第三話
「今から、契約魔法の儀式をするから」
結局俺はアレシアにお世話になることになった。
話を聞いたところ、ここは学校の学生寮らしい。見た目はちみっこいのにちゃんと家事なんかはできるらしい。
そして、俺は今紙に書かれた魔法陣の真ん中に寝転んでいた。
寝転んでいる、といっても今は本の体なので、どちらかというと倒れているといったほうが正しい気がする。
「いくね」
「おう」
しんとした室内に、アレシアがつばを飲み込む音が響く。
アレシアが何かの水につけておいた針を指に刺して、魔方陣に血を垂らした。血が触れた部分から、魔方陣が淡く光りだした。
真剣な表情でぶつぶつと呪文を唱えるアレシア。
その様子はさながら、レイドボス戦に挑む前の廃ゲーマーのようだった.....ちょっと違うか。真剣さが違う。
この儀式に、一生をかけているようなほどの気迫だ。
よく見ると、額に汗がにじんでいる。
契約の儀式、と言うくらいなのだから、もしかしたら体力をそこそこ消費するのかもしれない。
だんだんと呪文が早口になってくる。と同時に、魔方陣からあふれる光が大きくなってきた。
光はどんどんと大きくなり、室内を照らしあげていく。
どんどんと、どんどんと......
「って、これやばくね?」
暴走したように光量を増していく魔方陣。
アレシアの額には、疲れから来るものとはまた別の汗が流れている。
だが、やがて至近距離にいるはずのアレシアもあまりの光に見えなくなる。
しかし。
この魔法を使っているのはアレシアだ。アレシアはこれから俺と一緒に歩んでいく仲間。ここでアレシアを信じなくてどこで信じるんだ。
大丈夫、アレシアならこの魔法を完全に制御できる――
「や、ヤバイ!」
「え!?ヤバイってなに!?ちょ、やめ――」
ついに光が限界を超える。
「きゃああああああ!」
「うわああああああ!」
ついに魔法が暴発し。
あたりが爆発した。
ごつん。
頭(本の上のほう)に何かがぶつかり、その衝撃で目が覚める。ぶつかったものを見ると、木材の破片だった。
爆発の被害はここ以外の部屋にまで及んでいる。
といっても、そこまで大きな爆発ではなかったようで部屋の壁と天井が抜けた程度で済んだようだ。もともと一人用の部屋でそこまで大きくなかったし、被害は小さいと言えるだろう。
それでもやはり、爆発なんてよくあることではないので、外は騒がしくなっている。けが人が出ていなければいいが。
「うう、また失敗かぁ.....」
「うお!?」
ひっくり返ったベッドの下からアレシアがのっそりと出てきた。
全然気がつかなかった。
「でも、今回みたいに爆発したことなんて無かったんだけどなあ」
「まあまあ、そう落ち込むなよ。失敗したものは仕方ないって」
「うぅ......」
契約に失敗したことに相当ショックを受けているようだ。
ここは俺が励ましたほうがいいのか?ってか、契約に失敗したんだから俺はもう用済みということで、もしかして俺って追い出される!?
だからといって、この状況で空気を読まずにそのことについて聞く勇気は俺には無い。
「この爆発を起こしたのは、あなたですか?」
「おわっ!?」
不意に後ろから声がかけられた。
つい今の今までは誰もいなかった場所だ。
「い、イリア先生!あ、あの、あの、す、すいません!」
「私はあなたが爆発を起こしたのか、と聞いているのです」
そこに立っていたのは、スーツと眼鏡が似合う長身の女教師だった。
イリアと呼ばれた教師は、鋭い切れ目でアレシアを睨み付ける。その迫力に押され、俺たちは固まってしまう。
「え、えと.....はい、私がやりました.......契約魔法に失敗して.......」
「契約魔法ですか?契約魔法で魔力爆発が起きるはずが無いでしょう」
「で、でも.....」
しどろもどろに答える。しかしイリアは納得していないようだ。
「本当のことを言いなさい」
「でも、本当なんです!この本と契約しようとして......」
なっ、貴様俺のことを売るのか!?仲間を見捨てる気か!
そんな俺の心の叫びもなんのその、あっさりと俺をイリアに渡すアレシア。怖い、この先生怖いよぉ!
「......この本は」
俺を見た瞬間、イリアの顔つきが変わった。
もともと細い目を更に細め、無意識だろうが眉間にしわを寄せている。ただでさえ怖いのに、余計に怖くなった。
「この魔道書をどこで手に入れたのですか?」
「えっと、部屋に戻ってきたら机の上に置いてあったんです」
「.....そうですか」
顎に手を当て、考え込むイリア。
しかしすぐに顔を上げると、「今日は友人に泊めてもらいなさい」と言うと足早に去って言った。
「い、今の人は?」
「イリア先生。この学校で一番怖い先生だよ。瞬間移動の魔法が得意なの」
「へ、へえ.....」
確かにすごい怖かった。メッチャ怖かった。
と、急にアレシアが驚いたように声を上げた。
「......あれ?」
「ん?どうしたんだ?」
「契約、成功してる」
「え?マジで?」
「うん、マジで」
あんな爆発が起きたのに、成功してるのか?
と言うことは、あの魔法は成功すると必ず爆発すると言うことか。「こんな契約魔法は嫌だランキング」で確実に上位にランクインできるな。
「ラインが繋がってる」
「ライン?なんだそれ、俺にはわからないぞ?」
「ラインって言うのはね、契約魔法が成功すると契約主が感覚的に分かるもので....うーん.....なんというか、今ならこの魔道書で魔法が使えるな、って分かるの」
うーん.....、正直よく分からないが、とにかく魔法は成功したと言うことでいいのか。
「まあ、とにかくよかったじゃん。契約できて」
「うん!」
アレシアは、心底嬉しそうに笑った。
「それは本当なのですか、イリア先生!」
「ええ、間違いありません。この目でしっかりと見ましたので」
ここは魔法学院の職員室。
そこに数名の教師が集まり、緊急会議を開いていた。集まっている教師はいずれもこの学園に勤めて長い教師か、自他共に認める実力者ばかりだ。実力者は若い者ばかりで、若干この中では立ち場が弱いが、それは今回関係が無いのでまた別の機会に。
「しかし、ネクラノミコンはその膨大な魔力から魂を消滅させた上で封印されていたはず!それが何故この学園に!」
興奮したように叫ぶ男性教員。胸にはダリルとかかれたネームプレートがつけられている。
「分かりませんが、アレシア・フラストールが持っていたものは確実に本物のネクラノミコンでした」
「むぅ.....」
職員室を静寂が包み込む。
そのその静寂を破ったのは、一番豪華な椅子に腰掛けた温和そうな老人だった。老人の前の机には、『学長』と描かれたプレートが立てられている。
「ふぉっふぉっふぉ。まあそうカリカリすることもあるまいて」
「学長!しかしこのようなことは本来あってはならないことです!このことが外に漏れたら、アレシア・フラストールが狙われる可能性があります!」
ダリルの言うことは正しい。
ネクラノミコンは、あまりに強大な力を持つために多くの人間がその力を我が物にしようと争い、殺し合った。
その上、結果的に手にしたものが悪者だったから余計に救われない。
結果、このような殺し合いがこれ以上あってはならないと言うことで封印が決定した、いわば負の遺産なのだ。
「それはおいおい考えていけばよかろう。万が一わしの生徒に危害が及ぶようなら.....」
瞬間、学長の体から年齢からは考えられないような魔力が放出される。
しかし、その魔力はすぐに霧散した。これは学長が自分の魔力を完全に自分の支配化においているということの証明でもあった。
「わし自ら出ればいいだけのことじゃて」
「――ッ」
学長の圧倒的な魔力を前に、ダリルも黙るしかない。
再びの、静寂。
「......では、しばらくは今後の動向を見て動きを決める、と言うことでよろしいでしょうか」
「うむ、それでよかろう」
そうして、アレシアとラノをめぐる第一次緊急会議は解散となった。
全員が自分の部屋に帰り、静まり返った職員室で。
「....クソッ」
悪態をつく人物が一人いることは、誰も気づくことは無かった。