第伍章 狼の弾幕と煎餅
焦土と化した雑木林を無言で眺めながら、三人は思い思いに思考する。
(わ、私の神社の雑木林…………。いえ、神社事態に被害がなかったことを喜ぶべきよ。そうよ運が良かったわ、日頃の行いの賜物ね!! …………ぐすん。)
(うわー……。これは酷いな、何をしたらこんなに地面が抉れるんだ? 私のマスパでもこうはならないぜ………。)
(うーん、集中しすぎたかな? 次はこう、もうちょっと大きさに気を配ろう。弾幕の翔ばし方は解ったのだから、少しづつ改善していけばいいかな。)
そして一言。
「よし、じゃあ次は裏山に」
「「ストップ!!オミは力の制御ができるまで弾幕含め妖力の使用禁止!!!!」」
「えぇ!? 一体どうしてなんだい!!?」
本気でわかってない様子のオミに、二人は呆れ・困惑・驚嘆などの様々な感情を乗せて、まるで子供に言い聞かせるかのように言う。
「オミ…? 貴方今何をしたか解ってる…? 土地を丸ごと吹き飛ばしたのよ!?」
「しかも意識的にじゃなくて無意識にな。そんな奴が適当に力を振り回してたらどうなるかぐらいわかるだろ?」
「?」
尚も理解できないオミに、巫女と魔法使いは説明を諦め答えだけを突きつける。
「危ないからこれから修行よ!」
「危ないからこれから修行だぜ!」
なんだかんだで日も落ちてきた頃、オミは鬼気迫る表情の二人に延々と指導を受ける事になった。
最初こそ「そろそろ陽も傾いてきたし…。」などと抵抗を見せたオミだが、「大丈夫だぜ。霊夢が教えてる間は私が。」「私が教えてる間は魔理沙が明かりを点けておくわ。」と二人が徹底的にやるつもりだと理解し、諦めて指導を受ける事にした。
まぁ結果として、指導とは名ばかりの地獄の特訓はまる二日(オミのみ)一切の休憩なしで敢行された。
雑木林を一つ消し飛ばしておいて、謝罪の一言もないオミには同情しようもないのだが。
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オミが神社の横に焦土を作り上げてから三日後。
境内には元気に弾幕ごっこに勤しむ魔法使いと妖獣の姿が。
特訓の成果は上々で、オミは持ち前の妖力を活かして物量で魔理沙を圧倒している。
が、
「へっ! 甘いぜオミ、貰ったぁ!! 【彗星:ブレイジングスター】ッ!」
「へっ? うわぁっ!?」
所詮は焼付け刃の戦法。そんなもので先達者に敵うほど、弾幕ごっこは甘くないのだ。
勿論下位互換も存在するが、下位の者は力も頭も弱いのでそうそうあることではない。
結果としてオミは凄まじい速さで突っ込んできた魔理沙と箒に吹き飛ばされ、勢い良く階段を転げ落ちていく。
そして三人で笑い合い、三人で食卓を囲み、三人でお風呂に―――
「入るわけないだろ!? 何普通に着いて来てんだよオミ!!」
「っていうか魔理沙! アンタはアンタで何美味しく夕飯頂いちゃってるのよ!! 家があるんだから帰りなさいよ!!」
「いや、なんかそんな雰囲気だったからつい…ね? 後皆で食べた方が美味しいし、大目に見てあげたらどうだい? 私の修行に付き合って貰ったわけだし。お礼も兼ねて、ね?」
―――まぁ、色々あるが、極めて平凡に過ごしていたようだ。
今代の巫女、最初の異変が起きるその日までは―――――
―――朝。
心地よい日差しに当てられ、オミは目を覚ます。
「うぅ~ん。少し巫山戯過ぎたかな…?」
神社の瓦屋根の上で。
昨夜はあの後、三人で行動することに喜びを覚えたオミは何かと二人の後を着いて行き、流石に鬱陶しかったらしく霊夢に結界で神社から閉め出されてしまったのだ。
そして、閉め出された故に彼は最初に気付くことが出来た。
「うん…? これは……。」
心地よい日差し、澄んだ青空。どれも綺麗なのに、ただ一つだけ淀んでいるものがある。
それは――
「……妖力…。微かにだけれど、空気に妖力が混じっている……。しかも、明らかな敵意を持った、攻撃的な意思が感じられる妖気………。」
――空気中に、何者かが放った妖気が混じっているのだ。
もしこれが、本当に何者かによる害意ある行為なのだとしたら。このまま妖気は充満し、やがて普通の人間は呼吸をするだけで死に至る様な状況になるだろう。
尤も、幾ら考えたところで憶測でしか無いのだが。
と、そこでオミはふと我に返る。
(何故私は妖気を感じ取れた? 昨日まで妖力の制御を訓練していたから? 違う、私はこの感覚を知っている…?)
幾ら常識が抜け落ちているオミでも、流石にわかる異常さだった。
つい先日までまともに弾幕すら作れなかった妖怪が、多少なり修行をしたからといって空気中に混ざる微量の妖気を感じ取れるものだろうか。
そして魔理沙が泣いてしまった時のような、不可解な既視感。
自分で理解できない違和感の塊。
自分が知っているのは、妖気を感じるこの感覚ではなく、この妖気の正体ではないのか。
では何故それを知っているのか?
そして知っていたとしてこの妖気の意味は?
思考の渦に飲み込まれそうになったその時。
いつの間にか結界は解けていたらしく、豪快に障子をぶち破り魔理沙が飛んで行く。
そして続く霊夢の怒声により、オミは再び我に返る。
「二度と来んな、このクソ魔法使いぃぃぃぃ!!!!!!」
「ちょっ、霊夢? 女の子がそんな言葉使っちゃなんでもないですごめんなさい。」
屋根から逆さまに顔を出し霊夢に言葉遣いを指摘するが、この世のものとは思えない憤怒の形相に、先程までの陰鬱な雰囲気はどこへやら。
取り敢えずそのまま滑り降り土下座するくらいには恐ろしい表情をしている鬼巫女が、ドドドドドとでも擬音が聞こえそうなくらいの威圧感と共に存在していた。
「あンの馬鹿魔理沙ぁ……。よくも私の煎餅を買ってに食べてくれたわね……!!」
(え、煎餅食べられただけでこの剣幕…? 勝手に食べちゃう魔理沙も魔理沙だけど、煎餅でここまで怒る霊夢も霊夢な気が……。)
無言で尻尾を献上し数十分後、打って変わって上機嫌な霊夢に話を聞いた所、魔理沙が勝手に食べた煎餅は人里で有名な高級煎餅『煎餅衛門』だったそうな。
厳重に包んで箪笥の裏に隠しておいたのに、何故か魔理沙に見つかってしまった。と憤慨しているが、そもそも買ったものではなく買い出しに里へ降りた時に、何か居たから除霊したら大変喜ばれお礼に貰った品らしい。
働け巫女。
兎も角、買おうとすると半日も並ばなければ買えない、とまで言われる人気の煎餅で、それを楽しみに取っておいたのに魔理沙に勝手に食べられて怒った、ということらしい。
普通の煎餅じゃない、というのはわかったが、やはり煎餅如きでここまで怒る事はないんじゃないか、とそう思うオミだったが、言えばまた霊夢が暴れだしかねないので心のうちに閉まっておくことにした。
縁側に座り二人で茶を啜りながら、オミはある提案をする。
「それじゃあ今から何か買いに行くかい? 私は里に降りた事がないから案内なんかははできないけれど、二人でふらふらするのも楽しいと思うよ。」
「却下。暫くは里に降りたくないわ。煎餅衛門を思い出すもの。」
即却下。
オミの耳は項垂れる。
あからさまにしょんぼりした様子のオミに、霊夢は慌てて付け足した。
「ま、まぁもう数日もしたら食べ物を買いに行かなきゃいけないから、その時に荷物持ちでも頼むわ。ついでに里も案内してあげるし、ね?」
根本的な解決にはなっていない気がするが、オミは嬉しそうに笑顔で言う。
「そっかぁ。じゃあそれまでに霊夢が煎餅衛門の事忘れられるといいね。悲しい気持ちのまま里に行くのも嫌だし。」
「なんでオミが嫌なのよ。」
霊夢は苦笑いしながら、オミの機嫌が良さそうにピコピコ動く耳とユラユラ揺れる尻尾を眺めるのだった。