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◆第二話『状況を理解したところで』

「なんと……私は元に戻ったのか……?」


 騎士さんは信じられないといった様子で自分の体を見下ろしている。詳しいことは知らないけどゾンビから人間に戻ったのだから混乱するのも無理はないと思う。ただ、混乱具合なら私も負けてない自信がある。


 なにしろ右手で触れたら「ぼわぼわ」言っていたゾンビが人間に戻ったのだ。これは蘇生したことになるんだろうか。ゾンビだし。でも汚い鎧が綺麗になったし、光ったときの召されるような叫び方からしても浄化というほうがしっくりくる。うん、浄化で決定だ。


 などと分析という名の現実逃避をしていると、騎士さんと目が合った。兄貴がいたこともあって学校では男子との会話に特別抵抗はなかった。そんな私だけど、さすがについさっきまでゾンビだった人が相手では警戒せずにはいられなかった。どれだけ格好良くたって関係ない。


「私を人の姿に戻してくれたのはあなたでしょうか?」

「戻したっていうか、私はただ手で触っただけというか……」


 正確には右手でどついたんだけど。

 そんな手荒な真似をしたなんて言えない。


「やはり……ゾンビだったときのことはうっすらと覚えているんです。そうですか、あの力強い突きはあなたが」


 言いながら、騎士さんが自分の胸に片手を当てた。

 まずい。どついたの思い切りバレてる。


「わ、私はどつきたくてどついたわけじゃっ。ウボウボ言いながら迫ってくるから!」

「わかっています。あなたを責めるつもりはありません。むしろ感謝の気持ちで一杯です。私を人間に戻してくれたのですから」


 騎士さんは深々と頭を下げながら続ける。


「ありがとうございます」

「あの、えとっ」


 私は困惑した。なにしろ触った、もといどついただけで大したことなんてしていないからだ。さっき冗談交じりに分析した通り浄化の力があったとしても、これまで使ったことのないものだ。自分の力という実感もなかった。ただ、浄化の力が本当にあるなら物申したいことが一つだけある……手の臭いも消して。


「私の名はレックス・アーヴァイン。グランツ王国の近衛騎士です」


 頭を上げた騎士さんがそう名乗った。その相貌から日本人でないことはわかっていたので外国人名に驚きはない。問題はそのあとだ。グランツ王国なんて聞いたことがなかった。


 ゾンビの存在や周囲の毒液もあって私が知っている世界とは別世界なのかも、と疑問が湧いた。自分でもおかしなことを考えているとは思うけど、これまでに示された情報を鑑みれば異世界説は正解の可能性が高そうだ。言葉が問題なく通じちゃってるのは最大の謎だけど。


「良ければ、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「くすの――じゃなくて。ミズハ・クスノキです」


 騎士さんが名前を先にしていたようなので私も合わせてみた。


「ミズハ様……素敵なお名前ですね」


 家族以外の異性に名前で呼ばれるのは初めてだ。少し恥ずかしかったけど、悪い気はしない。って――。


「さ、様って……私、そんな偉くないですから」

「あなたは私を救って下さった恩人ですから……お断りします!」


 きっぱり。物腰が柔らかくて付き合いやすい人だと思いきや、少し面倒な人かもしれない。それでもこの場にいる唯一の人間だ。いまは彼に頼るほかない。


「あの~、レックスさん」

「私のことはどうぞ呼び捨てにしてください。言葉遣いも自然にして頂ければ」

「いや、でもレックスさんとは初対面ですし」

「レックスッ! とお呼びください」


 やっぱり面倒な人だ。真面目なのか頑固なのか。いや、どっちもだろう。いずれにせよ、こういう手合いにはまともに取り合ったところで無駄だ。


 私は大きく息を吐いて肩の力を抜くと、眼前の男を見つめながら自分に言い聞かせる。この人は外見だけ。中身は変な人、変な人。よし、これでオッケー。


「じゃあ、もう普通にしちゃうね。えっと……レックス、色々訊きたいことがあるんだけどいいかな?」

「私にお答えできることであれば」

「これはいったいどういう状況なの? 絶海の孤島みたいだし。周りは毒っぽい液体で囲まれてるし」

「詳しいことは私にもわかりません。ただ、気づいたときには世界が腐り、連鎖するように人は漏れなくゾンビと化していきました。これほどの影響力を持った力……おそらく邪神によるもので間違いないでしょう。……あの、どこかお体の具合が悪いのですか?」

「あ~、いや、そうじゃなくてね」


 私は頭を抱えた。ゾンビなんてものが出てきたのだ。いまさら驚くことはないかもしれないけど、邪神なんて言葉がさらっと出てくるのはさすがに予想していなかった。ファンタジー感が一気に増してきた。


「ん、ちょっと待って。人は漏れなくって……もしかしてほかに人間いないの?」

「はい。少なくとも私の知る限りではそのはずでした」

「はずでした?」

「ミズハ様……あなたは呪いにかかっていなかった」


 なにやらレックスが真剣な顔で見つめてきた。


「あなたはいったい何者なのですか? 邪神の力は強大。奴の呪いから逃れられる者など一人としていなかったはずです。それなのに」

「それ私が一番知りたい。気づいたらここにいて、もうなにがなんだかって感じ」

「やはり私の見立ては間違っていないのかもしれません。邪神の呪いを解くだけでなく、私を元の姿に戻してくださったその力……ミズハ様はこの世界を救うために女神より遣わされた聖女なのでは」


 私は思わず目を瞬いた。この人、なに言ってるんだろう。頭大丈夫かな。もしかしてゾンビになって脳みそ溶けちゃったのかな。などと思ってしまう。もちろん口には出さないけれども。


「聖女? まさか。私はただの女子高生です」

「じょ、じょしこーせー?」

「あー……兄貴なんかはジェーケージェーケー言ってきたりもするんだけど――ってわかるわけないか」


 もしかしたら知ってるかも、なんて淡い期待を込めながら話してみたけど、やっぱりダメらしい。レックスは難しい顔をしながら首を傾げている。


「ま、とにかく私は普通の人間だから」

「いやしかし、ただの人があのような聖なる力を持っているはずが――」

「私が言いたいのは特別視はしないでってこと。だって周り見てよ。あんな力があったってここから出られるわけじゃないし」


 ゾンビを浄化して人の姿に戻した力。たしかにすごいとは思うけど、結局のところ孤島から抜け出せなければ意味がないものだ。


「……ミズハ様」


 悲哀を宿した瞳で見つめてくるレックスから私は顔をそらした。レックスの話が本当なら私たち以外に人間はいない。つまり助けは期待できないということだ。こんな毒の中を歩いてほかの陸地を探すなんでできるはずがないし、はっきり言って助かる見込みはない。


 特にやりたいことはなかったけど別に生活に絶望しているわけでもなかった。自分で言うのもなんだけど、まだまだ人生は残ってる。そんな中で本当にしたいことを見つけらればいいな、なんて楽観的に考えながら日々を過ごしていたけど……これじゃ、したいことを見つける前に朽ち果てそうだ。


 はぁ~、と大きなため息をつきながら座り込んだ。体育座りをして両膝の間に顔を埋める。このままなにもできないなら生きる意味はあるのだろうか。退屈な時間ほど苦痛なものはない。いっそ毒液に身を投げたほうが楽になれるんじゃ……。


 ネガティブなことばかりが頭に浮かんでくる。そのせいか段々と心が荒んできた。喫茶店のバイト中、常連のお客さん……マダムたちから「ミズハちゃんの笑顔を見てると、こっちまで元気になるわぁ」って言われるぐらい元気だけが取り得の私だけど、さすがにこの状況じゃ心が折れそうだ。


 込み上げた辛い気持ちが涙となって溢れ出てきた。滲んだ視界の中、涙の雫が落ちていく。そして、ぽつりと地面に滴った、瞬間――。


 地面が仄かな光を帯びた。

 驚いた私は思わず立ち上がる。


 な、なにこれ……!?




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