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09 Pray for the game

――卒業試験日、昼頃



  木江津明梨は壁掛け時計を見ると、何度目になるか分からぬ溜息をついた。

「(……もう少しで卒業試験か)」

 雁ヶ屋拓海は姉以外には家族がおらず、その姉も都会へ出て行ってしまったため、独り立ち出来るまでは親族を頼って歩く、言わば居候状態であった。そこに、彼の姉代わりもとい親代わりとして暮らしているのが彼女なのだ。

「(今日は暇そうだし、本部に行ってタダでコーヒーでも貰おうかしら)」

 第七連組・第二十二師団総隊長と書かれた身分証と、連絡用の端末を手に取り、背後に掛けてあった大太刀・花仟協奏(かせんきょうそう)の入った特製の竹刀袋を背にくくりつけ、外に出ようと玄関の扉を開き、そしてそこで立ち止まった。

 玄関から更に向こう、入り口の門のところに、見たことのない女性が立っていた。身の丈はアカリより少し小さいが、腰まで伸びた黒い髪、春先にもかかわらずワンピースという、肌の露出が多い異質な格好。季節を一つ二つはき違えた格好と、彼女の持つ白い肌に気付き、アカリは背中の獲物に手を掛けていた。

「待って」

 だが、アカリの意図に気付き、彼女はか細い声で呼びかけた。アカリは、首筋に冷や汗が伝うのを感じる。人語を解する偶神は分類的にもかなり凶悪な部類に入るからだ。

「リトラね、貴女」

 少女は――P10-001(ピーテンファースト)、リトラは――、黙って頷くと踵を返し、どこかへと歩き始める。

「(……付いてこい、って事かしら)」

 地球に初めて来訪した偶神はそのほぼ全てが駆逐されたが、一部が彼女のように逃げ残ったり、特定の場所に住み着いている。堕墜連組では暫定的にそれらを神の意志(パスリラッド)と呼び、『神格化』している。それは矛盾じゃないかとアカリは何度も思ったが、結局口に出すことはなく今に至っている。

 多く知られているモノでは、"ブラストアーク"こと銀河の古豪である偶神・エイファーンが堕墜連組に知識を分け与え協力し、"繁栄王"という二つ名の偶神ニカムは南極で偶神達の楽園を築き上げている、というものがある。

「(神の意志が偶神探知端末をすり抜けるって噂は、どうやら本当みたい)」

 彼女は密かに連組へと連絡を入れようと目論んで端末の電源を入れたが、肝心の偶神反応が全く機能していないのを見て、それをポケットに仕舞い込んだ。すると、目の前のリトラがふと立ち止まり、彼女の方へ振り向いた。

「肝心なところが違うから」

 その言葉に、アカリは匙を投げた。





 かれこれ十五分ほど歩いていたが、彼女の行く方向を見ているとアカリの不安は膨らむばかりだった。が、彼女のその予感はリトラが立ち止まったところで頂点を迎えた。

「守って」

 目の前にあるのは進入禁止のマークと、道路を丸々塞いでいる侵入阻止用の大型バリケード。

 そこは、卒業試験が行われている地域だった。

「……どういうことよ」

「雁ヶ屋拓海の将来が悲観されたモノにならないように」

「そうじゃないわ、主語を話して」

 リトラは少し首を傾げてから、話し出した。

「この先、十六時から二十二時にかけて、膨大な回数の時空の上書きが起きている」

「……時空の、上書き?」

「時間理論については、人間には感覚的理解が出来ないとエイファーンが言っていた、だから言わない。――だが、原因はハッキリしている。それは、雁ヶ屋拓海が特定空間に強力な時空のねじ曲げを起こしたせい」

「タクが? それで、何が起きているの?」

「雁ヶ屋拓海は――もとい、この時空に存在している我々は、今日という日、今という時間を何度も繰り返している」

 よく分からないけど、無限ループというやつね、とアカリが分かったように言うと、またもリトラは否定した。

「その全てで雁ヶ屋拓海自身が命を失う為、歪んだ時空は暴走し、すぐに閉鎖されてしまう」

 アカリはその言葉でようやく、背中を押された気がした。このリトラがウソを言っていないという立場に立てば――そしてこの偶神がそれら平行世界の雁ヶ屋拓海を見てきたとするならば、彼は今日この日に死んでしまう、と言っているのだ。

 ――もし丸っきりウソだったとしても、気味が悪すぎる、と彼女は小声で呟く。

「正確には、時空をも消し飛ばす無限大の質量を持つ――(聞き取れない)――ダークマターが、試験会場(ここ)を中心に発生する。あなたの言う無限ループという言葉では、平行時間軸の未来も肯定しているが、この場合はそれも無い。これは地球、銀河、宇宙、生命倫理、全ての危機にあたる。彼は我々でも為し得なかった禁忌に触れた」

 リトラは抑揚のないトーンで話すが、その言葉がどれほど恐ろしいモノなのかについて、アカリは辛うじて理解出来る程度であった。

「それを知っているのは何人居るの?」

「エイファーンには何度も連絡を取っているが、母星からの応答があるまでに試験が終了してしまう為、解答が得られたことは一度も無い」

 そんな絶望的な話があるか、とアカリは肩を落とす。

「エイファーンって、堕墜連組に入ったときに全知全能の神みたいに教わったけど」

「二百二十億年生きていても、分からないことはある。四十数億年経っても人間は戦争を止めないのと同じ」

 ――こいつやべえ。アカリはそう直感した。

「つまり、今回でタクが納得いくとするなら、ひょっとして私が出なくたって今回が最終回って事にもなり得るんじゃないの?」

「それでは足りない。これは予感ではなく確信を持って言えるが、今日の事が原因で雁ヶ屋拓海は近い将来、今回の敵以上の脅威に立ち向かう事になる。それも、かなり早い内に」

「具体的には、どれぐらい?」

 茶化したように問うたアカリだが、リトラは至極真面目に応える。

「一週間以内」

「一週……!?」

 仮に卒業試験をクリアしたとして、実際に卒業式があって、そこから連組加入が認められて、最初の内は学園の中でも繰り返してきたはずの実地訓練や基礎訓練をもう一度最初からやり直し、そこから適当な師団に割り振られ――、逆算しても今からでは半年以上経たないと正式任務なんてとてもじゃないが無理――、とアカリは自分の時の事を思い返していた。

「そんなの、その脅威とやらを私が何とかした方が早いんじゃないのかな」

「過保護、人が言うところの」

 リトラはそう断じたが、不思議とアカリは腹が立たなかった。

「どっちが、よ」

「人の背中を押すことは決して過保護ではない、最終的に幼児は一人で立つように。あなたも彼の後押しをするだけで良い。彼は悩んでいるはず」

「そう。……分かったわ、リトラ。また会える?」

「あなたが代わってほしい運命を求むるのであれば、私は誰の代わり(オルター)にもなる」





 バラバラに切り刻まれたバリケードの破片を見ながら、リトラは呟く。

「もし、ここに鎖を断ち切る誓いを得たならば、夜空に輝く星々もそれに応えましょう」

 そして、最初から誰も居なかったかのような静寂だけが残される。

 卒業試験が、始まろうとしていた。

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