青春的恋愛事情 Ⅱ
おわりははじまり。
夏を終えた高校球児の話。
少し昔の話をしよう。
それは俺が甲子園を目指す高校球児だった頃の話だ。
俺のいた学校の野球部は県予選さえ勝てないほど弱くはなかったが、絶対甲子園に行けると皆が期待するほど強くはなかった。でも俺やチームメイトたちは毎日毎日、朝から晩までボールを追ってた。文字通り血の滲むような練習を重ねた。
だが甲子園という誰もが憧れる舞台に行けるのは勝ち残った僅かな高校球児だけだ。そして3年生の夏、俺たちはその僅かな数に入ることは出来なかった。
負けて泣いて悔しくて、その後には夢が絶たれた途轍もない喪失感だけが残った。
それは数日経っても消えることはなかった。
「九条君、」
「ああ、木野か…」
そういう時は1人になりたいもんなんだが、生憎その同級生は天然ボケの入った、空気が読めない奴だった。
「今は1人にしてくれないか。」
「…嫌。今言わなきゃいけないことがあるの。」
普段はちょっと抜けていて危なっかしい癖に、こうと決めたら梃子でも動かない頑固な女だった。
それを知っている俺は諦めて彼女の言いたいことを聞くことにした。
「私はよく分からないのだけれど、試合に負けちゃったから終わりなの?」
「ああ、終わり。」
「もう野球はやらないの?」
「そういうわけじゃないけど。」
そいつは野球に詳しくない。というかほとんど知らなかった。
相手が投げたボールを打って、打った奴が戻って来られれば点が入る、くらいの認識だった。
「甲子園に行けなかったから終わりなの?」
「終わったんだ。あれだけやって結局何も残らなかった。」
「そんなことないんじゃないの?」
「お前には分からないよ。」
今思えば酷いことを言ったなぁと分かるけど、その時の俺にそんな余裕はなかった。
でもそいつはめげなかった。めげるどころか説教し始めた。
「私、野球は分からないのだけれど、何も残ってないなんておかしいと思うの。どうしてそんな事言うの?負けたこと、終わったことを認めたくないから?それは失礼だよ。今まで一緒にやってきた人や時間に対して失礼。あんなに頑張ってた自分に失礼だよ。」
そこで初めて自分の愚かさに気づいた。
その時の俺はただ落ち込み、塞ぎ込むばかりで大事なことを見失っていたんだ。
そこまで話すと、涙を流し下を向いていた選手たちの顔は上がり、皆こちらを見ていた。
「お前たちはどんなに苦しくても一歩前に踏み出すことをやめなかったな。楽になりたい時もあっただろうに、それでも逃げなかったな。あの時の気持ちや向かっていた姿はいつか必ずお前たちの支えになる。同じ釜の飯を食って、ここまで一緒に来た仲間だっている。全てはお前たちの一生の財産だ。
試合に勝つより、甲子園に行くことよりもっと価値のあるものは、もうすでに持ってるんだ。」
選手たちの顔に悲しみの色は見えなかった。変わりにあったのは晴れ晴れとした笑顔だった。
「ちなみにさっきの話に出てきた同級生ってのは今の俺の嫁さんだ。ほどほどに恋もしろよ、若いんだからな。」
選手たちのポカンとした間抜け面を見て、最後のミーティングを終わらせるのがここ何年かの恒例だった。
球児たちの最後の風景。
それは新しい物語のはじまり