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◆第十四話『お風呂のために』

 息を潜めてからどれくらい経ったのか。時間の感覚がなくなりかけた頃、壁の隙間からかすかに日差しが射し込んできた。どうやら朝を迎えたらしい。


「んぅ……」


 私の腕の中で寝ていたシアが呻くと、寝ぼけ眼をこすりながら見上げてきた。私は小声で話しかける。


「起きた?」

「お姉様……ごめんなさい。こんなときに寝てしまって」

「いいのいいの。私だって少し寝ちゃったしね」


 というのは嘘で本当は一睡もしていない。我慢したわけじゃなく単純にゾンビが怖くて眠れなかったのだ。おかげで少し頭痛がするけど、歩くのに支障が出るほどじゃないし問題ない。


「それより案内の続き頼めるかな? ゾンビたち静かだし、いまなら大丈夫そう」

「はい、わかりました」


 シアの先導で再び階段を下りはじめる。天井高なお城の三階からとあって相当な深さだ。足音を反響させないよう慎重に身体を運んでいく。しばらくして三畳間程度の殺風景な空間に出た。目につくのは床のハッチと、その近くの壁に取り付けられたレバーぐらいだ。


「ここから裏庭に繋がる地下水路に行けるのですが――」


 シアが床のハッチを開けた瞬間、下から物凄い臭気が漂ってきた。私は「おぇっ」となりながら鼻を摘んだ。シアにいたっては涙目だ。


「く、腐っているのを忘れていましたぁ……」


 ほぼ密閉空間だからか、腐った湖や川よりも段違いに臭い。冗談抜きにこの空気を吸い続けたら体内まで腐りそうだ。いますぐにでも対応しないとまずい。


「ちょっと退いてくれるかな」


 私はハッチから下を覗いた。地下水路までの距離は約三メートルと思ったより遠い。水路の幅は車一台が余裕をもって通れる程度。満たす液体は例に漏れず毒々しい色で染まっている。


 正直、口を開けるのもいやだったけど、私は我慢してすぐに唾液を垂らした。お馴染みの光が暗い空間をぱぁっと照らしはじめる。ポコポコと音をたてていた泡が収まり、液体が紫から透明な色へと変わり。ついには鼻を襲撃していた臭いが綺麗さっぱり消えた。


 私は新鮮な空気で一度深呼吸をしてからシアに謝罪する。


「ごめんね。汚いからいやかもだけど、こうするしかなさそうだし」

「いいえ。穢れを浄化するお姉様の唾液は聖水も同じですから、汚いなんてことはありません」


 なんてこった。シアもレックスと同じ境地に至ってしまっている。いや、汚いと思わないでくれるのはありがたいけど、さすがに聖水はちょっといきすぎだ。つくづく思うけど、グランツ王国の人たちの頭は大丈夫だろうか。本気で心配だ。


「ひ、ひとまず下りよっか……って言っても結構高いね」


 水路の深さ次第では体を打ってしまうかもしれない。昔、子供用プールに勢いよく飛び込んでお尻を打ちつけたことがある。あの恥ずかしい過去を繰り返すのはなんとか避けたいところだ。


「これを使えば安全に下りられます」


 ハッチ脇の壁に取り付けられたレバーをシアが持ち上げる。と、鎖で繋がれた碇が顔を出した。試しに引っ張ってみると穴からじゃらじゃらと鎖が出てくる。力を弱めれば勝手に引き戻されていく。


「おー、これなら上から一方通行にできるね」

「周到に準備されればその限りではないのですけど」

「ま、こんなところにわざわざ梯子とか持ってくる人なんていないだろうしね。とりあえずシアが先に下りたほうがいいかな? あ、でもシアが落ちちゃったときのこと考えると――」

「お、お姉様。わたくし、そこまで間抜けではありませんっ」


 シアが顔を赤らめながら抗議してくる。私は「ごめんごめん」と謝ってから、鎖をシアに持たせた。


「そこまで言うならシアが先に」

「はいっ」


 先に碇を下まで垂らしてから慎重にシアは鎖を伝って下りはじめた。一応私も鎖を押さえてはいるけど、ゆらゆらと不安定でハラハラする。


「ほんと気をつけてねー」

「はい、大丈夫ですっ」


 シアって実は意地っ張りだったりするのかな。なんて思っているうちにシアが碇まで辿りつき、得意気な顔で見上げてきた。


「お姉様、どうですか? シアはちゃんと一人で下りられましたよ!」

「それよりちゃんと足下見てないと――」

「あっ」


 ずるっと足を踏み外したシアが背中から盛大に落ちた。バシャンと音をたてて飛沫が盛大に飛び散る。あちゃ~、と私は思わず苦笑してしまう。


 ずぶ濡れ状態のシアが膝立ちになり、むくりと上半身を起こした。幸い高さはほとんどなかったので怪我はしていないはずだけど……その顔はいまにも泣きそうだった。


「うぅ」



     ◆◆◆◆◆


「よっと」


 私は碇を振り子のように動かし、水路の脇にスタッと着地した。鎖から手を離すと、じゃらじゃらと碇がハッチのほうへ引き戻されていく。


「お姉様は本当になんでもできてしまうのですね」


 シアが水気を含んだドレスを水路脇で絞っていた。なんだか口を尖らせながら恨めしげな目を向けてくるけど、その容姿のせいでまったく怖くない。


「そんなことないよ。ちょっと運動が得意なだけであとは普通だし。それより寒くない? 大丈夫?」

「あ、はい。むしろすっきりしたというか」

「あ~……昨日、汗流せなかったもんね。うーん、そう考えると私も浸かりたくなってきたかも」


 実は少し汗臭かった。昨日はたくさん動いたし、仕方ないかもだけど……これは乙女として由々しき問題だ。


「でも服重くなっちゃうし色々片付くまでお預けかなぁ」

「その際はこのような場所ではなく、城の浴場でですね」

「え、お風呂あるのっ!?」

「はい。あまり大きくはありませんが……」

「大きさとか気にしないから大丈夫! でも、そっかー。お風呂あるんだー」


 私は変な笑いを漏らしてしまう。だって仕方ない。お風呂大好きなんだもの。時間に余裕さえあればずっと入っていたいと思うぐらいだ。ちなみに、あまり文化水準が高そうに見えなかったから、てっきりお風呂はないと思っていたのは内緒だ。


「あの、そのときはご一緒してもいいですか?」

「シアのお城なんだし、そんなの良いに決まってるじゃん」

「ありがとうございます、お姉様っ」


 シアもきっと無類のお風呂好きに違いない。私以上に喜んでいた。


「よぉーし、俄然やる気出てきた。お風呂のためにもゾンビ浄化頑張らないとっ」


 なんだか主旨が変わっているような気がするけど、きっと問題ない。ゾンビを浄化することには変わりないのだから。そんなことを思いながら、私は一人「おー!」と気合を入れた。



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