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◆第十三話『ゾンビが本気を出した』

 部屋を飛び出たあと、城門側の三階廊下までやってきた。綺麗な意匠が施された縦長の大窓。そこから前庭の様子を窺うと、目を赤く光らせたゾンビが大量に映り込んだ。


 城壁を乗り越えた者から一心不乱に内城門を目指して全力疾走。フォームこそ汚いけど、昼間のゾンビからは想像できない速さだ。人間と同じか、それ以上かもしれない。その異様な光景に私は思わず「ひぇ」と漏らしてしまう。


「昼間はあんなに遅かったのに、どうして……」

「私にもわかりません。ただ始まりは月が笑った瞬間でした」

「月が笑う?」

「お姉様、あそこですっ」


 シアが指さした窓の向こう側、血よりも鮮やかな赤で彩られた丸い月が見えた。ギザギザの目と口がついていて、まるでハロウィンのジャック・オー・ランタンのようだ。


「……ほんとだ。笑ってる」

「あの顔が出た瞬間、ゾンビたちの目が赤くなり、一気に動きが機敏になったのです」

「それで、いまどうなってるの?」


 私がそう訊くと、レックスの顔に焦りが滲んだ。


「警備の者たちが感染し、前庭を奪われてしまいました。いまは内城門にゾンビたちが押し寄せてきています」

「か、かなりやばいんじゃ……?」

「内城門は硬く分厚いので、たとえゾンビであろうと人の手でどうこうできるとは思えません。それに守っているのはあの団長ですから」


 レックスが自信満々に断言した、直後。下階のほうから硝子の破砕音が幾つも聞こえてきた。いやな予感から私がシアと顔を見合わせてから間もなく。階段のある角からオデンさんが飛び出てきた。ただし、大量のゾンビを引き連れて――。


 オデンさんが盾でゾンビたちを弾き飛ばしながら叫ぶ。


「城内に侵入された! レックス、殿下とミズハ殿を連れて逃げろッ!」


     ◆◆◆◆◆


「全然大丈夫じゃないじゃん~っ!」

「も、申し訳ありません!」


 来た道を戻るように廊下を駆け抜ける。後ろからはいまも大量のゾンビが追いかけてきている。浄化したいところだけど、近づけば間違いなく呑まれてしまう。それほどいまのゾンビたちは機敏で獰猛だ。ふいに前方左手の窓が割れた。無数のガラス破片にまみれて一体のゾンビが飛び出てくる。


「お姉様っ」


 ゾンビが大口を開けながら私の肩目掛けて飛び込んでくる。あまりに速くて躱しきれない。私が触れても感染しないと証明されているのは右手だけだ。ほかの部位に接触されたらどうなるか。いや、感染云々を抜いてもあんな口でかじられたら無事でいられるはずがない。し、死んじゃう――。


 諦観が感情を支配しかけた、そのとき。レックスの勇ましい横顔が視界に映り込んだ。いまにも私の肩に食いつこうとしていたゾンビがレックスの盾によって突き飛ばされる。どうやら助かったらしい。ただ、生きた心地がしなくて私は思わず呆然としてしまう。


「あ、ありがと」

「いえ。それよりもお早くっ」


 レックスの真剣な顔を見て、ゾンビに追われている状況を思い出せた。私は弾かれるようにして逃走を再開する。


「でも逃げるって言ってもいったいどこにっ!」


 三階がこの調子なのだからもう一階や二階もゾンビだらけのはずだ。とはいえ屋上に行けたとしてもゾンビが壁を上ってくる状況では安全地帯とは言えない。


「わたくしの寝室に戻っていただけますか!?」

「でも、あそこも見つかっちゃうと思うんだけど!」

「隠し通路があるのです! そこなら逃げられるかもしれません!」


 シアが賭けに出たことはひしひしと伝わってきたけど、もとよりどこが安全かわからない状況下だ。ほかに選択肢なんてなかった。


「わかった、行こう! ってことだから、レックス!」

「承知しました!」


 最後尾にレックス。中間にシアを挟む形で私は廊下を駆け抜ける。一回曲がるだけの簡単なルートだったので迷うことはなかった。シアの寝室に到着するなり扉を開けて二人を迎え入れ、すぐに閉める。


 レックスが盾を扉にぶつけるようにして押さえ込む。と、凄まじい衝突音が鳴った。きっとゾンビたちが扉に体当たりをしかけた音だ。ゾンビたちはひたすらに破壊行動を続けているのか、「ドンドン」やら「ガリガリ」と騒々しい音が鳴り続ける。木製扉だ。そう長くはもたない。


「私が押さえているうちに!」


 レックスが苦悶に満ちた顔で叫んだ。私は頷いたのち、部屋の隅っ子で屈んだシアのもとへと駆けつける。


「この床が外れるのですが……」


 薄汚れた絨毯の下に正方形で区切られた石材床が敷かれていた。かなり重かったので蹴って少しずらしてから指をさし込んだ。手前の床に乗り上げるよう慎重にずらしていく。


「これっ、シア一人だとっ、無理だったんじゃないの……っ!」

「そもそも使う気はなかったのですっ! わたくし一人で逃げるなどとっ、そんなことはできませんからっ。ですが、いまはお姉様がいますっ」


 自分のためではなく私を逃がすために決意してくれたらしい。私なんかと違って本当に良くできた子だ。そうして感心しているうちに床をずらし終えた。中には階段があるようだけど、薄暗くてよく見えない。


「いまではわたくししか知らない通路です。といってもゾンビたちに感知されてしまえば意味のない秘密ですが」

「いまは大丈夫だって信じるしかないよ」

「はい……!」


 シアを先に下ろしてから振り返って叫ぶ。


「レックスも早く!」

「私が離れればゾンビがなだれ込んでしまいます! ですから私のことは気にせず行ってください!」

「またそうやって自分を犠牲にしようとして!」

「ミズハ様を護ると誓いましたから」


 いまも扉を押さえるのに精一杯なはずなのに、レックスは私を安心させるためか。余裕があるように微笑んだ。


「それに死ぬわけではありません。ちょっと腐るだけです」

「ぽんこつ騎士のくせに……ばか」


 見捨てるのはいやだ。けど、ここで駄々をこねて私がゾンビに殺されてしまったらなにもかもおしまいだ。そのぐらいは私だって理解してる。してるけど――。


「さあ、お早く! もうもちません!」

「……絶対助けに戻るから」


 私がそう告げると、レックスは無言で力強く頷いた。決断してからは自分でも驚くほど迅速に動けた。隠し通路に入ったのち、両掌を天に向ける形で床材をずらし、綺麗にはめ込んだ。部屋の灯が途絶え、視界が暗闇に包まれる。


 これじゃなにも見えないと思いきや、なぜかうっすらと辺りを窺うことができた。少しでも光がなければ目が慣れたところでなにも見えないはず――なんて思っていたら、外側の壁にわずかな隙間があることに気づいた。要所要所で空いていることから察するにきっと意図的なものに違いない。


「暗いので足下にお気をつけ下さい」


 シアに続いて階段を下りてから間もなく、頭上から大きな破砕音が聞こえてきた。木材独特の音から寝室の扉が破られたのは容易に想像できる。レックス……!


 心臓を鷲づかみされたように胸が痛い。シアが私の手を掴んでくる。恐怖からか私を安心させるためか。シアの優しい性格からも後者な気がした。


 ゾンビの感知能力がどれほどなのかはまだ正確に判明していない。喋るわけにも足音を響かせるわけにもいかず、私とシアはその場でじっと待機しつづけた。ゾンビに見つかるかもしれない……そんな恐怖はもちろんあったけど、それ以上に私の心中は決意で満ちていた。


 レックスが護ってくれた誓いを無駄にするわけにはいかない。絶対に生き残って、みんなを……レックスを浄化するんだ!



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