第捌章 闇と狼と激巫女スティックファイナリアリティ(ry
一体霊夢と魔理沙が言い争っている間に何が起きたのか。
そもそも何故オミは『ルーミアちゃん』などと親しげに、おそらく先ほどの食人妖怪のものであろう名を呼んでいるのか。
「一体私達が話し込んでる間に何があったんだ…?」
「どういう事なのか、当然説明はあるんでしょうね、オミ?」
片や呆れ顔で、片や鬼のような形相で。それぞれ問うてくる二人に、オミは相変わらずゆるゆるとした感じで説明をしだす。
「え、っとね。まず魔理沙が叫んだ辺りで―――」
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「わかってるさ!!」
魔理沙が叫んだことにより、辛うじて繋がっていた普段の空気ははち切れて、一変して緊張感漂う雰囲気に変わる。
もっともオミは、滅多なことでは怒らないような魔理沙が、あれだけ感情を露わにして叫ぶのを目の当たりにするのが初めてと言うわけではないのだが。
そのまま魔理沙の独白が続く中、話が読めなくて呆然とするオミに聞こえたのは底冷えするような殺気を帯びた声。そして視線。
「とんだ茶番ね。自らの置かれた状況を、正しく把握することも出来ない愚かな存在。」
この世の全てを見下したような、何者をも寄せ付けない威圧的な存在感で声は喋る。
「本当、哀れで下らない。……ねぇ? 貴方もそう思わない?」
「っ!!?」
向けられる殺気の方を向けば、そこに居るのは先程と寸分違わぬ金髪の少女。
しかし、その纏う雰囲気は完全に別物で、溢れ出る殺気はまるで刃のように昏く鋭い。
「私、いい加減にお腹すいたわ。―――ねぇ、貴方は食べてもいい人類?」
ああ、貴方は人類じゃなくて妖怪だったわね。悠然と微笑みながら彼女はオミを見据える。
まるで、腹を空かせた猛獣の前に放り出された人間のように、オミはただ相手の言葉を待つことしか出来なかった。
いや、現に目の前の少女は腹を空かせているのだ。妖怪として、空腹を満たすために自分たちの前に現れた。幻想郷で数少ない種である人間を喰らう、食人妖怪の彼女は。
全身を撫でる殺気は勢いを増すばかりで、目の前の少女は本当に只の食人妖怪なのかも疑わしくなる程だ。
「あら、ごめんなさいね。ちょっと殺気が煩かったかしら。」
漸くオミの状態に気付いたのか、少女は殺気を抑える。
「これで少しはまともに思考できるかしら? 素性不明の妖怪さん。」
突き刺さるような殺気は収まったものの、依然として喉元に刃を突き付けられているような感覚は収まらない。
そんな中、今し方殺気に押されて身動き一つ出来なかった者の発言とは思えない言葉を、相変わらずオミは平然と言ってのける。
「今のは君がやったのかい? 凄い殺気だったね。恐ろしくて一歩も動けなかったよ。」
まるで他人事のように振る舞うオミに、少女は呆れながら首を振る。
そして、薄笑いを浮かべながら小声で何かを呟いた。
「………はぁ。そうね、貴方に反応を期待した私が馬鹿だったわ。」
「うん? 何か言ったかい?」
「いいえ、何も。それより貴方、名は? 私はルーミア、常闇の妖怪よ。」
何を言ったのか気になるが、そこを深く考えないのがこの男。
ルーミアと名乗った少女の問いに、疑問符付きで答えを返す。
「ルーミアちゃんだね。私は一応オミ、って名乗っている多尾の狼? だよ。」
「ルーミア『ちゃん』…!? 気味が悪いわね。相変わらず意味不明だし。まぁいいわ、貴方の能力に付いての補足だけれど」
「能力? 私にも能力があるのかい?」
ちゃん付けされた事に気味悪がっていたようだが、先に優先すべき事があるのか不明瞭な自己紹介にも動じす、ルーミアはそのまま話を続ける。
が、そこで話は途切れてしまった。
ルーミアの話は、前提としてオミが自身の能力を知っている事。
しかし現時点でオミは自身の能力の事を欠片も、自分が能力持ちだということすらも知らないのだ。
先程までの薄笑いは何処へやら、一瞬にして険悪な表情になり、彼女は苛立った声でオミの向こう―――言い争っている二人の人間へと視線を向ける。
「……チッ。使えない人間ね。何一つ説明してないのかしら。」
その顔にはありありと『不機嫌です』と書かれている。
そんな事を言ったら殺されかねないのは流石にオミでもわかったらしく、冷や汗を垂らしながら自身の事について話す。
「一回能力についての話が出たんだけどね、直ぐ後にちょっとした騒動があってすっかり忘れてたんだよ。」
後ろ頭を掻きながら申し訳無さそうに言うオミに、ルーミアは「調子が狂うわね……。」と呟いてから説明を始めた。
「まず、貴方には能力がある。それもかなり不安定で、不明瞭で、意味不明なね。」
「ちょっと待って。」
「何? 私がわざわざ説明してるんだから遮るんじゃないわよ。」
この出だしには流石のオミも待ったをかけた。
ルーミアがいやに上から目線なのも、今は気にしている場合じゃない。
不安定で不明瞭で意味不明?
その説明の仕方こそ意味不明だろうに。
オミはますます自分の正体が何なのか解らなくなってきそうだった。
そんな不思議能力の持ち主が、前代未聞の多尾の狼。
まだ詳しい話を聞いて――いや、話の冒頭の時点で、既に行き先不安になっている。
「う、うん。まぁ細かい事は置いておこうか。その私の不思議な能力っていうのは、具体的に何が出来るんだい?」
兎に角結論を。
詳しく聞けば、それこそ意味不明な事になりそうだったので、オミは自分の能力によって可能な事を聞く。
がしかし、
「さぁ? 私にもよく解らないわ。」
返ってきたのは投げやりな答え。
まるで、答えがあるなら私が聞きたいわ、とでも言いたげな返事。
「その問いに答えがあるならば、私が一番聞きたいわよ。」
本当に言った。
「まず何も知らない貴方に能力についての説明。」
いい? 今度は遮るんじゃないわよ。と前置きをしてから、彼女は説明を始める。
「この幻想郷に於いて能力は重要なアドバンテージよ。これが有ると無いとじゃ大違い、それこそ生死を別つぐらいに、ね。」
そこまでのものなのか。オミは疑問に思うが、顔に出ていたらしくルーミアは苦笑いしながら言う。
「まぁ力を持っている貴方にはイマイチ解らないかもしれないわね。でも、事実弾幕勝負に於いては大きく戦局を左右するわ。」
そして、黙りこんでしまっている二人の少女へと呆れたように視線を向け、彼女は続ける。
「原則として能力は一人一つだけ。長い歴史の中では知らないけれど、今まで同じ能力を持った存在は生まれてきたことはないそうよ。現にあそこの二人も、私も、それぞれ別の能力を使って戦っているわ。………そんな顔しなくても教えてあげるわよ。」
一体オミはどんな顔をしていたというのか。
まるで忠犬のように言いつけを守り、ルーミアの語りを邪魔しないように務めているらしいが表情に出ていてはまるで意味が無い。
「そっちの紅白は『空を飛ぶ程度の能力』、黒白は『魔法を扱う程度の能力』。ああ、程度の能力、っていうのは飾りよ飾り。これをつければどんなに凶悪な能力でも可愛く映るでしょう? 幻想郷では能力の最後に付けることになってるのよ。そうねぇ、例えば―――空間を操る程度の能力とか♪」
「それは『程度』で済まされる能力じゃないよね!!?」
遂に、我慢できなかったオミは大声で叫ぶ。
まぁ今の流れで黙ってろ、と言うのも酷な話だが。
しかし、続けられるルーミアの言葉は、今以上に衝撃的だった。
「そうね、程度で済まされるような能力じゃないわ。空間どころか、この世の摂理すら操りかねない貴方の能力はね。」
驚きで言葉を失うオミを見ながら、ルーミアは憂いを帯びた声でどこか懐かしむようにその身を闇に隠す。
「私はルーミア、常闇の妖怪。『闇を操る程度の能力』を有する者。………全て貴方が付けたものよ。」
髪留めの赤いリボンが一瞬だけ強く光を放ち、瞬く間に彼女の姿は闇夜と同化する。
「何もかもがデタラメな貴方は、自分でも何が出来るのか把握していなかった。」
宵闇に響くその声は、次第に殺気を帯びたものへと戻っていく。
オミは再び硬直し、疑問を投げかけることすら出来なくなってしまう。
「原則を無視して複数の能力を扱う貴方は、文字通り無敵だった。……それでも出来ないことは在ったみたいだけれどね。」
彼女の言うことは、既に理解の範疇の外だ。
それでも、彼女が何か重要な事を言っているというのは解る。
自らの意思に従わぬ身体を懸命に動かそうと必死になりながら、オミはルーミアの言葉に耳を傾ける。
「そんなデタラメな貴方は、昔自分の持つ能力を総じてこう呼称したわ。」
呆れ半分、悲しみ半分。そんな声音で、彼女は何度も何度も言った台詞を読み上げるかのように、退屈そうに言う。
「―――――世界で遊ぶ為の能力――全てを弄ぶ程度の能力、とね。」
しかしその言葉には、幾分かの喜びが含まれていた。
この先に『ナニカ』起こるかのように。そしてそのこれから起こるであろう『ナニカ』が、彼女にとってプラスに働く事が解ってる、と言わんばかりに。
彼女は、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「愉しみなさい、オミ。貴方が楽しめば、世界に存在する全ては貴方の味方になる。」
そしてまた、魔理沙の時と同じように脳裏に声なき言葉が響く。
今度は意識こそ飛ばなかったものの、ルーミアの声と被せるように、一言一句違わぬその言葉がオミの頭に浸透する。
「『儂は退屈が嫌いだ。故に儂は世界で遊ぶ。折角此処に存在してるんだ、楽しまなくちゃ損だろう? 常に巡り変わる条件を把握し、その中で勝利を掴み取る。一筋縄じゃあいかねぇ最高の遊びだろう?』」
目眩を堪えつつオミは考える。
ルーミアが声なき声と全く同じ事を言っている。その事実に対して、何故自分は然程違和感を感じていないのか。
だが、そんな事を悠長に考えている時間などあるはずもない。
「貴方の能力のヒントは唯一つ。周りをよく見て愉しんで戦いなさい。文字通り、世界が貴方の力になるわ。」
ルーミアの気配は薄れ、殺気もどんどん消えていく。
一言残し、ルーミアがそこに居た痕跡は消滅する。
「小娘に『相変わらず使えないわね。』って言っといてもらえるかしら。………それじゃあ私は消えるね、さよーならー。」
最後だけはあの禍々しいルーミアではなく、出会って直ぐの霊夢や魔理沙と馬鹿話をしていた方のルーミアだった。
底の知れない――それこそ闇のようなルーミアと、ほんわかした雰囲気のルーミアと。別人なのか、はたまた多重人格か。
疑問は尽きないところであるが、オミはまだ固まったまま動く事が出来なかった。
殺気はとうに収まっている。殺気を出していたルーミアは、今し方消えてしまったのだ。
オミが動かない原因はそれではない。
オミが動けない理由、それは他ならぬ自身の事だった。
自分は一体何者なのか。
世界で遊ぶ能力を持っている?
そもそも何故ルーミアは自分の知らない、確信に近い事を知っている?
そして何故それを中途半端に自分に教えたのか。
足りない頭で考えるが、所詮は記憶喪失の出所不明の妖怪。
混乱が増すだけで何一つ結論が出て来やしない。
いや、ただ一つだけ解った事がある。これは確信に近いものだ。
(魔理沙とルーミアちゃんは、私達の知らない『真実』を知っている。私の失くしている記憶も、なにもかもを。)
自分が能力の事を聞いた時、ルーミアは言った。
『……チッ。使えない人間ね。何一つ説明してないのかしら。』
これは、オミの周りに能力の事を説明し得る人間が居た、と言うことだ。
そして自分の知らない事を知っている、そんな条件に当て嵌まる人物と言えば―――
「―――魔理沙、君しか居ないんだよ。」
そう、オミを見た瞬間に泣き崩れた少女。
オミの名を知っていた少女。
恐らく、全てを知る鍵となる少女。
視線を向ければ、霊夢と何やら深刻な表情で話をしている魔理沙が映る。
今思えばオミが弾幕の事を聞いた時も彼女は、弾幕だけじゃなく能力も覚えていないのか、と言っていた。
ひょっとしたら、魔理沙も能力の事も知っているのではないだろうか。
依然として何故魔理沙が話さないのかは解らないが、ルーミアも言ってこなかった事から恐らく言えない、もしくは言うと何かしら不都合が生じるのであろう。
では何故、全く接点のない二人がその『真実』を共有しているのだろうか。
まだ出会って少ししか経っては居ないけれど、何故か自分はこの少女を信じてみようと思う。
不思議と信じることに疑念を抱かない、この魔法使いの少女を。
だから、オミは二人が黙りこんでしまったその時に、努めて明るく仲裁に入る。
何度も感じた既視感と共に。
「兎も角終わったら全部話してくれるんだろう? それならいいんじゃないかな? ね、霊夢。」
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「それで今に至るんだけど………。」
チラチラと二人の顔色を伺いながら、事のあらましを説明するオミ。
これだけ重要そうな情報を手に入れながら、敵を逃したことを二人に怒られやしないか心配しているのである。
悠長というかなんというか。
相変わらずの危機感のなさである。
そしてオミが顔色を伺う原因はもう一つ。
「……………………………………………………。」
「あー……。霊夢? 終わったら一からキチンと説明するから、今は抑えてくれないか…?」
次々と自分の把握し得ない出来事が起こり、額どころかお祓い棒を握り締めた左手にまで青筋を浮かべながら笑顔で沈黙する霊夢の存在である。
ようやく魔理沙との話が一段落ついたのにも関わらず、次は食人妖怪が魔理沙と同じナニカを知っていて意味深な台詞を残して消えました?
霊夢の堪忍袋も、そろそろ限界だろう。
現に先程から身動き一つしていない。
この理不尽な状況に対して暴れ出さないように自分で抑えるのに精一杯、といったところだろうか。
そして間の悪いことに、今は異変の真っ最中。
悪戯好きな妖精達は、いつにも増して活発で……
「ヤーッ!」
「トォー!」
「タァッ!」
「お、おい霊夢!? 後ろから妖精が」
「れ、霊夢!? 早く逃げて」
背後から現れた妖精三匹を、『メキョッ』とでも効果音の付きそうな勢いで―――
「フッ!」
「「「キャァアアアア!!?」」」
((グーで殴った!? 巫女が術を使わずに殴って退治した!!?))
―――霊力を纏った拳で、三匹とも物理的に退場頂いた。
霊夢から迸る怒気は、彼女の周囲を陽炎のように揺らめかせる。
これには幾ら分別がない妖精達でも危機を感じたようで、三人の周り(主に霊夢の居る方)から完全に妖精の気配が消えた。
痛いぐらいの殺気を放ちながら、霊夢は静かに口を開く。
「…………先を急ぐわよ。」
「「は、はい……。」」
変わらぬ笑顔が、何より恐ろしい。
この状況で敵が現れるとしたら、そいつは余程の大物か余程の大馬鹿者だろう。
当然二人は逆らわず、霊夢に導かれるまま無言で着いて行くのだった。
霊夢の後を飛んでいる途中で、ふとオミは思った。
ひょっとすると今の霊夢は、怖い方のルーミアの殺気と同等かそれ以上の殺気を放っているのではないか、と。
(そんな事はない……よね…?)
妖精どころか森に住む動物までもが逃げ出しているこの状況では、それを確かめる術などないのだ。
取り敢えず、改めて霊夢を怒らせてはいけないことをオミは実感した。
前回の後書きで、次はオミ回だ、と言ったな。
アレは嘘だ。
完全にルーミア回でしたね。
いや、もっとオミ喋る予定だったんですよ?
そしたらオミが殺気にビビって何も出来なくなっちゃって、ルーミアの独壇場になっちゃったと言うかなんと言うか。
まぁ一言。
ごめんちゃい☆(・ω<)