第二話
遅い時間ですが。
それからしばらくの間、俺は何度も何度も自分の体を確認した。
本当に本になってしまったのか、本当に自分の体は人間ではないのか。
結果分かったのは、俺の体が本当に本になってしまっていたこと。それと、体の動かし方についてだった。
本となった俺は、自分の体を自由に動かせるようになっていた。
体を振動させたり、転がったりはもうお手のものだ。
「でもなぁ....なんで本なんだ。人外モノなら人外モノでほかに持っとこう.....選択肢があるだろ.....」
思わず一人ごちる。
「あの、あんまり喋らないでくれない?ちょっと気持ち悪い」
と、不意に放たれた言葉のグレネードが俺の胸に風穴を開ける。
気持ち悪い?気持ち悪い?ねえボクそんなに気持ち悪い?
確かにさっきから発している俺の声はボイスチェンジャーにかけたようにくぐもっていて、ボイスチェンジャーの存在を知らない人からしてみたら、もしかしたら0,000001%くらいの確立で気持ち悪いと思われる可能性が微レ存な気がしないこともないけど.....。
「くそぅ、キモいなんてどれだけ毒舌なんだよ.....俺たちって初対面だよな?」
「そうだけど.....。気持ち悪いものは気持ち悪いし」
「酷い」
なんというツンツンロリ金髪ツインテ美少女なんだ。そんな子に黙れ、気持ち悪い、喋るなとか言って罵られるなんて.....///
あれ!?今の///ってなに?
もしかして新しいジャンル開拓しちゃった?いや、違う違う。そんなわけは無いだろう!
そ、そんなことよりも、だ。
この体では、実はもう一つすごいことができることが判明した。実はこの本、手足が生えるのだ。手足を生やさないと、ただの四角い本だ。つまり、このままだとゆっくり転がることしかできない。
だが、手足を生やせば.....
「.....マジで気持ち悪い」
見た目が超絶気色悪いという最大の弱点さえ見過ごせば、人間と同じくらいのスピードで歩くことができる。
確かに気持ち悪いのかも知れないが。いや、さすがに俺だって本に手足が生えているとか、考えるだけでも気持ち悪い。もはや、視界のハイジャックだ。
けど、けど.....!
「もうちょっと話す人のことを考えて発言しなきゃ駄目なんだぞ.....!」
「え?人?どこどこ?」
「(#^ω^)ピキ」
手を目の上にかざしてきょろきょろする。
おい、ユーモアセンスがあるじゃないか~、あはは。
「訂正、話す本のことを考えて話すのが常識なんだぞ!」
「そんな常識ないよ?本が話すとかww」
「(#^ω^)ピキピキ」
そんな....現代でネットに触れ、煽り煽られてきたこの俺がおちょくられてピキってるだと....?
いや、案外すぐにピキるけどね?(前話参照)
「.....まあいい、とにかく、この世界のことを教えてくれないか?」
「この世界のこと?何を言ってるの?」
「実はな、俺は異世界から転生してきたんだ」
「喋る本の上に妄想癖の中二病患者とか、乙ですwww」
その語彙はどこから出てくるんだよ!
「怒らない、怒らないぞ.....!」
「あれれ~?wwお顔真っ赤だよ~?www」
「え?w俺本だけど?顔無いけど?www」
「........」
よし、やり返してやったぜ。これは何もいえない、完全論破だな。
ハイ論破~って言ってやりたいけど......
「さすがに12、3歳の子供にそこまでするのは大人気ないしな~ww」
できるだけ上から目線で煽っていくスタイルで。いや、本なんだから上から目線もクソも無いんだけども。
「........(#゜_゜)」
真顔だった。
真顔で、オコだった。
ヤバイ顔だった。
「え、ちょ、や、やだなあ、冗談ジャン!ナニマジになってんだよ!ごめんごめん(汗)」
「...............(#゜_゜)」
ヤバイ、これはガチで切れてる奴だ。
子供のころに中のいい友達とからかい合いをしていたら、何が相手の怒りに触れたのか分からないが急に友達が切れだしたとかそういうパターンだ。
無表情で懐から本をそっと取り出す少女。
取り出した本の表紙にはシンプルな魔方陣らしき図形がかかれている。
ちょ、なにその本。
怖いって、怖いからぶつぶつと呪文らしきものを唱えるのやめて。あの、その指の先に浮かんでる火の玉なんですか?燃えちゃうんでこっちに向けないでくれませんかね?
いや、それはマジでヤバイ。
せっかく生き返ったのに、死んじゃう。ホントに死んじゃうううううう!
らめええええええええ!
「アタシはアレシア。アレシア・フラストール。年齢は16歳、16歳。16歳よ。アレシアって呼んで」
「ああ、悪かったよ、16歳だもんな。もう立派な淑女だもんな」
そういう俺の体(本)は、ところどころ焦げていて変な臭いが漂っている。
この表現だとアレシアは手心を加えて、所々焦がすだけにしてくれたように見えるが、そうではない。ついさっきまで俺はほぼ全焼していた。
完膚なきまでに。
あの後、マジ切れしたアレシアは俺のことを完全に燃やし尽くした。あいつ、俺のことは煽りまくるくせに自分がちょっとからかわれただけで人を殺そうとするとか、どれだけだよ。
で、普通の本だとあのまま燃え尽きていたのだろうが、なんと言っても俺は「最高級の魔法の才能」を持つ本。自動的に修復魔法なるものが発動し、俺のことを現在進行形で直してくれているらしい。
そうこうしている間にも、俺の体の焦げは完全に消え去っていた。
「で、あんたは?」
で、少し話してまずは自己紹介をしようということになったのだ。
「ああ、俺は魔法の無い異世界から来たんだ。もとは人間だったんだけど、ここに来るときに女神っぽい人に逆切れされて、本にされたっぽい」
少し真実が伝わりにくいニュアンスかもしれないが、俺の気持ちを考えるとこれくらいは誤差の範囲内だろう。
「んで、俺の名前が――」
「ちょっと待って、当てるから」
俺が名前を言おうとすると、ドヤ顔で遮る。
「あなたの名前は.....ネクラノミコンでしょ」
「は?なんで?」
たっぷりと溜めたあとに、ぴしっと俺を指差して間違えるアレシア。
「だって、表紙に書いてあるし」
胸をそらせて、手を腰に当てる。
完全に正解したと思っているようだが、完全に間違えている。どんな親でも息子にネクラノミコンとは名づけないだろう。
どんなキラキラネームだ。というかどっちかというと魔術書ネームだよ。
まあ、本来なら優しく間違いを指摘するところなんだろうけど。
俺はそこまでできたネット民ではなかった。
「え、違うけどwwwそこに書いてあるからってすぐに名前って決め付けるとか、安直杉なww」
「.........」
顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
「さすがに顔に名前書いてぶらぶら歩いてるような無用心な奴いないだろjkwww」
「..................(#^ω^)ピキ」
あかーん
「アタシがそういったらそうなのよ......」
ちょ、すいません、俺が間違ってました。
俺が間違ってましたからああああ!
指から火を出すのやめて!それはらめっ、らめなのおおおおおおお!
燃やされました。治ったけど。
確かに治ったけど、治るスピードがさっきより若干遅かったのがすごい不安を煽る。不死身ってわけでもなさそうだ。
「ねえ、ネクラ」
「なんだよ、てかネクラってなんだよ」
「ネクラノミコンだから、略してネクラ」
「その略し方やめて。なんかまるで自分を写してるみたいだから」
「名前ってそういうものでしょ?」
確かにそうだ。
「いや、そういう問題じゃなくて!語感だよ語感!」
「じゃあ、ミコンで」
「それもやめて!なんか魔法使いになりそう!」
「?アタシは魔法使い候補生だけど?」
いや、そういう魔法使いじゃない。そっちじゃなくて、自虐的な30代的な意味のほうの。
「じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
「普通に俺の本当の名前で呼べよ。俺の名前は――」
「よし、じゃあラノでいいでしょ」
また俺の話を途中でぶった切る。
たぶん、無関心なのか俺への嫌がらせかどっちかだろう。
名前のほうだが、
「......まあ、ネクラよりはましか」
というベターな選択に収まった。
「そういえばさ、あんたってこれからどうするの?本だし、何も食べないの?」
「う~ん、その辺がどうなってるのかは俺にも分からないんだよな」
「なにそれ」
まあ、俺が本になっているのがあの女神のせいだというのは最後の一言からほぼ確定でいいだろうが、この体についてはまだ俺は何も知らない。
もちろん、この世界についても。
だからこの世界のこと、この体のことが分かるまではしばらく安全な場所にいたいのだが、本である俺は自分から積極的に動いていくことができない。
正直、これから生きていくのは一文無しの浮浪児よりも大変かもしれない。
「ラノってさ、もしかして魔道書じゃない?」
「魔道書?」
「そう、魔道書。魔法の無い世界から来たって言うなら知らないのも仕方ないかもしれないけど、魔法を発動させるのに絶対必要な道具なの」
つまり、ラノベとかで言う杖、もしくは発動具、といった扱いのものか。
「魔道書の性能で魔法の規模が決まるとか、そんな感じな?」
「まあ、それだけじゃないんだけど大体はそんな認識でおっけー。でさ、アタシ.....その......魔道書の適正が絶望的でね」
「ん?どゆこと?」
「つまり、レベルの高い魔道書がほとんど使えないの。魔法の制御は得意なんだけど、魔道書のレベルが低いと意味ないし......」
ほうほう、話が見えてきたぞ。
「なるほど。俺にアレシアの魔道書になれといっているんだな」
「そうそう!そういうこと。ラノって意思があるじゃない?だから、適性とか関係なく私の魔法の補助ができるだろうし」
確かに、その提案は俺にもアレシアにも得しかないように感じる。一見WINWINだ。
だが、この提案には一つ問題がある。
「でも、俺魔法のことなんて何も知らないぜ?それに、俺が意思を持っているからといってちゃんとアレシアの魔法の補助ができるとは限らないし」
「その時は......もう、魔法使いになるのを諦める。実はもうたくさん試してきたの。バイトして、色々な魔道書を買ったりして。
でも、駄目だった。どのブランドの魔道書を使っても、アタシに合わなかったみたいで、さ」
真剣な顔で話すアレシア。
俺はこの世界における魔法使いの立場も知らなければ、正直なところアレシアの言うことの重要さもよく分からない。
でも、アレシアが魔道書の適正がないことを悩んでいるということだけは分かる。
「だから、ラノが最後。ホントは今日で諦めるつもりだったんだけど、最後に一回だけ。奇跡を、信じさせて?」
「そう.....私と契約して、私の魔道書になってよ!」
あれ!?さっきまでの少し重い微妙な空気はいったいどこへ!?
換気でもしたの!?