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◆第二十四話『帰還の兆し』

 ボンレスハムが現れた黒い霧の夜。あれから十日が経った。その間にしたことと言えばもっぱら外壁に群がるゾンビの浄化だ。あまりに多くていやになる毎日だったけど、それもいましがた終わり……ついにグランツ王国が復興に向けて動きはじめた。


「つ~か~れ~た~。もう動けない~」


 城下町のもっとも外側の区画。城門近くの石畳にどかっと座り込んだ。地面にそのまま座り込むなんてはしたないけど、いまはどうでもよかった。当面は浄化をしなくてもいい。そんな安心感からか、いつも以上に疲れがどっと押し寄せてきているのだ。


 城下町のほうでは、すでに多くの人たちが歩き回っている。損壊した建物を前に絶望している人もいれば、さっそく修理に取り掛かっている人もいたりと反応は様々だ。そんな光景を見ながら、ふと私は思う。


「ね、資材の余裕あるの?」

「お察しの通りありません。とくに木材ですね」


 隣に立ったレックスが疑問を拾ってくれた。


「リンゴの木を使うのはダメなのかな」

「材木用ではないので使えても小物程度かと」


 言って、レックスは外に目を向けた。


「やはり遠征部隊を組んで調達しに行くしかないでしょう」

「調達って……どこも腐ってるよね」

「はい。ですから、またミズハ様のだえ――こほん。聖水をいただけないでしょうか」

「いま、唾液って言いそうになったよね?」

「いいえ。ミズハ様の聖水と言いました」


 その言い方もどうかと思う。

 とはいえ掘り返したら自分がダメージを受けそうなので放置だ。


「まあいっか。とりあえず復興のためなら私は協力を惜しまないつもり」

「ありがとうございます。ミズハ様がミズハ様で良かったと心からそう思います」

「……言っておくけど、私はただ自分が安心して暮らせる場所が欲しいってだけだから。レックスが思ってるような善人じゃないからね?」

「そういうことにしておきましょう」

「む、またその流し方」


 善人であることを期待され過ぎると、窮屈になりかねない。「委員長のミズハちゃん」が定着した小学生の頃の経験だ。委員長だから「この問題解ける」だの「給食を残さず食べられる」だの「先生が留守中のクラスを任せても大丈夫」だの散々だった。


 まずは三つ編みをやめろという兄貴の意味不明な助言に従ったらなぜか本当に委員長から抜け出せたのはいまだに謎だけれども。とにかく叶うなら気楽に生きたい。それが私の本音だ。


「姉御~!」


 声の聞こえたほう――大通りに目を向けると、ロッソさんが手を振っていた。ロッソさんはそばに来るなり両手を膝について、がばっと頭を下げてくる。


「お勤めご苦労様っす」

「その挨拶やめようって言ったよね」


 まるで出所したみたいでいやだ。


「えー、格好良いじゃないすか!」

「ダメなものはダメです」

「へーい」


 このやり取り、すでに五回ぐらい繰り返している。やめてくれないからきっと今後も続くに違いない。はぁ、とため息をついてから私は疑問を口にする。


「それでどうしたの? わざわざこんなところまで来て」


 城下町は恐ろしく広いので外壁のほうまで来るにも一苦労だ。用もなしに来るとは考えにくい。


「あぁ、そうですそうです。ちょっとピーノの奴から伝言を頼まれまして」

「ピーノくんが? なんだろ」

「〝あれ〟について話すから王立図書館に来てくれ。だそうです」


 ピーノくんの真似をしながら話すロッソさん。まったく似ていないのは置いておいて。〝あれ〟とはきっと異世界の話のことだ。グランツ王国を解放したら話してくれる約束をしていたのだけど、すっかり忘れていた。


「ロッソさん、伝言ありがと」

「いえいえ、姉御のためですから。お安い御用です」


 風貌がいかにも小悪党のロッソさんから慕われることに初めは慣れなかったけど、いまや違和感の欠片もない。自分の順応力の高さに驚きだ。


「それじゃ、ピーノくんのところに行ってくるね。二人ともまたあとで」


 そう言い残して駆け出してから間もなく、私はピタリと止まった。くるりと振り返って一言。


「あの、王立図書館ってどこですか……」



     ◆◆◆◆◆


 王立図書館はお城からほど近い場所に建っていた。外観は石造で塔型。お城よりも少し低いけど、それでもかなり高い。これまでも「あれなんの建物だろう」と気になっていたのでようやくすっきりした。


 案内をしてくれたロッソさんと入口で別れ、図書館の中へと入った。迎えてくれたピーノくんに先導してもらいながら、私は中をじろじろと見回す。


「すごー。こんなにおっきい図書館初めて……」


 数えきれないぐらい本棚が並んでいる。吹き抜け構造のため、上の階層も見れるけど、どこもかしこも壁は本棚でびっしりだ。ただ、残念なことに内装が木造なこともあって、あちこちが腐ったままだった。おかげで時折足場がメキッと崩れるので気が抜けない。


「本来はもっと落ちつける場所なんだが、ご覧のありさまだ」

「これ、浄化できるかな?」

「試してみたらいいんじゃないか?」


 ということで試しに近くの本棚に垂らしてみると、光ったのちに艶を取り戻した。無事に浄化はできたことになるけど――。


「げぇ、一架だけ……」


 波及するように浄化されていく図書館――なんて光景を想像していたけど、どうやらそううまくいかないらしい。


「つまり、すべての本棚に唾液を垂らせば元通りというわけか」

「無理です」

「だろうな」

「いや、まぁできないことはないんだけど。その自分を想像したくないなぁ……」


 見える範囲で少なくとも百以上。そんな数の本棚すべてに唾液をかけて回る女子高生がどこにいようか。いや、そもそも女子高生じゃなくともいない気がするけれど。そんな変人奇人の領域にはできれば足を踏み入れたくない。


「まあ、なんでもかんでも聖女殿に頼るのは良くないからな」

「ピーノくんはほんとグランツ王国の良心だよ……」

「僕はただ国が停滞するのを防ぎたいだけだ」

「謙遜しちゃって。良い子良い子する?」

「子ども扱いするな」


 そんなやり取りをしつつ、一階の角に設けられた読書スペースにやってきた。適当なテーブルを挟んで向かい合って席につく。


「では話を始めよう」

「はい、お願いしますピーノ先生」

「……なんだそれは」

「いや、教えてもらうんだし、生徒っぽくなったほうがいいかなって」

「普通にしてくれ」


 呆れられてしまった。残念。ピーノくんがコホンと咳をして話を再開する。


「まずは異世界について……といきたいところだが、先に我々の神について簡単に知ってもらおうと思う。どうやら聖女殿はこちらの世界のことをなにも知らないようだからな」

「その通りでございます。ね、その神様ってレックスが言ってた女神様と一緒?」

「同じだ。慈愛の神やら豊饒の神やらと地域で呼称は様々だが、どれも由来は一つの神に行きつく。女神サディア。この世界を創造した存在だ」

「女神サディア……」


 オウム返しのごとく女神様の名前を口にしてみたけど、ピンと来ないのが本音だ。


「ただ女神は無から世界を創造したわけではなく、女神が元いた世界を基盤に構築したらしい。これについては女神が人と対話をしていたという最初期の情報だ」

「その女神様が元いた世界が異世界って認識でいいんだよね。どんな世界かはわからない?」


 早速とばかりに私が異世界ワードに食いついたからか、ピーノくんが仕方ないなと眉根を下げながら苦笑した。


「当然、前身となっているのだから異世界は我々の世界と似通ったところがあるだろう。そしてこの世界よりあらゆる面で発展していることは間違いない」

「ん~、たしかに私のいた世界はこの世界より進んでるし、似てるところ沢山あるかな……食べ物もそうだし、動物も建物も」


 ゾンビはさすがに出てこないけど。


「ほかにはなにかある?」

「残念だがこれだけだ。騙すようで悪いが、聞いての通り異世界については推測でしか情報を持っていない」


 現状は漠然とした情報しかないらしい。ぬぅ~、と私が唸っていると、ピーノくんが腕を組みながら椅子の背もたれに身を預けた。


「ただきみが帰るためにはという点において、女神が元いた世界と、きみの元いた世界が同一である必要はないと僕は思っている」

「ど、どういうこと?」

「異世界から人を連れてくるなんて芸当、女神以外にできるとはとても思えないからな」

「女神様が私を呼んだってこと? でもどうして……」

「それは女神にでも聞いてくれ。一つ言えることは女神はこの世界とほかの世界を繋ぐ力を持っているということだ。これだけわかれば悲観することはないんじゃないか」


 ピーノくんの言葉をヒントに、私は行きついた考えを口にしてみる。


「つまり女神様に会えれば私は元の世界に帰れるかもってこと?」

「そういうことだ。仮に帰れなくとも手がかりぐらいは掴めるんじゃないか」

「でも女神様って会えるものなの? 私のいた世界じゃ神様には会えなかったけど」


 実在するかどうかは置いておいて、公の場で視認できる神様は存在しなかった。神のように崇められる存在ならいたけど、この世界の女神様のように天地開闢なんて芸当ができる力は当然ながら持っていなかった。ピーノくんが頬杖をついて気だるそうに言う。


「少なくとも僕は会ったことがない。女神を目にしたという記述は古い文献にはあるが、それも真偽は定かじゃない。そもそも、いま世界がこんなことになっているのに女神はなにをしている? という話だ。いまはいないと考えるのが妥当だろう」

「えぇ、じゃあどうすれば……」

「まあ慌てるな。その辺りのことは僕も考えてある」


 きた。ピーノくんのドヤ顔だ。


「実は女神と邪神は対であり同一の存在じゃないかって説があってな。根拠はその力だ。あらゆるものを浄化するという女神の力に対し、邪神の力はあらゆるものを腐らせる」

「ほんとだ……正反対な感じ」

「だろ。そこで、さっき僕が言った〝いまはいない〟というところに当てはめてみると……一つの答えが導き出せる」

「あっ、そういうこと」


 たぶん合っていると思うけど、一応確認してみる。


「えーと……神様って呼ばれてる存在は一人で、女神様が表に出ているときは邪神は眠ってて、逆に邪神が表に出ているときは女神様は眠ってる……これで合ってる?」

「正解だ。では、その情報をもとにどうすればいいと思う?」

「邪神は女神様でもあるわけだから、邪神に会えばいいってことだよね。んん? なんか出だしに戻ってない? 女神様と一緒で邪神の居場所もわからないし」

「女神と違って邪神は情報が出ているだろう」


 邪神の居場所なんて誰からも聞いた覚えはない。けど、ピーノくんは私が知っていると疑っていない。つまり知らずうちに情報を得ていたということだ。邪神と言われるぐらいだから、それはもう悪っぽい事象のはずだ。


「ゾンビ?」

「はずれ」

「腐った大地?」

「はずれ」


 むぅ、と私は思わず頬を膨らましてしまう。思い当たるのはあとひとつ。


「……もしかして黒い霧?」

「当たりだ。一発目で当ててくると思ったんだけどな」

「察しが悪くてすみませんでしたー」

「そう拗ねるな。詫びと言ってはなんだが、以前、きみが提供してくれた情報をもとに、すでに黒い霧の発生源にはあたりをつけてある」

「さすがピーノくんっ」


 私の掌返しに呆れつつ、ピーノくんが「これを見てくれ」と地図をテーブルに広げた。


「黒い霧が発生したのは二箇所。一つは街道。そしてもう一つはグランツ城。これら二箇所で短い距離ながら移動した黒い霧。その経路を辿る形で伸ばしたものだ」


 ピーノくんの小さな指がグランツ城から引かれた線をなぞっていくと、やがて街道から伸びた線と交わった。そこはいかにも森っぽい絵が描かれている。


「この辺りにいるってこと?」

「黒い霧が真っ直ぐ進んできたのか、という疑問も残るが」

「たしかめるに越したことはないって奴だね」

「その通りだ。それになにかあっても邪神そのものかはわからない。ただ、邪神に繋がる情報がある可能性は高いだろう」


 いまは手探りな状態だ。試せることは試したほうがいい。


「こちらに関しては僕のほうで調査をしてみる。きみの名を出せば騎士団も喜んで協力してくれるだろうしな。それこそ涎を垂らしながらでも」

「涎垂らしながらって……」

「そうだったな。涎を垂らすのは聖女殿で――っと調子に乗って悪かった。だからその持ち上げた椅子を下ろしてくれ」


 まったくもうっ、と悪態をつきながら私は椅子を下ろした。あらためて腰を下ろしてから、ふと浮かんだ疑問を口にする。


「っていうか大事なこと忘れてるよね。邪神を見つけても女神様は眠ってるわけでしょ。会ってどうするの?」

「そこにあるじゃないか」


 ピーノくんの目線を辿ると、テーブルの上に置いた私の右手に行きついた。


「私の手?」

「邪神の力を跳ね除けてきた力だ。眠った女神を表に出せるかもしれない」

「うーん……ほんとにできるのかな」

「言葉通りほかに手がないんだ。賭ける価値はあると僕は思うが」


 邪神がどんな姿形をして、どんな力を持っているのか。まったく想像できなくて不安だけど、だからといって立ち止まっていたらなにも始まらない。


「そうだね……うん、私やってみる」

「了解した。ではこちらもそのつもりで動かせてもらう。調査が済み次第連絡するから、それまで自由に過ごしていてくれ」


 言い終えるや、ピーノくんが席を立って出口のほうへ歩き出した。


「それじゃ僕はこれで失礼する」

「あ、もう行っちゃうの?」

「どこかの誰かのせいで、これから忙しくなりそうだからな」


 そんな憎まれ口を叩いてくるけど、言葉ほど嫌がっているように見えなかった。もしかしたら学者として、女神様や邪神に関する調査を楽しんでいるのかもしれない。


「ピーノくん、なにからなにまでありがとうねっ」

「気にするな。国を救ってくれた礼としては安いぐらいだ」


 肩越しにヒラヒラと手を振るピーノくん。大人びてるなぁと思いながら、私はその小さな背中を見送った。



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