死神短編集
1
「痛い死に方は嫌なんです。なんかこう、お昼寝の時みたいに安らかで甘い感じのやり方はありませんか」
「そんな無茶を言われても…我々死神にも限界はありますし。こんなのはいかがですか『なだれ落ちてきたバナナに埋まって窒息死』。なかなか甘そうでしょ」
「…意味が違います。苦しいのもちょっと…」
2
「メグ、お迎えに来ました」
「待って、庭から入らないで。あなたが歩くと花が枯れちゃうから」
死神が踏み出した片足の周りで白い花弁があっという間に腐り落ちる。慌てて玄関に回った。
「…驚かないんですか。私は死神ですよ。怖くないんですか」
「マーガレットの花言葉は『予言』。私にはちょっとした予知能力があってね。さ、そこの紙を取って。遺書に使うの」
…非現実的なことが目の前で起こっているというのに、こんなに落ち着いた様子の人間は初めてだ。これも予知能力とやらのせいなのだろうか?
3
「聞かせてよ、あなたの話」
息がかかるぐらいの距離に顔を近づけてくる少女。心臓なんて死んで灰になった時に疾うに無くしている筈なのに、空っぽの胸が何故かことんと音を立てた 。
「…あなた、そんなに近づくと寿命が縮まりますよ。まあ私達が見える時点で、既に墓穴に片足突っ込んでるようなものですけどね」
4
「メグ、次は何処に行きましょうか」
「お腹が空いたから、最後の晩餐、じゃなくて昼食かしら」
「お腹が空いた、そのフレーズ久しぶりに聞きました。二百年ぶりぐらいでしょうか」
死神は死ぬと決まった人間の願いをできる限り叶えることになっている。マーガレットの願い事は「旅をすること」だった。その願いを叶えるために死神は、幼い頃から病気がちだった彼女の身体を少しだけ元気にした。もちろんそれで彼女の寿命が延びたわけではない。外歩きを楽しめる程度だ。
だがマーガレットはどこまでも歩いた。死神が声をかけなければ、それこそ地球の果てまで歩いてやると言わんばかりの元気な足どりだった。その姿はとても今日死を迎える人間とは思えない。死神自身もそのことを忘れていたぐらいだ。夕日に目を焼かれそうになって、慌ててフードを深くかぶり直すまで。
空が橙色に染まる頃、彼女は足を止めて寂しげに笑った。終わりが近いことを悟ったようだった。
「もっと遠くまで行きたいけれど、もう時間切れなのでしょう? 」
そうだった。願い事を叶えられるのは日が沈むまで。それが過ぎれば嫌でも使命を果たさなければならない。だが死神は鎌を振り下ろせなかった。