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WORLD BREAKER  作者: 白雨 蒼
魔女の軍姫と彗星の騎士
22/22

幕後 『魔女の軍姫と彗星の騎士』


「お前、本当に帰るのか?」


「帰る方法がある。そして帰る場所があるんだから、当然だろう?」


 彗とシャーロットは顔を突き合わせながら言葉を交わした。

 場所はかつて彗が訪れた場所である《招きの間》である。アムリタの引き起こした擬神機による首都襲撃は、結局彗の活躍によって収束を迎えた。


 国境付近でル・ガルシェの兵団が動いていた気配もあったが、彗が擬神機を破壊したのと同時にその動きは鳴りを潜め、一時的にではあるが現在両国間での衝突は首都の件を除いて静かなものである。

 しかし国内の混乱は小さくなく、結局その間に生じた色々な問題の解決に一週間ほどシャーロットは奔走する羽目となり、補佐であったアムリタの代わりにレイフォールが補佐を、彗は護衛として追従することとなった。

 そして今――彗はかつて自分が浮き上がった水を見下ろし、背後のシャーロットに問う。


「これに飛び込めばいいのか?」


「そうだ。それは《回帰の泉》という。役目を終えた異界の者が元の世界帰る際、その泉に飛び込むことで特殊な魔術が起動し、そこから帰ることが可能なのだそうだ。原理は知らんぞ?」


「神の御業?」おどけた様子で首を傾げると、シャーロットは「かもしれん」と肩を竦めた。

 今の彗は近衛騎士の服ではなく、この世界にやって来た時身に纏っていた高校の制服姿に戻っている。おかげで腰に帯びている剣だけが逆に違和感を醸している。

 泉を見下ろし、渋面を浮かべる彗の背を見、シャーロットはむっと眉を顰めて問う。


「本当に、帰るのか?」


「当然だ」彗は断言する。「こんなファンタジーな世界にいつまでもいられるか」煩わしげにそう顰め面で言い放つ彗に、シャーロットは呆れたように嘆息一つ。


「ル・ガルシェの化け物じみた擬神機を単身で、しかも剣一本で倒した人間が言う科白とは思えないぞ」


「なんとでも言え」かぶりを振りながら、彗は言う。


「随分と引き留めてくれるな。そうまでして帰したくないか?」


「それはそうだろう」シャーロットは迷わず肯定の意を示す。思わず彗のほうが驚いて目を瞬かせた。

 そんな彗に向けて、金髪の少女は面倒臭そうに肩を竦めてため息を零す。


「ホウキといい、お前といい、無欲すぎて困る。残れば英雄として一生楽ができるだろう?」


「そんなつまらん生活はごめんだ。面倒事が多かろうと、何かに切磋琢磨する日々のほうがよほど優位気だ。行き過ぎた贅沢は怠惰の原因だろう?」


「此処に来た時は全身から『やる気がない』という気配を放っていた人間の科白とは思えんな」


 くく……と意地悪い笑いでシャーロットは彗を見上げた。彗は誤魔化そうとして口を開くも、結局何も言わずに視線だけ逸らすに留める。

 そんな彗に、シャーロットは言う。


「まあ、お前の言うことはもっともだがな。それでも残ってほしいというのは私の本音ではある。たとえ私の恩人を死に追いやった男だとしてもな」


「それに報いるだけのことを、これから死ぬまでしていく覚悟ができたことに関しては、礼を言っておく」


「その言葉、忘れるなよ」


「勿論だ」


 シャーロットの念押しに、彗は強く頷きを返す。


「ならばいい」


 彗の言葉に、シャーロットは満足した様子で笑みを浮かべる。


「ならばもう未練もあるまい。さっさと泉に飛び込んで元の世界に帰るがいいさ」


「……手のひらを返すという言葉がこれほどピッタリな科白も珍しいな」


 呆れ顔でそう言う彗は、やれやれと言った様子で肩を竦めて泉に向き直り――ふと思い出したようにシャーロットを振り返った。「どうした?」と問うシャーロットに返事もせず、彗は泉の下からシャーロットの下へ歩み寄り、徐に腰の魔剣を抜剣した。


「うおっ!」


 当然、シャーロットは彗の突然の行動に驚いて飛び退く。そんな彼女の様子にすらいちゃもんもつけず、ただ思い出したように囁いた。


「そういえば、この剣の礼がまだだったな?」


「はあ?」


 シャーロットが訝しむように声を上げた。


「礼も何も、その剣は私が詫びにと――」


「いいから」


 全部を言い終わるより先に、彗は少女の意見を有無を言わさぬ言気で抑え込んだ。当然ながら不満を抱くシャーロットが半眼で彗を見据えるが、彗はそんな視線を軽く受け流し、そして――剣を持ったままその場に跪いた。

 そして手にする剣を両手で持ち、次いで握り手から手を放し、剣の切っ先を指で持つと、その剣をすっ……とシャーロットへ差し出す。

 シャーロットが息を呑んだのが分かった。分かったうえで、彗は剣を差し出したまま、静かに告げた。


「この国に残ってやるつもりはない。だが、剣を捧げることはできる。もしこの先、またお前がどうしようもない困難に陥った時、その時また俺がこの世界に来れるように」


 当然ながら、このようなことをしても再びこの世界に召喚されることが可能かは分からない。だが不可能であっても、支えにはなれる。


 自分は英雄ではないと、彗は思う。


 この国のために。


 この国の民のために。


 この国の未来のために、剣を振った覚えはない。


 そんなものは自分の身には重すぎる。そんな重責は、それこそたった一言で国の未来を任され、また国を騙して一人の少女を救うという蛮行を成してしまう、英雄たる母に丸投げしてやる。

 そして、その母が真に守ったのはこの国ではない。この少女だ。その少女を守るくらいなら――次代(みらい)を引き受けるのもやぶさかではない。

 そう覚悟して剣を捧げる。その意味も十分理解している。

 そんな彗を見て、らしくもない躊躇いを見せるシャーロット。彗は彼女を見上げ、不敵に微笑む。


「どうした? 受け取る勇気もないのか、お姫様」


 その言葉に、シャーロットは驚いたように目を瞬かせる。しかし、それは文字通り一瞬のことで、次の瞬間にはもう、彼女の口元には不敵な笑みが浮かべられていた。


「そこまで言うならば受け取ってやろう。だが先に言っておく。私は我儘だぞ?」


 使われる覚悟はあるか?


 そう問われた気がした。


「知っているさ。最初からそうだった」


 肩を竦めながら返事を返す。それは婚外に了承の意を込めた、彗なりの皮肉。

 シャーロットは笑みを深め、差し出された彗の剣を手に取ると、そのまま剣で彗の肩を叩く。



 ――騎士の洗礼。



 剣士が剣を捧げるということは、自分のすべてを託せる人間だということだ。

 そしてこの瞬間、確かに彗はシャーロットの騎士となった。

 そう。英雄など彗の肩には重すぎる。そんな重苦しいものはこちらから願い下げだ。せいぜいがこの程度。万民の羨望を一身に負う英雄ではなく、ただ一人のために剣を振るう、騎士が関の山だ。

 だが、悪い気はしない。むしろ清々しく、同時に誇らしい。



「これで、お前は私の騎士だな」



 剣の持ち手を変え、柄を彗に差し出しながらそう言うシャーロットの笑みはなんとも嬉しそうなものに見えるのは、彗の見間違いだろうか。そんなことを考えながら、彗は返された剣を受け取り鞘に納めた。


「返してくれても良いぞ?」


「絶対にお断りだな」


 そう軽く言葉を交わし、二人はひとしきり笑った。

 彗は腰の鞘に剣を納めると、それをベルトから外してシャーロットに差し出す。


「預かっておいてくれ。戻ってきた場合、すぐに渡せるように……な」


「ならば肌身離さず持ち歩いておくとしよう」


 剣を受け取ったシャーロットは、そのまま自分の腰に吊るしている刀――《天枢ノ箒》に並ぶように、彗の剣を吊るした。


「これなら失くすまい」


「失くされても困る」


 満足げに言うシャーロットの様子に、彗は呆れ気味に溜め息を漏らした。そして今度こそ、彗は泉へと歩み寄る。

 すると、泉の水がきらきらと光を発した。なるほど、これが帰るための合図かと一人納得し、彗は今一度シャーロットを振り返った。

 毅然と、出会った時と変わらない悠然とした姿で少女はそこに仁王立つ。だが、最初の頃より何処か威厳の感じる姿に、もしかしたらもう喚ばれることもないかもしれないと思う。

 それが一番なのだが、どうにも名残惜しい気持ちがなきにしも非ず。

 そんな彗の心境など知る由もないシャーロットだが、しかし彗が望む言葉を、彼女はくれた。


「ではな、スイ。また会おう」


 その言葉に思わず、笑みが零れた。


「そうならないことを祈ってるよ」


 それでも皮肉を返してしまう自分が愚かしく思うが、これも性分だから仕方がないと諦めつつ、彗は泉へと足を踏み入れる。光が溢れ、彗の身体が光に包まれる。

 そしてその光に飛び込みながら、彗は最後に笑って言った。


「――またな。シャーロット」


 その言葉を最後に、彗の姿はまるで最初からいなかったように消えていた。



      ◇◇◇



 それでもしばらくの間、シャーロットはその場所を動くとなく、彗が立っていた場所を見つめ続けていた。

 そしてようやく、深いため息と共に言葉を漏らす。


「ああ。絶対に、また――だ」


 そこでふと、シャーロットはあることに気づいた。



 名前を呼ばれたのは、これが初めてだった。



      ◇◇◇



 光が晴れた瞬間、最初に視界に飛び込んできたのは、なんとトラックの正面だった。


「おい、マジか」


 思わずそんな言葉を漏らしながら、彗は《練気》を全身に巡らせて大きく背後に飛び退いた。するとまるで時間が止まっていたかのようにトラックが猛スピードで目の前を駆け抜けていくのを見て、ようやく事態を飲み込めた。

 どうやら元の世界に戻ってきたのは確かだが、戻ってきた時間軸は彗があの世界に行く直前。しかもご丁寧に場所もトラックに突き飛ばされそうになったあの十字路である。


「……まったく。有難くて涙が出るな」


 帰って来て早々死になど本気で洒落にならない。

 そう感慨に耽るのもつかの間、彼方でけたたましい衝突音が響き分かった。

 音のしたほうに視線を向けると、そこには街路樹に衝突したトラックの姿。すぐそこが商店街ということもあり、音を聞きつけた買い物帰りの主婦たちや近くの店の店員が慌てた様子でトラックの中の様子を見ている。


「おい、生きてるぞ!」


「誰か救急車ー!」


「手を貸してくれ! 引っ張り出すぞ!」


「誰か工具持って来い!」


 野次馬根性丸出しの割に随分と冷静かつ行動力のある声がちらほら聞こえてくるのを耳にし、彗は呆れた様子で肩を竦めた。


「報いることを、これから死ぬまで――ね」


 それはほんの数分前、シャーロットと交わした自分の覚悟の言葉。

 母の命を奪った自分にできること。きっとそれはこういうことなのだろうと思う。

 世界中の人間を救うなどとはのたまう気はない。せいぜい手の届く場所で。目の届く場所で、だ。


「帰ってきて早々か。試されているのか?」


 変わらぬ皮肉を零して肩を竦め――そして微笑する。


「やってやるさ。誓ってしまったわけだしな」


 そうぼやき、彗は人だかりの出来ている方向に歩き出す。そしてちらりと、視線を横へ向けた。

 公園の植木の中で、子供が呆然とした様子で目を瞬かせているのが見える。


 ――どうやら出だしは上々らしい。


 そう胸中で嘯き、彗はポケットに手を入れて、そこにある短刀を取り出した。

 とりあえず、衝突で歪んだトラックのドアを斬ることから始めるとしよう。


 きっとそれも、いつか誇れるものになる。






これにて一章は終了です。

次章『聖剣の巫女と暁星の勇者』については現在鋭意制作中です。出来上がり次第の公開となるでしょう。

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