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WORLD BREAKER  作者: 白雨 蒼
魔女の軍姫と彗星の騎士
3/22

一幕 『異邦』

  

 フィドア大陸の北陸南東部に、フィムルロードという国がある。そのフィムルロードの北西に位置するレウスト山脈は、フィムルロードと北の小国、ル・ガルシェという国――その国家間の国境が存在する。そしてその国境を挟むようにして、二つの集団が対立していた。


 フィムルロードとル・ガルシェ。その両国の軍隊である。


 いや、もしもこの場所に戦争を観戦するような人間がいようものなら、その観戦者はきっと、片方は果たして軍隊と呼んでいいのかと、判断に困るだろう。少なくとも、人間の軍隊としては……。

 そう。ル・ガルシェの軍隊には、人間がいないのである。

生きる限り心臓を鳴らし、血液を循環させて動く肉の身体を持った『人間』は、何処にも見当たらなかった。


 そこに居並ぶのは、鋼によって造られた人を模した存在――いわば機械仕掛けの『人型』である。ただし、『人型』と言っても、純粋に人の形をしている物はどれほどだろうか。


 居並ぶ数はおよそ一五〇。その多くは人の形に近いものをしてはいるが、その四肢は異常なまでに太かったり、胴体が異常に細かったり、腕の代わりに巨大な刀剣を生やしているものや、人一人飲み込むほどの大きさを持つ砲身を生やしたものも存在する。

 あるいは機械仕掛けの翼を生やしたもの。更には人外の――獣の姿をした機械まで存在する。

 そして、そのどれもが武装を施されており、命令ひとつ下れば対峙するロードの軍隊を襲撃する体制にある。

 武装を施された機械仕掛けの軍団。

 それは完全なまでに敵を――人間を殲滅するがためにだけに造られた対人兵器。一撃の下に一切の抵抗を許すことなく葬るための、ただそれだけの武器を装備した命のない機械の兵だ。

 並みの人間が相手をしようものなら、それこそ一瞬にして不可避の死を迎えるであろう殲滅の権化。

 しかし、フィムルロード王国の旗を掲げた軍隊は、それほどの脅威を目前にしても眉一つ動かすことなく静観している。

 まるで目の前の機械兵などに脅威も恐怖も感じていない。そんな風に見える毅然とした雰囲気を持ち、隊列を乱すことなくその人外の戦団と対峙する――その先頭。

 腰まで届く長い金髪の上に黒い鍔付き帽を被り、黒衣を肩に羽織ったまま、手に鞘には納まった白く装飾を施されている片刃で反りのある奇妙な剣を手にし、仁王立ちする少女がいた。

 少女は眼前に立ちはだかる負数の機械の兵団を前に、臆するどころかまるで挑むかのような態度で一歩前へと踏み出し――そして不敵に笑んで怒鳴った。


「ル・ガルシェの機械兵たちに告ぐ! 諸君らの行動は侵略行為に値する! このまま退くのであればそれで良し! しかしこれ以上の進軍を行う場合、我々は武力行使を辞さない覚悟である!」


 返答はなかった。

 代わりに、ル・ガルシェの軍団の先頭に位置する機械兵の一体がその腕に備えた砲身を持ち上げ、少女へと銃口を定めると――わずかの躊躇いもなくその砲口が爆発した。

 爆炎と轟音の二重奏と共に、巨大な衝撃波を伴った砲弾が少女を襲う。わずか十メートル程度の間隔しなかった両者の間を、ほとんど一瞬にして砲弾が距離を詰め、少女へと直撃――する寸前、少女がまるでそれを嘲笑うように口角を持ち上げた。

 すると、少女の前に薄い硝子のような障壁が生まれ、襲い来る砲弾も、付随した衝撃も熱量もすべて、一切の弊害をなくして受け止めたのである。

 残るのは爆発によって生じた土煙。そして、それはその国境に吹く風によって瞬く間にして晴れ――その向こうから、毛ほどの傷も負っていない少女がゆっくりと姿を現す。

「……なるほど。それが返答と受け取った」

 好戦的な笑みと共に、少女が不敵に笑む。

 さっ……と、剣を握らない左の手を少女が頭上に翳す。瞬間、少女の掲げた左手の先に、何処からともなくして奔流が集まる。

 小さな光の帯が幾重にも重なり、それは少女の掌の上で拳大の光球となってその存在を周囲に知らしめていた。「おお!」と自陣から歓声が広がる。

 その声を背に、少女は掌の上で巨大化していく光球を翳したまま、その笑みを一層深いものへと変えて音声を上げた。


「――消し飛ぶがいい!」


 瞬間、少女は手にしていた光球を機械兵群の正面目掛けて投げ放った。撃ち出された光球は先ほど放たれた砲弾に勝るほどの速度で機械兵の群衆へと飛び込んでいく。

 迫り来る光球を堰き止めようと、数体の機械兵が動いた。

 しかしその光球が迫った瞬間、機械兵たちの機体は見るも無残なほどに大破する。傀儡が一瞬でガラクタへ。鋼の体躯はまるで積み木を崩すように崩壊し、周囲にその残骸を散らして動かなくなる。

 阻む機械兵を容赦なく破壊し、やがて光球は少女の視界から見えなくなった頃――掌に乗る程度の大きさだった光球が、突如として肥大化――転瞬、砲撃の轟音も霞むような爆発音が機械兵の軍隊の中央から響き渡った。

 生じるのは光の爆発。そして続くのは光が生み出す巨大な渦――いや、それは物理的質量を宿した光の暴風雨である。

 爆発によって半壊状態だった機械兵の軍団を、続いて現れた光の暴風雨が貪り食らうように蹂躙する。

 瞬く間にして、あれほど国境を埋め尽くしていた機械の化け物たちの数が激減した。

 ほんの一手。両軍が放った攻撃はどちらも一撃。しかしその一撃によって生じた被害は雲泥の差ほど存在した。

 片や無傷。片や壊滅的打撃。最早ル・ガルシェに戦線を維持するだけの残存戦力は存在しない。

 勝敗は決した。

 殆んど動く機械兵が存在しない敵陣を見据えながら、軍服に身を包んだ少女は黒衣と金髪を風に揺らしながら悠々と告げる。

「……出直してこい、傀儡共よ。もっとも、何度我らが国を脅かそうと、我らが魔術騎士団の前では塵芥に等しいだろうがな」

 そう不遜な言葉を吐くと、少女は踵を返しながら傍らに控えていた女性に「残存の殲滅は任せた」と囁くと、女性は恭しげにこうべを垂れて「了解しました」と返すと、陣を敷いていたフィルムロードの兵たちに向けて次々と指示を飛ばし出す。

 命令が飛んだ兵たちが一斉に駆け出し、先ほどの少女と同じように自身の掌の上に、あるいは自分の周囲に光の奔流を喚び出しそれを束ねてゆく。

 そして次の瞬間、敵陣に紅蓮の炎や無数の氷槍が具現し、残っていた機械兵たちを次々と破壊――そして駆逐していく。

 最早それは戦闘と呼べるものではなかった。圧倒的な戦力による完全な殲滅――相手がもし同じ人間であったら、これは人類が忌むべき行為の一つである虐殺という最悪の情景となっていただろう。

 己のキカにある兵たちの行う殲滅を後陣に下がりながら一瞥し、少女は唾棄するように舌打ちした。

「……まったく、こんな無為なことをして何になるというのか?」

 敵が――ル・ガルシェが一体何の思惑を以てこの機械兵たちに国境を越えさせたのか、少女にはまるで想像がつかなかった。

 今月に入って、すでにル・ガルシェの不正入国および兵隊の進軍は三度目である。その侵略行為に対しての審議を問いただしても、ル・ガルシェは未だなんの返答も謝罪も、申し開きも行っていない。同時に自国軍の被害損害に対しての通達もない。


 ――まったく、気味が悪い。


 いっそル・ガルシェの帝都に一人赴いて審議を問いただしたい気分だった。そして、同時に思うのだ。

 彼の英雄なら、きっとそうしただろう……と。

 今から約五十年前フィルムロードを襲った未曽有の危機を救った英雄。魔術を用いず、ただその手にしていた剣一本で災厄を退けた、御伽噺や英雄冒険譚の中から飛び出してきたような――だけど確かに存在した《箒星の英雄》。

 生まれてから何度も聞いてきた昔話であり、同時に史実に存在するその英雄は、フィルムロードに生まれたほとんどの人間が羨望する存在だ。

 ましてや、少女にとってその英雄はある意味身近な存在でもある。故に、《箒星の英雄》に対しての憧れは人一倍強い。

 剣の鞘を握る手に力がこもる。もどかしく、そして歯痒い気持ちになる。憧れる存在は大きく、遠い。しかし、どのようにすればその人のようになれるのかは全く思いつかない。

「……ままならんな」

 呟きは背後に響く無数の破砕音に隠れ、誰に耳にも届くことはなかった。



      ◇◇◇



 一見して、その少年はひどく奇妙だった。いや、他人から見れば、少年が少年であることを一目で認識することは難しい。

 というのも、その少年はその若さには不釣り合いな髪の色をしているのが原因である。


 ――白髪。


 それが彼の髪だった。故に、遠目から見ればその姿は老人であろうと認識されるのが普通だろう。おそらく十人中十人が。あるいは百人中百人が、ぱっと彼を見たときその頭髪の色から彼を老人と断言するだろう。無論、それは髪の色だけである。

 実際の彼の年齢は十七。今年で都内の高校二年となる現役の高校生である。ただ、その髪の色が原因で、老人が高校生のブレザーを着ている、と勘違いされて、認知症の老人かなにかではないだろうかと巡回中の警察官に「ちょっと、そこのご老人」と声をかけられた回数は、両の指で数えるのでは足りないくらいだ。

 おそらく、年齢の割に酷く達観し、同時に老練し、そして胡乱な雰囲気を纏っているのがその原因に拍車をかけているような気がしないでもないが、それは最早生まれた家、育った環境によって形成されたものであるが故、それを直すには最早生まれ直す以外方法はないだろう。

 親を選んで生まれてこれるのならばそれも可能だろうが、それができれば人は苦労しない。皆、望めるのならば裕福で、子を愛してくれる親の下に生まれることを望むだろう――無論、そんなことは不可能であるが。

 同時に、少年にとって自身の生まれは悲観するものではない。ただ、強いて言えば退屈が多いだけである。

 少年――空凪(くなぎ)(すい)にとって、世界は等しく億劫でできていた。毎日が不変不動。することなど何も変わらず、ただ同じことの繰り返しばかり。それが嫌というわけではないが、朝起きて、そして学校から帰ってから刃引きした刀を手に祖父と毎日チャンバラをしなければいけないというその一点だけが不満であるに過ぎない。

 まあ、それも十七年。記憶があるだけで十四年もの間繰り返してきたことなので、それは諦めの境地に位置しているのだが……小さく、吐息が漏れた。

 それが一体どういう意味を込めたものだったのか、彗自身にすら理解できない――一種の諦観の吐息。

 何を諦めているのか――そう問われれば、答えようがない。ただ漠然と、『何か』を諦めているだけ。

 いや、実際はそれがなんであるのかなど、彗は分かっている。分かっていて、それを分からないと自分に言い聞かせているだけなのかもしれない。

 瞬間、脳裏に微笑む女性の姿が浮かんだ。

斜に走る傷口から、どす黒く、滂沱の如く溢れる赤に染まっていく中で微笑む女性。


 ――ズキリ……と、頭の奥で何かが軋む。


 それは呪いの一種。否、どちらかといえば自己暗示に近い行為。ただそうするだけで、少しだけ……本当に少しだけ、気が紛れる。

 長めの白髪。その間から覗く赤い双眸が、痛みを堪えるように細められた。

 そしてフゥ……と、肺に溜まった息を抜く。胸中を覆っていた不快感が掻き消える。もう何度となく苛まれた痛みだ。和らげる術も自ずと身に付く。きっと一生消えることはないとしても、だ。

 思い出すのはいつだって同じ情景。あの日犯した取り返しのつかない過ちの記憶。

 あの日、確かに母は何かを自分に向けて呟いていた。だというのに、その言葉を向けられた当の本人である彗は、その時の言葉を綺麗さっぱり忘れている。何度となく思い出そうと記憶を探ったが、その時のことを思い出すと耐え難い痛みが頭に走しってしまい、試みは失敗してしまう。

 まるでその言葉を思い出すことを、(あたま)が拒否しているようだった。

 まあ、それでも良いと彗は思う。心でどれほど願おうと、それを身体が――記憶している器官が拒否するということは、きっとそれだけ自分にとって衝撃的な言葉だったのだろうと、漠然と推測をしていた。

 もしそれが恨み言だったら……自分を斬殺し(きっ)た息子に対しての呪詛なのだとしたら、確かにそれは思い出したいものではないだろう。

 諦念が溜め息となって零れる。溜め息が多い奴だ、と祖父はよく言うが、溜め息をつかないほうが無理というものである。

 追いつきたかった人がいた。

 並び立ちたかった人がいた。



 そして――越えたかった人がいた。



 でも、その人はもういない。自分がこの手で殺してしまったのだから。母や最早過去の人物となったのだ。

 ならば、追いつくことも、並び立つことも、そして越えることもできない。その人を通して、どれだけ自分が近づけたのかを確かめることがもうできないのだから。

 目標を亡くした人間は、ほとんど生きた屍のようなものだと彗は思う。そして、自分はその生きた屍なのだ。

 母親を、そして目標としていた人を失った自分には、生きる目的すらないに等しい。そもそも、親殺しなどという大罪を犯した自分に生きている価値すら存在するのだろうか。


 ――まあ、碌な死に方はしないだろうな。


 自嘲気味に、彗は肩を竦めた。そして何気なく下に向けていた視線を上げて――そしてその赤い双眸をぎょっと見開いた。

 彗が歩いているのは、商店街に近い通りの十字路の傍だ。住宅街も程近い場所で、十字路の角は調度近所の子供たちが遊ぶために設けられたのであろう、大きめの公園がある通りである。

 別に、その程度のことなら彗が驚くようなことは微塵もない、いつもと変わらない通学路だ。しかし、その何気ない通学路のど真ん中に問題があった。

 子供がいるのだ。どういうわけか十字路のど真ん中に、男の子がしゃがみこんで遊んでいる。

 そしてその奥の通り――十字路に向かってくる一本道を走っているのは、大型のトラックである。

 彗のいる場所からは数十メートルもの距離があるが、彗の視覚はその運転席に座る男が携帯で通話し、脇見をしている姿を正確に捉えていた。

 そしてその情景を捉えた瞬間、彗は迷いなく地面を蹴って疾駆する。爆発のような踏み込みで、一歩で自身の最高速度まで昇り距離を詰めるが、


 ――間に合わない!


 子供との距離を詰めながら、彗は胸中でそう理解してしまった。ギリギリだが距離が足りない。このままでは確実に、彗が子供の下にたどり着くよりも先に、子供が車に轢かれるのを彗には予測できた。せめて運転手か子供、どちらかが自分の状況に気づいてくれればいいのだが、今のところ子供は自分の遊びに集中しているし、運転手のほうも通話に集中しているのか気づく様子がない。

 軽く舌打ちをしながら、彗はそれでも二十メートル近い距離を一気に駆け抜ける。距離も速度もギリギリ。最悪子供は助からない。良くても――

 そこまで考えて、彗は自嘲気味に口角を吊り上げた。

 ほんの一瞬前まで考えていたことを思い出す。どうせ碌な死に方はできないのだ。今更惜しむべくもない。

 思考に要した時間など一秒にも、それどころか本当に瞬きの半分の半分にも満たないほどの刹那だ。だが、決断するには十分な時間だった。駆ける足に意識を集中し、より早く、速くと意識して回転させる。

 常人ならざる脚力によって残り十数メートルの距離が更に早く縮まる。やがて距離は十メートルに……五……三。

 そこまで縮まった瞬間、飛び出す形で彗は手を伸ばした。視界の隅で、ようやく運転手が状況に気づいたのだろう。耳障りなブレーキ音が耳朶を叩くがもう間に合わない。

 同時に、伸ばした手の先が子供に届く。彗はその身体を思い切り突き飛ばした。トン……と軽い感触。だがその男の子の身体は大きく飛んだ。すぐ背後は公園の茂み。その中に子供の身体が飛び込んでいく。


 ――これでいい。


 彗はそう確信した。これで子供のほうは助かる。

 代わりに、彗の身体がトラックの目の前に飛び出した。飛び込むような姿勢で子供を突き飛ばした彗の耐性は完全な無防備。しかもまだ体が空中にあるためどうあがいても体勢を立て直すことはできない。

 完全に『詰み』だ。

 トラックはすぐ傍まで来ている。ブレーキ音は引き続き響き渡っているが、とても勢いが収まる気配はない。

 彗自身、今からでは回避行動を取ることは叶わなかった。

 だが、それでいい、と彗は思った。

 どうせ『碌な』死に方ができるとは思っていない。なら、子供一人の命が救えたのなら、それは十分『マシな』死に方だろうと思える。

 母親を殺して生き続けていた時分には、十分すぎる死に際だ。

 何処か満足したような気分で、彗は今から自分に死を齎す存在を見据えようとして視線をトラックへと動かし――その目を見張った。

 視界が捉えたのはトラックではなく、光。


 目を覆うほどの、眩い光だ。




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