02 "プレオーダー"
――16:30 実大瀬学園
第七地区は雪が解け、気温は穏やかになりつつあった。
タクミ――雁ヶ屋拓海は、集合場所への道を歩きながら、これからのことを考えて胃を痛めていた。
『――次回、以下の試験合格者は、卒業試験に挑戦する事が出来る。ただし効力は次々回の試験まで、それ以降は再試験だ。生徒手帳にも書いてあるはずだから、その辺りの確認を怠らぬように』
過去の書物によれば、今頃世界では空を飛ぶ車が飛び交い、山よりも高い建造物が世界を覆い尽くし、尚且つ環境を適度に維持しながら、世界中のどこへでも一瞬で行く事の出来る、便利な高度情報化社会が築かれている――はずだった。
そのシナリオは、書物に描かれていた人間が世界をオーバーキルする愚かな行為などではなく、当時誰しもが夢物語と嘲笑っていた地球外生命体によって崩される事となった。
数世紀前の、天体衝突事故からの第一次外宇宙戦以降に現れた、人の姿を取り、人間を肉体的に破壊する行為のみならず、文化的な側面からも破壊を行う生命体――偶神。この正体や性質が明らかとなり、正確な世界統計が出来なくなっていた事が発覚したのは、今からたった半世紀ほど前の話である――。
事態を受け、秘密裏に世界各国に作られた、偶神を破壊する者――堕墜者養成学校。ここ、実大瀬学園は――かつて日本と呼ばれていた――第七地区の内では最も有名な学園であり、ジャンボのあだ名が指すとおり、地区一の生徒数、そしてプロ堕墜者輩出率を誇る。
どこの養成学校であっても、入学条件はたった一つ。その条件さえクリア出来れば、年齢はおろか『人間であるかどうかすらも問わない』という懐の広さを見せているのは、つまるところ適合者そのものが数少ないという証左に他ならない。
「雁ヶ屋――雁ヶ屋は居るか!」
遠くから聞こえてくるその言葉に気付いたタクミは、集合場所へと足を急がせる。校舎裏口の所に自分以外の7人の生徒が立ち、事態を見守っていた。
「すいません、遅れました」
担当の女教師は腕時計を目にする。
「いや、遅刻ではないな。他の奴らが早すぎるだけの話だ」
最終試験は、実地試験だった。それ故、それ相応の依頼が来なければいつまでも試験は行われない、という不定期さ故に、一度チャンスを逃すとかなりの手間を強いられるというのが周知の事実だった。
「では改めてコールを行う。あー、勿論知っての通りこのコール順に試験を行うわけではなく、開始は一斉だ。見知った者が居るならば協力を仰いでも良い。分け前を減らしたくないと思うならば一人で行くもよし、だ。――では一番、雁ヶ屋拓海!」
タクミ――雁ヶ屋拓海、十八歳。通常ならば学業、実地任務を合わせても普通の人間ならば卒業試験にたどり着く頃には最速でも十九歳か二十歳に近い年齢になっている。それをタクミは、ナナセと共にかなりの駆け足でここにたどり着いた(ただし、過去と比べて最速ではない)。二丁の拳銃が、ベルトのホルスターに差してある。
「(ここから、全部が始まるんだ――姉貴にたどり着くための、全てが)」
「二番、伊庭ななせ!」
ナナセ、もとい伊庭ななせは、自分の目的の為なら際限なく走るタクミの鞘代わりとして、これまで奔走してきた。元は幼稚園・小学校までを共にした程度の仲だったが、今はこうして彼の目付役のようなものになっている。勿論実力は相応で、何か天賦の才のようなものを感じさせる。背中には、やや大きめの竹刀袋のようなものが提げてある。
「ナナセ、絶対に卒業試験を成功させような」
「うん!」
少女は、密かな決意を胸にする。
「(ここで、タクミを死なせたりはしない)」
残りの六名も順に名前を呼ばれた。
まず、ろくに梳いてもいないであろうベタベタの黒髪を腰まで伸ばしたヒルエという少女は、薄気味悪い笑みを浮かべながら二人を見つめていた。
「(ズタズタに……誰でもいいから滅茶苦茶に……)」
そして、タクミより頭二つ分大きな、茶髪に黄色いメッシュが入った、浅黒い肌に筋骨隆々な男、カナリヤ。危険色を意味するそのあだ名の通り、卒業試験が開かれる度に自分だけの卒業を目論見、他者の邪魔をするという黒い噂がある。
「(今回も、一部を除けばほとんどがお眼鏡に適わない雑魚と見えたな)」
次は、タクミもあまり見たことのない、真っ黒のボブカットに膝下まで伸ばした改造スカートの制服に身を包んだ女生徒。あだ名はブラインドと言われているが、その真意がどこにあるのかタクミはまだ知らない。
「(あぁ、暑いこと暑いこと)」
四人目の姿にタクミは少しギョッとする。タクミと同じ男子であることは制服からも分かるが、肌が真っ白だった。灰色の髪とサングラスが、余計にそれを際立たせる。実地訓練などを行っていればどこかは黒く焼けてもおかしくないはずなのに、その男は曇りのない白だっ。クロノ、というあだ名だけが一人歩きしているが、その実力を見た生徒は居ない。
「(それにしても、今回ばかりは嫌ーなニオイがするね……)」
その次も、男子生徒だった。あだ名はギルモ。ただしこれまでのタイプとはだいぶ違う、タクミ以上カナリヤ以下の身長を持ちながらも、その身体は痩せこけていてヒョロヒョロだった。目の下の隈もあって、年齢は判別しにくい。腰に差したバールと共に、見る者に恐怖を与える風貌だった。
「(卒業試験資格者は八人、有力候補者を三人選抜すると考えれば、排除対象は自ずと決まる。残るは誘い出す方法と殺害方法だが、これはもはやあの馬鹿が囮になってくれるのを待つ方が労力も少なくて済みそうだ)」
最後は女生徒だった。ただし、今度は肌ではなく髪が真っ白の。おかっぱの白髪というのもなかなか異質だが、何より和服である事が殊更に異様だった。生気のないその表情から、ついたあだ名はミスト。
「(みんな、アタシも含めて死なねーかな)」
全員が思い思いの出で立ちで四方八方を見つめている姿は、これからの試験に吹きすさぶ嵐のようなものを人知れずタクミに予感させた。
「以上、八人で試験を行う! 詳しい堕墜対象の情報は生徒手帳に送った、各自は接触前に熟読するように! それでは今より――試験を開始する!」
それぞれの決意を胸に――卒業をかけた、全てが始まる。