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◆第一話『ここ、どこですか』

「くっさ~……!」


 私、楠水葉(くすのきみずは)

 ついさっき目覚めたところだけど、早速泣きそうです。

 というかすでにじわりと目尻に涙が溜まっていたり。


 なにも呑気にあくびをして生み出したわけじゃない。理由は単純。今もなお漂ってくる悪臭のせいだ。臭いはヘドロの類に近いけど、度合いが半端じゃない。目一杯息を吸い込んだらお腹が溶けるんじゃないかと思うぐらいだ。


 いま、私はどこにいるのか。ここまでの情報だけなら大体の人はゴミ、下水処理場辺りを思い浮かべると思う。目覚めた直後は私もそうした場所が脳裏にちらついた。でも――。


 鼻を腕で押さえながら辺りを見回した。この景色を端的に表すなら爽やかさの欠片もない絶海の孤島のみ。ただ、孤島部分は広さが六畳間程度しかないうえに枯れ果てているし、海部分に至っては紫色でコポコポと泡が頻繁に浮き上がっている。


 ――どこですか、ここ。

 まったく知らない場所だ。そもそもこんないかにも毒液ですよといったものをいままで現実に見たことがない。それこそ昔、兄貴がプレイしていたゲームで見たぐらいだ。


 ひとまずここがどこかは置いておこう。

 問題はどうしてこんなところに一人でいるのかだ。


 試しに眠る前のことを思い出してみる。と、脳裏に流れてきたのは馴染みのある映像だった。高校へ行って授業を受けて放課後は喫茶店で二時間だけバイト。その後は一つ上で受験生の兄貴に気を遣って帰宅する。そんな他愛もない日常。


 いつもと違うことをしたとすれば自室に入るなりベッドにダイブしたことだろうか。バイトが忙しくてもうクタクタのへとへとだったのだ。記憶はそこで途絶えている。きっと眠ってしまったのだろう。それは理解できるし、納得もできる。


 でも起きたらこんな毒液ポコポコな場所にいるだなんて誰が予想できただろうか。まだ夢の中にいるんじゃ? なんて考えは一瞬過ぎったけど、ここまで鮮明に臭いを感じるうえに手足の感覚もしっかりしていたら否定なんてできるはずがない。


 幸いなのは外出着の制服姿なことだ。上はシャツに淡いブラウンのカーディガン、下はレッドとホワイトのプリーツスカート。さらになぜかローファーまで履いている。周辺の高校では人気な制服だけど、ほかに人なんて見当たらない状況だ。たとえパジャマ姿でも気にする必要はなかったかもしれない。


 べちょり。


 突然、陸地に毒の液体が付着した。

 それを足がかりにぬるっと人型のナニカが這い上がってくる。


「ひぇっ! な、なに……!?」

「うぼぁ」


 ナニカが二本の足で立つと、その全身を覆う液体がドロドロと垂れはじめた。やがて液体がすべて剥がれたとき、人と思しき存在が姿を現した。


 ただ、およそ一般的な人とは程遠い。なにやら錆びた鎧を着ているみたいだけど、顔や首など露出した肌はただれまくり。それに緑というか青というか、くすんだ色をしている。眼球はひどく充血しているし、開きっぱなしの口からは不潔な歯が覗いている。


 ゾンビという言葉が頭に浮かんだ。映画やアニメ、漫画でしか目にしたことはないけど、それ以外に考えられない外見だ。


「ぶぉあ~、ぼぅわ~っ」


 ゾンビが呻きながら覚束ない足取りで迫ってくる。異様な存在を前にして、私は思わずあとずさった。でも狭い孤島だ。すぐさま端に辿りついてしまう。


 足場にした縁が少し崩れた。落ちた破片が毒液に落ちると、ジュッとまるで肉が焼けたような音を残して消滅する。冗談じゃない。落ちたら終わりだ。


「ぼわぼわじゃないって! ほんと来ないで! お願いだからあっち行って!」

「う、あ~っ、あー……」


 赤ちゃんのように呻かれても、その様相のせいでまるで可愛くない。むしろ気持ち悪さが増すだけだ。とにもかくにもゾンビにこちらの言葉はまるで通じない。その証拠にいくら来るなと言っても迫る足を止めてくれない。


「う、嘘でしょ……!」


 ゾンビの脇を通り抜けようにも足場の幅がほとんどない。仮に抜けたところでこんな狭い孤島だ。逃げ切れるはずもない。などと考えているうちにゾンビが手を伸ばせば届く距離まできた。両手をだらんと伸ばしながら肉迫してくる。


「うぼぁ~」

「い、いやぁあ――っ!」


 ドンッ、と私は反射的にゾンビの胸元を右手で突いた。思いのほか力が入っていたのか、ゾンビが後方へ倒れると、仰向けになって「うぼうぼ」と身悶えはじめる。これは助かったのだろうか。


 ただ出来ればゾンビには触りたくなかった。未知の存在とあって触ればなにが起こるかわからないのもあるけど、なにより臭かったからだ。実際、いまも触った右手からは臭気が漂ってきている。最悪だ。


 そうして「うえぇ~」と落ち込みながら手を眺めていると、突然、ゾンビの身体が眩く光りはじめた。


「え、ちょっとなに!? なんで光ってるの!?」

「うぼわぁあああああああっ!」


 ゾンビが悲鳴のような叫びをあげた瞬間、光がさらに強まった。あまりの眩しさに目を開けていられなくなる。ただ光はすぐに止んだ。恐る恐るまぶたを持ち上げたのち、私は思わず目をぱちくりとさせてしまう。


 もうゾンビはいなかった。代わりにいたのは二十歳ぐらいの男の人だ。身長は185センチ程度ですらりと高い。ほかに特徴的なのはサムライヘアーに束ねられた黄金色の髪とサファイアのような綺麗な瞳。


 先ほどのゾンビと同形状の鎧を纏っているけど、その艶や光沢は似ても似つかない。白銀でいかにも高そうな代物と化している。よく見れば帯剣もしていて、まるで物語に出てくる気高い騎士といった感じの風貌だ。


 私は思わず呆然としてしまった。非現実的なほど整った容姿を持つ彼に見とれているわけじゃない。いや、実際にその事実は九割ぐらいあるけれど。いまはもっとほかに注目するべきことがある。ごくりと息を呑む。



 あの、ゾンビが人間になったんですけど。




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