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08 P01-E07-2219

――22:00 大ホール中核



 それは、さながらコンサートのようだった。中央の、月明かりに照らされたステージでアイドルが踊り、周りを無数のファンが取り囲んでいる。

 苅谷詩歌(シーカ)ミッドナイトパーティ――ホール中に貼られたポスターが、宴の主役を大きく映し出していた。数年前の鮮烈なデビューを皮切りに、今なお人気の潰えない愛くるしさと抜群の歌唱力が有名な、一線で活躍する有名人だ。

 淡いピンク色の衣装に包まれた彼女が作り出すステージは、酷く幻想的で、ゆらゆらとしていた。

「ねぇ――知ってる? 世界は誰にとっても残酷でしかないの」

 ステージの反対側に立つ"彼"は、黙って銃弾を装填(リロード)

「だから――こうなる事も、分かっていた筈」

 そして一歩、また一歩と、ステージ中央へ歩み始める。

「でもあなたは歩みを止めなかった――何故なら、固い誓いがあったから」

 彼が進む度、大ホールの天井がゆっくりと閉じ、会場は闇に包まれていく。

 一歩、一歩、そしてまた一歩。頼りない月明かりもまたゆっくりと狭まっていくが、彼の行く道程は今際の際まで真っ白に照らされ続けている。

「醜い願いをさらけ出すその前に――ねぇ、教えて」

 彼――タクミは答えることなく、そのアイドルに向かって、両手で銃を構える。

「本当の本当に――偶神を全部殺せるなんて思ってる?」

 静寂に包まれた会場に、一発の重い銃声はよく響き渡った。銃弾は、苅谷詩歌の目と目の間を正確に撃ち抜き、彼女の身体は僅かに吹き飛び、倒れる。同時に、天井が完全に明かりを閉ざし、小さな世界は漆黒に飲まれた。

 静寂と漆黒が流れる。

 一秒、二秒、三秒。

「そんなこと、思ってないでしょ……?」

 ブレーカーに電気を入れるような音と共に、ステージに設置されていた一二〇個の白色照明の光が、タクミの立つステージに全て集められた。

 そこに、"苅谷詩歌は居なかった"。

「だってそうだとしたら――、姉さんも手にかけなきゃイケないんだもんねえ!」

 神に祈りを捧げる、聖女のような格好の少女。しかしその法衣は真っ白で、端は破れていてちぐはぐ。肌も同じように真っ白く、顔は"元からそうであったかのように"目の部分が硬い皮膚のようなモノで覆われてしまっている。そしてなお象徴的なのは背中に生えた、身の丈よりも一回り大きな灰色の六枚の羽。

「さぁ、浄化への唱和(コンサート)を始めましょう」

 突然魂が入ったかのように、観客が騒ぎ出す。よく見ればその一人一人、いずれもが低クラスの偶神だった。

 一方タクミは、表情一つ変えずにその成り行きを見守っていた。

「今すぐ土下座して血吐いて死ぬか、惨たらしく堕ちて死ぬか、選ばせてやるよ」

 今度の銃声は、歓声に埋もれて僅かに聞こえるのみだった。が、シーカは咄嗟にその巨大な羽のうちの一枚を自分の前に差し出し、防御した。

 薬莢が音を立てて地面に落ちる。更に、羽に出来た焦げ跡は見る見るうちに再生し、元通りになってしまう。

「来賓の方が少ないんじゃない? 縋りなさいよ、助けて、って」

「もう誰も居ない。最終試験受験者は僕以外みんな倒れた。そして今、僕は"あの日"に刻みこんだ約定を果たせる。それで幕切れ、完璧なシナリオだ」

 タクミの両親が死んだあの日。嗤っていたのは犯人ただ一人。

 姉という名の偶神、ただ一人。

「わたし、死にたくないなぁ……」

 シーカは色気のある声色でそう言った。タクミは全く動じず、少し腰を引いて銃を構えた。

「そう、交渉決裂みたいね」

「――奔流(フラッド)

 膨大な量の金属を地面に叩きつけた時のような、地響きにも似た音が、彼のその呟きをかき消す。

「だから、同じ手は何度も通じないって、学校で習わなかったの!?」

「確かに同じ手かもしれない」

 羽の先の焦げ跡は二回り以上大きいモノとなり、弾は更にそこを貫通して、彼女のフード上部を吹き飛ばしていた。

「でも、単調な拳だって、いつかは分厚い鉄も曲げるだろ」

 タクミはマガジンを交換する。奔流によって一マガジン分の弾をほぼ一瞬で撃ち尽くした為、捨てた弾倉が煙を放っている。

「分かった。分かったわ。あなたにとっては矛か盾かの問題なのね」

 彼女は大きく息を吸う仕草をする。

「だったら一息に殺してあげるわ――」

 刹那、周囲で歓声を上げていた偶神達の一部が、青い炎を上げた。神はそのまま溶けてしまい、文字通り消え失せてしまう。

 だが、タクミが視認出来たのはそこまでだった。反射的に耳を塞いでいなければ、確実に聴覚ごと持って行かれていたであろう轟音を伴った衝撃波が、木製のステージごとまとめて彼を薙ぎ払った。

 コンサートホールが、大地震が起きたかのように揺れ動く。タクミは辛うじて半壊したステージ上に乗り続け、偶神達の山へ落ちる事は無かった。

「そうやってお前は……全てを拒絶すんのか、あの時みたいに!」

 タクミは懐から架橋手裏剣(ガイドブレード)を投げ飛ばし、銃弾で会場のあちこちへと散らした。

橙流星(オレンジ)!」

 天井に光る無数の銀色目がけ、タクミは引き金を引く。中心以外が闇夜に包まれた会場に、無数の火花が線となり、一点へと集中する。橙色の炎は羽を一枚一枚穿ち、その場に無数の羽が舞った。

 それはさながら地に落ち、死に行く天使のようであった。

 タクミはマガジンを捨て、壊れた舞台を踏みしめながら、姉の元へ一歩ずつ近づいていく。

「――フ、あははァ! ごめんねぇ、こんなんじゃお姉ちゃん死ねないんだぁ……!」

 そう言うと、外野の偶神(オーディエンス)がまた消える。タクミは彼女が大きく息を吸いながら接近してくるのを見て、逆に彼女目がけて走り込んだ。

「諦めちゃったの? ――そう、残念ね!」

 しかし、彼女が次の波を放つ寸前に、タクミはステージ脇へと飛び退き、偶神が消され空っぽになっていた客席へと転がり込み、耳を押さえた。

 すると、まるで怪獣映画の怪獣が光線を吐きながら軌道を変えるが如く、衝撃(ブレス)が会場左側面を薙ぎ払った。タクミの身体は直撃こそ避けたが、風圧に身体を投げ飛ばされる。

「くそッ――」

 その先にもまた白色の人影のような形の無数の偶神が居たが、誰もが誰も彼には見向きもせずにアイドルを応援し続けていた。

「アイドルは幻影、ファンは狂信者。原義に悖らぬ光景ね」

 タクミは、収納していたマガジンがその場に落ちてしまっているのを、ただただ見つめていた。だが、その内の一つの空弾倉をつかみ取ると、そのまま握りつぶしてしまった。

「……分かった。分かったよ、分かっちまった。本当にいいんだな……それで」

「さぁさぁ宴も酣となりました! シーカが送り届ける今宵のラスト・ソングを聞いてくれるかな?」

 それに呼応して、観衆が今までの倍以上に声援を上げた。タクミは弾倉を交換すると立ち上がり、倒すべき敵をこの目に焼き付けようとした。

「――でもシーカ、すっごく残念。この曲、観客は一人しか呼べないんだ」

 壇上の彼女がそう言った瞬間、ラジオのスイッチを突然切ったかのように、歓声が鳴り止んだ。

「……!」

 正確には、鳴り止んだのではなかった。コンサートホール全体に残っていた数十万体は居たであろう偶神が、全て跡形もなく消え去っていたのだ。

「聞いてください――"イノリノウタ"」

 そう言うと、彼女の無理矢理閉じられていた眼が、突如として見開かれた。瞬間、地面が大きく"爆ぜる"。固い地面がまるでトランポリンのように、立っていたタクミを空中へと浮かしてしまう。そして彼女は更に息を吸う。宙に舞っていた羽が勢いよく中心の彼女へ向かって吸い込まれていく。

 恐らくはこのホールどころか、地域一帯を消し飛ばす一撃に違いない。瞬時にそう思ったタクミは、回収の遅れたマガジンがまだ宙に浮いていると確信し、両手に銃を握った。

『まだ、僕も試してない技があるんだ。――奔流(フラッド)は使えるし、橙流星(オレンジ)も得意だ』

 そして、先ほど利用した架橋手裏剣目がけ、一マガジン分の弾を全て瞬時に放った。

『だから、この奔流と橙流星を組み合わせたら、何が起こるのかなって』

 撃ち尽くしたマガジンを即座に別のマガジンと交換し、同じようにまた別のガイドへと全ての弾を放つ。

『そんなことしたら……矢雨ならぬ、銃弾の雨になっちゃうんじゃない?』

『そうだろうね。本当は試したいんだけど、僕の手が無くなっちゃいそうだから』

 タクミへの腕の痛みは、五つ目のマガジンを交換している頃から急激に訪れた。身体が限界を訴えている。これ以上は意味がない。そんな事をしても無駄になるかもしれない。

「足掻くなよ。お姉ちゃんみたいに、諦めれば楽になれるかもよ?」

 だけど、彼は打ち続けた。手持ちの弾が尽きるまで、引き金を最速で引き続けた。

「もう――黙ってろよ!」

 先ほどとは比べものにならない数の、五線譜を無数に敷き詰めたかのような燈赤色の軌跡が、ステージ中央の彼女の元へ集まっていく。

 瞬間、イノリノウタの第二波が放たれた。彼女を中心とした、円柱状に広がる十五層の空気の波。タクミの身体は一発目で吹き飛び、ステージの壁に容赦なく叩きつけられる。

「自分の腕の一本や二本、未来への駄賃代わりにくれてやるって言ってんだよ――!」

 その身体に追い打ちをかけるが如く、第二波、第三波が壁を打ち付け、四番目の衝撃でホールの壁が崩壊した。既に気を失ったタクミの身体は遠くへと飛んでいく。

 しかし、六番目の波が放たれる直前。燈赤色の爪痕が衝撃波ごと彼女の身体を貫いた。それに続いて、乱暴にキャンバスを塗りつぶす子供のように、橙流星の雨が次々とシーカへ降り注いでいく。弾によってその強固な身体に空けられた穴は次第に広がり、彼女の上半身と下半身が分かれてしまう頃、ようやく雨は収まった。

 一滴の血も残さぬ零血伐ちは、術者が完成を見ることはなかった。

「……タク……大好き……だよ……」

 羽が舞い散る中、シーカは事切れた。その視線で、先に行ってしまった弟のことを見ながら。





 シーカの遺体跡には、無数の白い砂のような何かが山のように積まれていた。

 そこに立つ男が一人。

「リトラの偽装粒子……やはりな」

 彼は砂を適当な器に少し包むと、踵を返す。

「これで――僕も、昔のようになれるんだよな」

 男――クロノは、風で残された粒子が飛び去っていくのも見ずに、駆けだしていく。

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