第六話
「もうね、とりあえず忘れよう。今はこんなとこに急に飛ばされたってだけでもびっくりなんだから、ここは心を安定させるために今は忘れよう。後々解決させるつもりだけど、今は忘れよう」
「う、うん。分かった」
とにかく、今は現状を把握して、生活を安定させるのが最優先事項だろう。
寮をぶっ飛ばしてしまっているし、結局今日は寝てすらいない。途中でうとうとはしたが、寝てはいなかった気がする。
「というか、学校あるんじゃないの?」
「あ~、そっか、もう教室に行かないと行けない時間だね.....」
とたんに憂鬱そうな表情を浮かべるアレシア。
そりゃあ、ボッチなら学校に行くのもつらいだろうな。ていうか、ボッチなら何で学生寮に入ったんだよ、どう考えてもつらいの分かってるだろ。
「高校生デビュー、できなかったなぁ.....」
ああ、高校生デビューを狙ってたわけね。
あるよね、高校生デビューを狙ってみたはいいけど結局誰に話しかけることもできずに二週間がすぎ、気がつけばほかのグループが出来上がっていて、ボッチ確定、暗黒の高校生活が始まる、ってパターン。
........おいそこ、「なんでそんなに細かいの?」って思った奴。
泣いてもいいですか?
「はあ...........」
空気が重くなるようなため息を吐き出すアレシア。
「勉強嫌いなんだよね........」
「そこなの?ねえボッチなのは無視なの?」
「おいそこ誰がボッチだこら」
「いやぁ、俺はちょっと自己紹介をですね?」
「ならよし」
いっちゃった、俺がボッチだって言っちゃった!
いや、今はもうボッチじゃないんだけどね?もうすでにボッチは卒業したんですけどね?
「それよりも、教科書とか大丈夫なのか?」
「あぁ......うん、教科書は持ってきちゃった.......」
どさどさ、と懐から分厚い教科書を地面に落としていく。一冊一冊はぱっと見たところ500ページくらい、サイズはA5あたり。そんな教科書がざっと10冊は服の中から落っこちてきた。
え?え?どっからそんなに出てきたの?教えてエロい人。
「あの爆発で教科書が全部なくなってたら授業しなくてよかったのかな.....」
「行きたくないな.....」
「なんで学校なんてあるんだろ.....」
「トイレいこっかな.....十時間くらい」
「いっそ、自分で学校爆破しようかな.......」
「ああ、なぜかテロが学校に来て私が活躍したりしないかな.......」
現実逃避が激しい。
最後のなんてまるで小学生の妄想じゃないか。というかうるさい、うざい。
「もういいから、諦めて教室行くぞ」
「え~、でも~――」
その後も、アレシアのボッチ特有の妄想&愚痴は続いた。
とにかく、うざったかった。
「――空から魔道ミサイルでも落ちてこないかな.....」
「もううるさいよ!うざいよ!いい加減黙って学校行けよ!つうかこの世界にもミサイルあるのかよ!空からミサイル落ちてくるとか、ちょっと前までの俺の妄想かよ!.....名に言わせてんだよ!恥ずかしい!」
「うわっ、理不尽!?」
「どうでもいいから学校行けよ!!」
俺のことをうざったく思いはじめたのか、いまだにぶつぶつと何かをつぶやきながらゆっくり校舎に向かって歩き出すアレシア。その後についていこうとするが、いかんせん本なのでアレシアの歩くスピードについていけない。
「ちょ、ちょ!ちょっとまって、持って!俺のことを持って!!」
「.....はいはい」
乱雑に俺を持ち上げる。
おかげで置いていかれずにはすんだけど.......。
「学校行きたくないな授業面白くないな休み時間なんて要らないからさっさと終わらせてほしいなぶつぶつぶつぶつ」
「うるせぇ!」
耳元でつぶやかれ続ける悪魔の文言に耐え切れませんでした。
「クソ、まずはお前にボッチのOBとして友達って奴を教えてやるよ!」
「え?OB?wwオールドボーイ?www」
「うっせえよ心の傷を抉るなよ、というかさっきまで鬱モードじゃなかったのかよ!」
「プギャーm9(^Д^)」
「アレシアさん、今日も遅刻ですか」
「....すいません」
「明日はきちんと来なさい」
「....はい」
上から先生と思しき生物見下ろされながら注意され、地面を見つめて小さな声で謝るアレシア。先生と思しき生物の口調から、どうやらアレシアはいつも遅れているようだ。
ひそひそと話をする声がどこからか聞こえてくる。
「早く席に着きなさい。....まったく、寮生なのになんで遅れるのだ」
先生と思しき生物が最後にぼそりと付け加えた。
......いや、きちんと言おう、いくら信じられないからといって現実逃避し続けるのは精神衛生上よくない、と思う。
ほら、といってアレシアの背中を押すのは大きな爪が生えたごつごつした手。体は大きく、2Mほどはあろうか。
そして、一番の特徴は全身をびっしりと多い尽くすその緑色の鱗だろう。いかにも硬そうなその鱗は、どこか不思議な光沢を宿している。
「あのさ.....」
「うん?」
着席したアレシアに、ほかの人に聞こえないように話しかける。
「アレって.....ドラゴンとかそういう系の生物だよね?なんで先生面して授業始めてるの?」
「もう、ラノったら何言ってるの?(笑)」
「えぇ~.....」
そういえばコイツ、人間以外なら神とだってタメ口だったっけ。じゃああの教師(?)が人間ではないと認識させれば、少しは学校行くのも楽になるってもんじゃないのか?
そうすれば必然、毎朝さっきのような独り言に巻き込まれずに済む。正直、アレは精神的にきつかった。
よし、そうと決まれば.....
「あのさ、まずは人間の定義から考えようぜ」
「急にどうしたの?」
怪訝そうな表情を浮かべる。が、そんなことは今は無視だ。アレシアは天然なところがあるからな。
「まず、人間ってのは皮膚があるだろ?」
「そうだね」
「爪もそこまで長くないし、大根をスパッと切ってしまいそうなほど鋭くはないよな?」
「うん」
素直にうなずくアレシア。
「それに、人間には鱗ってないよな?」
「うん」
「牙も、あの先生見たく長くないよな?」
「そうだけど、ソレがどうかしたの?」
おい、ここまで言って気がつかないのか。
「じゃあさ、あの先生、人間じゃないよな?」
「.............」
ショートしたかのようにぴたりと動きを止めるアレシア。
恐る恐るドラゴンっぽい先生を見て、すっと目をそらす。その行為を数回繰り返したところで――
「バカダナァ、ラノは。先生が人間じゃないわけないでしょ?」
「現実逃避したっ!?いや、よく見ろよパーツごとに!ちゃんと見ればドラゴンっぽいだろ!?」
「............確かに」
「だろ!?だからしゃべれるって!」
ゆっくりと頷き、
「いける.....かも」
と、その時、先生から指名が来た。
授業中とかにボーっとしてる生徒を当てて「授業ちゃんと聞けコラ」ってアピールするアレだ。
「はい、ではアレシアさん。魔法を扱える条件はなんでしたか?」
教室の中がシン、となる。そこには、どうせ答えられないだろ的な空気があった。
凛々しい表情でアレシアが立つ。
「魔道書と契約していることと、人型であることです」
瞬間、教室の中がざわめく。
ひそひそと話す生徒たちが話す内容を要約すると、どうやら「なんでアイツちゃんと答えれてるの?」的なことを言われているようだ。
どれだけコミュ障ならこうなるの?
「せ、正解ですね」
ドラゴン型先生も少し驚いているようだ。
だからどれだけコミュ障なら以下略。
アレシアはすばやく座ると、俺の耳(体感で)に口を近づけて、興奮したように囁く。
「で、できた!今まで指名されても無視して寝たふりを続けるか分からない振りをして通してきたけど、今回はちゃんと答えられたよ!まさか先生が人間じゃなかっただなんて、驚き!」
「うん.....色々と大変だったんだな.....」
それよりも俺はあの図体で人間だと気がついていなかったお前に驚きなんだけどな。あと、ドラゴン教師でも全く違和感なく授業を受け続けるあの生徒たちにも。
「――であるからして、魔法場の強さHに魔素濃度μを掛けたものを魔素濃度といい、Bで表す――」
そういいながら、黒板にB=μHと書き込む先生。ほかにも色々と黒板に書いてあるが、生徒たちは先生が書いている量よりも明らかに多くの文字をノートに書き込んでいる。
アレシアも当然のようにノートに羽ペンで文字を書きなぐっているが、その文字量はほかの生徒よりも頭一つ抜けて多いように見える。
俺には何を書いているか、先生が何を言っているかなんてこれっぽっちも分からないんだけど、アレシアには分かっているのか。ぐぬぬ、なんか屈辱。
「あ」
「え、何?」
急にアレシアが素っ頓狂な声を出した。
「もうノートがない」
見てみると、確かにノートのページがなくなっていた。
集中しすぎて今の今まで気づかなかったようだ。
「じー.......」
あ、あれれ?気のせいかな。
ありえないほどに俺のことを凝視しているように見えるんだけど.....?
「じー............」
ヤバイこれマジな目だ。
コイツ十中八九....いや、十中十俺をノートとして......
「えいっ」
「ぴぎゃーーーッ!!」
俺の純潔(真っ白なページ)が奪われ(書き込まれ)ました。
「あれ、意外と書きやすいね」
「うっせーよ馬鹿人のことを無許可でノート代わりにするとか何様だよ俺一応魔道書なんだろもうちょっと優しく扱えよ」
「人?どこどこ?ww」
「イラッ」
恒例行事と化してないか、これ?