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◆第二十話『どうも、姉御です』

 朝から昼までゾンビにひたすらタッチ。まさかこんなにも臭い時間を過ごす日々が来るとは思いもしなかった。それでも元の世界に帰るため、シアのためにと私は浄化作業を続けた結果、ついに――。


「いまので城下町のゾンビは最後です」

「やっと終わったぁー……!」


 跳ね橋の上でぺたんと座り込んだ。何度経験しても浄化による疲労は慣れない。運動したときに腕や脚が重くなる現象。あれが胴体にも適用される感じだ。全身を圧迫されているようで胸も苦しくて、しまいには眩暈が襲ってくる。今日はまだ大丈夫だけど、できればあまり何度も繰り返したくはない感覚だ。


「本当にお疲れ様です。今日はもうお休みください」

「ありがと。レックスたちもおつかれさま~……って、みんなは休まないの?」


 騎士の人たちはもうひと狩り行こうぜ的なノリだ。前庭のほうから騎士たちが加わり、総勢五十人ほどが跳ね橋を渡った先に集合していた。その光景を横目にしながら、レックスが二枚のフライパンを掲げながら説明してくれる。


「最後と言いましたが、あくまで音で釣ったゾンビなので。もしかすると建物の中にまだ残っているゾンビがいるかもしれませんから、それを確認しに行こうかと」


 これまで多くのゾンビを浄化したこともあって、すでにお城の中は多くの人で一杯だ。はっきり言って手狭感は否めない。ただ、その問題も城下町の安全が確保できれば解決する。私はすっくと立ち上がり、スカートの汚れを手で払った。


「私も行くよ」

「そんな。もう充分に協力していただきましたから――」

「いいのいいの。今日は浄化した数も少ないから余力あるしね。それに私がいればすぐに浄化できるし都合がいいでしょ?」


 まだ元気なことを伝えるためにニカッと笑ってみせる。現状をどうにかしたいのは私だって同じだ。倒れるのはいやだけど、出来る限り協力はしたい。


「……ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」

「ん、あと少し頑張ろっ!」



     ◆◆◆◆◆


 城下町を歩くのは初めて訪れたとき以来だった。あのときはゾンビが沢山いてゆっくり眺める時間はなかったけど、改めてみると本当にボロボロな建物ばかりだ。


「これ、城下町を解放しても実際に住めるようになるまで時間かかるよね」

「そこは致し方ないでしょう。みなで協力して修繕するしかありません」


 あちこちに水路があるし、多くの家屋脇には花壇ぽいものが置かれている。腐る前はきっと素敵な街並みだったのだろう。叶うなら本来の城下町を見てみたいものだ。


「でも人が増えてくるとほっとするよね。城内も賑やかになってきたし」

「初めはゾンビだらけでしたからね。余計に人の姿は安心します」


 そう言う割にはレックスは浮かない顔をしていた。


「ただ、少し不安でもあります。人が増えればそれだけ色々と問題がありますから」

「夜は灯を消して静かにする。これちゃんと徹底してもらえるかなぁ」

「王国の存亡に関わりますから強制は止む終えないでしょう」

「あとは食糧問題かぁ」

「いまでもリンゴの奪い合いはありますからね」


 と言われても餅つきみたいに唾液を垂らす作業はちょっと勘弁して欲しい。いや、必要に迫られればもちろんするけれども。人として大事なものを失う気がしてならない。


「いつか穀物にも手を出したいところです」

「ってことはパンも食べられるの?」

「広い土地が必要ですから城外の安全確保後になると思いますが」

「外パリ中フワ?」

「グランツ王国のパンは世界最高……いや至高と言っても過言ではないでしょう。それはもう脳汁が飛び出るほどの食感を保証します」

「私がんばる。パンのためにがんばる」


 脳汁の表現はどうかと思うけど、すごく美味しいのは間違いないらしい。元の世界でバイト先を選んだ理由も、そこのマスターが趣味で出していた自家製パンが美味しかったからだ。と、思い出したら涎が出そうになったので慌てて口を押さえた。危ない危ない。


 でも、いったいどんなパンが食べられるのか。色んな種類のパンを頭に浮かべながら妄想に耽っていると、ふいにガタンと音が聞こえてきた。出所は右隣の二階建て家屋の中からだ。


「……まさかゾンビ?」

「確認しましょう」


 レックスに続いて家屋の中へと入った。中は当然のごとく埃臭いし、板張りの床はどこもかしこも傷んでいる。音をたててゾンビに反応されないよう足を忍ばせながら二階へと上がる。と、視界に飛び込んできた光景に私は思わず目を瞬いた。ゾンビではなく男がいたのだ。こちらにお尻を向ける格好で屈みながらガサゴソと家具の中を漁っている。


「そこでなにをしている……?」


 レックスの声にびくりとした男が恐る恐る振り向いた。いかにも「げっ」と言い出しそうな顔だ。歳は二十代前後といったところか。ワイルドなツーブロックの髪型に爽やか面だけど、薄汚れた服のせいで台無しだった。


「まだ危険だから町には出るなと忠告していたはずだ」


 レックスが威圧するように一歩距離を詰めると、男はお尻を床につけながら後退する。


「あ、いやその……そ、そう! 家の荷物が心配で心配で妹が夜も眠れないっていうから、こうして俺が取りにきたんだ。ここは俺の家だ! やましいことなんてしてないぜ!」


 明らかに嘘だ。声はドモりまくりだし、服のポケットやら後ろに回した手からはお金になりそうな光物ばかり見える。こんなの誰も信じるわけない。


「なるほど……ならば仕方ないな」

「って信じちゃうの!? 明らかに嘘じゃんっ」

「う、嘘だったのですか?」


 本当に気づかなかったらしい。お人好しにもほどがある。


「どう見てもそうでしょ。本当にやましいことがなかったらレックスたちに相談してるだろうし。たぶん盗んでたんでしょ。その量からしてほかの家からも」


 私がじとっとした目を向けると、男が失敗したとばかりに顔を歪めた。


「チッ。良い感じに騙せてたってのに……余計なことしやがって」


 うわぁ。典型的な悪者台詞だ。リアルにこんな人と出逢うとは思いもしなかった。私がちょっとした感動に浸っていると、男が値踏みするような目を向けてきた。


「あんた、唾液の聖女だよな」

「私じゃないです。人違いじゃないですか」

「いや、でもたしかに――」

「そんな人知りません」


 私は無感情に答える。唾液の聖女なんてあだ名、誰が認めるものか。たとえ世間がそう呼んでも私は断固として否定し続ける。


「そこの者。まずは唾液を取れ! 話はそれからだ!」

「な、なんかよくわからねぇけど……わかった」


 レックスの必死な説得に男がこくりと頷く。うん、わかればいい。わかれば。


「とりあえずだ。どうせゾンビだらけの世界で、こんな光物あったって仕方ないだろ。だから、な? 見逃してくれよ、聖女様。あんた偉いんだろ?」

「私は聖女でもないし偉くもない。大体、私にあなたをどうこうする権利も力もないので。レックスにお任せします」

「ということだ。大人しくついてきてもらおうか」


 レックスがにじり寄ると、男は「クソッ」と吐いてそばの開いた窓から外へと飛び出た。慌ててレックスと一緒に窓から顔を出す。男は怪我一つ負うことなく着地し、すでに逃走を開始している。なんて身軽な。


「レックス!」

「はい、すぐに追いかけます!」


 レックスも負けじと飛び下りて男を追走する。私は大人しく階段を使って下りてからあとを追った。さすがは大の大人とあって二人の背中は遠い。ただ意外なことにあの脳筋レックスが離されている。


「へへ、足の速さなら俺に勝てる奴は――って、うおぁあっ!?」


 そばの家屋二階から男の前にゾンビがベタンと音をたてて落ちた。レックスが懸念していた通り、どうやら残っていたらしい。あまりに突然だったからか、男は腰を抜かしてしまったようだ。


「く、来るな! あっち行きやがれ!」


 盗品を投げて必死に牽制しているけど、ゾンビに怯む様子はない。「うぼぁ」とゾンビが涎を垂らしながら手を伸ばす。が、その手が男に触れることはなかった。レックスが盾で弾き飛ばしたのだ。


「た、助かったあぁ」


 男がほっとしたのも束の間、今度は一階からもゾンビが現れた。ゾンビが「うぼうぼ」言っていないからか、それとも極度の安堵からか。男はゾンビに接近に気づいていない。


「逃げて! 横からも来てるっ!」


 私の声でようやくゾンビの存在に気づいたようだ。ただ、まだ腰が抜けたままなのか、男は立ち上がれないようだった。ゾンビに抱きつかれてしまう。


「うぁあああ!!」


 男の体が見る見るうちに腐っていく。ついに顔が青紫色に染まりはじめたとき、私は男のもとに辿りついた。ゾンビを突き飛ばすようにタッチ。続いて男にも勢いよく右手を突き出してうぼキャンに成功した。張り手気味になってリアルに「うぼぁ」と呻かせてしまったけれども仕方ない。そう思うことにする。


「ミズハ様、こちらもお願いします!」

「りょーかい!」


 レックスが押さえていたゾンビも浄化し、どうにか安全は確保できた。


「まさか本当に残ってたなんてね」

「ええ、危ないところでした」


 そんな会話を交わしたのち、私は座ったままの男に手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」


 しばらく呆けていたかと思うや、男がぼそりと口にする。


「……聖女の姉御!」

「あ、姉御ぉっ!?」

「俺、ロッソって言いやす。いまの痺れました!」


 男――ロッソさんがぴょんと立ち上がると、きらきらとした目を向けてきた。その顔にさっきまでの胡散臭さは微塵もない。夢見る少年のそれだ。


「いやいやいや。なに舎弟みたいなことになってるのっ! どう見てもそっちのが年上だし、私なんかより強いし」

「歳も腕っ節も関係ねぇ。俺は姉御の魂に震えたんすよ!」


 あまりの変わりように頭が混乱してきた。


「ちょっとレックスからもなにか言ってよっ」

「わかる、わかるぞロッソ殿!」

「えぇ~……」


 レックスは男の両肩に手を置いてしきりに頷いていた。


「私もミズハ様の生き方には感銘するばかり。ロッソ殿の気持ちはよ~くわかります……!」

「レックスの兄貴ッ!」

「ロッソ殿ッ!」


 がしっと腕を交差して組み合わせる二人。完全に意気投合したといった感じだ。

 私は天を仰ぎながら思う。


 もう、なんなのこれ……。



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