×43 バレンタインの作戦2
一番許せないのはやっぱり、
「すーちゃん」
かな。
最後の作戦会議のとき、バレンタインは1週間後に迫っていた。
「じゃあ、始めるよー!」
元気よくそう言って、本田君をチラリと見るけど何を考えてるのかはわからない。
あたしたちの前にあるのは科学の教科書と参考書、そしてノート。
いつだったか、あたしが授業中に答えにまごついたのを覚えてて、いまだにつついてくる。別に分からなかったわけではないのに。
「2月14日に決めたってことは、なにか考えでもあるの?」
本田君があたしをまっすぐ見て言った。
「あたしが考えたのは、約束より早く来たすーちゃんを屋上から突き落とすって作戦なんだけど……」
言葉が尻窄まりになる。
実はこの作戦、後から自分で考えてみたところ、たくさんの穴が見つかった。まず、すーちゃんが落ちてしまえば真っ先に疑われるのはすーちゃんと仲違いしているあたしだ。そして、すーちゃんは永遠の被害者になり、あたしは悪者としての格を上げることになる。それは最も最悪のパターンなのではないか。
「そうすると、疑われるのは君だし、谷口さんには今以上の味方がつくだろうね。青野君を犯人に仕立て上げようとしてるんだろうけど、それだと難しいね」
本田君があたしの頭の中を読み取ったように、しかもひそかな思惑まで言ってしまう。
「他に考えつかないんだよ~」
次を待つような本田君の視線を避け、頭を抱える。
「ベースはそれでいいと思うよ。青野君が来るタイミングで落とせばいいのかもしれないけど、屋上の出入り口は一つしかないしな」
本田君は真っ白なノートに目を落とし何やら考え込んでいる。
屋上から青野と会わずに降りるか、青野が来るタイミングですーちゃんを突き落とすことができれば、いいんだよなぁ。
考えては見たものの、何かが浮かんでくることはない。苦し紛れに天井を見上げる
四角いタイルがはってある。くすんだ白一色のつまらない天井。
背もたれに背中を押し付け、さらに後ろを見る。窓の外には緑色が広がっている。山を切り開いたところにあるこの学校。校舎の後ろ、すなわち校門の反対側には森というか、林というか、とにかく木が入り組んだ場所になっている。立ち入り禁止にこそなっていないものの、校舎の後ろの崖を登ることができる生徒はいないだろう。
「……窓」
あたしの呟きに本田君が顔を上げる。
「何?」
「図書準備室の上の上って屋上だよね」
あたしはそのままの体勢で聞く。座ったまま体を反らしているマヌケな体勢。声も出しにくい。
「そうだよ。その窓、屋上に出る扉と反対側の真下になると思う。それがどうかした?」
「この上の教室って何だっけ」
不思議そうにしていた本田君もこの質問であたしの意図がわかったらしい。狐の笑みを浮かべて答える。
「そういうことか。この上は視聴覚室。放課後には滅多に使われないし、使うときにはカーテンを閉めてるから外は見えない。音も入らない。君、そういうこともできるんだったね。幸いここは準備室ってことだけあってだいたいのものは揃ってるからね。それにいいこと思いついた」
ようやく話がまとまり、作戦が決まった時には下校時間を過ぎていたらしい。
司書の先生に追い出されるように学校を出た。
「じゃあ、こうやって会うのは最後になるんだね」
準備室以外で、裏本田君を見るのは初めてだった。
3年生は2月の2週目で委員会を終わる。受験、卒業式で忙しくなるからだ。2週目の委員会を終えると、3週目には委員会全員で、時期委員会への引き継ぎの準備、そして全体会が行われる。2人づつの委員会はこれで最後だから、裏本田君と話すのもこれで最後だ。
そう思うと、あの忌々しい出会いも、文房具を手に言い争いをしたことも懐かしく思える。
いつかは、この瞬間も、復讐に必死になったことも、『思い出』の一括りになってしまうのだろうか。
「全部、終わるんだね。なんか変なかんじ。終わっちゃったら、全部ユメでしたってなったらどうしょう」
あたしは笑ってみせる。上手く行かなかったら、なんて今更考えられない。
「それはないよ」
「あげる」と、本田君が何かを差し出す。受けとると、チリンと小さな音がした。
白いウサギの形の小さな鈴。本田君の時計についていたキャラクターと同じウサギ。
「ありがとう」
あたしが笑うと、本田君も笑った。
裏本田君のままだったけど、狐の笑みじゃなかった。
「このウサギは最初白くて素直でまっすぐなんだ。でも、寂しくて嘘つきになって黒いウサギになちゃうんだって」
本田君の時計についていた黒いウサギ。
あのウサギは笑っていたけど、本当に笑っていたのか、もしかしたらないているのか、あたしにはわからない。
でも、
「黒いウサギは強くて綺麗だよ」
本田君が一瞬驚いた顔をした。そして笑顔に戻る。
「ありがとう。作戦成功したら、僕のこと、また昔みたいによんでよ」
昔みたいに?不思議に思うと、本田君が足を止めた。
気づけばあたしの家の前だった。知らない間に本田君に送ってもらっていたらしい。慌ててお礼を言うと本田君は手を振って、
「頑張ってね」
と言って帰っていった。




