第玖章 巫女の怒りが一時凍結
そのまま霊夢の勘と殺気に任せて進むこと数分。
前方に大きな湖が見えて来た。
この辺りまでくると、もう何処へ向かえばいいのかは見当がつく。
何故なら―――
「霧が濃くなってるな。さっきよりも明らかに。」
「………………………………そうね。」
―――そう、湖に向かうに連れて、紅い霧がどんどん濃くなっているのだ。
まるでこっちへいらっしゃい、とでも言わんばかりに。
これを明らかな挑発行為と取り、魔理沙は異変解決に奮起するが………。
「て事は湖の向こう側に異変の原因があるのかな?」
「いや、正しくは元凶が居る、だな。こんな事をしでかせるのは高位の妖怪ぐらいなもんだぜ。なぁ霊夢?」
「………………………………そうね。」
「「…………………………………。」」
………どうにも霊夢のテンションが合わない。
いや寧ろあんな事の後にテンションを上げろ、と言われても無理なのだが。
せめて、終始無言で笑顔を貼り付けて、必要最低限に抑揚のない声で返事をするのはやめて欲しい。
湖を渡る間も、なんとかして霊夢の機嫌を戻そうと二人は懸命に話題を振るが、その努力も虚しくいつまで経っても霊夢からは抑揚のない返事しか帰ってこない。
そして湖の上を飛び始めて少しした時。
突然霊夢が呟いた。
「……………寒いわ。」
「え?」
あまりにも唐突だったため、二人はよく聞き取れなかった。
思わず声を漏らしたオミに、多少は機嫌が戻っているのか今度はキチンと答えを返してくれた。
「寒い、って言ったのよ。明らかにさっきより気温が下がってるでしょ。」
相変わらず声は不機嫌そうなままだが、説明をしてくれる辺りマシになっている。
「………確かに、な。言われてみれば少し寒いぜ。夏用の服じゃ風邪引いちゃうな。」
「……む。確かに進めば進む程気温が下がってる気がするね。って夏用…? その魔女服も種類があるのかい?」
「何言ってるんだ? 私の魔女服も、霊夢の巫女服も、キチンと夏用と冬用があるんだぜ?」
「霊夢の巫女服も!? 脇が出てたらそれこそ無意味だと思うんだけど………。」
「無意味で悪かったわね。それより周囲を警戒しなさい。霧に遮られてるとはいえ、真夏の日差しの中で気温をここまで下げる事が出来るなんて相当な力の持ち主よ。」
まだ少しぎこちないが、軽口を言い合いながら三人は辺りを見回す。
魔理沙がもしかしたら異変の元凶かも、と笑いながら言うが、霊夢は素っ気なくそんなわけないでしょ、と鼻で笑う。
また喧嘩を始めようとした二人を止めようと、オミが口を開いたその瞬間――――
「アタイの縄張りで騒ぐとはいい度胸ね! 子分になるなら多めに見てあげるわ!」
「「あ゛ぁ?」」
「ひぅっ!?」
――――やたらと元気な声が響き渡り、霊夢と魔理沙の威圧を受ける事となった。
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「で? こいつはこの湖に居る妖精の中でも指折りの力を持ってて、アンタはその保護者みたいなもの、と。」
「す、すみません! チルノちゃんも悪気があったわけじゃないんです…。この紅い霧が出て来てから、私もチルノちゃんも…辺りの妖精は皆、体の底から力が湧いてくるような感じがして気持ちが高ぶってしまうんです。」
「あ、アタイは悪くないもん! アタイはただ子分にしてあげる、って言っただけなのにこいつらが…こいつらがぁ……グスッ。」
「いや、そもそもいきなり子分にしてやる、って時点でどうかと思うんだが。」
「私からするとどっちもどっちなんだけどなぁ。」
必死に弁明をする緑色の妖精と、緑色の妖精に背中を擦られて泣きながら霊夢と魔理沙を指さす水色の妖精。
そしてその二人を見下すように威圧的に腕を組みながら事情を聞く霊夢と、その隣で呆れている魔理沙。そんな二人を見て呆れているオミ。
現状を纏めるとこんな感じである。
そもそも何故こんな状況になっているのか。
まず二人が言い争いを始めた瞬間に水色の妖精が「この場所は自分の縄張りだ」と主張し、付け足された子分発言にもとから苛ついていた二人は過剰反応して殺気の如く威圧感(霊夢はずっと殺気を放っていたが)を水色の妖精に放つ。
普通に弾幕勝負になると思っていた水色の妖精は、思わぬ事態と威圧に驚き半泣きに。
直後に、文字通り飛んできた緑色の妖精が事情を把握。水色の妖精をあやしながら弁明を開始。
そして今に至る。
妖精側の主張は、霧のせいでテンションが上ってるから多めに見て欲しい。
霊夢達(主に霊夢)の主張は、知った事かさっさと滅したる。
「まぁ妖精のくせしてこんなに強力な力を持ってるから、この妖霧にも影響されやすいんじゃないか?せめて普通に弾幕勝負してやろうぜ、霊夢?」
「そうだね。私も妖怪だし、少なからず調子が良くなっているのは分かるよ。この子達も悪気があったわけじゃなさそうだし、許してあげないかな? 霊夢だって勝手に神社に入られたら怒るだろう?」
どうやら違ったようだ。
問答無用なのは霊夢だけで、魔理沙とオミは情状酌量の余地はあると思うらしい。
「…………また私だけ除け者?」
「「ち、ちがっ!? そういう訳じゃなくて……!!」」
俯いてポツリと呟いた霊夢の言葉に、二人は慌てて否定を返す。
そして顔を上げた霊夢の表情は―――
「……ふふっ。冗談よ、冗談。」
―――少しばかり苦しそうであったが、柔らかな笑顔だった。
「割り切れるものでもないけれど、今は胸の奥に閉まっておく事にするわ。」
肩を竦めながら霊夢は続ける。
「まぁ私もやり過ぎた感じはあるし、それは謝るわ。魔理沙の言うとおり、幻想郷の決まりに従って弾幕勝負で決めましょう。」
「し、心臓に悪いぜ霊夢………。」
「ど、どうしようかと思ったよ………。」
弾幕勝負の前からドッと疲れが溜まった二人に、隠し事なんかするからそうなるのよ、と霊夢は舌を出す。
情状酌量を認めた霊夢に妖精達は安堵し、お礼を―――
「ありがとうございます、ほらチルノちゃんも!」
「なんでアタイがこいつらに謝らなきゃいけないのよ!」
「…………チルノちゃん…?」
「あ、ありがとうございます……。」
―――お礼を述べる。
そして話が落ち着いたところで、気になっていた事をオミが聞いてみる。
「そういえば、君達は名前があるのかい? 妖精は個別の意識はあっても名はない、って聞いているんだけど。」
そこではっとしたように緑色の妖精が頭を下げる。
「も、申し遅れました。私は大妖精です。この子は氷精でチルノ、って言います。」
「なんで大ちゃんが頭下げなきゃいけないのさ! やいお前! 人に物を尋ねる時は自分から、って言われなかったのか!」
「チルノちゃん! 人を指差しちゃダメだってば!」
緑色の妖精が大妖精、大ちゃんと呼ばれていて。水色の妖精がチルノ、チルノちゃんと呼ばれている。
オミは二人の名前をしっかりと頭に残し、恐らく後ろで仁王立ちをしている師匠二人が次に言う言葉を考える。
(先を急ぐわよ、か、ほらさっさと戦いなさい、かなぁ……。)
まぁ先を急ぐわよ、の可能性は限りなく低いだろうけども。そう心のなかで付け足して、オミは自分達の紹介をする。
「私はオミ、多尾の狼だよ。後ろの紅と白の女の子は霊夢で、白と黒の女の子が魔理沙って言うんだ。よろしくね。」
「さて、じゃあ自己紹介も終わったし始めるか!」
「そうね。オミ、負けたら承知しないわよ?」
(ほら言った…。)
案の定戦うことを促してくるお師匠様達に平和の意味を教えたくなるが、そんな事をしたら説教(物理)をされかねないので黙っておく。
というかやっぱり私が戦うのは決定事項なんだね、とも思うが黙っておく。
そしてオミは、話の流れが戦う方向に向かっている事に気付いて顔面蒼白になっている大妖精と、話に付いてこれていないがなんとなく戦うことを察してワクワクしている氷精を横目に見る。
驚くほど気乗りのしない初実戦に、オミは深々と溜息を吐いた。