自由なんてなかった
「その気持ち悪い踊りをやめなさい!」
「げふっ!」
喜びのあまり小躍りする俺にシャーリーはつかつかと歩み寄ると蹴りを放った。
ひらひらとスカートをはためかせながら、俺の脇腹に華麗なミドルキックが突き刺さる。
「痛ってぇー! さっきから殴ったり蹴ったり好き放題やりやがって、この山猿女!」
「あんたが分をわきまえないからよ!」
ズキズキと痛む脇腹を押さえながら俺とシャーリーは睨み合う。
<サモンナイツ>だとプレイヤーの分身として扱われているから明確な性格が確定されていなかったのだろうけど。
こいつ、マジでめちゃくちゃ性格悪いな。
「まあまあシャーリー、少し落ち着いて。彼はどうしてここに来たのかもまだ知らないのだから、そこから説明してあげないと」
俺とシャーリーの間にケイオスは割って入るとシャーリーに向かってそう言った。
「色々とすみませんね。彼女はまだ精神的に未熟でして……」
「はぁ……」
精神的に未熟というか、単純に性格の問題のような気もするが……。
そこはつっこまずにスルーすることにした。
「申し遅れましたが、私はケイオスといいます。彼女はシャーリー。単刀直入に言ってしまうと彼女があなたをこの世界に召喚したのです」
「俺は……カミナといいます。ふむ、召喚――――ですか」
名乗る名前は少し迷ったが、<サモンナイツ>をプレイしていたときのハンドルネームを名乗ることにした。
それにしても、やっぱりそうなのか。つまり、シャーリーが“召喚”、俺の世界でいう“ガチャ”をしたことで俺はこの世界に召喚されたってことなんだろう。
<サモンナイツ>の世界に転生した可能性がますます真実味をおびてきて、俺はニヤついた笑みを浮かべる。
「キモ……」
そんな俺の顔を見てシャーリーがぼそりと呟く。ケイオスは変わらずにこりとしているが、若干笑顔が引きついているのがわかった。
気持ち悪くて結構。だって嬉しいものは嬉しいのだから仕方ないじゃないか。
現実世界であれだけめちゃくちゃやっておいて、自殺して(結局、未遂になるのか?)この世界に来れたんだから相当ついてるよ。
地球と違ってここでなら俺は社会不適合者でなく、上手く成り上がっていけるはずだ。
なんたって俺はすでにこの正解のノウハウを嫌というほど知っているのだから。
「あの、あまり驚かれていないようですが……きちんと話を理解されてますか?」
いまだにニヤついた笑みを浮かべ続ける俺にケイオスは遠慮がちに声をかける。
「大丈夫です、ちゃんとわかっていますよ。そこのシャーリーが俺をこの世界に召喚したんですよね」
「ええ……その通りです。大多数の方は最初は別世界に召喚されたことが信じられず、暴れまわったり、反論するものですが……カミナさんは落ち着いていますね」
まあ、すでにおおよその現状を把握してるしな。
とはいえ、この世界のことはゲームだったので知っています。なんて言わない方がいいだろうな。
言っても信じてくれない可能性が高いだろうし、その場合更なる変人扱いをされてしまいそうだ。特にシャーリーからは完全にキチガイ認定さてるだろう。
「もともとこのような話が好きでラノベ――――本でよく読んでいましたので、そのおかげかもしれません」
「そうですか……では、説明を続けさせていただきますね。どうして私たちがカミナさんをこの世界に召喚したのか。それはこの世界の人々が絶滅の危機にさらされているからなのです」
ケイオスはこちらの反応をうかがうように目を見据える。しばらくの間を置いて話を再開した。
「何事もなく生きて、死んでいく。この世界も昔はそんな幸せな世界でした。しかし、百年ほど前に突然その平和な時間は終わりを告げました。
生物であれば見境なく襲いかかる化物が現れたのです。もともとは普通の虫、魚、動物でした。原因は今になってもはっきりとは分かっていませんが、私たちはそのようになった生物を“ナラク”と呼んでいます。
ナラク化した生物は強靭な力を手に入れ、武器を持たない人間には太刀打ちできません。それに加えて……人間の中でにもナラク化するものが現れたのです」
うん、完全に<サモンナイツ>のストーリー通りだな。
ナラク化した生物ってのは俗にいう魔物のことだ。<サモンナイツ>では基本的にナラク化した生物が敵として出現し、戦っていくことになる。
「私たちも長い間ナラクと戦ってきましたが……月日が経つにつれてナラクの数は増える一方でこのままでは人類……それだけでなく、この世界のあらゆる生き物が絶滅してしまうところまできているのです。
そこで私たちが出した結論は異世界から力を借りることでした。これまで禁忌とされてきた召喚の力を解放し、あらゆる世界から英雄を呼び出し、このナラク化の根源を断ち、世界を救おうと……。
これが、あなたをこの世界に呼び出した理由です。身勝手で一方的な理由なのはよくわかっています。ですが、どうか力を貸していただけないでしょうか」
そう言うとケイオスは深々と頭を下げる。
「ほら、あなたも頭を下げて」
どこ吹く風であさっての方向を向いているシャーリーに向かってケイオスは言った。
「えぇー嫌よ。だってこいつなんか変なんだもん。今まで聞いてた召喚された英雄さんたちと全然違うし」
このアマ……好き放題言いおってからに。
でも、その方が都合がいいな。<サモンナイツ>の世界だというのなら俺の第一の目的は世界を救うことなんかじゃなくキャロルちゃんに会うことだし。
余計な仕事をする必要はない。
「俺はこの世界で果たしたい使命があります。だから残念ですが力を貸すことはきません。
彼女も俺のことは必要ないようですし、それでは……」
そう言い残し、俺はさっそうと部屋をでていこうとする、が――――。
「ちょっと! 何勝手にあんたが決めてんのよ。待ちなさい!」
背後からの声に振り返ると、シャーリーは鋭い眼差しでこちらを睨みつけていた。
「いや、だって俺なんか必要ないって言いだしたのはそっちじゃん」
「べ、別に……必要ないとは言ってないもん!」
「あっそう。でも、あいにくこっちは力を貸す気なんてさらさらないからな。まあ、そのうちもっといい英雄様を召喚できるさ、それじゃあな」
俺は手のをひらひらさせながら歩みを再開させる。
「ま……ちな……いよ」
シャーリーがぼそぼそと呟いているが俺は聞こえないふりをしてそのまま歩き続ける。
「待てって言ってんでしょうが!」
シャーリーの怒声がまるで大きな風が吹き抜けていくように、背中を通り過ぎていった。
「あ……れ?」
その直後、俺の身体をまったく自由に動かせなくなり、その場に倒れ込んだ。
何が起きたのかわけがわからないまま、混乱しているとシャーリーが倒れ込んだ俺に近づいてきた。
身体が動かないので目だけを動かすと、シャーリーは変わらずこちらに鋭い目を向け、その表情は怒りに満ちていたが、目尻に少しだけ涙が滲んでいた。
「あの? シャーリーさん?」
「どうしてあたしの言うことを聞かないのよ!」
シャーリーはそう言うと倒れ込んだ俺に手加減なく蹴りを入れ始めた。
「ちょっ! 痛い! やめて、わりと洒落になってないからほんと! お願い暴力反対!」
身動きもとれず、無抵抗な状態のまま俺はシャーリーにげしげしとローキックをおみまいされ続ける。
その度にスカートが揺れてチラリズムを発揮して、俺はご褒美とお仕置きを同時喰らっているかのような気分だった。
少し何かに目覚めてしまいそうな――――いや、断じてそんなことはありえん! というかそれどころじゃなくて、まじで痛いっす!
「えっと……大事なことを言い忘れてましたけど。召喚された英雄は召喚士の命令に逆らうことができないのですよ。
こちらから一方的に呼び出しておいて非常に申し訳ないのですが……」
ケイオスが申し訳無そうに眉を下げながらそう言った。
は? え? なにそれ? つまり俺はこの山猿女の奴隷と同義ってことですか?
せっか<サモンナイツ>の世界に転生してきたってのに自由に行動できないってことですか?
「うそおおぉぉぉーん!!」
俺の嘆き悲しむ声とシャーリーに蹴られ続ける打撃音が狭い部屋の中でしばらくの間鳴り響いていた。