表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

雪の日のメロス(作:死んだとり。)

 深々と雪が降り続く、東京の街をメロスは歩いていた。街の明かりは無く、雲の切れ間から覗く月だけが、街を白く照らしていた。街灯も、ビルの窓から漏れる灯も無い。静かな夜だった。

 街の静けさは、例年に無い降雪の影響ではなかった。東京から街の明かりが消えたのは三日前。前政権の置き土産であった、自衛隊の海外派遣専門部隊の解散、及び自衛隊の規模縮小に反発した過激派が、国会を占拠。東京は厳戒体制下に置かれた。海外派遣と言えば聞こえは良いが、その実は外征部隊であった。ソマリアで、イラクで、アメリカの戦争跡で、治安維持活動とは名ばかりの、ゲリラ狩りが主な仕事だった。

 普段であれば人で溢れる大通りも、今は歩くのはメロスだけだった。メロスは議事堂を目指して歩を進めていった。

 辺りの闇が更に深くなった。メロスは白い息を吐き出し、月を仰いだ。白い満月が雲に隠れ、月明かりを遮っていた。

 メロスは以前自衛官だった。決起した外征部隊に所属し、シリアで膝に銃弾を受けた。それ以来、走る事は叶わない。決起をテレビが報じたその時から、足を引きずるようにここまで歩いた。

 ここまでの道のりで、メロスは何度も立ち止まり、考えた。自分はすでに脱落した人間だ。かつての仲間の下を去り、日本で無気力な日々をおくってきた。惰眠を貪り、酒に溺れる日々。そんな中でメロスは部隊の解散が決定した事も無感動に受け止めた。そんな自分が今、彼らの元へ向かって何の意味がある。そもそも厳戒態勢が引かれた議事堂前までたどり着ける筈が無い。無駄な事だ。

 何度もそう考え付くたび、メロスは首を大きく振って、その考えを追い出そうとした。まだ間に合う筈。そう自分に言い聞かせながら。




 メロスの予想に反して、行く手を遮るものは、ただ雪だけだった。メロスは、東京を包囲した自衛隊の部隊にも、機動隊にも出会うことは無かった。ただ一人、誰もいない通りをひたすらに進んでいた。

 まるで、自分の進む道にだけ、意図して誰もいない様な錯覚にメロスは囚われた。耳が痛いほどの静けさだけが、そこにあった。

 議事堂の前につく頃、雪は強くなり、視界を真っ白く染め上げた。近年稀に見る大雪に東京は見舞われていた。メロスは再び白い息を吐き出し、外套の襟に首を埋め、目を細めた。視線の先には、冬季服の上に将官用の外套を羽織った男が議事堂へ続く正門の前に立っていた。

「待っていたのか」メロスは尋ねた。

「ああ、雪を見ていた」男が答えた。

「本当に来るとは思わなかった」

「……俺はメロスだからな。もっとも俺は歩いて来たがな」

 軍服の男は、そう言って自嘲気味に笑うメロスから目を反らした。

「そうだな、貴様は必ず来ると思っていた。……だが貴様がメロスなら俺はなんだ? 貴様を待っていた俺は、セリヌンティウスか? それとも邪知暴虐の王か?」

「……わからない」

 メロスは首を振って目を伏せた。

「ここに向かって歩きながら、ずっと考えていた」

「……そうか。それで俺達はなんと呼ばれている。やはり反乱軍か」

 メロスは首を横に振った。

「日本に軍隊などおるまい」

 男は頷いた。メロスを真っ直ぐ見つめて、大きく息を吐いた。

「どちらにしろ同じか……」

「どういう事だ」

「貴様は間に合う事が出来なかった。そういう事さ。……洋上には第七艦隊が展開している。中国の介入前に決着を付ける気だ」

 メロスは目を見開いた。第七艦隊が相手では、彼らに勝つ見込みなど、万に一つもあるまい、しかし目の前の男に焦る様子は無い。

「どうする気だ。米帝相手に戦争でもする気か。馬鹿め、勝てるものか」

「勝つ事など、考えてはいない。すでに我々は警察と自衛隊の三度の突入を受け、損耗している。そう長くは持ち応えられない。……いや、我々の闘争は既に決着している」

 メロスはジッと男を見つめた。かつての同僚を、かつての幼馴染を。

「所詮、我々は国民の意思でもって選ばれた首相を最高司令官とした軍隊だ。初めからクーデターなど成功しようも無い。国民がそれを許さないだろう」

「それならば、何故こんなことをした。クーデターなど、無駄だとわかって何故」

 メロスは激昂して男に尋ねた。つかみ掛かったメロスを見下ろして、男は静かに微笑んだ。

「すまんな。時間だ」

 男の呟きと共に、強烈な羽音が、降り積もった雪を巻き上げて舞い降りた。グリーンの迷彩を施された武装ヘリは男の後ろに真っ直ぐに下りてきた。メロスはそれを尻餅をついて見上げた。

「セリヌンティウス、貴様の望みは一体なんなんだ」

 メロスは叫んだ。セリヌンティウスの返答は、ヘリのモーター音で掻き消されメロスに届くことはなかった。

 ただ一人、雪の夜をメロスは黙って見上げていた。

 翌午前九時、米軍の介入によりクーデター首謀者以下十六名は死亡。人質として捕らえられていた政府高官二百余名は、米海兵隊および自衛隊特殊作戦群により救出された。メロスは間に合う事が出来なかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ