなぁ、この人。なんだか少し可哀相になってきた。だからといって好意に応じるつもりはないけど。


「そうか、その男が原因か」


 なにを思ったか、騎士を振り切ったキースさんがレックスをびしっと指差した。


「レックス・アーヴァイン。いまここで僕と決闘しろ!」


 困った顔でレックスが私に訊いてくる。


「どうしましょう?」

「うーん、断ったらまた暴れそうだよね」

「では素早くケリをつけてきます」


 悲劇のヒロインなら「私のために争わないで!」と言うのかもしれないけど。あいにくと勝者に私をプレゼントなんて決めた覚えはない。どうぞご自由にといった感じだ。


「でも大怪我とかはやめてね。一応、私の左手で治癒はできるけど」

「その辺りはご安心を」


 さすが王国一の剣の使い手。自信満々だ。そうして急遽始まった決闘。用意された木刀で行ったのだけど、一瞬で終わった。結果はレックスの圧勝。キースさんはなにもできず、開始早々に地面に伏した格好だ。


「なぜだ! なぜ神は僕にこうも試練を与えてくるんだ!」


 苛立つように地面を叩くキースさん。いったいなにと戦っているのか。


「僕は諦めないぞ。絶対にきみを――」

「姉御~! 兄貴~!」


 この声はロッソさんだ。人だかりを割ってこちらにやってくる。


「ロッソさん、どうしたの?」

「いや、姉御が握手会っつーもんをやるって聞いたんで。あ、これ差し入れっす」


 空気を読まず両手に抱えていた布袋を手渡してきた。香ばしい匂いが漏れてきている。もしかしてこれって……。期待に胸を膨らませながら中を確認する。


「やっぱり! パンだ!」

「先日、配給された小麦があったじゃないすか。あれで妹がパンを焼いたんすよ」

「食べてみていい?」

「どうぞ。ただ急いで製粉したんで味はあんまらしいすけど」


 コッペパン型のを取り出し、一口かじる。砂糖やバターの入手がまだ困難なことから甘味がないのは覚悟していた。ただ食感もごわっとしていて正直あまりおいしくない。それでも貰い物だからと笑顔を作ると、ロッソさんが苦笑した。


「気遣わなくていっすよ。妹も覚悟してたみたいなんで」

「……ごめん」

「近いうちにしっかりしたものを造るらしいんで、そんときまた食べてやってください」

「ぜひぜひ喜んで!」


 なんて浮かれた返事をしてから、ふと現状を思い出した。まだ私たちは大衆の輪の中にいるのだ。ロッソさんもようやく周囲の異変に気づいたらしい。


「なんかあったんすか?」

「あ~、色々あってね」


 話すと長く――はならないか。貴族の人にしつこく言い寄られている。これで事足りることだ。ただ、本人の前で言うのも気が引ける。なんて思っていたら、その当人がわなわなと震えながら頭を横に振っていた。


「姉御……兄貴……だと? そんな……まさかもう……」


 キースさんの顔がくしゃりと歪む。


「うわぁあああああっ!!」


 ついには泣き叫びながら走り去っていく。大袈裟に避けた民衆の姿からは面倒事に関わりたくない思いがひしひしと感じられた。


「行っちゃった」

「なんなんすか、あれ」


 ロッソさんはおかしなものでも見るような目でキースさんの背中を見送っていた。レックスが私の隣に立つ。


「もしや私とミズハ様が夫婦である、と勘違いされたのでしょうか」

「たぶんそうじゃないかなぁ」


 レックスに決闘を挑んだところから見てもその可能性は高そうだ。


「あの、ミズハ様。否定しにいかれなくてよろしいのですか?」

「ん~……信じたままのほうが付きまとわれないで済むかなって」

「なるほど。そういうことですか」


 納得したらしい。その顔に動揺の色はまったく見えない。どうでもいいと思っているのか、はたまた仕事だからと割り切っているのか。どちらにせよ少しぐらい動揺してくれてもいいのに、と思ってしまった。


「ん、どうかされましたか?」

「ううん。なんでもない」


 一度視線を外したあと、横目でこっそりレックスのことを見やる。……ま、あのお坊ちゃんよりはずっといいかな。



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