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◆第十五話『この人たち、心配です』

 水路脇の道を進むと、裏庭に面する壁に到達した。すでに濡れているからとシアが水路から鉄格子越しに外の様子を窺ってくれる。


「どう? いる?」

「いえ、裏庭にはいないようです」

「おっけー」


 昨夜の時点で周辺のゾンビは大半が城内に侵入していた。だから裏庭にいても少数だと踏んではいたけど、まさか一体もいないとは。どうやら運が味方しているらしい。


 私は水路脇にお尻をついて座り込んだ。目の前には外壁に面する格好で彫られた溝。そこには外壁と垂直になるよう取り付けられたレバーがある。それを足で押し出すと、上に積まれた城壁の一部が下へとずれ、人一人が通れる空間が生まれた。


「へー、こんな風に開くんだ」


 シアから予め聞かされてはいたけど、こういう仕掛けを見ると不思議と心が躍ってしまう。可能な限り少ない力でずらせるよう下段の石材だけ斜め組されていたのも工夫されているな、と思った。


「それじゃ行くね」


 シアが水路から上がってきたのを機に私は這いずりながら城壁を抜けた。ゾンビに制圧されてしまったからか、外は再び瘴気に包まれていた。そんな光景を前にして私が思ったことはただ一つ。――また唾液を垂らさないといけないのか。


「んっしょ」


 シアが抜けるのに苦労していたので手を引っ張ってあげた。


「ありがとうございます、お姉様」

「ん、どういたしまして。それよりも……こっからだね、本番は」


 私たちは忍び足で進んでいく。お城の側面側にこっそり顔を出すと、五体のゾンビを発見した。一体は壁側に額を押し付けて反省のポーズをとっているけど、ほかは「うぼうぼ」言いながら緩慢な動きでうろついている。


 昨夜、活性化したゾンビたちは瞳が赤かったけど、目の前のゾンビたちは赤くない。ただ、それだけで活性化が収まったと判断するのは早計だ。私は近くに落ちていた小石を拾うと、お城を囲む城壁へと放り投げた。


 無事に届いた小石がコツンと音を鳴らした。ピクンと反応したゾンビたちがおぼつかない足取りで音の出所へと移動しはじめる。


「ゆっくりですね」

「もし昨夜と同じ状態だったらどうしようって思ったけど、これなら」


 ゾンビたちは城壁の先に人がいるとでも思っているのか。城壁を叩いたり頭突きをしたり、くねくねとボディアタックをしかけている。少し待ってみたけど、他のゾンビたちが来る様子はなかった。仕掛けるならいましかない。


「シア、浄化できたらみんなが騒がないように注意して」


 そう言い残して私は飛び出すと、ゾンビたちの背後から奇襲をしかけた。後頭部をパチンパチンと叩いていく。どうだ!? と様子を見守っていると、倒れたゾンビたちが一斉に光り出した。女子力の欠片もない「よっしゃー!」という言葉を私が呑み込んでいる間に浄化が終わる。


 戸惑う人化した者たち。しまいには声を出そうとしていたけど、シアが人差し指をたてて「シーッ」とポーズをとってくれたおかげで全員が口を閉じてくれた。見たところ五人とも騎士のようだった。可能なら手伝ってもらいたい。そのためにも状況を伝えることが重要だ。


 私は羞恥心を捨ててゾンビの真似をしたり、浄化の格好をとったりと身振り手振りで状況やこれからしたいことを伝える。オッケー? と人差し指と親指をくっつけて問いかけると、騎士たちがサムズアップで応えてくれる。ちゃんと伝わったみたいだけど、代償で私の顔は真っ赤だ。


 気を取り直して前庭の様子を探らんと角からこっそり顔を出す。と、ゾンビの顔が目の前にあった。思わず悲鳴をあげそうになったのを我慢する。怖いし、臭い。ただ、それよもいまは見つかってしまったことのほうが問題だ。


 どうしよう、と私が逡巡しているうちに二人の騎士がゾンビを前庭から見えない位置まで引っ張ってくれた。私はすかさずゾンビにタッチ。続いて腐りはじめた騎士さんたちの腕にもタッチする。浄化された人が例に漏れず戸惑っていたけど、シアの「シー!」ポーズですぐに口を塞いでくれた。


 もう一度、前庭の様子を窺ってみる。幸いほかのゾンビたちには気づかれていないようだった。ただ、前庭を徘徊するゾンビの数に思わず目をむいてしまった。軽く百は超えている。昨日、何度も対峙した数ではあるけど、そう簡単に慣れる数じゃない。


 とにもかくにもゾンビたちをどう浄化するかが問題だ。まさか馬鹿正直に正面から行くわけにもいかないし……と悩んでいたら小声で「ミズハ様」と呼ばれた。振り返ると、二人の騎士が決意に満ちた顔を向けてきた。


「我々が反対側からゾンビたちの気を引きます」

「あの数ですよ? いくらなんでも無茶じゃ……」

「ご心配なさらず。我々は騎士ですから」


 騎士だからなんて言われても騎士のことをよく知らない私には納得する理由にはならない。とはいえ、彼らが示した作戦より効果的なものを思いつけないのも事実だ。私は申し訳ないと思いつつ「お願いします」と頭を下げ、一言付け足す。


「でも、くれぐれも気をつけてくださいね」


 なぜか騎士さんたちがぽかんとしたうえに鼻血を垂らしている。この人たちに任せて本当に大丈夫なのかな。なんて心配していたのだけど……。



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