第参章 狼に眠りし記憶
魔理沙の件が一段落…したかどうかは兎も角、翌日から魔理沙は元気に枯れ葉を吹き飛ばしに来た。
その度に霊夢とのバトルが勃発し、終わる頃にオミが淹れたお茶で一服する。
これが此処数日の基本的な流れだった。
色々疑問は尽きなかったけれど、三人とも「まぁ問題ないかな。」と適当に考え今に至る。
そしてある日、霊力と魔力が飛び交う中でオミが唐突に、今更な事を聞く。
「そういえばなんだけど。その撃ち合ってるのとか、御札やカードで発動してる綺麗なのは一体なんなんだい?」
「「えっ!? 今更!!? ってきゃぁああああああ!!?!??」」
今まで散々見学しておいて一回も聞いてこなかったので、すっかりわかっていると思っていたオミが、唐突に聞いてきたことにより霊夢も魔理沙も動きを止めて驚く。
結果、チューンッと謎な音を残し、互いに被弾した二人は境内に落下する。
「だ、大丈夫かい霊夢、魔理沙!!?」
慌ててオミが駆け寄るが、文字通り飛んできた二人に、逆に問い詰められる。
「今までなんだかわからないで見てたのアンタ!!? 楽しそうにお茶飲んでるからてっきりわかってるものだと思ってわ……。」
「流石に弾幕ごっこ位は覚えてると思ってたんだが………。じゃあもしかして能力の事も憶えてない、って事か?」
「う、うん。綺麗だなー、っては思ってたけど、あれがなんなのかは全く。『弾幕ごっこ』って言うのかい? それと能力って? 皆は何らかの力を持ってる、って事かい? すると、もしかして私にもあるんだろうかそれは。」
早口で捲し立てる霊夢と魔理沙に、困惑気味に、しかし確実に答えるオミ。
常人なら聞き取ることすら難しい様な速さだったが、オミは身元不明の妖怪。何かに当て嵌めようとするだけ無駄である。
まぁ逆にそれだけの速度で喋る二人も常識には当て嵌まらないのだが。
兎も角、この幻想郷に於いて、弾幕ごっこが出来ないのは致命的だ。
まずそれを改善すべく、二人はオミに弾幕ごっこを教えることになった。
「まず弾幕ごっこで基本となるのが、名前にもなってる『弾幕』ね。」
「さっきの綺麗なやつだね。」
「霊夢は兎も角普通の人間は主に『霊力』、私みたいな魔法使いは『魔力』なんかをド派手にブッ放すんだぜ。」
「ほほー。」
「いや、真に受けないで。派手に越したことはないけれど、別に派手じゃなければいけない、って決まりはないわよ。って何で私は兎も角なのよ!」
「いや、だって霊夢は一般人じゃないだろ? 明らかに人外寄りだぜ。」
何やらギャーギャー騒いでいる説明役が不安だが、百聞は一見に如かず、ということで取り敢えずオミも持ち前の膨大な妖力を使って試してみることに。
「んー…。力を体外に放出するイメージでいいのかな?」
「違うわ。こう、フワッとなってババッと撃ち出すのよ。」
「違うぜ。こー、ビューンッてドカーンと撃ち出すんだぜ。」
「うん。全く解らない。取り敢えず球体でいいのかな? 二人共形は様々だったし。」
不安が更に増したところで、オミも漸く悟ったのか自分で試行錯誤を始める。
勘を頼りに戦う巫女と、理論を突き詰めながらも敢えてパワーを求める魔法使いに教わろうなど、そもそも無謀なのだ。
何処に撃ち出そうか迷った挙句、取り敢えずは境内の横に生い茂る、雑木林にやってみることに。
「あれ?」
「おいおいオミ、これの何処が球体だ?」
「あはは。おかしいなぁ。キチンと球体を思い浮かべた筈なのに。」
「本当よ。これじゃあまるで―――」
「―――『龍』みたいじゃないの。」
そう。オミの手に浮かんだ妖力弾は、綺麗な球体とは掛け離れた、『龍』の形をしていた。
手の上で動かせば、本物そっくりに動く。まるで精巧な細工人形のようだ。
今にも焔を吐き出しそうな、そんな迫力がある。とても適当に作られたものだとは思えない出来だ。
「まぁなんでもいいんじゃない? 私達のを見て解るように、形は本人が決める事よ。それが意識的にか無意識にかは別として、ね。」
どこか呆れたように言う霊夢の言葉に、オミは違和感を覚える。
まるで、自分の言った事をそのまま繰り返されたような。そんな違和感。
そして次の瞬間、激しい目眩とともに頭の中に声のない言葉が響く。
『ま、最初は誰でも不安定なもんだろう。そう焦るな、今はまだ上手く出来なくていい。その内お前に合った形がちゃんと見つかるさ。意識の有無に関わらず、力は必ず答えてくれる。お前がそれを望むのなら、な。……それによ、儂のなんてこれだぜ?』
(これは…記憶? 私の、失う前の…?)
声の…音のしない不思議な言葉。
それなのにハッキリと理解することが出来る。
あまりにおかしな現象に戸惑っていると、
「……………と………っと……!………オミ!? 聞こえてる!!?」
「返事しろ! 何処か痛むところとかはないのか!!? オミ!!」
「っ!!」
ボヤケた視界が戻り、高く広がる大空を遮るように、二人の少女が視界に映る。
どうやらさっきの現象の際に倒れたらしい。
新手の目眩か何かだろうか、少し意識が飛んでいたようだ。
作っていた龍の形をした妖力弾も、霧散している。
「う、うん。悪いね、心配させたみたいで……。大丈夫、身体はなんともないよ。」
さて、じゃあ続きを……。そう言おうとしたところで、懐の違和感に気付く。
(うん…? これは……。)
『カラン』と音を立てて、オミの服のポケットから落ちたソレに、三人の視線が向く。
それは、なんとも不思議な形をしたペンダントだった。
一見『龍』の様に見えるが、見方を変えれば『狼』にも見える。あまりに不格好で、見ようと思えば更に別の何かにも見えるのではないか。そんなペンダントだ。
そもそもこのペンダントはいつの間に自分の懐に入ったのか。
「オミ、それ何なの? いつの間にそんなの拾ったのよ。」
「いや、今急に現れたというか何というか………。」
本気で困惑しているオミの様子で、取り敢えず巫山戯た思考は捨てて考える。
「取り敢えず今現れたんだとしたら、オミが弾幕を――妖力を使った事に関係してるって事か?」
「いえ、恐らく弾幕ね。妖力なら最初に放出してたもの。紫なんか目じゃないぐらいの、異常なまでの妖力を。」
「あはは。あの時はごめんね。」
すまなそうに謝るオミを見て、魔理沙が疑問の声を上げる。
「ちょっと待ってくれ。あのスキマを越える妖力を放出してた!? それはいつの話だ? 私は何も感じなかったぜ?」
「え!?」
「?」
オミだけがいまいちよくわかってないようだが、これは異常な事だ。
本来妖力を放出するのは、妖怪が威圧や本気を出す為の行為である。
当然高位の妖怪ともなれば、放出する量、範囲などを自在に操れる。
だが、あの時オミは無意識に妖力を放出していた。
無意識に放出する妖力を操っていた? いや、それは余りにも無理がある。
考えてみれば、今まで誰一人として様子を見に来なかった。
幻想郷の実力者や人里の連中にしても、流石にあれだけの妖力を感じれば何かしら行動を起こす筈なのだが、今回は全く何もしていない。
では、何故あれだけの妖力を、ただ放出するのではなく、幻想郷の中で限られた範囲―――博麗神社にのみ放出する事ができたのか。
それは―――
「?? 距離が遠かった、とかじゃないのかい? そもそもあの時は出している自覚が無かったから、どれだけの妖力を放出していたのか憶えてないんだ。霊夢や紫さんが驚いて過大評価している、とかそんなんじゃないのかい?」
―――本人にしかわからないのだが、肝心の本人は何もわかっていないのだった。
いい加減何も進展しないオミの現状に痺れを切らしたか、魔理沙が大変無茶な提案を言い出す。
「…………よしっ! オミ!! 取り敢えず私と弾幕勝負だ!!!」
「「はい?」」
眩しいくらいの笑顔で、とんでも無いことを言う魔理沙。
そもそもオミは弾幕を撃てるかどうか、を試す途中だったのに、その先である弾幕勝負をやろう、といきなり言い出したのだ。
当然オミの保護者的な立ち位置の霊夢は反対する。
「ちょっと魔理沙! オミはまだ弾幕も撃てないのよ!? 妖力で弾を生成しただけで倒れるくらいなんだから!!」
「え、ちょっと待って霊夢。それはちが」
「別に大丈夫だぜ! 私が撃ち続けるから、オミは全部避ければいい。戦いの中で思い出すこともあるかもしれないだろ!!」
「何ムキになってるのよ! アンタの力任せの弾幕でオミが怪我したらどうするのよ!!」
「いやだから霊夢? 私は病弱とかそういうんじゃなくて」
何やらオミに対する霊夢の認識に、誤解が生じているようだ。
だが、生憎と魔理沙と言い争っている霊夢には、オミの言葉は届かない。
「はっ! お前はオミのお袋さんかってんだ! 今日こそ決着を付けてやる!! 上がって来い、霊夢!!」
「上等じゃない……!! そのいい加減な考え方を改めさせてあげるわ!!!」
「おーい。私の事は認識されているのかなー?」
そのまま上空へ飛び上がり、再び綺麗な弾幕を展開させる二人に、オミは嘆息して雑木林に向かって弾幕の練習をすることにした。
ここ数日一緒に居ただけで、こうなったら自分がどうしようと結果は変わらない、という事がわかってしまっている。
諦めてペンダントを懐に仕舞い、練習を始める。
「ふむ。取り敢えず龍だね。」
もう一度弾幕を生成してみるが、やはり形は龍のまま。
どうやらこれが自分の弾幕らしい。霊夢や魔理沙も複数の形を使っていたから、練習すればいずれ自分も出来るだろう。そう考え、今は目の前の問題に向き直る。
何が問題か。
それは、弾幕を生成したは良いが、それを撃ち出すことが出来ないのである。
作られた弾幕は、掌から動かずそのまま浮いている。
何度も撃ち出すのをイメージしてみたが、うんともすんとも言わないのだ。
「やっぱり私は向いていないんだろうか?」
空で激しい戦いを繰り広げている二人の少女を見て、自分には無理だな、と溜息を漏らす。
そして、先程の会話で気になったことを思い出す。
『別に大丈夫だぜ! 私が撃ち続けるから、オミは全部避ければいい。戦いの中で思い出すこともあるかもしれないだろ!!』
「うーん………。これも何処かで聞いた気がするんだよねぇ。」
そう、最近、知り合いとの会話の中で聞き覚えのある気がする台詞が、どうも多いのだ。
一応霊夢に許可をもらい、神社の蔵に閉まってある蔵書は全て読んだのだが、どうもそういう書物から引用したような台詞ではなく、明らかに何者かが言った何気ない一言が会話の中で使われている気がしてならない。
まぁ尤も、現時点でのオミの知り合いは、霊夢と魔理沙、そして定期的に様子を見に来る紫ぐらいしか居ないのだが。
更にその紫に至っては、ここ数日現れていない。
仕事が忙しいのかな? とも思ったが、考えられるその要因は自分な気がして、オミは考えるのを止めた。
「まぁわからないことを考えても仕方ない。情報が揃ったら、また考えようかな。」
今は弾幕だ。そう意気込んで、まずは掌の龍を飛ばす事が先決―――
(―――ん? 『飛ばす』…?)
その時、オミの頭にある一つの考えが過る。
もしかしたら自分は、大きな誤解をしていたのではないか。
この『龍』は、確かに弾幕――妖力の塊だが、仮に、もし仮にこの弾幕にも多少の意思があったとしたら?
それは、オミが弾幕を撃ち出すのではなく、弾幕に飛翔してもらうのが正しいのではないだろうか。
弾幕が生物の――『龍』の形をしているのなら尚更。
ある程度の常識しか頭に残っていないこの状況では、弾幕に意思があるかどうかなどわからない。だが、逆に何もないのなら思いつく限り全てを試したほうが得なのではないか。
そう思い、考えを改め一度掌の龍を消す。
「スゥ~~~~………………。」
大きく息を吸い、心を落ち着ける。
まず、弾幕を作るのではなく、最初から龍を創る気で妖力を集める。
自分の意志で創った龍は、先程のよりも大きく掌に余る程。それに込められた妖気も先程のものとは比べ物にならない。
だが、何も知らないオミがそれに気付く筈もなく、本人は至って普通に作業を勧める。
そのままオミは、掌に現れた龍がキチンと動くことを確認して、頭の中で念じる。
(龍よ―――空を駆けろ!!)
次の瞬間、凄まじい轟音とともに、境内の脇にあった雑木林が跡形もなく消し飛んだ。