◆第十二話『王女様気分』
「でも、ほんとに私も寝ていいの? ここって王族の寝室なんでしょ」
「シアのお姉様なのですからなにも問題はありません。むしろこのような状態のお部屋しか用意できず申し訳ございません……」
長い間放置されたせいか城内は汚れに汚れていた。シアの寝室もいまでこそ部屋の体裁を保てているけど、それは掃除をしたからであって初めはもう誇りまみれでひどい有様だった。
家具も大半が傷んで使いものにならなかったので一時的に撤去してある。おかげで部屋にはベッドとその脇に置かれた丸椅子一脚のみ。部屋が広いこともあって殺風景にもほどがあった。
「こんなときだしね。っていうかゾンビが蔓延る中で野宿してたかもって思うと、大抵のことは我慢できちゃうよ」
「はい。こうしてまたこの部屋で眠れるのはお姉様のおかげです」
「ま、私はタッチしてただけだけど」
私は苦笑しながら答えたのち、丸椅子に腰掛けた。目の前にはシアの寝台。大きさがキングサイズぐらいあるのはさすが王族という感じだ。このベッドも初めはかなり汚れていたけど、一番状態がマシな布を被せることでなんとか寝れる状態になった。あまり清潔とは言えないけど、この際我慢するしかない。
「それにしても着替えがないのはちょっと困るなぁ。このまま寝ると皺になっちゃうし」
着替えが用意できない状況下だ。あんまりシャツやスカートに皺を作りたくない。かといって裸で寝るのはちょっと寒そうだ。
「シャツとスカートだけ脱げばいっか」
私は思いつくなりそそくさと服を脱いで下着姿になった。ちなみに上も下もピンク色。こんなことになるなら汚れの目立たない紺色にしとくべきだったなぁ、と思ったけど今さら悔やんだってどうにもならないし開き直るしかない。
「お、お姉様!?」
私がいきなり脱ぎはじめたからかシアが驚いていた。
「ごめんごめん。シアだけだしいいかなって」
「そ、そうですね。わたくしだけですから……そのっ、お姉様の肌すごく綺麗です……!」
「そうかな?」
「はい。それに大きくて羨ましいです……」
シアが私の胸を凝視していた。小さくはないけど、言われるほどじゃない。クラスでも中の上ぐらいだった。それでも幼いシアには大きく見えたらしい。
「シアも大きくなったら、これぐらいになるよ」
「そうでしょうか……」
不安そうに自身の体を見下ろすシア。むしろその歳から大きかったら怖いというかバランス的にどうなのか。先入観があるかもだけど、きっといまのシアには現状がベストだ。そんなことを思いながら私はカーディガンを着なおした。なんだか上も下もスースーするけど我慢だ。
「とりあえず今日はもう寝よっか。シアも疲れたでしょ」
「はい、恥ずかしながらすぐにでも眠れそうです……」
そうしてシアがはにかむように頷くと、すっと顔を翳らせた。
「ですが、大丈夫でしょうか。みなさん」
「シアは優しいね。ゾンビたち、城門でちゃんと防げてたし入ってくることはないと思うけど……万一侵入されても動き遅いし、触れなければ良いってわかってれば騎士の人たちならきっと大丈夫だよ」
レックスだけじゃない。あの突進界の王者オデンさんがいるのだ。ゾンビが雪崩れ込んできたってまた弾き飛ばしてくれるに違いない。まだ不安そうなシアに向かって、私はそれに」ともう一つ付け足す。
「もし入ってきても私が全部浄化しちゃうしね」
「そうですよね。わたくしたちにはお姉様がいるのですから、きっと大丈夫ですよね」
「うん、シアも護ったげる。ほら、おいで」
私は座る場所をベッドに変えてからシアを隣に座らせた。頭を撫でてあげると、シアが安心したように身を預けてくる。この母性本能をくすぐられる感、きっと気のせいじゃない。今の私、姉姉してる。妹って良い。兄貴、バイバイ。
なんてことを胸中で思った、瞬間――。
どこからか奇声が聞こえてきた。「キィエエエエ!」や「ボァアアアア!」なんて声が混ざり合ったものだ。とても正気の人間が出すような叫びじゃない。
「いまのなに? シア聞こえた?」
「なにか気味の悪い声が……」
ぎゅっと服を掴んでくるシアを抱きしめる。正直、私も恐怖心で一杯だ。ホラー映画以外であんな奇声を聞く日が来るとは思わなかった。と、また奇声が響き渡り、私たちは揃って「ひっ」と短い悲鳴を漏らした。奇声はなおも頻繁に聞こえてくる。
「失礼します! 殿下、ミズハ様!」
ドンっと慌しく扉が開けられた。入室してきたのはレックスだ。慌てているのは声や顔からもわかったけど、突然の入室を許すかどうかは別問題。なにしろいまの私は下着姿にカーディガンを羽織っただけの格好なのだ。レックスもそれに気づいたか、「しまった」とばかりに顔を引きつらせた。
「ちょっと、なにいきなり入ってきてるの!?」
「も、申し訳ありません! 謹んでビンタをお受けします!」
「そんなの良いから回れ右! 退室!」
「はいっ」
バタンと勢いよくドアが閉められた。真っ裸を見られたわけじゃないし、大げさかもしれないけど……生娘を舐めないで欲しい。いまの一瞬で全身灼熱状態だ。私は顔の火照りを覚ましながら格好を整えていく。
「もうレックスってば。っていうか、ここシアの部屋でしょ? 私がこんな格好じゃなくてもまずいでしょ」
「あはは……レックスらしいと言えばレックスらしいのですが」
「ぽんこつだなぁ」
悪い人ではないけど、本当に色々台無しにしてしまっている。だからこそ接しやすいと言えるんだけども。私は靴を履いたのち、部屋のドアを開ける。と、レックスがばつの悪そうな顔で廊下に直立していた。私は怒りを吐き出すために息をついてから問いかける。
「で、なにがあったの? 急いでたみたいだけど」
「そうです! 緊急事態なんです!」
一瞬にしてはっとなったレックスが叫ぶように言った。
「ゾンビたちが城壁を越えてきました!」