魔法使いは言いました「君に魔法をかけてあげよう。魔法という呪いを、ね」
「君に魔法をかけてあげよう。魔法という呪いを、ね」
一面に綺麗に咲き誇ったお花畑の中央で、魔法使いは微笑んだ。
私より身長が大分高い魔法使いは、私の視線に合わせるようにしゃがみ込み、その紫がかった黒の瞳に私の姿を映し出す。
「君はただ一人に愛される運命にある。そう、ただ一人から愛される運命なんだ」
まだ幼い私でも分かった。魔法使いの瞳が燃えるような熱を帯びていることを。
「他の誰かが君を愛するなんて赦せない。君が他の誰かを愛するなんて赦せない」
だから俺は決めたんだ、君から憎まれることになっても。そう魔法使いは優しく私に語りかけてきた。
私の額に優しく魔法使いの唇が触れる。熱を持った唇は気持ち良く、もっと触れてほしいと思ってしまった。
「これから先に君を愛する人はいない。君は誰からも愛されずに生きていく魔法をかけてあげる」
その言葉と同時に私の意識は暗闇へと落ちていった。
ーーー
ハッと目を覚ますと見慣れた天井が見えた。確かここは王立魔術学園の寮の自室だ。
さっきまでの景色は夢の中だったことが分かる。夢といってあれは現実にあったことだ。10年くらい前の過去の夢である。
「懐かしい」
懐かしい夢だ。あの時の私が一番愛されていたと実感出来る夢。
そっと自室の窓からまだ朝早いためか、薄暗い空を見上げた。
ここは生ある者は誰しもが魔力を持つ世界である。一人一人持っている魔力の量は違うが、必ずしも誰しもが魔力を持っている。
大抵の人は持っている魔力の量は少ない。少ない魔力では何も出来ない。害がないということだ。
だが、大抵の人から外れ、魔力を大抵の人以上に持つ者が現れる。そのために作られた学校が私が今いる王立魔術学園である。
人は王族でも貴族でも庶民でも、どんな身分の人でも産まれた時に魔力検査を必ずしなくてはいけない。魔力数値が決められた一定の数値を超えると、どんな身分の人でも王立魔術学園に義務として通わなければいけない。
魔力を持つ者は、魔法の意味を知らなればいけない。魔法は便利なものであって、害のあるものであるのだから。
暴走をしない為に王立魔術学園で学ぶのである。12歳に入学をし、18歳で卒業。この6年間を全寮制のこの学校で。
魔力が多くもっている者は元々女性より男性の方が多い。女性もいるのだが、魔法等にあまり興味がない人達が多いのが現実だ。
実際にこの学校を上位の成績で卒業すると魔術師のトップが集う王宮魔術師団という組織の入団試験を受けれるのだが、受ける人は大抵は男性である。
この王宮魔術師団に入ることが出来ずとも、地方や下町を守る魔術師団には入ることが可能だ。それでも、実際に魔術師として働いている女性は極一部である。
王宮魔術師になることは魔術師を目指す人にとって名誉なことで、自分の実力が認められたことになる。それに地方等を守る魔術師達の中核なのだ。
「私は……」
魔術師にならないといけない。それも王宮に勤められる王宮魔術師にならなければ意味がない。
昔からずっと目指していたことだ。昔から、あの10年前のあの時からずっとそれだけを考えていた。
『これから先に君を愛する人はいない。君は誰からも愛されずに生きていく魔法をかけてあげる』
思い出すは美しい魔法使いの言葉だ。あの魔法をかけられてから、ずっと私は生きた心地がしなかった。
誰からも愛されない。それは誰からも見られていない。空気と一緒の存在だった。確かに私の存在はある。存在はあるのに、存在しない感覚に陥ってしまう。
「のろいを……呪いを解かないと」
だた私の心を占めるのはこれだけだ。王宮魔術師なんて興味はない。興味があるのは王宮魔術師だけが閲覧出来るという上位クラスの魔法の本だ。
私はこの10年間その為だけに生きてきた。
私は産まれた時から魔力は多い方だ。後は訓練次第ではいい成績になる。今でも上位の成績である。このままいけば王宮魔術師団にも入団出来る可能性がある。
まだ薄暗い空を見上げ、そっとベッドから降り、この学校の制服へと着替える。毎日続けている朝練を行う為に学校の庭に行く。
授業以外での魔法の使用は原則禁じられているが、魔法の訓練以外でもやらなければいけないことはある。
魔法には魔法の能力にあった儀式が必要である。例えば、目玉焼きを焼くくらいの炎を出す魔法でも詠唱という儀式が必要なのだ。
詠唱はただ読むだけでは発動しない。発動させたい魔法を想像しながら、想いを込めて詠唱をしないと儀式として成立しない。それが中々難しいものであったりする。
詠唱は声に出さないと儀式として成功しない為、魔法を発動させないように唇だけを動かし、想いを込めていく。上手に出来た時だけ心が温まる感じがするのはきっと気のせいではないのだろう。
声にならない想いを込め、そっと花に触れた。今にも蕾が落ちて枯れそうな花を癒す魔法の想いだ。
いくら想いを込めようが声にならない詠唱では枯れそうな花は癒せはしない。
息を吐き、枯れそうな花から手を離そうとするが、それは出来なかった。そっと私の手ごと花を包み込むように触れる手によって遮られたのだ。
「ーーー」
耳たぶを刺激する心地よい低い声色に、温かい手のぬくもり。久しぶりだと感じた。こんなに近くに人がいることが。
あまりの急な出来事に動くことが出来ずにただそのぬくもりに包まれていた。
「ふふっ、君はこの花を癒したかったのだろう?」
「あっ……」
声に従うように、そっと花から手を離すとさっきまでとは違う生命力溢れる花が咲き誇っていた。
植物を癒す魔法で花を癒したのだ。魔法を使えるということはここの生徒ではないことは確かだ。そっと相手の顔を確認する為に後ろを振り返った。
綺麗な漆黒の髪に、細められた紫がかった黒の瞳。すぐに分かった。記憶にある彼よりも、ずっと大人になった彼だということを。
「ずっと逢いたかったよ、俺の可愛い人」
あの時よりも美しく魅力的になった彼の姿に言葉を忘れて見惚れてしまっていた。
あの時の魔法使いに会ったら言いたかったことがいろいろあったはずなのに、何一つとして言葉が思いつかなかった。
「あの時よりも更に綺麗になったね、アレア」
花を癒したその手は私の頬に触れ、優しく撫でる。見つめられる瞳の奥には熱を持っていて、私の名を呼ぶ声は甘ったるい。
こんな風に私を見つめ、甘い声で私を呼ぶ人なんて今まで誰一人としていなかったはずなのに。
呪いをかけた魔法使いが彼だから、彼は私をそんな想いで見れるのだろうか。呪いをかけた本人には呪いは発動しないのだろうか。
ならば、なぜ私に呪いをかけたのだろうか。
「なん、で?」
やっとのことで口に出せた疑問の言葉に彼はふふっと笑みを浮かべただけだった。
「私が憎いから、呪いをかけたんじゃないの?」
なんで、そんな風に愛する人を見るような目で私を見つめるのか。私には分からない。
彼は少しだけ考える素振りを見せ、首を傾げた。
「愛してるよ」
「えっ?」
もう一度、ゆっくりと彼は同じ言葉を囁く。愛している、と。
そんなはずはないと首を振ると、彼は困った顔で私を見る。私の頬に触れる手はさっきよりもぎこちなく、触れていいのか戸惑っているみたいだ。
「君は俺が憎いのだろうな」
何も言えずに黙っていると、それを肯定をとった彼は頬に触れていた手を離す。
久しぶりに人のぬくもりを感じられた手が離れたことに心が痛んだ。やっぱりと口には出さすに呟く。
あんな瞳で、あんな声で私を呼んでも、結局は彼も私を愛さないのだから。
愛している。あの言葉は嘘で固められた愛の言葉。
目を閉じると思い出すのは10年前のあの時から今までの記憶。いるようでいない存在のように扱われた私。そこにいても誰も私に興味を持たない。
いくら上位の成績であろうと褒められたこともない。いくら私が話しかけても、誰も私の存在を気にしない。
「わたし、はっ!」
ゆっくりと目を開け、彼を真っ直ぐ見つめる。彼は何も言わずに次に続く私の言葉を待っていた。
「私は必ず、あなたがかけた呪いを解いてみせる。何年かかっても、いいえ、何十年かかっても必ず解いてみせるから」
そう言葉を紡ぐと、彼は微笑んだ。今までに見たことのない美しい笑み。どこか哀しげな雰囲気が更に笑みを美しく見せた。
「この魔法を解く方法は一つだけだよ」
彼は手を伸ばし、私の頬に触ろうとするが、その手は私に触れることはなかった。あと数センチ手を伸ばせば、届く距離で手を止める。
「君がこの魔法を解いた時、君はもう後戻り出来なくなる。それでも君はこの魔法を解きたいと願うのか?」
真剣な眼差しに見つめられ、緊張で胸が張り裂けそうだ。それでも逃げる訳にはいかない。
私は呪いを解く為に頑張ってきたのだ。今更逃げる訳にはいかない。
彼の瞳を見つめながら、頷いた。
「そう、いい子だ」
数センチの距離が縮み、彼の手は私の頬に優しく添える。それと同時に彼は私との距離をなくした。
目の前の視界が真っ黒になり、唇に柔らかいぬくもりを感じた。
それは時間にして一瞬のこと。すぐに離れたぬくもりに少しだけ残念な気持ちが芽生えた。
「そんな顔をしないでくれ。襲ってしまいそうだ」
「え?」
「だが、残念なことにそろそろ時間だ」
ふふっと笑みをこぼし、彼は私に背を向け、校舎の方へ向かう。少し歩いたところで何かを思い出したように、私の方を振り返った。
「シオン」
「しおん?」
彼が私に向けて言った言葉を反復する。反復した言葉に彼はスッと目を細めた。
「もう一度、呼んでみて?」
「シオン」
もう一度同じ言葉を呟いたが、彼は何も反応してない気がした。ピタリと動かなくなった彼に、今度は少しだけ声を大きく出して同じ言葉を言い放つ。
シオン、と。そう彼を呼んだ。
「……っ、アレア」
少し離れた私のところでも聞こえた。少し離れた私のところでも見えた。
私を愛おしそうに呼ぶ彼の声と、彼の瞳から零れ落ちる雫を。
「愛しているよ、ずっと君だけを愛している」
綺麗だと正直に思った。こんな綺麗な人を私は知らない。
綺麗と同時に彼はとても酷い人だ。彼が私に誰からも愛されない呪いをかけたというのに、彼は私を愛していると言う。矛盾している。
「君に名前を呼ばれることがこんなにも幸せなのか」
きっと彼は知らない。彼が私に名前を呼ばれることを幸せだと言うならば、私は彼に名前を呼ばれることが生きていると実感出来ることを。
これ以上、私は彼を見れなくて視線を外す。彼が幸せそうにしていると、勘違いしてしまいそうだ。本当に彼は私のことを愛しているのだと思ってしまいそう。
愛されたい。そう思う私の心が勘違いをしてしまいそうだ。
危険だ。私は誰からも愛されない呪いがかかっている。なのに私は誰かを愛せてしまう。
叶わない想いと分かっていて、一体誰が愛せるというのか。
彼が去った方向を見つめる。瞳からは雫が零れ落ち、地面に染みた。
瞳から溢れた涙を拭ってくれる人はいない。誰も私の存在を気にしない。どんなに泣いても心配してくれる人はいなかった。
「シオン……貴方もきっと私を気にしない」
ただ、久しぶりにこんなに会話をあいた。嘘だと分かっていても「愛している」と言ってくれた。
涙を流した彼は誰よりも綺麗で、微笑んだ彼は誰よりも美しかった。そんな彼が私を愛してくれる訳がない。
私を愛してくれているなら、なぜ呪いをかけたのか。分からなくなる。私が憎いから、呪いをかけたんだ。
「私はいらない子だから」
思い出したくない記憶が頭を過る。私は実の親から「いらない子」と言われ、あのお花畑に置き去りにされた。そこで出会った優しい魔法使い。優しいと思っていた魔法使いは私に呪いをかけた。
誰かに愛してもらいたかった私に、誰からも愛されない呪いをかけた。
「私を愛して」
きっとその願いは叶わない。叶わないのに願ってしまう。
私を愛してくれる人に逢いたい。私の名前を呼んでくれる人に逢いたい。
なのに、思い出すのは今さっき会った彼の姿。彼から愛されたい。彼から名前をもう一度呼ばれたい。
少しずつ積もる想いに胸が苦しくて、涙が止まらなかった。
シオン。彼は王宮魔術師団の副団長を務めていた。若くして副団長に抜擢されたばっかりなので実績を積む為に、数日間この学校に来て生徒に魔法を教えるとのこと。
彼が教える魔法は実戦向きの為、今年卒業予定の生徒と来年卒業予定の生徒を主に教えるらしい。私は来年卒業予定なので、彼の授業に参加出来た。授業は分かりやすく、生徒受けもいい。
なのに、どうしてか。私が庭にいると彼は隣に来て、初日と変わらずに私に話しかけてくる。しかも授業では絶対に見せない笑みを浮かべて。
「今日は何の魔法の練習をするのか?」
甘ったるい笑みを浮かべ、私の髪を優しい手付きで撫でる。
ここのところ毎日のように彼が隣にいて、どこかしら触れてくるので、少しばかり彼という存在に慣れてきた。
「君の魔法は華が舞っているような感覚に陥るよ。とても美しくて、儚くて……壊したくなる」
ゾクッと背筋に嫌な感覚が走る。彼は未だに甘ったるい笑みを浮かべたままで、私を見つめていた。
「俺は君だけを愛しているよ。俺だけのアレア」
何も言葉が出ない私の額に唇を寄せ、愛の言葉を囁く。
嘘で塗り固められた愛の言葉。なのに私の心はときめいてしまう。誰かに愛されたい、誰かではなく彼から愛されたいという私の心が彼の言葉を受け入れた。
深く刺さる彼の言葉に何も返事が出来ない。返事の代わりに視界がぼやけるのを感じた。
「アレア……泣かないで」
ああ、私は泣いているのかと今更ながらに知った。彼に再会してからの私はどうやら涙脆いみたいだ。
髪を撫でていた彼の手はそっと涙を拭う。
「君はあの時も泣いていた。あの場所で、迎えにも来ない人を想いながら」
あの時というのはきっと彼と私が初めて会った場所。私が親に捨てられた場所。
彼に出会った後って呪いをかけられた後はよく覚えてないが、いつの間にか私は孤児院に居た。そこで12歳になるまで暮らす。誰にも相手にされずに過ごした孤児院。
私の過去はあの日のあの時がもっとも愛されていたと実感出来る優しい時間だった。
「そんな泣き虫な君に付いてきて貰いたいところがあるんだ」
おいで、と差し伸べられた手に私の手を重ねた。
ギュッと離れないように手を握り、彼は小さく言葉を紡ぐ。その瞬間、ぐにゃりと視界が変わり、次に目を開いたら見覚えのある風景が一面に広がっていた。
ここは確か、あの日に居たお花畑だ。だけどあの日と違って花は咲き誇ってなかった。まだ花が咲く時期ではないのだろう。
さっきまで学校の庭に居たのに、ここに私はいるのか。ふと隣で私の手を離れないように握っている彼を見る。もしかしたら、あれが俗にいう転移術というものなのだろうか。
転移術を使える魔術師は稀にしか存在しない。転移術は莫大な魔力を消費する為、並の魔術師には出来ないことだ。それを顔色ひとつ変えないまま、短い詠唱の儀式で発動させる彼は魔術師として稀な存在。
「ここで君と出逢った。迎えにも来ない人を想いながら泣いている君を見て、とても美しいと思ったんだ。君が欲しいと、君を支配したいと」
見ていて。彼はそう微笑み、握っていた手を離し、両手を広げた。
彼は想いを口にする。その想いに応えるように一面に花が咲き乱れる。季節外れに咲いた花。
「君が俺を憎むことになっても、俺は君を手放したくなかった」
彼の瞳が悲しげに揺れる。彼は未だに微笑んでいるというのに、悲しそうだった。
「俺は君に会うことはしばらく出来なかった。なら君が他の誰に奪われないように、君が他の誰を見ないようにしたかった」
君を愛している。そんな言葉を悲しそうに微笑みながら言わないでほしい。
私はまだ決意が出来ていなかった。ここ数日、ずっと庭で彼と過ごした。それはもう彼が私に呪いをかけたことなんか忘れていて、彼が側にいてくれるだけで嬉しかった。彼が囁く愛の言葉は嘘だと自分自身を騙して、彼が側にいることを望んだ。
だけど彼は明日にはこの学校から居なくなる。王宮魔術師団に戻るのだ。
ああ、私はなんて愚かなのだろうか。呪いをかけた彼に会ったら言いたいこといっぱいあったはずなのに、いつしか私は彼を好きになってしまっていた。
最初はただ私を見てくれる存在で、誰かに愛されたかった私の心を満たしてくれる存在だった。なのに、もう私は彼以外はあり得ないとさえ思っている。彼から愛されれば、それ以外の愛はいらないと。
「君に魔法をかけたことは後悔してない。これでよかったとさえ思っている。君に憎まれても俺は……」
彼の言葉を遮るように、彼を抱き締めた。これ以上の懺悔は聞きたくない。私を愛してくれていると言うのならば、私のことを知ってほしい。
「わたしはっ、私は貴方のことを憎んでない」
勝手に決め付けないでほしい。私は一度も彼のことを憎んでるなんて思っていない。
ずっと彼が私を憎んでいると思っていたから。だけどそれも彼を知っていく内に違うと思った。彼はいつも私のことを想い、私に触れてくる。
もしも彼が私のことを信じられないと言うならば、私は彼が信じられるように追いかけるだけ。
「私は絶対に王宮魔術師団に入って、貴方の隣に立ってみせるから……貴方の隣は空けててね」
これが私の精一杯の言葉だ。好きとか愛してるとか、そんな言葉は口から出てこない。だけどこれが私なりの告白なんだ。
あの時は呪いを解きたくて、王宮魔術師団に入りたかった。今は彼の隣に立ちたい。
「アレア……好きだよ、愛している」
背に手を回し、強い力で私を抱き締める。痛いくらいの強い力は夢なんかじゃないと思い知らされる。
こんな男に惚れられた君は不幸な子だね。そう囁くと同時に額に熱を感じた。
あの日から1年が経ち、私は18歳へとなった。
あの日を境に私はいろんな人から声をかけられるようになった。一緒に王宮魔術師団を目指す仲間も出来た。少しずつ変わらないと思っていた日常が変わっていく。
みんなが私を存在しているように扱ってくれていた。みんなが私に笑顔を見せてくれている。
呪いが解けた。そう分かった時に胸が痛んだ。私と彼を繋げていたのは呪いという魔法だったからだ。彼との繋がりが消えたのではないかと心の奥底でいつも怯えていた。
彼との記憶で最後は、1年前のあの日のお花畑の出来事だ。それ以降、彼に出会ってない。
そして私は王立魔術学園を次席で卒業し、王宮魔術師団の入団試験に合格を果たした。
入団前日である今日、私はこの思い出の場所であるところに来ていた。
1年前のあの日のように花はまだ咲いていない。
深く息を吸い込み、彼がしたように花を咲かせようと想いを込める。私の魔力ではこのどこまでも広がるお花畑の花を一気に咲かせることは出来ない。それでも私の周りの花は気持ちに応えるように綺麗に咲き誇っている。
「シオン……逢いたいよ」
気持ちに反応したように、まだ咲いてない花が揺れ、一斉に花を付ける。幻想的な光景を見るのはこれで2回目だ。
「アレア」
優しく甘く私の名を呼ぶ人は1人しかいない。今も昔も、ただ1人しかいない。
声が聞こえた方を振り返ると同時に私は彼に抱き付いた。逢いたかった気持ちを伝えようとするように。
抱き締め返し、私の髪を優しく撫でる。そっと額に彼の唇が触れた。
「君を愛してる。ずっと俺の隣にいてほしい」
私も愛してる。その言葉を返そうとしたけど上手く言葉で出てこない。言葉の代わりに雫が流れ落ちた。
瞳から流れ落ちた雫をそっと唇で拭い、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「泣き虫なところは変わってないね」
雫を拭っていた唇はそっと私の唇に触れる。少しだけ塩っぽい涙の味がした。
「アレア、愛してるよ。もう君を離さないから」
思い出の場所で私と彼は想いを確かめ合うように唇を合わせた。