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配達(作:四葉)

 メロスは困惑した。彼の郵便物は読まれなかった。メロスは郵便配達者だ。どんな物でも一日二日で届けてしまう。郵便物を届けるために必要とするのは己の足だ。メロスは足には自信があった。とてもとても速い。そして誇りをもった郵便配達者であった。

 手紙は届けられねばならぬ。読まれねばならぬ。その手紙がどうしてああも無残にも食われようか。メロスはただ困惑するばかりだった。


          ◆


 メロスが白ヤギの手紙を届けるようになったのは数日ほど前のことであった。遥か遠い村にいる黒ヤギへ、大事な手紙を届けて欲しいと依頼された。メロスは二つ返事で承諾した。手紙を届ける健脚がメロスである。例えどんなに激しい豪雨でも、例えどんなに苦しい日照りでもメロスは確実に宛先主へ駆けることができる。

 そうして山超え谷越え、遥か彼方にある村にたどり着いた。そこは黒ヤギばかりの村だった。メロスは住所を確認して宛先主の家にたどり着いた。そこには長老とばかりのヨボヨボとした黒ヤギがいた。メロスは郵便です、と声を掛けて、その手紙をしっかりとその黒ヤギに渡した。

「おぉ。ありがとう」

 郵便配達物が届けられてメロスは安堵した。メロスとて、こんなに遥か彼方の村に来たのは初めてであった。その郵便物が無事に届けられたのだ。メロスは背を向け、帰ろうとした……その時、信じられない光景が目に焼き付いた。

 郵便物は音を立ててむしゃむしゃと黒ヤギの口の中に消えていったのだ。メロスはただ突っ立っていることしかできなかった。その光景を見ていることしかできなかった。大切な郵便物が黒ヤギの胃の中へと消えていったのだ。メロスの内心を誰が知ることが出来よう。

「おや……? すまないねぇ。腹が減っていて手紙を食べてしまったようだ。いやはや歳を取るとやっかいだ」

 黒ヤギはいそいそと家の中に入っていったと思ったら、またメロスの元へ戻ってきた。新たな手紙を咥えて。

「そこの青年よ。この手紙を差出人へ届けてくれないかい? 先ほど急いで書いたのだ。頼んだよ」

 黒ヤギはメロスに手紙を渡すとぱたりと家の扉を閉めてしまった。残されたのはメロス唯ひとり。

 馬鹿な……。何故手紙が読まれずに食べられてしまったのだ……? あぁ、なんと暴虐非道。冷酷無慈悲。これが許されて良いものなのだろうか……?

 メロスは暫く自問自答した。そして、己の宿命を思い出した。メロスは郵便配達者だ。郵便配達者とは手紙を届けるものだ。メロスは然と手紙を届け終えた。彼に落ち度などない。

 それに、ただの不幸な事故なのだ。誰だって間違えることくらいはある。あの黒ヤギだって謝っていたではないか。

 寧ろ新たな手紙の存在に歓喜することにした。使命が舞い降りたのだ。郵便配達者としてこれほど喜ばしいものはない。

 どんな手紙でも届けられなければならぬ。この手紙であって例外ではない。仕事が増えたが、それが私の役目だ。……きっと、今度こそ、きちんと届け先で読まれよう。

 

 そうしてメロスは走った。白ヤギの元に戻るために走った。

 山超え谷越え、元の道を引き返した。道中で山賊に襲われたり、盗賊に命を狙われかけたが、メロスは死線を掻い潜った。それくらい造作でもない。そうしてやっと白ヤギのいる街へと駆け戻った。


 すみません、郵便です、と言って白ヤギの家を訪ねる。白ヤギはいそいそと家から出てきて、あぁ、メロスさん。先日の手紙は届けられましたかな? と言った。

 メロスは無事に届けましたよ、と返事をする。その後の事情は説明しなかった。説明せずともこの手紙の内容が教えてくれるだろう。メロスはそう思った。しかし、メロスの目の前でまた、あの悲惨な光景が繰り返されることとなるのであった――。

「……!?」

 渡された手紙をむしゃむしゃと白ヤギが食らっていた。メロスはもはや絶句するしかなかった。気が遠くなりそうだった。しかし彼は果敢にも耐えている。これが勇敢でないと誰が言えるのだろうか。

「あぁ。すまないね。思わず食べてしまったみたいだ。ちょっと待っておくれ」

 白ヤギは家の中に入って戻ってくる。咥えているのは手紙。

「これを黒ヤギの元へと届けておくれ。うっかり食べてしまって申し訳ないと。メロスさん。頼んだよ」

 白ヤギはそう言ってばたりと家の扉を閉めてしまった。


          ◆


 それからも何度か同じような目にあってしまった。手紙を配達したと思った瞬間に食べられ、また新たな手紙が渡される。メロスは苦悶した。手紙は届けられねばならぬ。そして読まれねばならぬ。それなのにどうしてか羊たちは読まずに食らってしまうのだ。酷い時にはメロスの腕ごと食べようとした。間一髪引き抜いて無事だったが……。


 誠実で心の優しいメロスであっても、ある日、とうとう堪忍袋の尾が切れてしまった。ここまで来たら誇りもへったくれもない。彼らは手紙を読む気などないのだ。ただの食物と化している。手紙が読まれるべきなのは、そこに文字が綴ってあるからだ。文字には気持ちが綴られている。手紙を書き、読むというのは一種の意思伝達行為なのだ。なのに、彼らにはその気がない。

 えぇい。こうなったらこの無意味な配達を終わらせてやろうではないか。もうこれ以上犠牲(手紙)は出さぬ。彼らの非道な行為に終止符を打つのだ! 

 幾数枚も無残に消えていった手紙を思いメロスは決意した。そして今も目の前でむしゃむしゃと食べている白ヤギを担ぎあげる。白ヤギは、なんですか、メロスさん。とほのぼの尋ねた。メロスはしっかりとした声で返事をする。


「配達だ」


 メロスは走った。黒ヤギの元へと走った。

 山賊に会おうとも盗賊に会おうとも蹴散らした。雨にも負けず風にも負けなかった。道中、川が氾濫していても、メロスは白ヤギを乗せて泳いだ。メロスは郵便配達者だ。足には自信がある。そして屈強な意思を持っていた。


「やぁ、久しぶり。黒ヤギよ。元気にしていたかい?」

「やぁ、久しぶり。白ヤギよ。元気だったよ」

 そして二匹は対面した。

「メロスさん。ありがとう。これなら手紙を食べずに要件を伝えることができる。そして、唯一の親友に会えて、わしは嬉しい」

「メロスさん。散々ご無礼なことばかりしてもうしわけない。これなら一件落着だ」


 感謝の言葉にメロスは気持ちが晴れやかだった。一度は激怒しかけたが、この二匹は悪い者たちではない。ただ、悲しいくらいに紙が大好きな羊だったのだ。それだけだ。

 手紙は結局、一度たりとも読まれることなどなかった。しかし、重要なのはそこではないのだろう。メロスは思う。手紙は意思伝達手段なのだ。紙でなくとも、言葉で交わし合うことが出来るのであれば、それはそれで良いではないか。


 二匹の対面を傍目にメロスは背を向ける。ふと、セリヌンティウスを思った。彼もまた、唯一の親友に会いたくなったのだ。そういえば、長らく会っていない。会いに行こう。


「えぇっと。それで手紙の要件はなんだったのかな? 白ヤギよ」

「えぇっと。なんだったかな。私が手紙に書いたのは」

「私は手紙の用事は何かと手紙に書いた」

「あぁ、それだ。私もそれを書いた」

「それではおかしいではないか」

「あれ? そうなのかな?」

「そうなのだよ」

「まぁ、忘れるくらいならきっと重要ではないのかもしれんな」

「そうなのかな?」


 二匹のやりとりにも気づかず、メロスは村を去った。


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