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俺氏、ガチャで引かれました

「……あれ?」


 周囲には何もなく、ただ白一色の世界に俺はぽつんと立っていた。

 下を見ても、上を見ても汚れなどいっさいない完全な白。壁も天井も床もなくどこまでも際限なく続いているように見えた。


 ただ、俺がここにこうして立っているということは床は存在しているってことなのか?

 そう考えると、なんだか目のは見えない透明な床を踏んでいるような感じがして少し怖くなった。


 それにしても海に向かって飛び込んだはずなのに一面、青一色ならわかるが、どうして白なのだろうか。


 そもそも、海に飛び込んだのに着水した記憶がまったくない。


 何も感じず、考えず死にたかったので、目を瞑ったまま俺は海に飛び込んだ。そのせいか、今ここに至った経緯をいっさい把握できていなかった。


 痛みを感じる間もなく死んでしまった、そういうことであれば納得はできるが――――。


 とりあえず、今の自分の状態をチェックしてみることにする。


 全身をざっと確認してみたが怪我をしている様子はなく、軽く身体を捻ってみても痛む箇所は特になかった。

 寝癖だらけのぼさぼさヘアーに、でっぷりとした腹、長年蓄えた無精髭も健在だ。

 服装はところどころにほつれが見えるTシャツに洒落たダメージジーンズ……ではなく、ナチュラルに穴が空いただけの小汚いジーパン。


 普段と何も変わった様子は見受けれない。いつも通りの俺だった。


 うーん……。


 だとすれば、やはりここは死後の世界なのか?


 この空間はなんだか神聖な感じがして、いるだけで安心するような……そんな場所だっあ。

 じゃあ、天国なのか? それならこの落ち着いた感じも納得できるけど。


「…………わからん」


 結論。こんなネット上の写真や画像でも見たことのない光景を目の当たりにしてその場所を特定するなんてできるはずがなかった。


 けれど、なんの根拠もないただの純粋な勘ではあるが、ここは危険な場所ではないような気がした。


 俺は周囲への警戒を解いて、とりあえず俺はその場に座ることにした。


 うん、ほんとまっしろだけど一応床っぽい。


 ふう、良かった……。長い間ニートの生活を送ってきた人間には立っているだけでも肉体的に辛いのですよ。


 念のため、手で触って床が存在しているかどうか確認してからどっかりと座ってあぐらをかく。


 その拍子に、ジーパンの後ろポケットに何やら硬い感触を感じた。


 それが何なのか俺は一瞬で悟り、急いでポケットから取り出す。


 液晶ディスプレイに蜘蛛の巣のようなヒビがはいった――――俺の愛用するスマートフォンだった。


「もう死んでるかもしれないってもに、これはちゃんと持ってきてるんだな」


 こんなところにまでスマフォを持ち込んでくるなんて、俺はどんだけソシャゲ中毒者なんだよ。


「ぷっ……あっはっはっは!」


 そう考えると笑いが込み上げてきて、俺は誰もいない真っ白な空間の中、一人で声を出して笑った。


「あー、こんなに声に出して笑ったのは久しぶりな気がするわ」


 そのままごろんと大の字に寝転がると、真っ暗な画面のスマフォを覗き込む。


 ごめんなキャロルちゃん、俺は君に会うことはできそうにないよ。


 心の中で謝りながら、一応駄目もとでスマフォの電源ボタンを押下してみた。


 すると、父親に壁に投げつけられて破壊されて以降、ずっと沈黙を保ち続けてきた真っ暗な画面にロゴマークが表示され、OSの機動が始まった。


「えっ! マジで!? 直ったの!」


 驚きのあまり俺は思わず裏返った声を出しつつ、寝転がった姿勢から一転、礼儀正しく正座する。


 俺はキャロルちゃんに会うときは必ずこの姿勢で対面すると決めているのだ。


 はやる気持ちを押さえながら、スマフォの機動を待つ。


 まさか本当に死後の世界(多分)でキャロルちゃんと会えるとは思っていなかったので、心臓が早鐘のように鳴り響いている。


 OSが立ち上がり、スマフォの操作が可能になると俺はあるアプリをタップする。


 <サモンナイツ>


 俺が愛して止まず、見事に廃人の称号を獲得したソシャゲの名称である。


 <サモンナイツ>はユーザーダウンロード数が二千万を越えるソシャゲの中でもビックタイトルである。


 大体数の人が名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか、というぐらいには知名度は高い。


 閑話休題。


 ようやくゲームが立ち上がる。


 スマフォが復旧してから俺はずっとそわそわしっぱなしだった。

 一秒。いや、コンマ単位で機動するまでの時間が惜しくて仕方ないのだ。

 

 <サモンナイツ>のログイン画面が表示され、タッチスクリーンの文字が表示されると人間の限界反応速度であるコンマ二秒(あくまで個人的体感)でタップした。


 コネクティング……としばらく表示されたのち、画面はそのまま切り替わることはなく、ぷつんと音をたてて突然ブラックアウトしてしまった。


「はぁっ! おいおい! ふざけんなよ!」


 電源ボタンを連打したり、スマフォをぶんぶんと振りましてみたが反応はなかった。


「なんだよそれ……」


 せっかく、会えると思ったのに……希望を持たせておきながら地獄へと叩き落とされたような気分だった。


 俺は肩を落としてがくりとうなだれ、ため息をこぼす。

 その直後だった。スマフォ本体がぼんやりと淡い光を放ち始めた。


「えっ、えっ!? 今度はなんだ!」


 その光は次第に輝きを増していき、俺の身体も包み込むように広がっていく。


「ちょっとなんだよこれ! 待てってストップ、ストップ!」


 俺の言葉も虚しく、スマフォが放つ光はどんどん大きくなっていく。

 すでに俺の顔のあたりまで到達しており、身をよじらせてなんとか回避していた。


 しかし、それもすでに限界だった。


 どうすればいい?


 答えは簡単だ。手に持つスマフォをできるだけ遠くに投げ捨てて逃げ出せばいい。


 けれど、そんなこと俺にできるわけがなかった。


 だってあのスマフォは……俺とキャロルちゃんを繋ぐ、唯一の架け橋なのだから。


「うわあぁぁぁ!」


 俺の全身はまばゆい光に飲み込まれ、それと同時に俺の意識は再び途切れた。



  ◇



「はっ!」


 深い眠りから無理やり引き起こされたような、そんな感覚を抱きながら俺は目を覚ました。

 周囲を見渡すと石造りの立方体の形をした部屋の中に俺はいた。目測ではるが、おおよそ直径五メートルほどの広さといったところだろうか。


 その部屋の中心には祭壇のようなものがあり、俺はちょうどその上に座りこんでいた。


 部屋の出入り口のろころに一人の少女が立っていた。


 腰まで伸びたきらめくような金色の髪。それは痛んでいる様子など微塵も感じられず、さらさらと流れるカーテンのように舞っていた。

 顔立ちも整っており、目は大きく、くりっとしていて、頬は餅のようにふっくらとしている。綺麗というよりは可愛い系な感じだ。

 動きやすそうな服にRPGで出てきそうな軽装な胸当てを身につけている。さらに、ふわふわと揺れるプリーツスカートにレイピアのような細長い剣を帯刀している。


 露出した太ももが眩しく、艶かしいです。はい。


 可愛い上にコスプレ衣装っぽい服装を身にまとう少女は三次元でありながら、二次元から飛び出してきたかのようで、有体に言って好みだった。


 でもなんだろう、なんか俺、この女の子をどっかで見たことある気がするんだよなぁ。


 少女は腕を組んで、何やら難しい顔をしてじっとこちらを見つめていた。


 おっと、いやらしい目で見すぎたかな。けど、そんな眉間にしわを寄せたら可愛い顔が台無しですぞ。


 俺のそんな心の声もむなしく、少女の反応は変わらず、ただこちらを訝しげに見つめ続けるだけだった。


 というか睨まれているおか、俺は?


 たしかに俺の外見は醜悪であろうし、服装も小汚いだろうと思うけど……そんな目でみなくたっていいじゃない。


 そう思って改めて自分の服装を確認する。


 …………あれ?


 俺の服装は、いつものほつれたTシャツに汚れたジーパンではなかった。


 目の前の少女と同じように胸当てや手甲をつけたゲームによくでてくる戦士のような格好をしていた。


「ほえぇぇぇぇ! なんじゃこりゃぁ!」


 俺は驚愕して思わず立ち上がる。その際に発した雄叫びに少女がびくっと反応していたが、それどころではない。


 なんだ、この格好は! どうして俺までコスプレしてるんだ……いや、一番の問題はそこじゃない。腕や腹、足といった目につく部分が明らかに自分のものではなかった。

 ぷよぷよした肥満体型ではなく、なんというか男子であれば一度は憧れる筋肉質な身体になっていたのだ。

 腕は見るからに太く、試しに腹を触ってみるときっちりとシックスバックになっていた。


 だったら顔の方はどうなっているのだろうか。自慢じゃないが、俺は自分の顔の不細工さには自信がある。

 身体がこれだけ別人のように作り変わっているのならば、もしかしたら顔も変化している可能性が高い。


「ねえ、そこの君! 鏡とか持ってない?」


 俺は事実を確認したい一心でいてもたってもいられなくなり、目の前の少女に声をかけた。


 急に俺に声をかけられた少女は唖然としていたが、しばらくするとその額に青筋が浮かんでいく。


「あんたさぁ……さっきから訳のわからないことばっかり言ってないで……まずあたしに言うべきことがあるでしょうが!」


 少女はつかつか歩き、俺の正面に立つといっさいの躊躇もなく腹パンを決めた。


「がはぁっ!」


 どむっ、と鈍い音が小さな部屋の中に響き渡り、俺は見事みぞおちに突き刺さった痛みに悶絶し、膝から崩れ落ちる。


「痛ってぇー! いきなり何するんだよ! 俺はただ質問しただけだろうが」

「だ か ら! なんであんたはそんな偉そうなわけ? あたしはあんたのマスターよ? つまりあたしの方が偉いの! あんたはどうして召喚されてきたのか主人であるあたしに説明する義務があるでしょうが!」

「マスター!? そっちこそ何を寝ぼけたこと言ってんだよ。俺らはたった今出会ったばっかりだろうが!」

「はぁ!? あー、ちょっともうどうなってんのよこれ……ねえ! ケイオス! ちょっと来てもらえる!」


 少女は後ろを振り返ると、部屋の出入り口に向かって大声で呼びかける。


「はいはい、そんな大きな声を出さなくても聞こえていますよ」


 ……ケイオス? どこかで聞いた名前に俺は首を傾げる。


 しばらくすると、のっそりとした動作で若い男が出入り口のところに現れた。


「ふむ、シャーリー。無事に“召喚”できたみたいですね」

「いや、それがこいつ、全然大丈夫そうじゃないのよ。召喚された理由も言わないし」


 ……しかしこの女、可愛いのは認めるがすげー口が悪いな。


 ケイオスと呼ばれた青年は童顔ではあるが、非常に落ち着いた大人の雰囲気を放っている。女とは完全に正反対である。

 神官服、とでもいうのだろうか、頭に烏帽子のようなものを被り、法衣のようなものを身にまとっている。


 俺……この人知ってる。正確には似た人になるのだが。


 ケイオスは俺の愛するソシャゲ<サモンナイツ>のガチャを担当するキャラクターだ。

 <サモンナイツ>ではそのタイトルが示すとおり、召喚士である主人公が様々な世界から英雄を召喚し、その力を借りて世界を救うという王道物語だ。


 召喚には膨大な魔力を必要とするため、未熟な召喚士の場合、本人の魔力だけではその力を行使することができない。

 そこで、見習いの召喚士は魔封石と呼ばれる膨大な魔力が詰め込まれた石を媒介とし、神官の力を借りて自信のパートナーとなる英雄を召喚するのだ。


 魔封石とはいわゆる課金品であり、俺が親のクレジットカードを無断使用して手に入れていた、ガチャを引くために必要なアイテムだ。


 ケイオスの顔は嫌というほど見てきたし、ガチャの引きが悪いときは彼に何度殺意を覚えたかわからない。


 “ガチャの引きが悪すぎてスマフォの画面越しにケイオスくんを殴ったらスマフォがブッ壊れた件について”なんてスレッドがたってしまうほどに、<サモンナイツ>ではユーザー共通で愛されている(憎まれている)キャラクターなのである。


 それが、目の前にいる。ただ似ているだけ、にしてはできすぎている。

 先ほどから彼らの会話からみてもおそらく、多分、間違いなく俺の知っているケイオスだろう。


 だとすれば、ここはなんだ? 俺は……?


 そういえばさっきケイオスはこの女のことをシャーリーと読んでいた。

 あまり使われていないので忘れていたが、シャーリーは<サモンナイツ>の主人公キャラクターの公式ネームだ。


 シャーリーはあくまでユーザーの分身であるという設定があるため、グラフィックや立ち絵があまり表示されることが極端に少ないので気づけなかった。


 俺を“召喚”した。だとか言ってたけど……まさか本当なのか?


 よく小説なんかじゃあ異世界やネットゲームの世界に転生するなんて話があるけれど……それともドッキリか? それにしたって俺にそんなことして得するやつなんていないしなぁ。


 もし、もしもここが本当に<サモンナイツ>の世界なんだとしたら……。


「キャロルちゃんに会えるってことじゃん!」


 夢だろうが、偽物だろうが、異世界だろうがそんなことはどうだっていい。俺の“嫁”に会うという願いが叶うかもしれないんだ。そのためならなんだってしてやるよ!


「いやっぽおぉぉー!」


 俺は万歳しながら高らかに声を上げ、この奇跡のような状況にただ感謝した。


「…………ねえ、本当にこれ、ちゃんと召喚できたと思う?」

「うーん、どうなんでしょうねぇ」


 そんな俺の様子をシャーリーは汚物で見るような目で見下し、ケイオスはただ微笑みを浮かべるだけだった。


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