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――22:30 天上
コンサートホール天井の上を、クロノは走っていた。そしてやがて、彼を呼び止める声がこだまする。
「あぁ、困り申した。ここに、神を気取る存在はおらんかえ?」
「邪魔するな、僕はいま忙しいんだ」
「まぁ、待ちなよ」
その前に立ったシルエットは、短髪に低身長の、少年のようなそれだった。
「……あんた、誰だ? 試験はもう終わったぜ」
「野暮ったいな。分かんないのか? ――"僕"だよ」
雲間から覗いた月明かりが、その姿を映し出す。
それはタクミでもナナセでも、ましてや木江津明梨でもなかった。
「あぁ、"君"か」
君、と言った方も、そして言われた方もまた、クロノであった。端から見れば、自分同士が会話している光景であるはずだが、どちらのクロノも動揺一つ見せない。
「新鮮さが足りないような顔をしないでくれよ。驚かし甲斐がないじゃないか」
「"匂い"がしたんでね。試験開始前からずーっと匂ってた。下でも、そして今でも」
強い風が、両者のパーカーのフードをはだけさせる。そこに存在する顔はさながら双子のようにうり二つなのだ。
「さっきから、随分としつこいじゃないか。あのやけに強突張りで三味線引きな低級偶神の身代わりになって、何が楽しいんだ?」
偽クロノは、腕を組んで嘆息した。
「君には一生分かるまいよ、人の子にならない限りは」
クロノはイライラしながら地面を蹴った。
「人にはなったさ! 結果的には後悔しかなかったけどね。でも"君"の助力があれば、僕はいつでも元に戻る事が出来ると知った、だから今こうしている。君のような神の意志の名に甘んじた神なんて、いらないんだ。だから試験なんてどうでもいい、僕が"そうある"事が出来るならね」
クロノは偽クロノを睨み付ける。強風で、パーカーのフードが抑え付けられず、髪がたなびいている。
「それが、結果的に悲しみの連鎖をねじ切る結果になったとしても?」
「犠牲無くして結果は得られない! 彼――タクミとかいったっけ――が、あの聖歌隊とどういった関係かは知らないけど、最終的に二人は相打ち、試験は終了だ! 僕はそのおこぼれを頂戴しようとしているだけだ」
風が止み、そしてやがて全てが静止する。
「そうかい。――悪いけどその台詞、"聞き飽きた"んだ。そろそろ終わらせて貰おうかな、君の存在も、そしてこの世界も」
「あぁそうかよ。じゃあ悪いけど死ね、僕」
†
時間犯罪者。その名は、進み行く時間の中に於いて『負方向以外の方向に干渉可能』な能力を称したものであった。停止、スロー、高速。如何なる人間であっても、自然の理を味方に付けた偶神は討滅不可能と言われていた。それが、たった半世紀前。
たった一人だけ、その時間犯罪者に食いついた人間が居た。名も知らぬ堕墜者は、少年の姿を取る偶神に向かって何かを叫び――そして、潰された。
彼にとって永遠にもなりうる時間の中で、唯一の憧れを生ずる人間だった。
だから彼は、肉を取り、食べた。そしてそれは、まるで知恵の木の実を食べ追放されたアダムとイブのように、彼から全ての力を奪ったのだ。
だが、まるで墓標のように、時の神の名を背負った彼を誹る偶神は居ない。
「がはっ――」
一撃一撃が、視認出来ない。クロノの弱体時間停止能力は一秒と保たないが、偽クロノは時間犯罪者であった頃の彼と全く同じように手を出してくる。
どれだけ弱っても、どれだけ追い詰められても臆しないクロノが、恐怖という感情を知る瞬間。
「時間は稼がせてもらったよ。悪いけど――"この物語に、続きはない"」
全てが真っ白になり、そして
CONTINUE?