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◆第十九話『疲れたときにはやっぱりこれ』

 カンカンカンッと律動的な金属音に合いの手のごとく重なるゾンビの呻き声。お世辞にも素敵とは言いがたい背景音がグランツ王国の城下町に流れていた。


「さぁ、こっちだゾンビたち! 私についてこい!」


 レックスが二枚のフライパンを打ち合わせて音を出し、ゾンビを釣ってくる。なんともシュールな光景だけど、朝からずっと見続けているせいで慣れてしまった。城門前の跳ね橋まで連れられたゾンビたちが騎士たちによって地面に押さえつけられていく。


 その姿は何度見ても痛々しいけど、いまは我慢してもらうしかない。ごめんね、と思いながら私はちょんちょんとゾンビに触れ、浄化する。無事に元の姿に戻った人たちが騎士によって城壁内へと運び込まれていく。


 これを朝から何度も繰り返しているけど、もう何人浄化したかわからない。少なくとも五百人は越えていると思う。それでも城下町のゾンビが減っている様子はなかった。とてもじゃないけど、一日や二日でどうこうなる数じゃない。


「ごめん、今日はこれで終わりでもいいかな……」


 少し前から意識が朦朧としていたけど、もう限界だった。フライパンを手に再び城下町に繰り出そうとしていたレックスが振り返る。と、よほど私の顔色が悪かったのか驚いていた。


「き、気づけずに申し訳ありません。それほどお疲れになっていたとは……」

「なんかね、私の浄化って使うごとに体力削られてるみたいなんだよね」

「もしや昨日、倒れられたのも……」

「うん、たぶんそうだと思う」


 昨日は浄化だけでなく走り回っていたから単純に疲れた可能性もあったけど、今回はほとんど動いていない中で起こったことだ。浄化が原因なのはもう間違いない。


「オデン団長」

「ミズハ殿の身になにかあれば困るのは我々だ。今日はもう休んでいただいたほうがいいだろう」


 レックスが伺いを立てると、オデンさんがそう答えた。申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、無理したところで倒れるだけだ。それこそ迷惑をかけることになってしまう。


「本当にごめんなさい。私より皆さんのほうが頑張ってくれてるのに」

「何度も申しているが、ミズハ殿には感謝の念しか持っていない。遠慮なく休んでくれたほうが我々としても助かる」

「ありがとうございます」


 寝室に戻って一眠りもいいけど、まずは体を綺麗にしたいところだ。さっきしんどいのを我慢したときにドバーっと冷や汗が出てしまったのだ。あー、こんなときにお風呂があればなぁ……。


「お姉様~っ!」


 こんな風に私を呼ぶのは一人しかいない。予想通り声の主はシアだった。なんだか急ぎのようでお城のほうから駆け寄ってくる。


「どうしたの? そんなに慌てて」

「いえ、すぐにでもお伝えしたいことがあったので」

「伝えたいこと?」


 私が首を傾げると、シアが大きく頷いた。


「準備ができたんです。お風呂のっ」


 それを聞いた瞬間、私は自分でも驚くほどシアに詰め寄っていた。


「行こう! いますぐに!」



     ◆◆◆◆◆


 案内されたのはお城の一階、北西の角部屋だ。私はシアと一緒に脱衣所らしき部屋で服を抜ぎはじめる。元の世界だったらタオルで体を隠すところだけど、いまはそんなものなんてない。ちょっと恥ずかしかったけど全裸で浴場に入った。


「おぉ~!」


 お城のお風呂だからすごく大きいのかなと思ったけど、私が知っているホテルの大浴場や温泉よりも小さかった。とはいえ、一般家庭の浴槽を五つほど並べたぐらいはあるので充分すぎるぐらいだ。いずれにせよお風呂であればなんだって良い。


「シア……これ準備するの大変だったでしょ?」

「それなんですが、昨日囮役を買って出てくれたお二人が進んで手伝ってくれたんです」

「あ~、あの人たちが。なんだかお世話になってばかりだなぁ」

「彼らはむしろ喜んでいましたけれど」

「王女様の役に立てるなら本望って奴だね」

「そういうわけではなさそうでしたよ」


 言って、シアがくすくすと笑う。なんだか意味深な物言いが気になったけど、それより早くお湯を浴びたかった。置かれていた桶を手にとってお湯を汲み取ると、早速バシャっと体にかけた。


「くぅーっ! これだよこれ~~っ!」


 ちょっとぬるいけど、許容範囲内だ。私はバシャバシャと何度もお湯をかけていく。しまいには頭の天辺からお湯をぶちまけた。


「ぷはぁ~。生き返る~! って、いま思ったけど、水ってかなり貴重だったんじゃ!? だ、大丈夫かな?」

「地下水路にまだまだ沢山ありますから。それにお姉様の唾液を垂らしていただければ、いくらでも……」

「私の唾液に価値なんてないし、お風呂のためだったら出しちゃう出しちゃう」


 自分の唾液で清めた水ってのは引っかかるけど、この際気にしてなんていられない。


「あのっ、わたくしも頭からお願いできますか!」

「もちろん」


 私が手招きをすると、シアがとてとてとそばまで歩み寄ってきた。


「いくよー!」

「は、はいっ」


 直立するシアに頭からお湯をかける。ふわっとした金の髪が湿り、その華奢な体に貼りついていく。さっきまで可愛い印象だったのに、なんだかいまはとても艶やかだ。


 私がいる手前、シアは頭を振って水気を落とすわけにはいかないようだった。目を瞑ったままじっとしている。その姿が可笑しくて私はちょっと噴き出してしまう。


「あの、わたくしなにかおかしなことをしましたでしょうかっ?」

「ううん、なにもしてないよ。ただ可愛いなーって思っただけ」


 私はシアの髪を後ろに流し、梳くようにして水気を取った。ついでにまぶたに乗った雫もすくうようにして取り除く。


「目、開けて大丈夫だよ。どうだった?」

「気持ち良よかったです……!」

「そっか、なら良かった」


 シアの控えめな笑顔に私は応えるように笑う。このやり取り、なんだか本当の姉妹みたいだなと思った。真面目な話、シアの有り余る可愛さの前では姉妹に見られるなんてことは万が一にもないだろうけれども。うん、自分で言っていて悲しくなってきた。


「さてと次は――って洗剤もないから体洗えないんだった。まぁ、こんな状況だし贅沢言ってられないかぁ」

「あ、それについてなのですが……先日、わたくしが地下水に浸かったことは覚えていますか?」

「しっかり覚えてるよ。落っこちちゃった奴だよね」

「そ、その部分は忘れてくださいっ」


 あぅあぅと真っ赤な顔を両手で隠すシア。この子、本当に同じ人間なんだろうか。可愛すぎる……! シアが少し照れを残したまま話を進める。


「それでですね、あのときにわかったのですが、どうやらお姉様によって清められた水には汚れを落とす力もあるようなのです」

「あ~。そういえばゾンビ臭も簡単に落ちちゃうしね……」

「はいっ、ですから衛生面の心配はいりません」

「……我ながらなんて便利な」


 試しに髪を一房すくってスンスン嗅いでみたけど、たしかに臭くない。これはすごく嬉しい。実は髪の手入れには気を遣っていたのだ。この世界に来てからは諦めていたけど、これなら挽回できるかもしれない。頑張れ私の髪の毛たち!


「っと、ちょっと寒くなってきたかも」

「体が冷えないうちに入りましょう」

「ではではお言葉に甘えて」


 シアと一緒に肩までお湯に浸かる。浴びたときにわかっていたことだけど、体に染みるような熱さじゃない。それでも久方ぶりのお風呂のせいか、体の芯まで熱が一気に届いているような気がした。


「ふぁ~、生き返る~~っ!」

「はい……本当に心地良いです」


 ゾンビだらけの世界の中、こんなにも心休まる時間が来るとは思いもしなかった。苦難を乗り越えたからか、感じる幸せは格別だ。


「シア、ありがとね」

「……お礼を言うのはわたくしのほうです」


 シアは俯くと、両手ですくったお湯を見つめながら語りだす。


「世界がこんなことになってしまって……お父様やお母様がいない中、王女として民を引っ張らなければならないのになにもできなくて。自分がどれほど周りに甘えてきたのかを痛感しています」


 手の隙間からお湯がこぼれ落ちていく。

 その様を眺めるシアの顔には悔しさが滲んでいる。


「お姉様がいなければ今頃こうして城内で安らぐこともできませんでした」

「って言っても大したことしてないんだけどね。たまたま浄化の力を持ってて、それを使ってるだけだし」

「それでもゾンビに立ち向かうことは簡単ではないと思います」


 意見を変えるつもりはないらしい。ただ頑固という感じはしない。単純に根っこの部分が強いんだと思う。民の力になりたいと思い悩んでしまうのもきっとその強さが理由だ。


「シアは偉いなぁ。ちゃんとみんなのこと考えて。私なんて自分のことで精一杯だよ」

「わたくしはそんな偉い人間では……」

「王族の立場とかわかんないからあんまり偉そうなこと言えないけど、シアがそう思ってれば、いつかちゃんと機会が来ると思うよ」


 シアの体は歳相応に小さい。こんな体で国民の未来を背負うのは難しいと思う。それでもしないといけないのが王族なのかもしれないけど、いまはまだ無理しなくてもいいんじゃないかというのが私の率直な意見だ。


「それになにもできないって……こうして私のためにお風呂用意してくれたじゃん。これで回復した私は明日も元気に浄化できちゃうよ」

「……お姉様」


 いまだ影の残るシアの顔に、お湯をすくって「えいっ」とかける。


「わぷっ。な、なにをっ」

「ほら、王女様がそんな顔してたら、それこそみんなが不安になっちゃうよ」


 私はシアに飛びついて両脇をくすぐった。初めこそ我慢できていたシアだけど、ついには笑い声を漏らしだす。身をくねらせて逃れようとするシアに指の動きを加速して追い討ちをかける。


「ここかな~? ここが弱いのかな~?」

「お、お姉様っ。そこはっ、だめですっ」


 シアが王女としての務めを果たしたいと思うのは納得できる。けど、私としてはまだ幼いのに、という気持ちが強かった。私が十二歳ぐらいのときなんて「あ~もうすぐ中学校かぁ。勉強難しくなるのかなぁ」なんて呑気なことを考えていたものだ。


 シアのためにもとっとと城下町のゾンビを浄化しよう。それでお父さんとお母さんが見つかればシアもきっと気楽になるはずだ。私が胸中でそう決意した、瞬間。シアがぐったりとしてしまった。どうやら笑いつかれたらしい。


「も、もうだめです……」

「……ごめん。やりすぎた」



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