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WORLD BREAKER  作者: 白雨 蒼
魔女の軍姫と彗星の騎士
5/22

幕間

  

 アムリタ・リオルテは目の前の惨状にどうしたものかと首を捻った。別段、彼女が今待機している室内が盛大に荒らされているわけでも、破壊されているわけでもない。しかし状況はいつそうなっても可笑しくないことを、アムリタは知っている。

 とりあえず、アムリタは視線の先で椅子に腰かけている主君に向けて言う。

「姫様、落ち着いてください」

「私は落ち着いている!」

 ……よく言う、とアムリタは内心で呆れ、溜め息をついた。

 苛立ちを隠す気もない声音と、それ以上に吊り上った眉。そして全身から溢れる怒気が彼女の今の感情をこの上なく物語っている。

 明らかにアムリタの主――シャーロット・リム=ロードの機嫌は最悪と言っても過言ではないだろう。一体全体どうしてこうも機嫌が悪いのかはさておき、原因の一因は間違いなくあの賊になるのだろうなぁと、アムリタは漠然と想像した。

 白髪に赤目。髪の色と、そしてその身に纏っている何処か老成した雰囲気のせいなのか、一見凄腕の老人なのではと思ったほどだったが、よくよく観察してみれば、自分よりも年若い、おそらくはシャーロットとほとんど年が変わらないほどの少年だったのだから驚いた。

 アムリタは武力として魔術に傾倒するフィムルロードでは珍しい、剣術の技量に秀でた剣士である。

 魔術の腕も同期やそこいらの士官より遥かに卓越しているが、アムリタにとっては生来剣のほうが性に合っていたというのもある。フィムルロードの軍内でも多くはない剣の使い手――それも幼少の頃から父に仕込まれ、相当の修練を積んで培った腕前だ。フィムルロードでは男相手でも大半は圧勝できる自信があったし、事実軍内部でもアムリタに武芸で勝れる人物はそう多くはない。その腕前を買われ、軍属してからわずか数年でシャーロットの補佐官兼傍付に任命されたほどである。

 故に、あの白髪の少年の技量をあの場にいた誰よりも把握しているつもりでいる。そして、その実力が並々ならぬものであることを、彼女は理解できていた。


 ――あの男……容易に一本取らせてはくれないだろうな。


 という白髪の少年の実力のほどに関してはさておいて、一体目の前の少女は何をこれほど苛立っているのか、彼女の傍付になって長いアムリタだが、彼女の心情を慮ることは流石に難しかった。

「あー……イライラする! なんなんだあの男は! 見てるだけで腹が立つわ!」

「今は見ていないでしょう……」

「いちいち揚げ足を取るな、アムリタ!」

 肩を怒らせ怒号するシャーロットに、アムリタはほとほと困ったという風に肩を落とした。これではとばっちりもいいところである。

 そう思った矢先、アムリタは自分の思慮の浅さを思い知る。現状は最悪などではなかったのだ。

 シャーロットの部屋の扉をノックする音が室内に響いた。普段なら来客が誰であるかを確認するのが先なのだが、アムリタがそれを尋ねるよりも先に、シャーロットが苛立ち交じりの声を上げた。

「うるさい! さっさと入れ!」

「では、失礼します」

 という礼の言葉が聞こえた刹那、シャーロットの表情が公開に染まったのを確かに見た。しかし彼女の不注意が原因なのである種因果応報、自業自得なのだが、同情は禁じえない。

 来客の名前はレイフォール・メルフェイムという。シャーロットの部下であり、若いながら《聖輝の剣》の部隊長を務める青年である。

 フィムルロードの上級貴族メルフェイム家の長子であり、そのメルフェイム家の次期当主であり、そして――シャーロットの婚約者候補の一人でもある。

 故に、彼の来訪を無碍にすることはシャーロットにはできない。曲がりなりにも婚約者候補の一人、それもその筆頭とすら言われている青年だ。

 魔術の名家であるメルフェイム家の名に恥じぬ魔術の才を持ち、その研鑽に余念はない。更に魔術だけではなく武術にも長け、剣術や槍術、格闘術の腕前は将軍級ともいわれるほどだ。更に頭も周り、軍議の際の発言も的確であり、若くして部隊長の地位に就くだけの実力は備わっている。更には部下からの信頼も厚く、周りの貴族たちとも上手く立ち回り、基本的に自己中心的な臣民から嫌われる傾向がある貴族出身には珍しいくらい、市井からの信頼も厚い。

 ただ、シャーロットはこの男を苦手としていることをアムリタは知っている。言ってしまえば、レイフォールは完璧人間という部類の人間だろう。欠点らしい欠点がない好青年である。

 そして、シャーロットはこの人当たりの良い好青年が嫌っていた。理由は定かではないが、以前一度だけ「外面がいいだけの腹の底で何を考えているか全くわからなくて気持ちが悪い」と評していたのを、アムリタは覚えている。

 そして、現在露骨に言外に「帰れ」と顔で語るシャーロットへ、しかしてレイフォールは絵に描いたような笑顔で歩み寄っていた。

「随分とご機嫌が斜めのようだね、シャーロット」

「ああ、貴様のおかげでな。だからさっさとこの部屋から出ていってくれれば、私の機嫌がわずかばかり良くなるのだがな?」

「相変わらずつれないな、君は。そういうところも魅力的なんだけどね」

 瞬間、シャーロットが「うげ」とわざとらしく声にして何かを吐くような仕草をすると、レイフォールは逆に微笑ましいという風に声に出して小さく笑った。

 それが余計シャーロットの癇に障っているのだろう。彼女は立ち上がりながら椅子にの傍に立てかけてあった剣に手を掛け鞘走らせた。

 瞬間、鈍い金属音が室内に響く。

 シャーロットが剣を振ったのと同時に、レイフォールもまた腰に帯びていた剣を抜き、シャーロットの一撃を剣で受け止めたのである。

 アムリタから見ても無駄のなく、素早い抜剣だった。シャーロットとの技量の差もあるが、それを差し引いても彼の剣速は達人の域にあるだろう。これが魔術での衝突だったなら勝敗は逆だっただろうが、剣の腕ではシャーロットが不利なのだ。

 そんなシャーロットの剣を受け止めた当人はというと、涼しい顔で微笑んだまま険しい表情のシャーロットへと言った。

「むやみやたらに剣を抜くと危ないよ? 君を傷つけるようなことはしたくないのだからね」

 少女が忌々しげに歯ぎしりし、眦を吊り上げる。そんな彼女に向けて、鳶色の髪の青年は小さく肩を竦めながら剣を鞘に納めると颯爽と踵を返して部屋の扉へと向かった。

 その背に向けて、アムリタは問う。

「お帰りになられるのですか?」

「ええ。国境遠征中はあまり見ることのできなかった彼女の顔を、見に来ただけですから」

 しれっと言ってのけ、彼は笑顔のまま「それではまた」と小さく会釈してた後、

「今度は食事でもしながらゆっくり話でもしましょう」

という言葉を残し、部屋を後にした。そして次の瞬間、その扉へと向けてものすごい勢いで投げつけられた椅子が激突し、けたたましい破砕音を残して椅子がゴミへと姿を変えた。



「二度と顔を見せるなっ!」



 というシャーロットの言葉を添えて。そして「あー! どいつもこいつも癇に障るー!」と地団駄を踏んで苛立ちを発散させるように語気を荒げ、むやみやたらと手足を振り回していた。まるで子供の癇癪そのままである。

 それを見て、改めてアムリタは嘆息した。普段は一群を率いる将であるというのに、こう自分の気に入らないことが立て続けに起きるとまるで子供のような行動を取るのである。とてもでないが、勇猛果敢、完全無欠と知られている少女のこんな姿は他国の人間にはとても見せられるものではない。

 未だ誰にともなく怒りを撒き散らすシャーロットを見て、アムリタはかぶりを振って視線をシャーロットから扉の所で粉砕している椅子を見て思った。

 とりあえず、まずはあれをどうにかしよう。




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